第二話 マーリル、早速再会しました
「お、兄しゃ、ま」
「え、ナイティル!?」
拙い言葉と慌てて来たことがわかる荒い息で、一人の幼児が乱入してきた。
「これナイティル、客人の前ぞ!挨拶はどうした、挨拶は!」
「――――っ!も、申し訳あり、ません。……父しゃ、……さま」
幼い身体は怒鳴られた言葉にびくりと揺れマーリルを見ていた視線を外し、精一杯背筋を伸ばしてから国王に謝罪した。
(と、父様って……)
その言葉で、半分以上この幼児の正体がわかってしまったマーリルは白目を向きそうになった。
そんなマーリルの心情もなんのその、幼児――ナイティルは再びマーリルに向き直り、きりりとした表情を作った。
「あいさつが遅れまし、て、申し訳、ありません。ナイティル=フォル=サティラーテと、もうしましゅ。この国サティア国の第三王子になり、ます。おみしりおきくだ、さい」
「こ、これはご丁寧に……」
ナイティルは拙い言葉で一生懸命練習したのか、少しつっかえながら――たまに舌が回っていない――も丁寧に挨拶をした。お辞儀も角度があるのか若干ぎこちないが、この歳の頃では及第点なのだろう。国王も満足そうに笑っている。
そしてマーリルはと言えば、どう返せばいいのか返答に困っていた。例のごとく肩書きを持たないからである。
「マーリルです」
一瞬で終了してしまった。
「…………」
「…………」
お互いにどう続けたらいいのかわからず、視線を交差させる。身分的には勿論王族であるナイティルが上だが、誘拐騒ぎで助けられた歳上のマーリルにどうしたらいいのかわからず、マーリルもマーリルで相手は小さな男の子だが、身分は上というどうしたら正解なのかわからず動けないのだ。
「…………」
「…………」
へらり、とマーリルは笑い掛けてみた。
「…………」
「…………」
すると、
「…………」
「…………」
へにょり、とナイティルから情けない笑いが返ってきた。
「…………」
「…………」
二人はまだ、動けずにいる。
「…………」
「…………」
だが、視線も外せない。
「…………」
「…………」
そんな沈黙を破ったのは、
「…………ぶふっ!」
相当我慢して、しかし我慢しきれず噴き出してしまった。そんないらん方向の努力を感じる声を出したマーリルの前方、つまり国王だった。
「お、お前ら……な、にやって……くっ」
どうやらツボに入ったらしい。自分の子供と渡り人の奇妙なやり取りが大変おきに召したようだ。
「ごほっ、んん!ナイティルよ」
「は、はい」
「そちらのマーリルを連れて案内でもしてやれ」
「はい!」
「……っ、マーリルよ」
「……は、はい」
「話はもう一度時間を作ろう。うちの末っ子を頼むぞ。くふっ」
「…………はい」
咳払いをして切り替えようとしたようだが、偉そうな物言いのわりに口許の歪みは正せなかったらしい。また噴き出してるし。残念国王様である。
▽
「おにい、しゃま。ありがとう、ございます」
「ちゃんとお礼言えるんだね!偉い偉い」
「えへへ」
ナイティルが連れてきてくれたのは、中庭のような拓けた場所だった。そこで改めてナイティルに礼を言われたのだが、国王がいない場ではマーリルが態度を変える必要はないだろう。そんな気持ちで素直にナイティルの頭を撫でた。
そもそも牢屋の中では普通の幼児に対しての態度しかしていないのだ。今さらな話だろう。
ナイティルも嬉しそうに笑っているので、間違ってはいないようだ。
「それでね、あのね、」
「ん?」
「あの、えと……」
ナイティルは何かを言いたいようだ。ちらちらと此方を見ては視線を外し、再びマーリルを見るという行為を繰り返している。
(あれ、こんな場面どこかで……)
マーリルは同じ事をしたことがある気がした。
「おにいちゃ……」
最終的にはうるうるとした大きな瞳で此方を見上げていることから、ナイティルはマーリルに何かをして欲しいのだろう。または、何か欲しいのか。
(あ)
マーリルには一つだけ心当たりがあった。そうあの時もこんな期待するような懇願するような目だった気がする。
マーリルは周りに人がいないことを確認――とは言っても仮にも王子なので視界ギリギリに護衛はいる――して、ナイティルの口許に手を持っていった。
が、そこで気付く。ある男に言われた一言を。
「…………」
視線が合うと期待するような目が更にキラキラと光を放つ。マーリルはタラリと一つ汗をかいた。
「あ、あのね。ナイティル……」
「ん?」
すぐに貰えると思ったのか、ナイティルは小首を傾げる。
「お城の中って魔法使えないんだよね?」
「あ!」
