第40話 この素晴らしい出会いに……水を差すなっ!
あー、何だろうこの疎外感は、早く帰りたい。
今までにも何度かローズガーデンに来て魔法の講義をしてきたけど、何だろう、今回の令嬢達。
皆、紙とペンを用意しているけど、講義内容をメモしている風でもない。
ん?、あの紙は最近出回り始めたという新しい紙か?私ですらまだ手に入れられないのに、なぜこの小娘達がふんだんに手にしているんだ?いや、今はそんなことはどーでもいい。
思い付いたら何かを書き始める者、小さく切った紙に何かを書いて隣に回している者、何か書かれている紙束を見ながら何かを確認している者、赤い扇を小さく動かしながら上の空で天井を見ている者、唯一講義を聞いていると思われる令嬢は、ど真ん中でこちらをじーっと見ている。
そしてその真ん中の銀髪の令嬢の周りを囲む様に令嬢達が席に着いている。不自然きまわりない。
自分で言うのも何だが、それなりに整った容姿に親は伯爵の爵位、その上魔法が使えるというアドバンテージでそこそこ、いや、かなりモテる方だと自負しているが……。 誰も私を見ていない……。
この「どーでもいいから、早く終われ」的な雰囲気に早々にのまれている人物は、王都の学院から派遣されてきた講師のサンディ・ブラッディと名乗った。
「――現状、魔力を多く持って生まれる者は少ない。嘆かわしいことです」
説明によると、この世界の人は生まれながらに微量の魔力を持っているらしい。微量でも魔力が無ければ魔石の発動ができないという訳だ。
それじゃ訓練次第で魔法が使えるようになるんじゃね?と思ったら、魔力量はそう簡単に増やせないらしい。魔法の研究者は日々魔力の増加について研究をしているという。
ふ~ん、なるほど。
つまり、私の魔力量は人外の域っぽい。なるほど家族が隠せという訳だ。
てことは魔族?! いやいやいや、これはあれだ、神様からのギフト!そう、所謂転生ギフト!ということにしておこう。そもそも転生物には当たり前の【神様?】や【女神様?】との会話すら無かったし、転生について誰も教えてくれないってのはどういう事なワケ? ないわー。改めて考えると、ほんとないわー。
色々考えを巡らせているうちに講義が終わった。ブラッディ先生をみると、やっと終わったという安堵感を漂わせそそくさと帰り支度をしている。令嬢方もとっとと居なくなっていた。
先生はまだ帰さないよー。
「ブラッディ先生、質問いいですか?」
ギョッっとした顔でこっち見るなし。
「え?あ、なんでしょうか?えーと」
「ラヴィアン・サリスフォードです、質問ですが、魔法の本で読んだのですけれど、魔石は作れると書かれていました。作り方までは載っていなかったのですが、どのように作るのか興味がわいたので」
「魔石の作り方ですか?――現在、魔石を作れる人は数人しか居ないと言われています。魔法陣を使って魔力を封じ込めるのですが、相当な魔力が必要になります。私にも無理でした。研究所で試そうとした人は大概その場で倒れてしまいましたね」
なるほど、魔法陣が必要だったのかー。そりゃ、握って念じただけじゃ無理だったわけだ。
「今作れる人って、どなたかご存じですか?」
「この国唯一の賢者でザビーネ老子様です、ただ、今は隠居して森の奥に引き籠って生活していると聞いています」
引き籠り老子か、人嫌いかな、気難しいのかな。
逢いたいとか言うとなぜだと聞かれるよね。だまっとこー。宰相様に聞けばいいや。
「そうですか、ありがとうございました」
「いえ」
ブラッディ先生は不思議そうな顔してたけど、質問はしてこなかった。
そんなに帰りたいのかー。まぁ、なんとなくわかる。誰も聞いて無かったもんね。
ご苦労様でした。
******************************
所変わり、王都の街
「何だい!これはっ また売れなさそうな得体の知れない物を買ってきて!」
「でも、前のシナモン?も結局使えるようになったじゃないか!これも何だかわからないけど、何かに使えるかもしれないだろ!!」
ここは王都街の商店、ローズガーデンに食材を納入する店の一つで、今は親子喧嘩の真っ最中。
「毎度毎度そんなに上手くいくもんかっ! そもそも買う前に中身を確かめたのかい?なんなんだいこれは、実なんかほとんど無くて種ばっかじゃないかっ」
「それ食べてみると少し甘いんだよ、少ないけど……。そして、凄く安かったんだよ」
「安かろうが何に使えるかわからないものをっ、しかも大きいしっ!種ばっかりだしっ」
「わ、分かったよ母さん、そんなに怒鳴らなくても……、どっかに捨ててくるよ」
「買って来たものを捨てるだーーー?? 何言ってんだい!このばか息子!!」
「まぁまぁ母さん、少し落ち着け、こいつだって良かれと思って買って来たんだから」
「あんたが甘やかすからこの子は騙されやすくなっちまったんだよ!」
父と息子は母親の剣幕にシュンとなった。
「そ、それより母さんローズの納入の時間間にあうのかい?」
「はっ!いけない!行かなきゃ。――そうだ!!それ一つおくれ!」
*************************
ローズガーデン厨房
「という訳でこれなんですけど」
と渡された物は、ゴツゴツとした殻に覆われ、アーモンドが人の頭ほどの大きさに成長した感じ、ああそうだ、これラグビーボールにそっくりじゃん。
――――え?
