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辺境伯ご令嬢は斜め上の日常を歩む  作者: 黒鶺鴒
ローズガーデン編
43/45

第41話 生ける屍、量産。

大変お待たせいたしました。



 サリスフォード辺境伯の屋敷に続く道を、馬車が走ってきた。それを遠目に確認した執事のクロード。


「おや、今日はどなたも訪ねてくる予定は無かったと思うのですが」

 

 クロードの胸中に、何やらいや~な予感が駆け巡った。


 馬車は門に着き、屋敷付きの護衛が馬車の者と二言三言やり取りをし、こちらへ走ってきた。

 何かの売り込みだろうか?いや、この辺境伯への売り込みは滅多にない。とすると……。


 走ってきた護衛がクロードへ報告する。


「クロードさん、王都の商人が、ラヴィアン様から届けてほしいと頼まれたと言ってるんですが、どうしましょうか? お手紙も預かってきたようです」

 

 護衛は説明と共にクロードへ手紙を渡した。クロードは手紙を受け取るとぶるっと寒気がした。


「わかりました。少し待っていてもらってください」


 クロードは手紙を携えて主の執務室へと急いだ。ノックをし、返事を待ってから室内に入る。


「旦那様、ラヴィアン様か――」

「何!ラヴィアンが戻ったのかっ!」


 食い気味に言葉をかぶせてきたオウエン・サリスフォードは、執務室の机で書類に埋れていた。

 顔色も悪く、目の下には濃く隈がういていた。


「いえ、ラヴィアン様から荷物を届けてほしいと依頼されたようです」

 途端に、ガッカリ顔になる旦那様。


「ラヴィアンから荷物?そんな予定はあったか?」


「いえ、ございません。こちらはラヴィアン様からのお手紙とのことです」


 と言いながらクロードはオウエンに手紙を渡した。オウエンは一瞬受け取るのを躊躇したが、何やら渋い顔で受け取った。そのまま手紙を開封し、もう一通の手紙を確認しながら


「ふむ、クロード、ブレッドを呼んでくれ」

「かしこまりました」


 暫くしてブレッドを伴ったクロードが戻る。


「旦那様、ブレッドを連れてまいりました」


 連れられてきたブレッドも、目元に隈を携えてヨレヨレである。


「ブレッド、ラヴィアンから手紙だ、それと、荷物も届いているらしい、何か聞いているか?」


「――いえ、得には」


「そうか、取り敢えず手紙を読んで届いた荷物を見分してくれ」


「――わかりました」


 手紙を受け取るのに少し躊躇したブレッドは、早速手紙を読みはじめる。内容は、新たな食材についてだった。カカオという大きな実で、のちにチョコレートにすると書かれている。はて?チョコレートとはなんだろう?造る為の工程を要約すると、実を割って、中身を大きな葉に包み七日前後発酵させ、その後十分乾燥させるらしい。乾燥した種を少量でいいので送り返してほしいとあった。「ふぅ」と、一つ小さな溜め息をついて


「旦那様、荷物は新たな食材のようです。こちらで前準備の加工をしてほしいと書かれています」


「ま、また何か新しい物の開発か?そうなのか?ブレッド」


 旦那様はだいぶ疲れた顔で溜め息をついています。ここの所、ラヴィアン様のお蔭で、目まぐるしく毎日が忙しいのです。それもこれもラヴィアン様の開発されたあれやこれやの製作、管理、運営で、てんてこ舞いのサリスフォード家でございます。かくゆう私も、ラヴィアン様のお蔭でやる事が山ずみです。寝不足が続いてますが、執事たるものこれくらいでくじけてはいられません。サリスフォード領が豊かに発展していく為の足がかりですから。しかし、人を雇うにしても細心の注意が必要なのです。なにせこれらすべてが新しい産業で、簡単に漏らされては困るからです。探りをいれてくる輩も排除しなければなりません。つまり、人手がぜんっぜんっ足りないのです、ラヴィアン様のせいで――お蔭で、そしてまた、もたらされた新たな食材。旦那様が倒れなければいいのですが……。


