第四話 真亜莉、お腹が空きました
何に驚いているのかわからなかった真亜莉ははじめから話す事にした。一週間前に弟妹から届いた手紙と、母親の残した魔導書らしき本、そして真亜莉自身が魔法を使えることを。
「私の感覚では二人が行方不明になって一年ほどなんですが、二人からの手紙には十年経っていると書いていました」
どうやら意図的に此方の世界に来た真亜莉に対して驚いているらしかった。
「…………魔法は、何故?」
「使えました」
「……アーナ……そちらの世界に魔素はないのだな?」
「うん、そのはずだけど……」
難しい顔をした二人に真亜莉は口を挟む隙はなかった。何かを聞かれたとしても真亜莉に答えられることは少ない。話しが終わるのをひたすら待った。
「マーリと言ったな」
「はい」
「今この世界に魔法を使える者は少ない」
「え」
この世界にある魔素と呼ばれる空気中のエネルギーが身体に吸収されると魔力に変換される。その魔力を身体を媒体にして力にしたものが『魔法』と呼ばれる力の正体だ。
魔法はその形も属性も全てにおいて自由自在である。詠唱も必要なく脳内でイメージするだけで行使する事が出来る。
しかし魔法を使える者は少ない。なぜなら魔法を使うにはいくつか条件があるからだ。
第一に魔力量がある一定以上ないと使うことが出来ない。それは詠唱や魔方陣などの補助する物がないためにその分魔力を多く使うからだ。そしてそれは必然的に魔力を多く貯めておける器官が必要になってくる。
「魔心官と呼ばれる器官がある」
「ましんかん?」
「臍の下辺りにある器官のことだ。そこに魔素を取り込み魔心官で魔力に変換させて身体に巡回させておくとともに、蓄えておくことが出来る」
「はぁ」
真亜莉にはマヌアーサが言いたいことが今一伝わらない。ただ一つ臍の下辺り――丹田辺りが熱くなったことには関係がありそうだ。
「魔心官で蓄えておける容量には個人差があるのだが、現状魔法を使えるほどに多い者は左程いない」
「あの、何故……?」
「必要がなくなったからだ」
「え?」
「というと語弊があるな。なくても魔法を行使できるようになったために少なくしか貯めておけなくなった。そうすると、魔法を使うことが出来なくなったのだ」
マヌアーサが説明するにこういうことだった。
魔法を使うには魔力が多く必要だ。しかしそれには相応の魔心官が必要で、魔心官の容量は先天的に決まっている。ではそのままの魔心官の容量で魔法を使うことが出来ないだろうか。
そうして生み出されたのが『魔術』や『魔方陣』だ。
魔術は詠唱を行うことにより必要魔力量を補った。魔方陣はその名の通り魔方陣を描く――魔力で空中に描くことが出来る――ことによって必要魔力量を補った。
結果的に多くの魔術師の誕生に貢献したのだが、使わなくなればそれだけ退化していく。年々魔法を使えるほどの魔心官の持ち主が減っているそうだ。
「ただ渡り人だけは話が違ってくるのだ」
渡り人は魔心官を持たない。当たり前だ。魔素のない地球に魔力を蓄えておく器官が必要なはずがない。ただ、ヴィアーナは魔術を使えるという。
元々持っていなければ人間の身体は進化を遂げる。魔心官と同様の機能を持つ器官がつくられるそうだ。ただ魔法を使えるほどの大きさかは人によりけりらしい。もしかしたら、ラノベに登場する異世界からの来訪者にチートが多いのはこれが原因なのかもしれない。
だがあくまでこの世界に来てからの話だ。真亜莉のように自らの意志で界渡りをするというような、日本で魔力を使った話は一度も聞いたことがないという。それの意味する事とは―――――
「元々魔心官を持っていた、のだろうな」
「え」
「マーリ、そなたは魔心官に似た器官ではなく、魔心官を持っておる」
マヌアーサは真亜莉の眼を見てはっきりと告げた。
「お主はこの世界の人間だ」
▽
喉が渇いていないかと聞かれた真亜莉は、思ったままに首を縦に振った。声にならない事実を聞かされてうまく頭が回らなかったのだ。
「今更何だけど、貴女の妹さんたちは貴女に似てる?」