ちょっと待って。
「しょ、商人さん!えっとお名前は?」
「ミディです」
「ミディさん、あの、これ割ることできる?」
「ええ、出来ますよ、ちょっと硬いですけど」
馬車から道具を運んで来たミディはその何かを縦に二つに割った。
果物なのか白い果実が露わになったが、実自体は少ない。
サンディの感想としては、種ばかりで食べるところが殆どない、大きいだけで中身すかすかの殆ど捨てるところばかりの単なるゴミという認識に至った。
「ミディさん、これは、ちょっと……」
困った表情のサンディの横で呆然とその物体を見つめ続けているラヴィアン。さっきから大人しすぎるラヴィアンを伺い見ると、その頬に涙がこぼれ落ちた。
((( え? )))
ミディが慌ててサンディにすり寄りコソコソ話す。
「あ、あまりにもどうしようもない物過ぎて泣かせちまったのかね?」
「そ、そんなことで泣く?え?なぜ、どこに泣く要素が?」
そこへラヴィアンを探しにカリサが厨房へやってきた。厨房の雰囲気がちょっと変だと感じたカリサが見たのは、涙を流しているラヴィアンだった。カリサが驚愕の表情で
「お、お嬢様が泣いている……。あの、お嬢様が……。獣に餌付けしようとして反対に追いかけられ、死ぬ思いをしても泣かなかったお嬢様がっ、変な虫を叩き落そうとして反対にまぶたを刺されて顔面半分を腫らして、熱出して寝込んだ時も泣かなかったお嬢様がっ、ご家族でお出かけされ、お姿だけ見れば深層の令嬢の様子に、うっかり騙された暴漢がうっかり攫いそうになった時も、泣かなかったお嬢様がっ」
見た目が良いだけに、残念すぎるその半生。 いや、まだ一二歳ですけどね。
その場にいる全員が憐みの目線を送った。
「カ~リ~サ~(怒) この素晴らしい出会いに水を差すんじゃないわよ。――どころでミディさん、これ後どれ位あるの?」
「え?こんな種ばかりのエセ果実に使い道があるんですか?」
「あるあるっ!あるなんてもんじゃないのよっ!今すぐに作れる物じゃないけど全部買うわ」
「ぜ、全部!!?」
「そう、全部!それをサリスフォードへ届けてほしいのだけど、頼める?」
「え、ええ、お買い上げいただけるのでしたら、喜んで運びますです!」
自分でやりたいけど、今は演劇公演の事もあって、加工するには時間も人手もない、領のブレッドに頼むことにした。
ラヴィアンはその得体の知れない何かを抱きしめ、今度は歓喜の表情で頬ずりしていた。
周りがその姿に引いてしまったのは言うまでもない。
その後、ミディは急ぎ店に戻り、サリスフォードへ向けて準備を急ぐのだった。息子はその結果に驚き、父親は騙されているんじゃないかと、疑心暗鬼になった。
この頼りないヘタレな息子は、もしかしたら金になる嗅覚があるのかも知れないと不思議に思うミディだった。
その夜、ラヴィアンの部屋では寝ているはずの主のベットの中から、不気味な含み笑いが漏れていた。
さて、この得体の知れない何かは一体なんでしょう?
大体想像できましたよね?
引っ張るほどの事じゃないんですけど……スミマセン。