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第八話 真亜莉、マーリルになりました




  ―――至急!至急!誰か応答願います!

   ――――死亡フラグが立ちました!



 真亜莉の脳内は完全に混乱状態に陥っていた。ずっと幼い弟妹たちの母親代わりとして生きて来た真亜莉にとって、今は周りを囲むは大人のみ。甘えたいわけではない。甘やかして欲しいわけでもない。ただ、双子の前では決して外さなかった大人の仮面を、上手く被ることが出来なかっただけだ。


 茅部真亜莉かやべまあり、19歳。泣きそうである。



 悠莉と十莉のためならば火の中水の中、岩の中ならばギリギリ行ける気がしていた。それこそ母親と同じく命をかけてという台詞も、真顔で言いきる自信もある。

 しかしただ「死ぬ」という現実を突きつけられただけなら、弟妹(誰か)のためではないのなら、酷く絶望につき落された気がしたのだ。


「そう諦めるでない」


 表情かおに絶望の色が浮かんでいたのか、殊の他優しい声音で語りかけられたのと頭に落ち着く重みを感じたのは、同時だった。


 無意識に顔を俯かせていた真亜莉は顔を上げると、優しい眼差しのマヌアーサと頭の上に乗ったままのヴィアーナの手の重みを感じて、恥ずかしくも嬉しい気持ちを感じてしまった。別の意味で泣きそうだ。


  ―――――母親を思い出してしまったのは、母に対して不誠実だろうか。







「おわぁ、街だ!」


 真亜莉はもう一晩ヴィアーナの家で世話になり、魔の森に隣接するスクランズ領『スクラム』へとやって来た。


 あの後これから真亜莉がどのような行動を起こさなければならないのかは一度保留となった。何故なら終始固まっていたジョイルが「国王様にどう説明したらいいんだ」と項垂れたためだ。


 ここはサティア国である。真亜莉を拘束する事は出来ないが、渡り人の報告をしなければならない。また、ストロバリヤ国に行くにしろサティア国の民(・・・・・・・)として赴くのなら国に報告の義務が発生する。そのため一旦保留にして王都へ行くことにしたのだ。国王にあって話をした上で要相談となったのだった。



 そうしてジョイルに連れて来られたのは、マヌアーサが魔の森に掛けている幻術を解いて徒歩で一時間ほどの所にある街『スクラム』だ。


 まず見えたのは砦のような建物だった。完全に森に飲み込まれた位置にあるあれは何と領主館だという。砦のようだと比喩したのだが、元々魔の森から魔物が溢れださないように監視していた場所――正しく砦だったようだ。領主館というのは昔から変わらないらしいが。


 スクランズ侯爵家は、元々王族の血の連なる者が継いだ公爵家だったらしい。

 この国の公爵家は王族の臣籍降下先であり、二代継いだら一つづつ爵位が降下していく。何かしらの功績をあげるか、実績を作ればそれ以上下がらず、公爵から一つ落ちて侯爵になってからはずっと下がっていないらしい。それはこのスクランズ領が少し特殊なことも関係していた。


 真亜莉が先程までいたマヌアーサとヴィアーナが暮らす湖は特別なものらしく、その湖を代々守っている一族、それがスクランズ侯爵家だ。『湖を守りし一族』と呼ばれ、他国から国を守る武官ではなく、国の内政を行う文官でも無く、この魔の森から国を守護し湖を守ることに重きを置いている家なんだそうだ。そのためあの砦を居住区としこの街を守護している。

 だから、この街はある種の治外法権が成り立つ、小さな国のような物らしい。


 この街は入った瞬間にその特色を大きく写し出す。


「わぁ、もふもふ」

「あれは獣人だ。この街はどこの国よりも獣人が多い」


 ジョイルは案内しながら話してくれた。

 獣人と呼ばれる人種がいる。獣頭に尻尾と毛で覆われた二足歩行の動物のような容貌の全獣人と、人種の見た目に獣耳と尻尾のある半獣人がいて、言葉は人と同じで意思の疎通は可能だ。


 人間は自分と違う者に対して畏怖を感じるように出来ている。人よりも余程身体能力の高い、否高いからこそ獣人は長きの間差別を受けていた。

 年々差別は少なくなっているものの、決して完全になくなっているわけではない。それがこの国、否この街ではほぼ無いと言ってもいいらしい。この街に獣人の住民は人口の凡そ6割。他国では信じられない数字だと言う。


