承~3
おじ様も、護りたいものがおありなのだろうか。
大公殿下が、大公家という家を護るために異母兄国王を放置していたように、立太子や国王即位といった野望をお持ちではないように。
そのために、あくまでもテオドラはデジレの婚約者としてあるべきで、やがて王太子妃として、王妃として、どれだけ素行不良の夫であってもそれを我慢して隣にあれとおっしゃりたいのだろうか。
――――ご自分の護りたいもののために?
立太子とか即位継承とか、そんなものが自分に舞い込んでくるのを厭うておいでとか?
だから、テオドラがデジレの生贄となることも、やむなしとお考えでいらっしゃる?
その後学院では、テオドラへの誹謗中傷が十分と見たか、王太子とその恋人マリアンヌが辺りをはばからず睦まじくするようになったらしい。
もはや誰に隠すことなく堂々と、多くの学生たちの前で王太子と庶民の奨学生は愛を囁き合い、恋愛遊戯を繰り広げているとか。
近習たちは、マリアンヌ嬢がいずれ王太子妃になり、ヒンクシー家のテオドラは婚約を破棄されると扇動を始めたという。
ひいては未来の王太子妃、マリアンヌ嬢を敬えという強要を始めた。
奨学生のマリアンヌ嬢に、貴族子女と言えどもひれ伏せと盛んに恐怖政治のごとき声が聞こえてくる。
時が満ちるとはこういうことかと、テオドラは思索を深くする。
そうやって黙考しているテオドラの姿がどこか不穏げに見えるらしく、枢密院や貴族院ではしばしば心配しているとの声かけをいただいた。
「参与ちゃんの元気がないと、皆心配しているようだよ。ジラルド兄上だけはいつもの通りだが、それでも愛娘が気落ちしているとなれば不安でいらっしゃるだろう」
大公殿下に呼び止められたのは、午前の会議を終えてようやく立ち上がりかけたときだった。枢密院へ貴族院会期中に提出する、新たな王室典範の草案についてそろそろ骨組みを、としばらく沈思していたところだったのだが。
「気落ちして見えますか、わたくし」
だとすると原因は一つしか思い浮かばない。
「いや、皆が話しているのはデジレの学院での振る舞いについてだ。奨学生の恋人と仲良くやっているらしいと話には聞いても、それはお前を喜ばせる類の話題だと私は知っているから。おそらく婚約破棄や解消の話題が出てたところで、お前なら待ってましたとばかりに動き出しそうだと思ってね」
状況とテオドラの態度の齟齬に、大公殿下は違和感を感じておいでらしい。
理解者の存在にどこかほっとして、テオドラはふわっと笑った。
「そうなんですわ。わたくし、婚約者様が自らご自分にふさわしい恋人をお選びになったこと、本当に嬉しく喜ばしく感じていますの。祝福の言葉を、本当はわたくしから真っ先に贈りたいほどに」
「では、気落ちの理由は?」
どれ、ジョージ義叔父様にお話ししてごらんと近くの椅子を引き寄せて大公殿下はお座りになられ、いつもの密談の時の体勢になる。
「まだ準備が不十分と申しますか。破棄でも解消でもなく、今後の貴族社会での動向にも配慮したうえで、婚約無効を申し立てるのが一番かと思っているのですが……提出先は王族と貴族の婚約にかかることですから現行法でも枢密院になり、こちらはすぐに承認がされるはずと信じています」
「なるほど。では、気がかりはその先にあると」
「無効となりますと、わたくし側は今まで王家に拠出していた資金の回収に回ります。国王陛下の私財を恐らくほとんどすべて差し押さえることになると思うのですが、両陛下は私財をすべて失って、その後の生活にさえ支障が出ますわよね? 素直にご退位下さるでしょうか、ご自分のお子様のなさったこと、普通の親なら不始末は始末なさるでしょうが、普通ではない方々なので」
「それはやはり、血の流れない王位の簒奪とやらに走るべきではないのかな。ほんらいなら多少強引にでも、早々にあの方を廃すべきなのだ。国民のためにも。私という都合のいい後見もいることだし、新国王にはヒンクシー公爵家、というよりお前という人の存在もある。枢密院は抑えられる……」
お前の計画はそもそもそうではなかったか、と大公殿下はおっしゃった。のだが。