目を真ん丸にして、ナイティルはそれに気が付いたようだ。しかし次の瞬間にはきりりとした表情を作り、懐から何かを取りだした。
「これ持ってたら大丈夫!」
ナイティル、渾身のドヤ顔である。可愛い。
ナイティルの小さな手の中にあったのは、小指の爪ほどの大きさの緑色の魔石が台座に取り付けられたチャームのような宝飾品であった。
「これは?」
「魔力ほうしゅつ許可しょうだよ!」
――魔力放出許可証。
ディストが言っていた、王城で魔力を使う際に許可が下りた者だけが魔術を使えるというあれだろうか。
「内緒だよ」
ナイティルがいたずらっぽく笑うので、マーリルはそれを受け取り「ならいいか」と一緒に笑った。そして護衛に気付かれないように、今度こそナイティルの口許に手を翳した。
「んん!」
王族に食べ物を毒味なしで与えてもいいものか、とマーリルの頭を過ったがナイティルの声を抑えた満面の笑みが可愛過ぎてそんな考えは些末なことだと彼方の方へ追いやった。
ナイティルに与えたもの。勿論、ドライフルーツである。
「……」
口の中から甘い気配がなくなったのか、悲しそうな顔をしてナイティルはマーリルの袖をひっぱった。マーリルは困った顔をして、甘やかすだけが教育ではない、と思考する。
「…………」
ナイティルは諦めない。ウルウルのまんまるお目々はマーリルをロックオンしている。
「……あ、後一個だけだよ」
「うん!」
やっぱりナイティルは抱きしめたいほど可愛かった。
▽
「そういえばナイティルは魔法使えるんだよね」
「うん」
ドライフルーツの攻防戦を終え、まだ時間はありそうなのでナイティルと雑談することにしたマーリルは特に何も考えずナイティルに問いかけた。
「何の魔法を使えるの?」
自らが聞いておいて魔法と魔術の違いを思い出す。
魔法は何ものにも縛られない自由な力のはずだ。属性も強さも、魔力量の問題を抜けば何でも出来るはずなのだが、
「僕は水と風だよ」
「へ」
ナイティルは何でもない事のように二つの属性を告げた。
詳しく話を聞いてみると魔法とはその発現の原理を理解していないとまず顕現が出来ない。中でも簡単なのは火・水・風・土の四大属性と呼ばれるもので、雷や氷などはないらしい。否、ないわけではない。現に自然現象としては稲妻も雪も存在はしている。しかしそれを想像出来るだけの原理がわからないために魔法として権限出来ない。と、なれば当然魔術としても確立していない。
「水は、えと、じょうはつした見えない水分があって、そのみずのようそに魔力をそそぐと水が増ふくされるんだ」
どうやら昔の渡り人が目に見えない粒子とかを説明した人がいたらしく、それを呑みこんで自分の中で消化出来た者のみ魔法が使えるらしい。勿論それだけで出来るようになるわけではないが、年々減っていく魔法使いを少しでも止める助けにはなったらしい。
「にいさまは、目に見えないげんしょうを想像出来ないみたい」
「なるほど」
言われても自分の中で納得できなければ結局魔力に意志は乗らないと言うわけだ。
それにしてもナイティルは5歳とは思えない程の知識を持っているようだ。言葉は拙いながらもきちんと自分の中で消化し、そして自分の力としている。
「なら、マジックボックスは?出来る?」
「……マジックボックスは出来ない、です」
途端に曇るナイティルの顔を見て、何やら事情がありそうだと聞いてみることにした。
「どうしたの?」
「……魔力量が、少ないの」
「え……」
「魔力じょうじしょうひ型のマジックボックスを使うには、僕の魔力量だと足りないって、」
「誰に言われたの?」
「魔法のせんせい」
「その人はマジックボックスは使えるの?」
「うん」
何故だろう。マーリルが使うマジックボックスは確かに魔力常時消費型ではあるが、省エネモードがあるため魔法を使える――魔力に意志を持たせる――ことが出来ればそう難しくないはずなのだ。身体強化のように強化の箇所や厚みによって魔力量が変わってきてしまう物と違い、マジックボックスはそう量はいらないはずだ。マーリルはそう思っていた。
ここでナイティルとマーリルの双方で食い違いが起こっていたのだが、それを知る者はいない。
そもそもこの場にいるのはマーリルとナイティルのみ。ナイティルの護衛は見張りをしながら、それでも邪魔にならない場所に居たため話を聞いていなかったのだ。ここで護衛の一人でも近くに居ればそれを指摘出来たのかもしれない。
しかし、実際それに気付く者はいなかったのである。
「じゃあさ、僕とやってみよう」
「え?」
「マジックボックス」
「でも……」
「マジックボックスを使えるようになって国王様を驚かせてみたくない?」
「う、うん……」
