第39話 あれやこれや、毎日大変さっ
だいぶ間が開きましたが、皆さま覚えてくれてるでしょうか?
折り込みのパイ生地は焼いた時に何層にもなるのが理想だ。この前キッシュの時に作ったのは簡易版のパイ生地だ。
折り込むバターは溶けてはならない。生地を伸ばしながら折り込む時に力も均等でなければ生地が破ける。一つ折っては冷やすを繰り返し何層にもする。厨房の中の器用な人に一緒に作って貰った。初めて作るパイ生地を見よう見まねで即成功できるほど簡単ではない。何回か失敗した。数日かけてある程度の量を作った。さて、焼きあがった時にあのサクサクのパイになるだろうか?
カラメルを作った鍋に大き目に切ったリンゴを入れキャラメリゼしていく。シナモンを振り入れたらフィリングは出来上がり。
深い皿にパイを敷きフィリングを乗せ、長細く切りそろえたパイ生地を格子のように編んで乗せる。後は高温で焼き上げる。
「ワタクシ最近、疑問に思うことがございますの」
ラヴィアンが出来立てのアップルパイにアイスクリームを添えながら皆に配っている時に、イザベラがポツリとこぼした。
「何をです?――はい、これはアップルパイです、焼きたてのほやほやにアイスクリームを添えてますので一緒に召し上がれ♪」
イザベラの疑問より先に、出来立てのアップルパイの説明を重要視したラヴィアンだった。
「まさにそれですわ、なぜラヴィアン様がいつも給仕に加わってますの?」
不思議という感じで首を傾けながら聞いてきたイザベラ様以外の面々も、首を縦に振りながら同意しているようだ。
ラヴィアンにしてみれば、今更?の状態である。
「え?」
「「「え?」」」
あれ?そういえば正面切って色々作っていることを説明したことなかったっけ。
隠す方がいいのか、正直に話すか…。
今更だよね、王様達もとっくに知ってるし、でも材料は黙っておこう、知らぬが仏ということで。
いやたぶんモウ乳使ってるなんて知ったらびっくりするだろうし、モウ乳関係の生産はまだ秘密事項だ。
王様達との相談で口止めが必要かと思ったけど、ご令嬢方が材料に興味を持つことも無く、取り越し苦労だった。
「あー、その、つまり、私が作っているので説明がてら給仕をしている訳です」
「ええええええええ!!!」
「なんですって?!」
「え?ラヴィアン様が?!」
あれ?でも孤児院でポップコーン作ったのに、ばれてなかったのか。それともカリサが作ったと思ったのかな。
「ええ、黙っててすみません。私の手作りなど食べさせてしまって」
それぞれがポカンと、口を半開き状態で見つめてきた。
「あっあのっ!もしや、あの!ぷ、プリンもラヴィアン様が作っているのですか??」
びっくりまなこのままヘレナが勢い込んで聞いてきた。
「ええ、まぁ」
「すすす、すみません!ライヴァン様!知らなかったとは言え一週間に一度とか要求してしまったりしてっ」
恐縮しきりのヘレナにクスッと笑い
「大丈夫ですよ、ヘレナ様。私も大好きなのでヘレナ様の要求が無くても、作る頻度に変わりありませんから」
寧ろ、袖の下作戦にはこのプリンが大変役立つアイテムなので、いつでも用意を怠らない。ふっふっふ。
その後、料理のことなども聞かれはしたが早々に騒ぎも収まった。
なぜかって? アップルパイの横のアイスが融けてきたから。
目の前の香り漂う甘いものには、何ものにも代えがたい魅力があるらしい。
暖かいお菓子に冷たいお菓子の合体である。そりゃびっくりぽんな代物だ。
アップルパイを口に運んだ後は暫し放心状態
「「「 ほ ぅ 」」」
溜息のあとは黙々とフォークを動かしている。皿を目線まで上げて、何層にもなるパイ生地を不思議そうに確認する令嬢、フィリングのリンゴもどき(ほぼリンゴとそっくり)は、煮て焼かれシナモンの香りが鼻をかすめる、それをいたく気に入ってしまった令嬢、アイスとパイをチマチマと大事に大事に食べている令嬢。
今一番頭を捻ってるであろうラー博達(脚本組)は、これで気分転換できたかな?
さてと、この前宰相様に頼んでおいた男役候補は見つかっただろうか? アップルパイの献上がてら確認にいってみるか。
「では、私は王宮に用がありますので皆さまごゆっくり」
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皆に挨拶を済ませ、まだ焼いてないパイを三つ持ち、ルナディ様に許可を貰い王宮にやってきた。
もちろん、バーンズさんの個人厨房が先だ。
「バーンズさんごきげんよう。ラヴィアンです」
「これはこれは、ラヴィアン様こんにちは。本日はわざわざお持ちいただいたんですか?」
「ええ、宰相様に用もあるので、それでバーンズさんこれを焼きたいのですが、それとアイスの在庫はまだ残ってます?」
オーブンを温めてパイを投入、焼き上がりに時間は掛からない。
「んんんんん~~ シナモンと甘い香りが何とも言えませんですね、もうすぐ焼き上がりですか?」
「そろそろですね~。――宰相様は今忙しいでしょうか?シル様のお部屋でこれを頂こうと思うのですが、宰相様も招待できるでしょうか?」
バーンズさんには宰相様への言伝を頼んだので、シル王女の部屋へは自分でお菓子の乗せたワゴンを運んだ。焼きたての香りをまき散らせてるので、たまにすれ違う人が、誰?この人っていう感じで怪訝そうな顔になるけど、すぐに鼻で息をスゥ~っと吸う仕草をする。その横をそそくさと通り過ぎ王女様の部屋へ。
「シル様~、ごきげんよう」
バン!!!
