第10話 4年ぶりの邂逅 白い〇〇
次の日の昼過ぎ、待ちに待った牛乳ならぬモウの乳が届いたとの連絡を受けラヴィアンは厨房へ急いだ。
きたー、4年待ったよ~逢いたかったよ!白い○人!
厨房のテーブルの上には膝丈位の高さがある大きな瓶のような入れ物があり、その中にモウの乳が入っていると言われた。
「思ってたより量が多い、あの料金でこんなに?」
「あまり売れるものではないので安いのですよ」
蓋を開けてみるとうっすらと上に生クリームが張っている。
朝の搾りたてと言われたので殺菌することにしたが部屋には大きな鍋がない。
「サンディさん、大きな鍋借りていいですか? 殺菌したいのですが」
「殺菌?」
「ええ。このままだとお腹を壊す可能性があるので。――カリサ、大鍋とこの乳を部屋へ運ぶわよ」
するとサンディさんがその手間をかけずにここでどうぞと言ってくれた。ありがたく厨房で殺菌することにした。
湯煎も考えたが面倒だし、大鍋で直接加熱することにした。
弱火の遠火で高温にならないよう混ぜながら三十分位かけて殺菌。
少し冷めた乳を瓶に戻しサンディさんに許可を貰って冷温室に放置させてもらうことにした。
ちょっと飲んでみたら、濃い! これなら上部の生クリーム層が厚めに浮くかも。
牛より脂肪分が多そうだ。
そうだ、ちょっと気が引けるけど人体実験を決行してみよう。
乳をそのまま飲んで貰うには少々ハードルが高そうだし、
私もおやつが食べたいし。
「サンディさん、乳は体質が合わないとお腹を壊しますので、様子見で何人かに食べてもらいたいのですけど……?」
「え?えぇ……、では、食べてみたい人は?」
数名の手が上がったので早速作ってみる。
「サンディさん、卵とパンあまってませんか? それとカリサ部屋からハチミツ持ってきて~」
「パンは硬くなってしまったものしかありません。 卵は新鮮なものがあります」
よし、フレンチトーストだ!
溶いた卵に牛乳、バニラもどきを混ぜ適当に切ったパンを十分浸してからゆっくり焼く。
あー、バターは――今はまだ作れない。厨房にあるのは植物油っぽいし、いいか。
焼きあがったフレンチトーストを皿に移しハチミツをかけたら出来上がり。
粉砂糖も振りかけたいよねぇ~、見た目的に。無いけど。
「さぁ、どうぞ~」
モウの乳を使っているので選ばれた三名は恐る恐る食べ始めた。
「あー、なつか――、モウ乳の濃度が濃いなぁ、カリサどぉ?」
口元に手を置いて目を見開いでもぐもぐしているカリサは、言葉を発することなく首を縦にブンブン振って答えてくれた。
しかしやっぱりパンが残念なのでそこそこ食べれる程度なのだが……。
他の三名はトロける顔になっている。
「お、美味しすぎます……、あの硬いパンが」
「これがモウの乳……」
「あー、食べると無くなってしまう~、美味しすぎて食べるのもったいないです。
あぁ、でもガマンできません。もぐもぐ」
サンディさんが我慢できずに、
「すっ少しいただきたいのですが!」
「だめですよ、これはお腹を壊すかもしれない実験のようなものですから。全員が体質に合わなかった場合厨房の仕事に差し支えちゃいます」
食べられない面々はとてつもなく残念な顔になりがっくりしているけど、そもそもこれフレンチトーストとしては、なんかちょっと違うからね?
「明日までには体調の結果もわかるのでガマンしてくださいね」
ラヴィアンが厨房を去った後サンディが食べた三人に対して、けっしてお腹を壊すな。という理不尽な圧力をかけたことはラヴィアンの知らぬことであった。
部屋へ戻ってお茶を啜りながらぼーっと考えごとをしているラヴィアン
う~ん、街に行きたい。どうすればばれずに抜け出せるか。 予想外だったなぁ、街に出れないってのは。侍女の服装なら出かけられるのかな?
