第七話 真亜莉、死亡フラグが立ちました
母親は元々身体が丈夫ではなく、悠莉と十莉を出産する時にその命の灯火を終わらせた。随分と歳の差があった父親も、過労がたたり4年前に亡くなった。
真亜莉は簡潔にそう両親の事を説明した。
哀しくないわけではない。寂しくないわけではない。しかし今は悠莉と十莉のほうが大事なため、極力心情が言葉に表れないように、淡々とそう言葉にした。
「だから、私も母の事は少ししか覚えていないんですけど」
そう前置きしてから、知っている母親の情報を目の前の大人たちに話す事にした。
どこか外国の生まれだとばかり思っていた。勿論異世界生まれなどと思うはずもなく、真亜莉自身も子供だったこともありそこを気にする事は今の今までなかった。
「一つ覚えているのが、ストロバリヤという国の名前を聞いたことがあることと、『ウル』というのを持っていると言っていたことです」
「な!?」
真亜莉の記憶の中の母親は物悲しそうな、切なそうに儚く笑う印象の人だった。真亜莉が生まれた時はまだ10代だったのではないかというほどに若く、時折溜息をついては空を見上げている時があった。
家事が得意ではなく、まるでどこかのお姫様の様な高貴なオーラを纏っていたような気がする。
しかし真亜莉が大きくなっていくにつれて少しずつ元気になってきて、父とともに笑っていることも増えていった。双子を妊娠したときなど凄い喜びようだったのを覚えている。
だから「絶対に産む」のだと、真亜莉に兄弟を作るのだと快活に笑ったのが、母親の最期の記憶だった。
少ししんみりしてしまったが、真亜莉はそんな母親が大好きだ。そう、締めくくって笑顔で話を終わらせた。
「私もお母さんは大好きよ」
「はい」
女二人で笑っていると男二人は難しい顔をしていた。
「とにかくマーリがこの世界の人間だとは判明したぞ」
「え!」
えへへ、ふふふ、と二人で照れながら笑い合っているとマヌアーサが聞き捨てならない台詞を吐いた。
「『ウル』とは王位継承権を持つ者の呼称なのだ」
「はぁ?」
「それも『返上の儀』を終えておらずマーリが生まれているという事は王族だということになるぞ」
「ええええええ!!」
ウルとは王位継承権を持つ者が生まれ出でたその時より持っているものだ。男であればウルクを、女であればウルトを持ち、女は王族に嫁がない限りは王位継承権を放棄するときにウルも返上することになっている。
何故ならウルは遺伝するからだ。
夫婦ともにウルを持っていれば確実に、片側だけ持っていれば半分の確率で子に受け継がれる。
「ええ!え?」
真亜莉の口からは言葉にはならない声だけが発せられた。
「基本的に王族は長子が継ぐために女性王族がウルを持っていることは珍しい。余程幼い頃に王族と婚約を交わしていなければすぐに返上の儀をするはずなのだ」
マヌアーサは言う。
ウルを徒に増やしてはいけないため、継承権を放棄すると決定した女性王族はすぐに返上の儀を行いウルを返す。
男性王族は後継の問題があるため、継承権が高いものはなかなか放棄できないが、低いものは臣籍降下した時または婚姻式と同時に返上の儀を行う者が多い。
過去に全ての継承者がウルを返上してしまい血が途絶えた国もあったそうだ。
「ウルっていったい……」
真亜莉はそれがなんなのかわからなかった。ただの呼び名だけならば『返上の儀』などと仰々しい儀式をしてまで返すとは言わないだろう。マヌアーサも真亜莉が言いたい事がわかったのか簡潔に説明してくれた。
「ウルとは王族が国を統治するための力のことだ」
「え……」
次にマヌアーサが発した言葉は真亜莉には聞き捨てならない、放置できない言葉であった。
「そして、ウルを持ったままの女は何れも短命だ」
▽
この世界には創世神話がある。
世界を創造した神は大地を、生き物を、育て観察し見守った。
しかし増えた生き物を見守るのにも限界はある。そこで世界を見守るモノを創った。
それが『ウル』だ。
ウルは生き物と呼ばれるモノではなかったが、永いときを経て人の営みの中にするりと入り込んできた。自然に、元からそこが居場所だったかのように。
そうしてウルを持った人々は、他の生き物を見守るべく王族として国を統治する役割を与えられた。時に膂力で、時には権力を使い民たちを導き、統治してきた。その最たる力の源が『ウル』だ。
しかし生き物にとってウルは過ぎたる力だった。そのためウルを持っている生き物は短命の確率が高いらしい。それは王族教育とともに語られる真実であり、変えられない現実だ。そこで王位継承権とともに伝え紡いでいくものとし、返上の方法を人々は編み出した。
ウルなくては国が立ち居かないことは歴史が語っている。これは国の最高峰と言う地位と名誉、役割とで相殺した義務なのだ。
「男の王族は身体の作りの関係で長く生きる者もいるが、女の王族はほぼ短命と言ってもいい。その代わり女のウル持ちは男に比べても何かしらの秀でた力を持っている」
「ま、まままさか!」
「察した通り、かもしれん」
真亜莉がなぜ魔法が使えるのか、何故大きな容量がある魔心官を持つのかわかってしまった。いらん!