「いえ全く妹たちは二卵性双生児なのですが二人ともそっくりで私とは寧ろ真逆と言ってもいいですね背は小さく髪は長くて目は大きい子供ながらも美貌という言葉が似合う頭は良く誰にでも優しく可憐でたおやかな女の子です弟は同じ見た目ですが猫みたいにあまりなつっこくはないですがなれれば甘えてきますねあの可愛いクリクリの瞳で見られるとどんなことでも許してしまいそうになりますがやはりそこは男の子私や妹を守ってあげるなんて聞いた時には子供の成長ははやいななんて思いましたが同時に男としてこれから更に成長していくんだと思うと嬉しい気持ちと寂しい気持ちの、」
「それで?色合いは?」
「え?」
頭は回らないが弟妹たちのことは無意識でも自慢できるようで、口から滑り落ちるように吐き出していたのだが、途中から残念な者を見ているような生暖かい眼差しになっていた。二人はもう十分だと言わんばかりに言葉を遮ってきたのだ。まだまだ二人のいいところは言い尽くせていないのだが。三日三晩くれ。
「色合いだけは一緒です。プラチナの髪の毛とエメラルドグリーンの瞳。ですが二人のほうが本物の白金も霞んでしまうような輝きで、」
「貴女もしかして茅部って言う?」
「え、はい。茅部真亜莉です」
「うわぁ」
またも遮られた弟妹自慢だったが、ヴィアーナの問い掛けに反射で返答した。何故知っているのだろう。
「アーナ。どうかしたのか?」
「んと、随分前に魔の森で拾った子供たち覚えていない?」
「うむ。白金の髪の翠玉色の瞳を持つ幼子たちであったな」
「あら、あなた。結構はっきりと覚えているのね。私以外の女の子に興味持っちゃったの?」
「そんなわけあるまい。我の番はアーナだけぞ、」
「ム―たん……」
「アーナさん!」
このまま二人の世界に入られたら堪ったものではない。せっかく手掛かりらしきものが有りそうなのだ。
「たぶん間違いないと思う。真亜莉ちゃんに似た色合いを持つ双子の姉弟だったわ」
「本当、に……よかった……」
実際に悠莉と十莉がいる世界にたどり着いていた自信はなかったのだ。全く違う世界に来てしまえばそれこそ手詰まり、どうしようもない。しかし二人がいる世界ならば探しに行くことは出来る。居る場所はわかっているのだから。
「その時の話を、覚えている限りでいいので教えて貰えませんか?」
生きていることは確定している。だが、それが同時に元気でいることと同義ではない。10年も前の話を蒸し返したいわけではないが、二人に何があったのかを姉として聞いておかなければならない。
―――真亜ねぇちゃんの幸せを祈っています。
悠莉の幼い顔を思い出す。一人じゃなくて良かったと今ほど思ったことはない。十莉に感謝をしなければ。
「大分傷付いていたわ。身体もそうだけど、精神的に……ね」
ヴィアーナは一度口を閉じ何かを言おうとしたが、それを見たマヌアーサが首を振った。真亜莉の覚悟を決めた双眸を見たせいだろう。全て話してやれ、とマヌアーサは言外に告げていたようだ。
「三日間死に物狂いで逃げたそうよ」
「二人で、ね」とどこか悲しげに呟いてから、ヴィアーナは続けた。
二人は真亜莉が落ちてきた場所に、着の身着のまま倒れていたそうだ。
(私が渡って来たときに二人を強く思い浮かべたから、同じ場所に着いたんだろうか)
どうせなら今いる場所に着けば良かったのに。考えても仕方の無い考えばかりが真亜莉の頭の中を回る。
子供二人が湖に辿り着いたことは本当に奇跡的としか言いようがなかった。二人は正しく満身創痍で、1週間寝込んで漸く話を出来るようになったようだ。
「ずっとね、魘されていたの。まーねーちゃん、まーねーちゃんて」
「っ!」
「真亜莉ちゃんの事だったのね」
「はい。私達は三人きりの家族だったから、仲の良い姉弟だったんです…………」
二人の幼い笑顔を思い出す。人見知りでなかなか他人に笑顔で接する事が出来ない悠莉。ただ真亜莉には花も綻ぶように笑う笑顔は本当に可愛い。