「カリサ 侍女は頼まれたら街に行けるんだっけ?」
「ここは侍女も一人では出して貰えないようですよ」
そっか~、う~ん、あっ、行商の荷物運んでくれる人に隠して貰うとか?……仲良くならないと難しいか。う~ん
この宮殿の裏って森林だよね、どっか抜け道ないかな~。
「お嬢様、――よからぬことを考えてませんか?」
どきっ、感がするどいよカリサ。
「なっ何も考えてないわよ。さっきのフレンチトーストが美味しかったなぁって考えてただけよ」
カリサが疑いの視線を向けながら
「さっきのお話しですけど、数名で纏まってなら侍女だけでも街へ行けますけど」
「え? 早く言ってよ~」 なら私が侍女の服借りて行けるかも?
「……もう、みなさんお嬢様のお顔をご存じですからっ」
また読まれた!
夕食も済ませ厨房の片付けの喧騒の中
「料理長、ラヴィアン様はあの年でしかも辺境伯令嬢の立場でどうしてあんなに料理が上手なんでしょう?」
「それが不思議よね~、ナイフ捌きも相当よね」
「「「 不思議ですよね~~ 」」」
「こんばんわ」
厨房の面々が不思議がっているところへ噂のラヴィアンが顔を出した。
「ラ、ラヴィアン様! このような時間にどうされました?」
「えーと、ちょっとパンを焼きたいな~、なんて」
「え? パ、パンですか? 焼くんですか? 今からですか?」
「まだ寝るには早いし……。 ところでいつも食べているパンはここで作ってるの?」
「え、えぇ、夜に生地を作って朝焼いています」
「なるほど、それじゃ生地はこれから作るの?」
「そうなります」
部屋で寝かせておいたフルーツ酵母がいい感じになったのでパンを焼きたくなった。と説明し作ることになった。
「ラヴィアン様、酵母とはなんでしょうか?」
「パンを膨らませるもの?かな」
「「「「 ???? 」」」」
この世界なのかこの国だけなのかは不明だがパンと言われるものは小麦粉を平べったく焼いただけの代物だった。
ふわふわのパンなど無いのだ。
まずはバターの抽出から。
すでに冷めた牛乳の上澄み=生クリームを掬い、蓋の閉まる容器に塩少々と生クリームを入れる。そのまま漏れないように振り続ければバターが取れるはず。
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ カ ハァハァ
「カ、カリサ、続きお願い」
諦めたような顔をしながらカリサが受け取りシャカシャカ振り続け、暫くすると、
「あれ? お嬢様、なんか先程と手ごたえが違いますが」
「もうちょっと振り続けて」
そしてできましたバターとバターミルク!
入れ物を覘くといい感じの塊がみえた。バターミルクを別の容器に移しバターをちょっと味見する。
ああ~バターだバター。あなたはなぜバターなの! 香りが牛より濃厚だしっ!
至福の顔をしていると周りが食べたそうににじり寄って来た。
「これは後のお楽しみ」
がっくりされた。
さてとこれで材料は揃った。バターミルク、バター、卵、牛乳、小麦粉、砂糖、酵母、塩。
「サンディーさん、パンを捏ねる用の何かってあるんですか?」
「ええ、ございます」
後ろの部屋から手動のニーダーみたいなものを持ってきた。
そこに材料を入れて混ぜ、柔らかさを見る。計量が細かくできないので昔焼いていた感覚だよりだ。大体粉の70%~80%の水分があればやわらかいパンができるはず。
いつもの分量と言われた小麦の量は二キロ位だろうか?
手動のニーダーらしき物に材料を入れたらパンの係の人が替わってくれた。
なんとなく纏まってきたとこでバターを投入。
「ちょっと混ぜ難いですけどがんばってくださいね」
「はい、でもいつもより生地がやわらかいので回しやすいです。それにいい香りが……」
何度となくまわしているとつるんとした生地が出来上がった。生地を丸めてから、
「そのまま濡れ布を上に被せて暫く放置してください」
あ! そういえば昼間の実験台三人の様子聞く前に牛乳使っちゃったけど……。
「あの、そういえば昼間のじっけ……コホン、フレンチトーストを食べた方お腹の調子はどうです?」
「様子をみてましたが今のところ特に変わったところは無いみたいです」
サンディさんが替わりに答えてくれた。
「あれ?そういえばこれ、この量ってことは明日令嬢方にも出すってことですよね?」
「あー、そうでした。う~ん、でも大丈夫じゃないでしょうか?」
えー、サンディさんもたいがい楽天的だなぁ。
「まぁ、体質に合わない場合お腹壊す程度なんで大丈夫かなぁ? でもそんなことになったらサンディさん達に迷惑がかかるような気がするけど」
お嬢様達を実験台にしようとするラヴィアン、恐ろしい子。
(((( う~~~ん )))
「そうなったらそうなったで謝罪しますので気にしないでください」
サンディさんにそう言われた。たぶん大丈夫だと思いたい。
貴族令嬢相手なので不敬罪にならないことを祈ろう。 ――アーメン。
待っている間に余っている果物を煮詰めてジャムを作ろうと思い立ち、丁度少し傷んだイチゴがあったのでイチゴジャムを作る。
ジャム位思い当たらなかったんだろうか? 残念すぎる食生活だ。
まぁ、糖類も貴重な調味料の一つだからかな?