「……おじ様にまだお話できていないんです。それにわたくし思い違いをさせてしまっているらしくて。おじ様はわたくしがクライシュテルス家のアンリ殿と添い遂げたいあまりに、デジレ殿下との婚約無効を画策していると信じていらっしゃるようですの」
意思の疎通もできていないこと、恥ずべきことだが打ち明けぬわけにはいかない。
大公殿下は、がたっとわずかに椅子から身を起こされ、こちらに乗り出すようにテオドラを見た。
「言い方がきっと悪かったんですわ。政略としても政治的にうま味のない方との婚約なんて御免こうむると、わたくし多分そんな風に申し上げてしまったんですわ。デジレ殿下にはうま味がなく、アンリ殿との婚姻には利が多いと、そこで勘違いされてしまったようなのですが。ちょうど学院からの噂が終息したかしら、という直後のことでしたし」
「……そうか、それはどうも私も勘違いに一役買ってしまったようだ。昨夏、子爵領で過ごすウィルから毎日のようにしつこく手紙が届いていたことは話したと思うが……その返信の一通に、ドーラはクライシュテルス伯家のアンリ殿と南西部への長旅に出て王都を空けている、と書いた」
「か、官僚方や先生ともご一緒ということは……」
「いや、伝えていないが。常識で考えたら未婚の男女が同伴者もなく政務で視察旅行というのはあり得ない話だろう。お前には現状婚約者がおわすことだし。ウィルが鵜呑みにしてしまったということか。しまった、私の言葉足らずか……」
留学時代の三年、外遊時代の一年と半年余り、おじ様は王国内の動向にも注意されていた様子だが、テオドラの心の内までは知らない。
なぜか、おじ様の中でデジレとの婚約を嫌がる理由として、テオドラの思い人としてのアンリ殿が浮上した。
戻られてまもなく頻繁にクライシュテルス家を訪うテオドラを目撃し、兄上からすでにお聞きの視察旅行の噂が時季外れに広がり、さらにアンリ殿との個人的な会話でテオドラの婚約破棄に助力を、と要請されたところでテオドラがひそかに夢見る相手、理想の結婚相手として、アンリ殿に不動の位置づけが行われてしまったということらしい。
で、お怒りでいらっしゃった? ……テオドラは何をされてもデジレの婚約者であるべきだとお考えの方だから。
これは……なんと悩ましい。
テオドラは大きなため息を漏らし、がっくりと肩の力を失ってうなだれた。
「わたくしが悪いのだわ。……義叔父様にお尋ねしたようなこと、まだ王弟殿下にはお話できていないんです。次の国王となられるご意志はおありかと問いかけたことも、即位の際にはわたくしを王妃としてお役立ていただきたいということも……そもそもわたくしが、王位の簒奪を、デジレ殿下の廃太子をと企てていることも……」
「いや、しかしなぜまだそんな状況でいる……? 賢いお前の成すことだ、一番重要な鍵の人、要の人にどうして何も説明できていないなどという不備が起こる」
「だって……わたくしが悪いんですわ。おじ様を前にすると、口がわたくしの物のように動かない。伝えたいこと、たくさんあるのに、ずっとそうなのです。……こんなによく動かない口なら、捨ててしまいたいと思うほどに……」
いつかおじいさまにしたのと同じように、テオドラはまた大公殿下に漏らした。
「……なんだ。少し安心したと言ったらおかしいか……? 時々忘れてしまいそうになるが、お前ほどの聡明な娘といえど、まだ年頃の少女であった。まだ十六になったばかりの、少女に過ぎなかったな。……心の底から、ウィルを慕ってくれているのだな……」
安心した、と。泥の中の仔鹿のようなテオドラの暴露も、義叔父様はおじいさまのように安心した、とおっしゃってくれる。
「政略と理由づけて、恋する男と結ばれようとする……罪悪と感じているのか?」
「――――義叔父様にはお伝えしていましたね。わたくしの政略とは、まことに身勝手な自分自身の救済そのものであると」
そのために、いずれ成すことのために、貴族院や枢密院に、膨大な人数の味方たる同僚議員を得、既知を得、有用な娘であると思わせて発言力を蓄えた。学院にもできうる限り登校し、同年代の友人を得た。
学院の友人たちも、大人たちも、デジレの素行の悪さは知っている。それを諫める者の不在も。
ヒンクシー家がその尻拭いをし続けているという厳然とした事実があり、そしてめでたくも当初の予測通り、デジレは自ら恋人を選び婚約破棄に向けて動こうとしてくれている。