「はい、なんとかやってみま…す」


 ブレッドも青い顔で返事を返した。サリスフォード家では現在、主従すべての労働条件がブラック企業と化していた。

 製作現場や屋敷内では生ける屍がそこかしこに転がっているのだった。



「こちらは買い取りの料金です。お確かめください」


 仕入れより少し上乗せし提示した買い取り料に、運送料を加えた料金を受け取り、商人の息子は意気揚々と帰っていった。



 暫くすると、長男エレオノールが屋敷に戻ってきた。その足で父親の執務室へ向かう。


「父上、モウの集まりは順調だけど、放牧地の整備に少し手間取っている。先に紙工場の方に手が掛かってて……」

 

 例に漏れず、疲れ切った顔で父親に詳細を報告する。

 部屋へ戻り、ソファに腰かけ、ふっと一息つく。ラヴィアンが戻るまで、あと二ヶ月近く、それまでにある程度は整えておかないと。それにまた、王宮であの「演劇」を披露すると手紙に書かれてあった。ラヴィアンの舞台を何としても観たい。身動きができるようにしておきたいのだ。そういえば噂で、希望者全員が観られる訳ではないということを聞いた。うちは何といっても、発案者のラヴィの家族だ、大丈夫だろう。思いにふけっているとノックの音がした。

「兄上、少しいい?」

「ああ、どうした?」

「ちょっと、学園に戻るのを、先に伸ばそうと思って」

「ああー、そうだな。今はどんな手でも借りたい位だしな。しかし、アベル王子の補佐はいいのか?」

「それを言うなら、兄上もエドガー様の補佐を投げ出してるじゃないか」

「投げ出してる訳じゃないよ。別に俺が居なくても、侯爵家やら、他の伯爵家とか騎士団長の息子とかいるしな」

「僕もそうなんだよね。なので暫くこっちを手伝うよ。ラヴィの補佐するのは、僕たちしか居ないし」

 

 王太子や第二王子をほっといて、しかも自領の為とも言わず、ラヴィアンの為と公言する、ちょっとイタイ兄弟である。

 王子達の影の薄さは、ここでも発揮されたのだった。




 ところ変わって、王宮、宰相執務室


「宰相、本日のお手紙です」


 と、宰相補佐が宰相の机に、どん、と手紙の束を置いた。うず高く積まれた手紙を見て宰相が唸った。


「またですか」

 

 演劇の噂が噂をよび、貴族からの問合せがひっきりなしだったのである。

 宰相は頭を悩ませた。まずい。五百人位の観客しか想定してなかった。会場もその手筈で整えている。各貴族それぞれ家族総出でやってくると予想される。ふるいにかけなくては、軋轢を呼ぶ。多い家族だと十数人、いやもっとか。とすると家族は五人までとするか?ああ、どうすればいいのだ。


 積まれた手紙から視線を外し


「ちょっと、席を外す」

 

「エドヴァルト宰相、逃げないでくださいね?この手紙の返事、今日中に終わりませんからね?」

 

 毎日、毎日返事を書いている宰相執務室の者達は、利き手が軽く腱鞘炎にかかっていた。ラヴィアンが関わると、関係者が生ける屍になっていくのは、デフォらしい。

 

 宰相は気が付くとローズガーデンの入口に立っていた。考え事をしながら歩いてたら、辿り着いてしまったようだ。


「まぁ、ここまで来たのだから、ラヴィアン殿に状況を話しておくか…」



 ラヴィアン達は現在ダンスの講習の時間だったが、宰相の来訪を告げられ、ラヴィアンは王族の使用する特別室へと向かった。

 ルナディと共に向かうラヴィアンは男装で、すでにそれが当たり前のように過ごしていた。道々ルナディから、淑女とは云々かんぬんと、耳の痛い小言を聞きながら、適当に聞き流していた。


「ラヴィアン様をお連れしました」


 入室してから軽くお辞儀をし、宰相の顔を見ると、だいぶヨレヨレの様子


「ごきげんよう、宰相様」


「どうぞ、かけてください」


 ユリアがお茶を出し、退出すると


「さっそくですが、ラヴィアン殿。現在少々困った事になっていまして」

「どうしたんでしょうか?」

「その、観客の総定数に対して、観劇希望者が大幅に上回ってしまい、どうしたものかと」


 と、困った顔の宰相が、つぶやくように語った。


「ええー、そんなにですか?たかだか、小娘がやる演劇に?―それで、どのように来る方を選ぶんでしょうか?」


「そこが頭の痛いところなんです。こちらが勝手に選んだとしても、王宮のすることに表立って抗議はできないでしょう。しかし、公平を期さないと、後々思わぬ諍いの種になるのではと…」