「マジックボックスが使えたら、『ドライフルーツ』持っていられるよ」
「っ!うん!!」
父親よりもドライフルーツに反応したのは気のせいだろうか。
「ドライストロベリー」
「ん!」
「ドライマンゴー」
「わ!」
「ドライキウイ」
「きゃあ」
「ドライパイン」
「わぁ!」
「ドライピーチ」
「ひゃあ!」
一つ一つ名前を言いながら掌の上にフルーツを出していくと、ナイティルは嬉しそうな奇声をあげる。
流石に護衛が此方を注視しはじめたので、一瞬でそれを消した。
「あー」
残念そうなナイティルの声を聞きながらマーリルは口元に人差し指を添えてから、
「一度やってみよう?出来ても出来なくても、一つ食べていいから、ね?」
同姓をメロメロにした笑みを弱冠5歳児に向けるのだった。飴と鞭は大事だよね。あれ違うか。
「そうそう、そのまま出入り口を感じて」
「ぐぅ」
ナイティルは唸った。明確な意志と魔法が出来るほどの魔力操作ができるので、後は魔力が定着して顕現するだけなのだが、
「やっぱり無理だ。魔力が足りない……」
「んー」
維持できるだけの魔力はあっても、顕現出来るだけの魔力がないのだろうか。それとも、根本的にマーリルの使っているマジックボックスと違うのだろうか。マーリルは首を傾げた。
(あ、そうだ)
マーリルは勝手に名付けた『省エネモード』、これがそもそもナイティルはイメージ出来てないのではないか。
マジックボックスの容量は本人の魔力量に依存するが、容量を気にしなければ後は少ない魔力でなんとかなるはずなのだ。
マーリルは誰に魔法を習ったわけではない。そのため他の人と魔法を比べるということをしたことがない。また、ナイティルも魔法は知っていながら使えないと決められてマジックボックスを詳しく調べた事がなかったために、そこに齟齬が生じたことにもお互いに気付かぬまま話が進んでいくのだった。
「まずはマジックボックスを想像する時に、省エネモードを考えてみようか」
「しょうえねもーど?」
「そうだよ。中に入っている物が少ない時、出入り口を閉じている時は魔力の消費が少ないんだ」
「え」
「だって考えてみて。常時消費型と言っても使っている時と使わない時の魔力消費量が一緒だっておかしくないかい?」
「…………たし、かに?」
「生き物でもそうだよ。動いている時と寝ている時の消費エネルギーが同じ訳ないよね」
「っ!」
「だから、マジックボックスでも同じように考えてみるんだ」
「うん!」
ナイティルはマーリルの話す事が納得出来ると素直に頷いた。
「出入り口をおもいうかべて……」
「ふんふん」
「魔力しょうひはきょくりょく抑えて……」
「ふんふん」
「出入り口をとじたら魔力しょうひも抑えられて……」
「ふんふん」
そんな思考錯誤する事30分。
「おにいちゃん……」
「ナイティル……」
「出来た!」
「出来たね!」
ヤタ―!と二人で手を取り合っていると護衛の人たちが何事かと此方に注目し始めたので、顔を見合せて口元に人差し指を持ってきてから二人で笑った。
「じゃあ早速使ってみよう!はい」
「きゃあ!」
ナイティルの嬉しそうな声でわかると思うが、お察しの通りマーリルが出したのはドライフルーツである。
「まずは一個食べてもいいよ」
「あ、ありがと、うう」
よほど嬉しかったのか、ナイティルは涙目だ。その後しっかりと口の中で転がして堪能してから飲み込んだようだ。
「まずは出入り口の中に入れる想像をして」
「うん」
あとは魔法が使えるナイティルには、簡単だったようだ。
「じゃあ上級編だよ」
「じょうきゅうへん……」
「見て」
「あ!」
マーリルがマジックボックスから取り出したドライフルーツを手の中に出さずに、「ベッ」と直接舌の上に出したのだ。
魔法は全てイメージだ。手の中に出現させられると言うことは、自分の身体なら好きに出せると思ったのだ。成功である。
「うあぁ」
ナイティルの瞳がキラキラと羨望の眼差しに変わる。
「これでやってみよう」
「うん!」
始めに見せてあげた各種ドライフルーツを取り出してナイティルの小さな手の中に出してあげると、ナイティルはそれはもう嬉しそうに笑った。
口の中にドライフルーツを出せるようになったのは、それからすぐのことだった。
その時に嬉し過ぎたマーリルは興奮のあまりナイティルに抱きつき、
「おねぇちゃ、」
「お兄ちゃんだよ!」
欠片も笑っていない双眸でナイティルに凄むのもすぐだった。大人げない。
ナイティルはぴるぴる震えていたが、新たに追加したドライフルーツでまたも記憶の隠蔽をはかるのだった。
ナイティルが話しているときは、こころくんを思い浮かべてます。
ありがとうございました!