何もかも、うまくいっている。テオドラの思い通り。面白いほどに。
けれど、どうしても、自分自身とおじ様だけはそうはいかない。動けない。動かせない。
人生なんて、ちっとも順調にいかない。
テオドラは意固地で頑なでいけ好かない小娘で、おじ様は夢のように魅力的な独身男性だ。
「……捧げるもの次第で……」
手に入らぬ人なのか、とテオドラにおっしゃったおじいさまの声が脳裏によみがえる。
「……お心もきっと手に入る……」
上手くいかなくても、下手くそでも、みっともなくても。テオドラはちゃんとおじ様に伝えるべきなのだ。もう時間はそうない。テオドラは喪中で慶事となればそのあとが望ましいけれど、デジレたちがじれて先に破談を持ち出して来たらことだ。計画がすべて狂う。
――――おじ様に、すべて話そう。その機会を作ろう。
「ジョージ義叔父様は、喜んでくださいますか。もし、テオドラが義叔父様の義妹になったら。……テオドラがおじ様のお嫁さんになったら」
「願ってもない縁談だと以前から思っているよ。……嫁がれてきたころの、妻やお前の母上を思い出す。まっすぐで、一途で、純情だった……妻は今もそう変わらないが」
のろけるように、ふふふ、と笑って、大公殿下は少し懐かしいものを見るようにテオドラを眺めて笑みを深くされた。
「容姿はまるで違うのに、血とは実に不思議なものだ。側室との恋に溺れたわが父の……前王の血が自分にも確かに流れていると、私はマルゴと出会った時からたびたび感じているし、お前にはわが母上の怜悧で透徹とした理性も、お前の母上たちの情の篤さも感じる。自尊心の高さもそうだ」
「わたくし、偏屈ですわ。いろいろとねじ曲がっていますし、理性よりも感情の方が勝ちすぎていますし、それも自分では抑制できないほどだわ。……どれほど理性を尽くしても、おじ様をお好きだという一片の感情がすべてを台無しにしてしまう」
「偏屈でもねじ曲がっていても、一途に違いないだろう、それは」
やがて肩を震わせるようにして、大公殿下は笑い声を漏らされた。
「私が知っているウィルも、おおよそ、そんなものだ。気難しくていろいろこじらせているが、それでも一途だ」
テオドラには思いもかけないことをおっしゃって、大公殿下は笑いながら立ち上がる。
「恋は盲目というが、ドーラ。お前には見えていないウィルの姿も私には見えているのかも知れない。そこはウィルに直接確認してみるべきだ」
そして、議場を後にされた。いやー、若いっていいな、とかすかにそんな歌うようなつぶやきが、テオドラには聞こえたような気がした。
そして、テオドラは狙っている。おじ様にすべてを打ち明ける機会を、伺っている。
視線で訴えかける、ということを、おそらく初めて意識して実行した。
枢密院では、『参与ちゃんのお願いには誰も逆らえないから……』と語られるほどの眼力を、どうやらテオドラは持ち合わせているらしい。
魔物の魔眼だ。ますます自分が魔物のようで困惑しつつも、事実として受け入れて、利用するものは利用するしかない。どうしても主観で見てしまう自分自身のこと、客観的な指摘は本当はありがたいものなのだ。
週末の公爵家で過ごされる、弟たちの遊び相手をして下さるおじ様に、テオドラはできる限り視線を合わせたいと願い、その姿を追った。
おじ様とは幾度も目が合った。けれど、そっとそれは逸らされる。そのたびに絶望的な気分を味わいながら、諦めることは決してしなかった。
王室典範は、女系に婿入りして続いたその子孫にも継承権が順に与えられるとの改正案を盛り込んだ草案の枢密院への提出が済んだ。これは儀典庁にテオドラが提言して起草したもので、枢密院での審理が慎重に進んでいる。貴族院への提出は次回に持ち越されるだろう。そろそろ閉幕も間近だった。
貴族院閉幕の夜、社交期の終わりには王宮で盛大な夜会が催される。喪中の大公家やヒンクシー公爵家は出席を見合わせたが、直系親族には当たらないおじ様はご自宅から出かけられ、大層泥酔されてその夜は王宮に最寄りの公爵家にお泊りになった。
姪姫たちのたくさんの目がある大公家にこの様子で戻るのは、兄上の叱責が……とうつつにこぼされたのを、従僕が拾って公爵家にお連れになったらしい。
