第28話 『王宮主催パーティ』その3 優雅なパーティのはずだった。だが、反省はしない。
ご令嬢方とアイスクリームを堪能しつつ会話に花を咲かせていると、どこからか寒ーい視線を感じた。周りをキョロキョロと確認してみると、唖然としたルナディ様が手に持っているコップを九十度傾けて中身をぶちまけていた。
やっばーい。男装がバレた。
淑女を養成するローズガーデンの管理官としては、ラヴィアンの令嬢らしからぬ装いは受け入れがたい事実だ。
ああー、目が吊り上がってきた。アイスアイス、アイスでクールダウンさせよう。
「ごきげんよう、ルナディ様。こちら新作のお菓子です。どうぞ」
「―― ――ラ、ラヴィアン様っ!!」
怒りとも驚きともつかない表情で、それでも差し出したアイスクリームは確り受け取った。
「あーそのお怒りはごもっともですが、王様にも許可を得ておりますのでご心配なく」
「は?陛下はご存じだったと?」
「ええ、まぁ」
ハッキリ男装しますとは言ってませんけどね。あの場にはルナディ様もいましたけどね。
「はっ、あの時の――どのような物であっても許可を――のくだりのことですか?」
ちっ、覚えてるし、その辺は流石管理官だなぁ。ダンスや作法には男装して行ってるのになぜ今までバレなかったのか、それって奇跡?――っと、現実逃避してる場合じゃない。
「ええと、パーティードレスが無いのは本当ですし、これも作ったわけでは無く兄達のお古に手を入れたものなのです」アセアセ
ルナディはラヴィアンが普段、質素すぎるドレスを着回していることを思い出し怒りが少し収まった。
よくよく見ると、真っ白な生地に詰襟と袖回りに輝く銀色の刺繍、ボタン回りの飾りも細かく、銀の糸で三つ編みに編み上げられた糸の鎖がそこかしこに飾り付けられ、動くたびに揺れている。ラヴィアンの銀髪と良く似合っている。
確かに普段の質素なドレスに比べれば天と地もの差がある……が、男装である。そして、パーティ衣装としてどちらに軍配が上がるかと問われれば……目の前の素晴らしい男装の方である。
「う、う゛~~~ん」 え?なんか生まれるの?
ルナディは怒るに怒れないジレンマに唸りだした。
「取り敢えず、溶ける前に一口どうぞ?」
ルナディは言われるままラヴィアンを凝視しながらアイスを口にすると、途端に今度は手元のアイスを凝視した。
よしよし、意識を逸らせた。
「あちらにまだ色々な味がありますのでお楽しみください」
やっとルナディから解放され、やれやれと一息ついたところに、ガッシャーン!!と何かが割れる音がした。次に怒鳴り声と共に女性達の悲鳴が聞こえた。
ヲイヲイ、王宮主催のパーティで喧嘩ですか?
「ラヴィ、大丈夫か?」
兄様達が心配して声を掛けてきた。
「ええ、兄様。――喧嘩ですか?」
「ああ、そのようだな。しかも又あの二人か」
「お知り合いですか?」
「まぁ、顔見知り程度に。いとこ同士らしいがいつもいがみ合っているんだ」
と、のんきに兄様と話していたら一人が走り出しこっちに向かってきたらしい。
ドゴッ!!咄嗟にエレ兄様が前に出て私を庇った。が、”〇は急に止まれない”の標語の如く、その人は兄様にぶつかり兄様は後方へ飛んでいった。その間もう一人が追いつき目の前で言い争いが始まった。
――私の為に争わないでっ―― じゃなくてっ。
目の前を見ると十代後半の青年二人が睨みあっていた。騎士の服装をしているところをみると立派な大人と判断していいはず、なのにパーティーの最中に人目も憚らずいがみ合うなど、中々の因縁が想定される。
「貴様!逃げるな!」
『逃げるなと言われて留まるばかがおるものかっ』
「逃げてるんじゃない!話にならないから離れただけだっ」
『ほぅ、この越後屋から逃れられると思うたかっ』
「お前が悪いんだろう!」
『ふっふっふ、お主も悪よのぅ』
「だから話そうと近くへ行ったのだ!」
『よいよい、もそっと近こう寄れ。悪いようにはせぬ』
「痛いぞっ!手を離せ!」
『あ~れ~、お許しを~~』
「「うるさいっ!誰だあんたっ」」
「誰だと言われて名乗るほどの者ではございませんが、そうです、私が変なお――ゲフンゲフン」
調子に乗り過ぎた。
国王主催のパーティーでのいざこざはこの二人の将来に係わる気がする。ラヴィアンの中の日本人気質が頭をもたげた。この場を丸く収め、前途ある若者の将来を守らねば!