速攻でドアが開いた。
ちょっと王女様、危機管理がなってませんよ?しかも自分でドア開けちゃだめでしょ?
「ラヴィ! いい香り!何?何?今日は何?」
相変わらず食べ物一直線だね、王女様。挨拶もすっ飛ばしてるよ。回りの侍女達がワタワタしてるから。
「バーンズさんの厨房で今、焼きあがったとこですよ、熱々です」
気の利く侍女達が早速お茶の用意を始めた。テーブルに茶器が揃いお茶も淹れたてだ。パイも冷めないうちにアイスと楽しんで貰いたいので、宰相様も待たずにナイフを入れた。
ザクッ!ザクッ!ザクッ! 一気にナイフを入れて切る。 目をキラキラさせながらパイから目を離さない王女様。
「はい、熱~いパイと冷た~いアイスのコラボです、召し上がれ♪」
王女様が食べようとフォークを手に取った時、ドアをノックする音がした。王女様、そんな残念そうな顔でドアを見ないでください。
「王女様、失礼します」
「エド!タイミング最悪!」
いきなり王女様から最悪呼ばわりされて、宰相様はちょっとびっくりなご様子。バーンズさんも後ろからついてきた。
「宰相様、冷めますのでどうぞこちらへ、早く席についてください」
「え?」「あっ」とか言いながらそそくさと席につく宰相様。それに合わせてパイを乗せた皿を前に置く。
「はい、熱いうちにどうぞ」
王女様にも笑みが戻り、宰相様もフォークを手に取り、さぁ、頂こうとしたまさにその時、またドアが開いた。
「あら、いい香りだわ」
また不機嫌な顔になった王女様が
「お母さま! もう! 冷めるから早く席についてっ」
え?っていう顔をしながらそそくさと席につく王妃様。目の前にパイを乗せた皿を置く。
王女様はこの後展開されるであろう、更なる来襲の予感に、もう待てないとばかりにパイにフォークを突き立てた。
ガチャ!
やっぱり来ましたか、王様。
三人はすでに至福の顔でパイとアイスを頬張っていた。
「「「 んんん~~~~~っ! 」」」
「お邪魔しております、王様」
三人はパイに夢中なので、取り敢えず自分だけでも挨拶しとかないとまずいよね。
「なっ、ずるいではないかっ、美味しそうな香りがすると思ったら仲間はずれか?」
「いえいえ、そんなことっ、王様も冷めないうちにどうぞ?」
ちょっと不機嫌そうな顔の王様にも席についてもらい、皿を置く。
不機嫌そうな顔も最初の一口で笑顔に変わり
「おおー、なんとこれはっ」
バーンズさんも部屋の隅で食べている。目線まで皿を持ってきてパイ生地の層にびっくりしている。
パイ生地作るの大変なんだから、心して食べてねー。ふふふ。
残りのパイは王子様達にと思っていたら、シル様が夜に食べると言って譲らなかった。
いや、夕食食べてね?ちゃんと。
三枚も焼いたのに三切れしか残って無いって?食べ過ぎだから!
王族達の話し合いの結果、夕食後に三人で一切れづつ食べることになったらしい。
ここでも王子様達の存在感の無さが浮き彫りになった。それでいいのか?次代の王なのに。
その後部屋を移動し宰相様と色々な確認事項を話し合った。
「ラヴィアン殿、噂が噂を呼び自薦、他薦で候補者が結構な人数になってしまってますが」
「ええ?そうなんですか?本当にちょっとした役なんですよ? 実はロミリオ役も誰かにと思っていたんですが、令嬢方に反対されまして、そのままやらせていただくことになりました。ですので、男性役はほんのちょっとしか出番がないのですが……」
まだ全部の脚本は出来上がっていないけど、予想としては、ロミリオの父親、ジュリアの父親、隊の上司、病院の医師、ほんっとちょい役なんだけどなぁ、大丈夫だろうか? どうやって人選しようかなぁ。
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ラヴィアン自室
「んんんん――。」
ふぅ、やっぱりだめか……。
何をやっているかというと、透明の魔石に魔力を込めようとすでに何度目かのチャレンジをしている訳だけど、上手くいかない。
魔法書には確かに透明の魔石に魔力を込めると書いてあった。やり方は書いて無かったけど……。
う~む。
あ、そういえば来週だったな、一回だけある魔法の講義は。たぶん魔法が使える人が来てくれるハズ。
あれやこれやと最近忙しすぎて、魔石のことを調べる暇もなかったし。いやけして忘れてたわけじゃないよ?ちょっと存在を無かった事にしてただけ!
だってやること、考える事一杯だしっ!
兄の苦労が報われぬ。
アッポーパイのリンゴは、断然、紅玉一択ですっ!