珍しくお酒に飲まれて、両脇を家人に支えられながら、おじ様はご自分の寝室に運ばれて行った。
おじ様は翌朝には帝国の帝都へお出かけになり、幾つかの外交日程を消化された後は子爵領まで戻られて夏を過ごされることにしたらしい。
夏の子爵領は、テオドラにも特別な場所だった。王都で過ごすより清涼で空気もおいしく、開放的な場所。自由になれる場所。そして素の自分になれる場所でもあった。
必要な補講を受講し終えてから、テオドラも子爵領へ行こうと決め、父上と母上にその旨を伝えた。
「会期中は気を張ることもあったのだろう。しばしゆっくりと静養しなさい」
とおっしゃった父上は、母上と弟たちを連れ、この夏は公爵領と女公領の領都の館で半分づつ過ごされることになっていた。
領政についての手ほどきを、今の内から弟たちに少しずつ学ばせるためらしい。
ご自分が騎士として邁進するあまり、領政を甘く見ていた過去を父上は顧みておいでのようだった。
大公家でも、まるで示し合わせたかのように、叔母様の女公領に今年は出向かれると聞いていた。姫君たちは公都の夏祭りの仮装大会を大変楽しみにしているという。
大公殿下からは、
「ウィルと二人きり? いいじゃないか、時間をかけて話し合えばいい」
と、励ましのようなお墨付きをいただいていた。そういえば母上もいつものように未婚の男性と! とはおっしゃらなかったなとテオドラは思い出す。
母上には家族同然の方に、テオドラがひどい執念をもって執着していることなど思いもよらないのだろう。
できる限り理性的であるために、おじ様にすべてご説明するときにはできるだけ理論的であるために、テオドラは資料をいくつもそろえた。
それは例の港湾用地のの地形図であったり、デジレの娼婦殺しに関する報告書であったり、関係者の散財の証拠の写しや婚約無効の正当性を綴ったテオドラの陳述書であったりした。
鍵のかかる書類箱は二つになり、重要機密ゆえ、馬車の中に置かねばならず、いつもは侍女を二名帯同させるところを一名だけ連れて、テオドラは王都を離れた。
途中、ヒンクシー領都に立ち寄り、家族のいる領主館に一泊した。
「ドーラにいさま」
末弟は、テオドラの性別を理解できていない。男装していれば兄様と呼び、女装していれば姉様と呼ぶ。時々混乱はきたすらしく、世の中に男の子と女の子がいる、その区別があることはわかっても、性をわりとニュートラルなのであると感じ、テオドラだけは自由にそこを行き来できる人物なのだと思われているらしい。
「きょうはにいさまなのですね」
「姉さまはいつでも姉さまだよ!」
上の兄たちに訂正されても、やはり納得しているのかいないのか判断はしかねる顔で、
「でも、きょうはにいさまですよ」
とかわいらしく反論している。
「みんな、いい子にしていましたか」
馬車を降りたテオドラが荷物のあとを頼んで、領主館へ足を向けると、待ち構えていた弟たちが一人二人と扉から出て、出迎えてくれた。
「昨日は川遊びをしました!」
「あのね、姉さま! 父上はお魚を捕まえるのがおじょうずなんですよ!」
「ドーラにいさま、だっこしてください!」
上の子は十二歳、下の子はまだ五歳。
父上の当初の目論見は領政の手ほどき開始、という予定のはずだったのだが、やはりまだ遊びやお楽しみがメインの休暇を過ごしているようだ。
「まずは入城のご挨拶をさせて。父上と母上はどちらにおいで? 着きましたとご挨拶をしてから、それからお話しいたしましょう」
いくらゴム樹脂製の高性能な車輪でも、一日揺られているのは大変なのだ。
父上たちに到着を報告し、元気いっぱいで夏を楽しむ弟たちに引き回され、楽しみながらも疲労を感じている夜、テオドラはまだ帝都にご滞在中のおじ様に向けて、一通のお手紙を書いた。
『子爵領の領主館にて、おじ様の訪いをお待ちしています』。
それはいつかも書いたのと同じ文面であり、あの夏をやり直したいと願う気持ちの表れでもあった。仲直りをして、すべてお話しなければ。
テオドラはそろそろ進退が窮まってもいた。デジレと恋人は、近習たちとともに離宮の一つでひと夏を過ごすのだと学院中で吹聴していたらしい。
補講の間に話だけはテオドラも耳にした。遊興費はテオドラの持参金から、やはり出る。
