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第二話 真亜莉、異世界に行きました





 真亜莉はすぐに仕事を辞めた。約一ヶ月という短い期間の退職が認められたことは幸いだった。

 異世界に行く準備をしつつ、並行して渡る方法を模索した。もっと難航するかと思いきや――――――



 父は居合切りの師範だった道場と隣接した自宅を残してくれた。この4年で随分整理したのだが、もともと小さな子供たちの手元に残ったものは多くはなかった。遺産は生命保険を含めて生きていられるだけは残ったものの、後見ほごしゃと言う名の親戚ハイエナたちは今も虎視眈々とそれを狙っていた。


 父は元々古い家の出で居合と出会ってから生涯を未婚のまま貫くつもりだったらしい。しかし歳をとってから母と出会い、親戚たちの反対を押して結婚に踏み込んだようだ。普段は無口で厳格な父から、酒に酔った勢いで少しだけ聞いたことがあった。ただ母の出身国の名前は聞いたことがない。インターネットが発達するこの世界で、検索に引っ掛からない国というのは今考えればおかしな話だ。『ストロバリヤ』という、場所も分からない国。


 それは双子が手紙を出してきた国の名前だった。



 父と母が使っていた寝室はもうない。そのため捨てられなかったものは全て物置にあり、そこで一冊の本を見付けた。


「あった」


 思わず呟いていた。

 真亜莉には何が書いてあるのか読む事は出来ないが、何か(・・)を感じる書物。思わず手に取ると身体に流れてくる何か。これはもしかすると魔力というやつではなかろうか。なんて。


 昨今ファンタジーを題材とした小説は溢れかえっている。その中で魔力を使った『魔法』の存在も、異世界トリップ、異世界転生などド定番と言ってもいいだろう。昔からラノベを好んで読んでいた。こっそり読んでいたはずが、十莉にバレていたのは痛かった。忘れよう。



 真亜莉は15歳の頃にはすでに身長が170センチに届こうかと言う大きさで、成長期唯中のクラスの男子を合わせても大きい方だった。

 双子の弟妹たちと同じく白金プラチナの髪の毛と緑宝石エメラルドグリーンの瞳を持つ真亜莉もまた、周りからは浮いた存在だった。しかし悠莉と違ったのは男勝りな性格で全く可愛さの欠片も無く、また趣味は身体を動かすことときたもんだ。モテた。主に同姓に。


 双子を守る為に他からの干渉を極力避けるために真亜莉が身につけた『世渡りの仕方』は笑顔だ。肯定するにも否定するにも笑顔は必須だ。寧ろ答えたくないことに対して大きく発揮すると言ってもいいだろう。

 真亜莉は自分への非難が双子に及ばないよう、周りには柔和に接してきた。そのため同姓には必然的にモテ、異性からは同性のような扱いを受けた。


 だから特別仲の良い友人はいなかったし、自分の幸せは双子の幸せを見届けてからでも遅くはないと思っていた。



 しかし当然そんな事をしていればストレスが溜まる。遊びに行くことを良しとしない――そんな時間があれば双子に会いに行く――真亜莉は、家で出来る発散法を思いつく。それが小説の世界に没頭することだった。

 現実的な話は好きではない。現実は辛く悲しく苦しいことが多々あり、物語の中だけでも楽しくいたかった。そのため様々なラノベを読み漁ることとなった。


 現実ではうまく隠せていたその真亜莉の本質は、曝け出してしまうと完全に『厨二病患者』認定されてドン引かれるだろう。何故ならラノベを一冊執筆出来るほどに厨二(そちら)の知識を網羅していたからだ。勿論現実ではなんの役にも立たない。


 いつか異世界に行ってやろうなどと考えていたわけではない。ある種の現実逃避なのだ。

 例えいろいろな書籍に書かれていた『身体強化』という魔法の使い方を比べてみて自分なりに解釈しようと、『マジックボックス』なる不可視の収納を想像して創造してみようと、異世界ではどんな知識チートが使えるか考えようと、思考するだけは無料タダだ。こんな頭の中まで十莉に筒抜けだとは思いたくないが。


 そんなオタクと呼んでも差支えない真亜莉は、物置から引っ張り出した一冊の本を手に取り一言呟いた。


「これ、魔導書なんじゃ……」


 真亜莉の暴走を止められる者は、誰もいない。




 こんな悠長に楽しく考えることが出来るのも、双子かぞくの無事が確認できたがゆえである。

 この一年は生きた心地がしなかった。寝る間も惜しんで仕事と二人を探す事だけをし、自分のことは二の次。

 真亜莉は久々に楽しかったのだ。


 真亜莉は部屋に魔導書(仮)を持ち込むと早速開いてみた。

 先程感じた何かはもう流れ込んでくることはなかったが、自分の中に入り込んでしまったのか下腹部辺りが暖かい気がする。所謂丹田たんでんと言われている場所だ。


 何と無くその丹田に意識を集中しながら魔導書(仮)をめくっていくと、読めないはずなのになんとなくイメージが脳内に流れ込んでくる気がした。


「――――っ!」


 これは本当にもしかしたらもしかするのかもしれない。真亜莉は興奮していた。

 そしてこのまま魔導書(仮)を触っていると危ないかもしれない、と漸く思い到ったのだった。


(準備しよう!)