「じゃ、じゃあ悠莉たちが何故ストロバリヤにいるのか、呼び人なのかも関係しているかもしれないと言うことですね」
「何!マーリの弟妹たちはストロバリヤにいるのか!?」
「え、はい」
そう言えば悠莉と十莉が現在どこにいるのか知っていることを話していなかった、と真亜莉は手紙の件を思い出す。
悠莉と十莉はストロバリヤの貴族だろうベインゲート侯爵家の養子に、更に十莉は魔法師団副団長であるらしいことが手紙に書いてあったと伝えた。
「うわぁ」
ヴィアーナが呆れたような表情で、驚愕の声を上げた。
真亜莉には何故そんな反応をするのかがわかるはずもない。素直に聞いてみることにした。
「何から話せばいいのかな……」
昨日から驚き過ぎていて辟易としているヴィアーナが疲れ切った顔で真亜莉を見た。
ストロバリヤ魔法大国。健国300年と言う浅い歴史にも関わらず大国と称されるにはそれなりの理由がある。
ストロバリヤには『魔法』が使えるほどの魔心官持ちが多く、国民の大半と言ってもいいほど存在する。次々と新しい『魔道具』を開発し、軍事力がとても高いのだ。
そんなストロバリヤの情報は実はとても少ない。
「へ?大国なのに?」
真亜莉は思っていた事がそのまま口から滑り落ちた。
「ストロバリヤは閉鎖した国だ」
「閉鎖、した?」
「そうだ。言葉通り国を閉鎖したのだ」
健国して間もなく何があったか周辺国には伝えられていないが、国民の入出に制限を掛けた。他国の人間は勿論、ストロバリヤの民たちも余程の理由がない限りは国で生き、国で死ぬ。
それを聞いた真亜莉が気になったことは、自給率だった。どのくらいの国土を持つ国かはわからないが、そんな閉鎖した国は大丈夫なのかと。勿論弟妹たちを心配してのことだ。
(日本の鎖国時代も食料自給率は100パーセントだったはずだけど……?)