夏の終わりには愚かしい請求書が届くのだろう。
債務を自分たちで積み上げていると、どうも彼らは気が付いていない節がある。
婚約を破棄して、それまでデジレたちに拠出した資金が回収されるとは、考えていないのだろうか。それが自分たちの身にも降りかかってくるものだとは、思ってもみないのだろうか。
それほど、マリアンヌ嬢とやらに入れあげて、周囲の視線などに気がまわらないのだろうか。
夏の離宮に同行させる、そこまで親密な交際を、放埓に繰り広げているのだ。
ほぼ名分だけの婚約者の存在など、邪魔で邪魔で仕方がないはずだった。
デジレにも、その恋人にも。近習たちにも。
デジレは恋人に、婚約者など名ばかりで、いつでも捨てられると睦言を囁いているはずだ。
マリアンヌという名の彼女だって、恋人のデジレには婚約者がいると承知の上で行動している。
女の子の狐とか豹とか猫とか、眉を顰められる振る舞いに自覚があったとしたら、デジレを急かすはずだ。自分を恋人にしていたいのなら、婚約者とは早く決着をつけてと。
日陰の女になれるような方じゃない。
学院でマイヤやカミーラやユージェニー様から聞くマリアンヌ嬢とはそんな少女であると予想される。
かつては優秀であった少女が、私はいずれこの国の王妃よ、と学院内でありもしない権威を振りかざし、それをデジレも許しているとなれば、噂や真実が入り混じり、多少の誇張ははあるにしろ未来の予測が立たない。
夏の休暇が終わってしまっても、学院への通学がためらわれる。
少し枢密院へ登院を続けることで回避しようかと思う。
午後会などは多少まったりした茶話会のような様相を呈するが、同僚議員たちとお話するのはこの上もなく楽しいものだ。
デジレが自分の持っている権力を誇示して利用するとしたら、それは王宮ではなく学院である可能性が高かった。
枢密院を通さずに王太子が憲兵隊を動かせるとは考えにくく、公爵家の屋敷にある日突然武装した近習たちの私兵が現れるというのも、王都でのことだ、ありえない。学生身分の子息たちの号令で、そんな暴虐が行われるわけがない。
だから、デジレが行動するとしたら学院内であるとテオドラは思った。その時が来る前に、何としても。
疲れ切っているはずなのに、夜中に何かに追い立てられるような夢を見て目を覚ました。
心臓がどくどくと大きく音を立てていた。しばらく自分の心音を聞きながら、また再び眠りについた。
翌朝、家族と昼食までをともにし、テオドラはヒンクシー領都を発った。
途中宿場で一泊し、その翌日には女公領へ。二日滞在して、さらに宿場宿場で一泊ずつ、いつもよりゆっくりと子爵領入りした。
――――まだ帝都でお過ごしだろうと思っていたおじ様に、領主館で出迎えられたのには驚いた。おじ様はどことなしに思いつめたようなお顔をされていた。
そしてそれは、おそらくテオドラも同じだった。
「やあ、おかえり。……会いたかったよ」
「おじ様。……どちらでお手紙を受け取られました? 公都からお出しして、まだ六日しか経っていませんわ」
「ああ……手紙は皇宮で受け取った。それから、馬を三頭乗り換えて今朝こちらへ入った。従僕は後で追いつくだろう」
領主館の代官たちも出てきて、未熟ながらも領主として迎えられ、テオドラはすっかり慣れた彼らに書斎や私室や寝室への荷物の振り分けを依頼した。
「珍しい。今日はドレス姿なんだな」
簡素で動きやすく、黒い薄布を使ったドレスを今日は纏っていた。
「こちらでは女子爵なのですもの。帝国側に入れば多少は。それに男装をしていると末の弟がわたくしをドーラにいさま、とどうしても呼びたいようなので」
「かわいいよ」
すとん、と胸に落ちて広がった言葉に、テオドラは動揺した。それはおじ様も同様だった。
「い……いや、エルネストが、だ……」
おじ様は末弟の名前を出して、しばし言葉を失われる。
「ええ、……ええ。エルネストはかわいいですわ」
テオドラも、真っ赤になってしまっているだろう顔をごまかすように、領主館へとさっとおじ様を振り切って足を踏み入れる。
使用人たちに迎えられて、長旅をねぎらわれ、今年もよろしくお願いしますね、と一人一人と目を合わせた。子爵領の夏が始まった。