十莉は生意気そうに口の端を上げて皮肉った笑顔が多い。ただ大好きな物を前にすると悠莉と同じように満面の笑顔をするのだ。可愛いとは本人が怒るのでいつの間にか言わなくなった。
「それ、で、二人はその後……」
「行く宛てがないって言ってたからしばらくここに置いていたのよ」
「っ…………よか、った……」
「この世界は危険だから出ていくにしてもここにいるにしても力をつけたらどうかって提案してね。魔術を教えたりこの世界の常識を教えたりしていたの」
所変われば品変わる、ではないがここは日本否、地球のあった世界の常識とは全く異なるのだろう。知らない世界に投げ出されて、二人はどんなに不安だったのだろう。真亜莉は二人の心中を思い、胸を痛めた。
「ありがとう、ございました」
「いいのよ。助け合うのはお互い様。私もおかあさんから貰ったものだから」
「…………」
混乱していて真亜莉は自分のつま先だけを見つめていた。だから気が付かなかった。ヴィアーナが優しい眼差しで真亜莉を見詰めていた事に。
「すいません。ありがとうございます」
「大丈夫よ」
どれくらいそうして考え込んでいたのだろう。ずっと黙って頭の中を整理する時間をくれたヴィアーナに再度礼を述べた。
「そろそろお腹空かない?今は焦っても仕方ないわ。ご飯を食べながらにしましょう」
「…………はい」
急いでいても仕方がないし、急ぐ意味も無い。二人はこの世界で元気に生きていて、真亜莉も同じ世界にいる。時間をかければいつかは会えるかもしれない。そう思うことにした。
それよりも真亜莉がこの世界の人間かもしれないこととか、なぜ魔法を使えるほどの魔心官を持っているのかなど知らなければならないことは沢山ある。
ここはヴィアーナたちに甘えてゆっくりと話をさせて貰う事にしよう。そんなことを考えているとマヌアーサが食事のリクエストをした。
「我はあれが食いたいぞ」
「はいはい。真亜莉ちゃんもシチューでいいかしら?」
「あ、はい」
気が付いたら外は暗くなっていた。いろいろ話をしていて空腹を感じることも、折角出してくれたお茶を飲むこともしなかった。
ぐいっと一気にお茶を飲んでから、ヴィアーナを手伝うことにした。
シチューとはクリームシチューらしい。野菜の水分を使うので、水が貴重なこの世界では定番メニューだ。しかも渡り人のお陰でベシャメルソースを使ったクリームシチューが家庭の味になっているらしい。
「私が来たのは小学生の時だったからルーを使わない料理って言うのがわからなくてね。おかあさんとか他の渡り人から教えて貰ったの。コンソメがあればもっと地球のクリームシチューに近くなるんだけどね。流石に固形コンソメを使った料理は知っていてもコンソメそのものを作れる人は居なくてね」
確かに。野菜とコンソメとベシャメルソースがあれば一般的なクリームシチューにはなる。しかし肝心のコンソメから作る人はそうそういないだろう。
(しかーし)
「コンソメありますよ」
「へ」
四つ持ち込んだ鞄を一つだけ出し、あとはマジックボックスに収納していることを思い出した。昨日試した通り料理関係が詰まっているバックパックを思い浮かべて、目の前に出現させる。
「え!」
「確かこの辺りに……あ、あった。はいどうぞ」
「う、うん。ありがとう」
真亜莉はマジックボックスが成功するように祈りながらこの世界に無いだろうものを詰め込んできた。箱毎だと嵩張るのでパッケージを解いて全て瓶詰めにしている。因みに粒子だ。
「あとは……はいどうぞ」
「こ、これは何かしら……?」
ひくり、と口許をひきつらせながらヴィアーナは真亜莉が差し出したメモを受け取った。
「コンソメの作り方が書いてます」
「……っ!!!」
「『情報は力になる』って心情なんです」
今日一番だろう笑顔をヴィアーナにむけたのだが、ヴィアーナはぴくぴくと口の端をひきつらせて絶句していた。何故だろう。
夕食はまだかかるようだ。くー。お腹空いた。
無自覚。
主人公真亜莉ちゃんはこんな感じで突き進んでいきます。
閲覧ありがとうございました!