「一人の男を紹介しよう」

「お願いします」


 すいすいと人の波を縫うように歩いていくジョイルを追って、真亜莉も逸れない様に足早に歩いていく。この男はどうやら女の子に気を使うと言うことをしないらしい。今更女の子扱いをされたいわけではないが。


「スタンガートはいるか?」


 ある一軒の店らしき建物に無断で入るジョイルは我が物顔で一人の名前を言った。真亜莉はともに入ってもいいのかわからなかったので、出入り口の前で待機だ。


「あー誰だ?お、ジョイルじゃねぇか久しぶりだな。何か用か?」

「一つ頼まれごとをしてくれないか」


 仮にも領主にその台詞はないだろう、と真亜莉は内心思ったことだがこの街では普通のことなのだろう。明らかに貴族然りとした服装にも関わらず、ここまでの道程にいた人々は気にした様子も無く、寧ろ気軽にジョイルに声を掛けていた。


(ラノベに出て来た貴族って奴はどいつも偉そうで、平民には恐れられていたような……?)


 真亜莉が実際に貴族にあったことはない。あちらの世界の日本に貴族はいないのだから当たり前だろう。しかしこの世界でも嫌な貴族は多いこと(それ)が普通で、この街が異常なのだと真亜莉が知るのはもう少し先である。


「マーリル入ってこい」

「はい」


 恐る恐る覗きながら呼ばれた声に反応して、真亜莉は建物の中に身体を滑り込ませた。


「スタンガード、こいつはマーリルだ。扱き使ってもいいから今回の行商に連れて行ってくれないか」

「おいおい、どこの貴族の坊ちゃんだよ。勘弁してくれよ」

「そう言うな。この間の酒飲み勝負のツケは私が払っておいてやろう」

「う……」

「マーリル、こいつはスタンガートだ」


 どうやら話はついたらしい。ジョイルに酒代を盾に押し付けられたようだが。


 真亜莉の目の前にいるのは実に2メートルはあるかというほどの巨大な男だった。粗野な言葉遣いをしているとは思えない程の綺麗な顔をした男だったのだが、顔を歪めて明らかに断りたいと言う思いを隠さずにいるものだから大分台無しである。


 この国では多いという薄い茶色の髪の毛を後ろで括り、碧眼を持った男はスタンガード、28歳。スクラムで一番の商会だというイオシュネ商会跡取りだとジョイルに紹介された。


「マーリル16歳です。よろしくお願いします」

坊ちゃん(・・・・)、子供でも使えなかったら放り出すからな」

「はい」


 真亜莉はスクラムに来る前にヴィアーナといくつか約束をさせられていた。




  ▽



「真亜莉ちゃん」

「はい?」

「いくつか決めておきたい事があるんだけど」

「…………」


 真亜莉が王都へ行くことは決定した。真亜莉自身もなるべくはやく行動に移したかったことと、世話になりっぱなしについて思うところがあったので否やはない。


 ここから王都まで馬車で二週間もかかるらしい。「マジックボックスの中身でも売ればなんとかなるかな?」なんて20年近く住んだ日本の平和な危機感の無さで楽観的に考えていた。