ラヴィアンはお節介おばちゃんに変身した。チャラチャッチャッチャッチャ~ン。
「どうしたんです?」
首を少し傾けながら争っていた二人へ話しかけた。
「い、いや、何でもない」
「そうそう、何でもない。こいつの存在が国にとっての不幸だというだけだ」
「なにっ!」
お互いに掴みかかろうとしたので
「まぁまぁまぁ。それではどうでしょう、勝負をされては?」
「「勝負?」」
「ふんっ、願ってもない。剣を持って決着をつける!」
「あーあーあー。そんな血が流れるであろう野蛮で恐ろしい勝負ではなく、この場でやりましょう」
「「え? この場で?」」
どーでもいいけど返事が揃ってるし、実は気が合うんじゃないの?この二人。
「宰相様、このお二人の諍いを収める為この場を借りてよろしいですか?」
「は?この場で決闘ですか?」
「いえ、戦いですが決闘ではありません」
「えーと、よくわかりませんがこの場を血で汚さぬというのでしたら」
「ありがとうございます。それでは」
カリサを近くへ呼び宮廷付きの侍女と共に用意を頼んだ。
その間に争っていた二人に近寄り、上着を脱いでもらいシャツの袖をなるべく上まで捲らせた。
そうこうしているうちにカリサ達が戻り、場には小さなテーブルと椅子が二脚用意された。
「さぁ、向かい合って椅子に掛けてください。それではルールを説明します」
あっという間に場が整い、王族や宰相達が見守る中、ラヴィアンの説明が始まる。周りは何が始まるのか興味深々の顔つきである。
「ではまず、勝負をするお二人は真ん中で手と手を組んでください。いえそうではなくてこうです。はい。そしてこの対戦は相手の腕を倒すという単純な勝負です。ルールは手首を巻き込まないこと、相手の手の甲を自分の陣地に付けた方の勝ちです」
なんとなく理解できてないようなので、ラヴィアンが一人と席を代わりデモンストレーションをやってみせた。
「なるほど理解した」
「手首を巻くと違反なのだな?ふむ、了解した」
そして兄二人をそれぞれの対戦者の後ろから見てもらい、手首がまっすぐになっていることを常に監視するよう頼んだ。
「レディース&ジェントルメン!さぁ注目の一戦です。剣で血で血を洗う戦いはもう古い!これからは腕1本!力と力の勝負ですっ!このような近くで勝負が見られるなんて興奮ものです。そしてお二人は、今までの鬱憤をこの腕で晴らしてください!正々堂々の勝負ですっ。
よろしいですか? レディと言ったら用意してください。そしてGO!で勝負です」
二人の手が組まれたその上に、ラヴィアンが手のひらを乗せる。
「よろしいですか? レディィーー GO!!」 カン! ゴングが無いのが残念だ。
最初力は拮抗していた。じわりじわりと片方に傾いてきた頃周りから声援が飛び交いだした。
どんどん片方に傾きどんどん声援が大きくなる。
二人の腕は力を出し続けている為プルプル痙攣している。
いよいよ片方の手の甲が机に近づいた。劣勢だった方は更に顔を真っ赤にし渾身の反撃を繰り出す。
そして徐々に押し戻すことに成功。観衆はその一戦に釘づけになり興奮し力技で押し戻した戦者を称える。
そしてそのまま優勢が劣勢に劣勢が優勢に。
力を出しっぱなしの腕は限界に達し劣勢を巻き返した方が相手の甲を机に付けた。
「「「「「 わーーーーーーー 」」」」 歓声が上がる。
「勝負ありっ!こちら側の勝利ですっ。みなさんお二人に盛大な拍手を」
といいつつ勝った方の腕を上げる。
力を出し切った二人はフーフー言いながら肩で息をしていたが拍手を貰い立ち上がって礼をする。
「すっきりしました?御二方。もう喧嘩するほど体力も残っていないでしょう。あとは大人しくパーティーを楽しんでくださいな。はい飲み物です」
そして、暫くするとそこかしこで知り合い同士の腕相撲が繰り広げられていた。観戦者は周りで応援し、笑い声と楽しそうな悲鳴が聞こえていた。
――あれ、まずくね?優雅な王宮パーティが、腕相撲イベント会場と化してるんだけど?
恐る恐る王様の居る台座を見れば、王様と宰相様が腕まくりをして机に向かっていた。
み、見なかったことにしよう、そうしよう。
最近くしゃみが止まらないのですが、秋の花粉でしょうか?
黒鶺鴒:ラヴィアンさん、今日私誕生日なんですけど。プレゼントとかは?
ラヴィアン:もう、誕生日を祝う年でもないでしょう? しょうがないわね、はい、プリン。