そのことについても質問をしてみると、やはり思っていた通りほぼ国内の生産量で賄っているとのこと。それもストロバリヤ独自の国民性だった。
「それが大国と言われる所以だ」
「ストロバリヤは魔法に長けているから農家さんたちもみんな使えるのよ」
「なるほど」
天気に左右されない農業はとても有り難いだろう。
魔法は魔術と違い魔力量や想像力を抜けば、何でも有りだ。そのため魔術では応用が利かないような細部にまで魔法を使い生活に寄り添っている。だからストロバリヤは国外に頼らなくても国が成り立つのだ。
魔術とは魔法の下位交換のようなものだ。魔法を使いたくて編み出した『魔法を使う術』のことだ。それが一般的にも拘わらず、ストロバリヤの国民の大半は魔法が使えるのだ。
しかも強固な結界を張っているらしく、他国から攻められる心配もほぼ無いと来たら国民は安心して暮らしていける。国を出る意味はないのかもしれない。
「そんな魔法大国の魔法師団の副団長とは……」
「あ」
(十莉……立派になって……)
たぶん真亜莉が思った感想と、他の人たちが思った感想は違ったのだろう。呆れたような視線を感じた。
「ストロバリヤは他国からは脅威として見做されてはいないのですか?」
これも重要だ。そんな危ない何時戦場になるかもわからない国に真亜莉の大事な弟妹たちを置いておけない。
「そこが上手いところなのよ」
「上手い?」
ストロバリヤは閉鎖してはいるが全く他国と貿易をしていないわけではないらしい。年に二回、各々の国の商人たちと商売をしているそうだ。それも『魔道具』などの貴重なものはほとんどがストロバリヤ産であり、彼の国を敵に回すほうが余程愚かなこととなっている。
ストロバリヤも他の国に攻める気はないらしく、触らぬ神に祟りなし――昔の渡り人が広めたそうだ――と言わんばかりに他国は貿易だけを行い、あとは放置というのが普通だという。
それも国の代表となるような大商人としか行わず、選ばれた極一部の人間だけが出入りできる。
「だからストロバリヤの情報はあまり知られていないし、入るのも難しいと思うわ」
「そんな!」
(折角居場所を知っているのに!二人に会えないだと!)
忍び込もうか、はたまた名乗りを上げてどうどうと侵入しようか、と真亜莉は黒い笑顔でブツブツ呟いていると、マヌアーサから静止の声が掛った。
「どちらも止めておいた方がいい」
「なんでですか!」
わざわざ界渡りをしてまで会いにきた可愛い弟妹たちに会うことが難しいと言われて、真亜莉は解り易く憤慨する。何時もは柔和に見えるように気を付けている表情も見る影はない。
「まぁそう興奮するでない」
「む……」
納得がいかず口を尖らせてしまった。
「不法入国すれば言い訳無用の処刑だ」
「ふへ」
「その場で殺傷能力の高い攻撃魔法をぶつけられてお陀仏だ」
お陀仏なんて言葉誰が教えたんだ、なんて真亜莉は悠長なことを考えたのは一瞬で現実逃避したからだ。問答無用で殺されるなんて聞いて心中穏やかでいられるわけがない。
「過去にいたのだ。ストロバリヤの秘密を暴こうとした愚か者が。ただの密入国者だったから一人の犠牲で済んだものを、国を挙げての間者であったならその国は無くなっていたかもしれん」
「う、うわぁ」
ストロバリヤのその完全秘密主義と言い閉鎖的な考えと言い、過去に何があったのだろうと考えなくもないが、真亜莉が今考えるべきはどうやって弟妹たちに会いに行くかである。
「名乗りを上げるのも、今のストロバリヤの情勢が知れないことにはよした方がいい」
「た、確かに……」
今の話を聞くと危ない国にしか感じない。危険を犯せば確実に弟妹たちに会えるという保証があるのなら真亜莉は少しくらいの危険を犯したかもしれない。しかし会う前に死亡、なんてこともあり得ない話ではない。そんなことになれば本末転倒もいいところだ。
「ではどうしたらいいでしょうか?」
「簡単な話、国を代表するような大商人になるか、その護衛に付けるくらいの冒険者になればいいのだが……」
無理な二択である。
しかし、とマヌアーサは続けた。
「だが実際に時間がないのも現実問題としてあるな」
「時間が、ない?」
「先程言ったであろう?ウル持ちの女は短命だと」
「ああ!」
すっかり真亜莉の頭から外されていたのは現実味のない話だからだ。「ウルって何?美味しいの?」状態である。
「お主はまだ10代か?」
「はい、この間19になったばかりですね」
「ではやはり時間がない」
「……」
非常に嫌な予感がするのは真亜莉の気のせいではない。背筋に冷たい何かが滑り落ちた。
「ウル持ちの女の平均寿命は20歳だ」
―――――あと1年ないんですけどぉぉおお!?
真亜莉の声にならない絶叫が響き渡った。