暫くすると
「あっあのっ!!なんかとんでもなく膨れてるんですけど!」
お~、いい感じ。しかし凄い量だな、おい。
粉を指につけてブスっと刺す、穴がそのままだったので一次醗酵はこれでいい。
少しだけ焼いてみたいので少量を取り分け、残りは上からポンポン叩いて空気をぬき、きっちり丸めて濡れ布をかけて上に蓋をして冷温室の冷気の弱い所へ明日の朝まで放置。
取り分けた少量を更に五等分にしてちょっとベンチタイム、形成をしてから暖かい所で2次醗酵、膨れたところで焼き釜へ。小さいので一二~三分程度焼いたら出来上がり。
いい香りと共に焼き釜から出されたパンは小麦色に表面が焼かれふわふわに仕上がっている。
「えーー?」 「美味しそうです!!」 「わぁぁぁ」
更に膨れたパンを見た面々が歓声を上げている。
あーっ 溶き卵で照り付け忘れてたっ、見た目が残念。やっぱり四年のブランクは大きいなぁ。
「少し冷ましてからいただいてみましょう」
焼きたてのパンはやわらかすぎるので少し冷ました方が好きなのだ。
その間にまた話が盛り上がる。どうしてこんなに膨れるのか? 酵母とはどうやって作るのか? 乳から出来たあの塊はなんだ? 等々質問を受けつつ答えていく。
パンがある程度冷めたので試食。バターとジャムも忘れないよ♪
「まずは少しちぎって食べてみてください」
ちぎったそばから驚きの声があがる。
「ななな、なんでパンがこんなにやわらかいのでしょう??」
「この前のシフォンみたいにやわらかいんですけど! ああ~この香りは、すぅ~」
一口食べてみると、あーーー 日本で食べてたパンだーーー それよりも美味しい?
「……なんて美味しい。これだけで一食満足できます!」
「それでは次にこのバターを少しつけてみてください。その後にジャムも一緒に」
初めて見る食材ではあったが、既に何の疑いも持たずバターを付けてジャムも乗せ食べ始めると、
「なっ――」 「うぐ――」 「はぁ?――」 「むもっ!」
一人よくわからないリアクションをしてるけど概ね受け入れられたバターとジャムであった。
「バターと言うんですか……。これがモウの乳から……」
「イチゴの香りとバターというものが混ざり合って……、そして、このパンもなんて……」
「切ったパンの表面をカリっと焼いた後バターを乗せるとまた格別ですよ」
「はぁ……、もうラヴィアン様は何者なんですか?なんなんですかこの幸せ感はっ」
「美味しい物を食べると幸せになりますよね、フフ。明日は残りの生地で同じ様に焼いてみてくださいね」
「任せてくださいませっ!――でも、バターは」
「ありませんね~、モウの乳の上澄みで作るので残りは他の物に使う予定なのです。ジャムは見てのとおり簡単なのでいろんな果物で作ってみてください」
「果物を煮るなんて、考えてもみなかったことです」
「まぁ、明日はパンだけで我慢してください。バターもジャムも少ないですし」
サンディは心の中でモウの乳の買い付けを決めた。ジャムは果物を煮詰めるだけだ。
そして酵母作りを早速始めることを鼻息荒く決意した。
毎日暑いし・・ だからアイスクリームいっぱい食べてもいいよね?
後でお腹壊すけど・・誰か「いいよ」って言ってくだせぃ~