「そんな諍いなんて起きますか?単なる演劇ですよ?学芸会レベルですよ?」


「ラヴィアン殿、学芸会の意味はわかりませんが、あの演劇なる物は、今までに無かったことなんですよ。人が演じ、物語に感動し涙する。そこにいる観客全員とその空間を共有する。貴族は普段、お茶会や夜会などしか楽しむ場はありません。精々、ダンスを踊る位しか楽しみが無いのです。あとは買い物でしょうか。あの演劇なるものは、貴族達に新たな楽しみを与えてしまいました。その状況で今回人数限定ですから…わかりますよね?」


 やばい。

 ここにきて、事の重大さに改めて気が付くラヴィアン。そんなに期待されちゃってる?

 

 なるほど、公平、公平、う~ん、普通抽選だよね。抽選するには応募だよね。来たい人は応募してもらって、大々的に抽選すれば公平だよね。でもなー、貴族ってのは爵位を盾にしたら、公平なんてのは、あって無い様なものだしな~


「あのー、抽選でというのはありですか?それと、公爵家と侯爵家は爵位的に外せないものなんでしょうか?」


 爵位パスとかありそー。


「まぁ、公爵家が希望すれば、そこは王家の血族ですから仕方ないとして、侯爵家以下は公平でという考え方もありかと。――で、抽選とは?」


「はい、希望者から希望する旨の申告をいただいて、つまり、何か証になる物を提出していただいて、それを目に見えない形に収めてから、第三者が引き当てるという感じですね」


 貴族は権力を笠に無理を通してるからなー。受け入れられるかなぁ、抽選なんて。


「ほぉ、具体的には?」


「例えば、いついつまでにと期限を設けて、希望する方それぞれに手紙を書いてもらい、その手紙を一つの入れ物に入れ、どなたかがそこから五百枚引き当てる。入れ物は中が見えない形がいいと思います。その抽選の際は、王宮の重鎮に監視してもらいながら、ということであれば、不正等は無いと断言できるんじゃないでしょうか?」


「とすると、家族は何人までと制限する必要もなくなりますね。ふむふむ。当たった者のみということですか。それはいい!早速その方向で話を詰めましょう。いや、助かりました。ラヴィアン殿!」


 いえいえ、普通に日本でありふれたやり方ですけどねー。でも、この世界ってまだ印刷ないから、返事は手書きだよね。コワ!やだ王宮ってば、ブラック?

 自分がやるわけではないので、のんきに構えているラヴィアン。

あれ、でもこのままだと……。


「あ、それと、その応募の手紙は一人一通までとし、複数の応募が見つかった時点で、申し込みは無効としておいた方がいいかもです」


 そうじゃないと、貴族達、使用人使って山の様に送り付けてくるかもねー。コワイコワイ。


「それもそうですね。そのように手配しましょう」

 

 そう答えながら、あの手紙の束が何倍にもなる情景を思い浮かべ、ぶるっとなる宰相だった。


「あ、忘れるところでした。ラヴィアン殿。頼まれていた商人達との会合ですが、来週でいかがでしょうか?」


「はっ、そうでした。私も忘れてました。来週ですね。わかりました」


 宰相と別れ、部屋を後にするラヴィアン。いつの間にか居なくなっていたルナディが、隣の居室から出てきた。


「お話しは済みましたか?」


「はい、それとルナディ様、来週、王宮御用達の商人達と会うことになりましたので」


「そうですか。その際は是非とも貴族令嬢としての矜持を持ち……うんぬんかんぬん」


 また始まったルナディの小言を聞き流しながら、今後の事に思いを馳せるラヴィアンだった。

 

 そんなに期待しちゃってんの?貴族様達。えー、どうしよう。精々一時間位の劇でいいかな?とか考えてたけど、ちょっと考え直さないとだなぁ。いや、この前よりはレベルを上げようとは思ってたよ?幸いまだ時間はあるけど、すでに、問合せ殺到って、貴族達暇なの?うむむむむ。


「聞いているんですか?ラヴィアン様!」


「あ、もう着いたんですね。それでは失礼します」


 ルナディのお小言など、全く耳に届いていなかったラヴィアンは、挨拶もそこそこに自室へ入っていった。


 ルナディのお小言は、本日も無駄に終わったのだった。





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