 三歩歩けば忘れるとはこの事である。



「昨日から言ってある通り、真亜莉ちゃんが持ち込んだものはとてもこの世界にとって貴重且、危険が孕むものよ。それはわかっているわね?」

「……はい」


 どうやら真亜莉の頭の中は筒抜けだったようだ。


 真亜莉は特に鳥頭ではない、と思われる。

 自分の危機に対してとても無頓着なだけなのだ。

 『守る者は弟妹の二人』を常に掲げ生きて来た生まれてからの半分の人生は、真亜莉の行動指針を二人のみに向けてしまっている。自分を大事にしていないわけではない。


 自分を大事にするのを忘れてしまうだけなのだ。


「それでね、まず第一に貴女を一人で行かせることはできないわ」

「え」

「この世界は貴女が思っている以上に危険な世界よ。常にそこらで命を散らせているわ」

「…………」

「だけど、護衛なんて付けて仰々しく行くのはいやなんでしょう?」

「……はい」


 真亜莉も危険なことだと百も承知である。ヴィアーナはそれを真亜莉がわかった上で言っているのだ。無償の親切をこれ以上は受け取らないだろうこともわかっていた。


 真亜莉はいつも守る立場だった。守られる立場は慣れないし、性に合わない。


「だから、ジョイルくんに商人を紹介してもらって一緒に行くっていうのはどう?働きながらならこれからの旅の費用も稼げるし、野営の仕方も学べるわ」

「あ、えっと……いいん、ですかね?」

「いいのよ」


 ヴィアーナは言いきった。そろりと隣にいるジョイルに視線を遣ると仕方なさそうに、だがしっかりと頷いてくれたため真亜莉もそんな親切は受けようと思った。無償では真亜莉自身が気が引けるため、日本での知識を対価に協力してもらうように話は付いた。


「よろしくお願いします」



 スクラムの商会で働く事――この時点で当の商会には全く連絡は行っていなかった――が決まり、マヌアーサに送られてジョイルが帰って行った夜、ヴィアーナは再び口を開いた。


「それでね、ここを出てイオシュネ商会で働く時に貴女を『渡り人』だと隠しておきたいの。渡り人の象徴である日本人の外見を持っていない貴女なら可能だと思う。幸い言葉には困っていないし、文字の読み書き出来るようだからね」

「はい」

「人は何かを達成したい時一人の力では限度があるわ。時に誰かの力を借りなければいけない。でも、その誰か(・・)が必ずしも貴女の味方とは限らない」

「…………はい」


 ジョイルの様に利害が一致する関係であればそれが破綻するまではお互いに裏切ることは益にはならない。そんな関係の方が意外とうまくいったりする。しかし一方的に搾取しようと目論む輩がいないとは言い切れないのだ。

 この世界に恩恵を与えている者が多い『渡り人』はその対象にされることが多いため、国で保護をしているのだ。その恩恵は真亜莉が考えているもの以上なのだろう。

 自分の身は自分で守らなければならない。


「国に報告はするわ。でも自由を奪う事はしないと約束する。その代わり守護する義務もないの。自分で守れるようになりなさい」

「はい」


 厳しい物言いのヴィアーナから叱咤激励されて真亜莉の胸の中は知らず暖かい気持ちになっていた。それはきっと幼い頃に母親から感じた懐かしい気持ちで――――――真亜莉はしっかりと頷いた。


 真亜莉が隠す事は渡り人ということにおさまらない。

 マーリル16歳。とある事情でスクラムにきた男の子(・・・)である。


 中性的な美貌を持つ真亜莉はその自覚があまりにも薄い。それはこの世界ではあまりにも危険な鈍感さなために、性別から歳から経歴から全てを偽ることにしたのだ。


 身長はその歳の男の子にしてみれば少々低いが全くいないわけではないし、女性特有の甲高い声もしていない。

 真亜莉は元々身体を動かすのが好きでそれなりの筋肉もついている。髪も短く頭の後ろで括れるだけしかないのだ。髪を短くしているのは未亡人位なこの世界では、寧ろ女性と言われても首を傾げるかもしれないことも原因の一つだ。後は男の子の服装をしていれば、よくよく疑わなければ女だとは思われまい。


 そうした様々な理由が合って真亜莉――マーリルは出来上がった。


「あとは当然知識も持って来た物も使ってはいけないわ」

「え」

「ジョイルくんと一緒に精査してから広めても良さそうなものだけ買い取ることにするわ」


 ジョイルとの契約はこうだ。

 真亜莉が持ってきた知識や物は領主ジョイルを通して売買する。一応領主預かりの渡り人ということで他の貴族には手出しさせないようにすること。他の細かい事は書類に起こしてマヌアーサが契約の魔術を掛けることにより承認とする。


「ジョイルが一方的に搾取する貴族ではないけど、それでも悪意のない害と言うのは存在するの。隠して置けるものは隠して、必要な時に小出しにして取引するのよ。それでも迷うようなことがあればここにいらっしゃい」

「あ、ありがとうございます」


 気恥ずかしいような面映ゆいような気持ちになる。包まれているような、守られている気持ちとはこうも暖かっただろうかと両親が居た頃を懐かしく思った。


 ヴィアーナから受けた暖かな眼差しに、真亜莉も自然と笑顔で返していた。





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