 いつ転移してもいいように準備だけはしておこう。真亜莉は立ちあがった。


 ここに真亜莉の脳内を見ることが出来る者がいたらドン引き必須だ。すでに真亜莉の脳内は異世界トリップ一色であり、お花畑とは違った系統の残念さを醸し出している。

 見た目が中性的な美貌(イケメン)なだけにその残念度は加速の一途を辿る。


 しかしやはり真亜莉を止める者は、いない。



  ▽


 一週間かかった。

 持っていく物の選別、財産の処分など諸々にあったのだが寧ろ一週間で済ませたことが凄いのかもしれない。


 居なくなることは誰にも告げていない。告げたい者がいなかったのだ。真亜莉が弟妹を探していることは有名だ。そのまま探しに行ったと思ってもらおう、と真亜莉は適当に自宅に別れを済ませて来た。



「さて、ちゃんと辿り着くかな?」


 不思議と失敗するとは思わなかった。

 今真亜莉がいるのは辺りを静寂に包む森の中だ。人に見られるわけにいかないからこうなってしまったが、あちらこちらにある防犯カメラで真亜莉を追ったら自殺志願者にしか見えないだろう。


 大きなバックを4つも持ってきた。マジックボックス在り気の荷物の量は、残念イケメンの称号に相応しい。


「もう、戻ることはできないかなぁ。……うん、特に感慨深くも無い。さようなら」


 忘れ物がないか最後に確認をすると、魔導書(仮)に手を置いた。

 大事なのはイメージだ。ラノベでも特に言っていたから間違いない。


 真亜莉の瞳に雫はもう見当たらない。自然と口角が上がり、悠莉と十莉を強く強く脳裏に思い浮かべた。



    ――――――その日、異世界に落ちた弟妹の幸せを見届けるべく姉もまた、世界を渡った。



  ▽


「ん……」


 眩しい。そう思い目を開けた真亜莉の視界には、木々が生い茂っていた。どうやら森の中に倒れているらしい。


「…………」


 寝惚けたような頭の中はもやがかっているような、いつも以上に頭が回らない。


「あ……あー……着いた……のかな?」


 真亜莉は起き上がり周りを見渡して、木々しか見当たらない森だと気付く。先程までいた森とは木の種類が違うために違う場所に来たとは分かっても、悠莉たちのいる世界に辿り着いたかはわからない。そう思ってはみても確かめる術は今のところないが。


「誰かに会えばわかるかな?」


 話しをする事が出来るかも不明だ。誰かいないかな、なんて思うもののいきなり賊にあう、なんてこともあり得ない話ではない。ラノベでは定番だ。十分に気を付けて人を探そうと思い直した。


「さて、どっちにいこう」


 獣道らしきものはあるものの、大きな道は見えない。何を確認するもまずは人に会わなければと真亜莉は適当に歩き始めた。



 歩きながら脳内で散々想像して創造した魔法を使ってみようと思った。


(まずは自分の魔力を感じようか……)


 日本にいるときから感じている丹田辺りの温かみ。この世界にたどり着いてからその熱さは増している。


「これ、かな……?」


 熱い何か(・・)は身体の中を巡り、また丹田に戻っていく。十分に巡回している事を確認してから少しづつ身体に纏わせていくイメージを想像した。


 真亜莉が今試しているのは『身体強化』もどきだ。これが出来るとその名の通り身体能力が強化され、簡単に言えば筋力が上がるのだ。荷物が多いので是非ともこれを取得したい。


 薄く膜を張るイメージで身体に纏わせていくと、行きなり荷物が軽くなった。どうやら成功したらしい。


「で、出来た!魔法やっぱりあんじゃん!」


 ―――――ここは地球じゃない!真亜莉の興奮は収まることを知らない。だから、様々な自分を見つめる視線にも当然、気が付く事はなかった。



(後もう一つ)


 興奮冷めやらぬまま真亜莉はもう一つの魔法を試してみる。


(出入り口を思い浮かべましょう。物が出入り出来るようなサイズと開け閉め出来るようなイメージで……)


 どっかの小説に書いていたまま想像してみる。これで出来なかったら別に考えるだけだ。時間はたっぷりあるし、魔法が使えることは身体強化で確認済みだ。ゆっくりいこう。


 その後いくつか考えては行使し、漸くそれらしいものが完成する。


(これは魔力消費型なのかな?なんとなくずっと持っていかれているような……)


 目の前には見えないが在る(・・)マジックボックスの出入り口を見ながら、真亜莉は思考した。どうやらマジックボックスはその者の魔力を消費して使用するらしい。容量は今のところわからないが、定番で言えば自分の魔力量によってサイズも変わっていくことが多い。


「早速試してみよう」


 その辺に落ちてある石ころを拾ってマジックボックスに収納してみる。今は目の前にぽっかりと穴が開いている状態なので、石ころを落としてみた。消えた。

 慣れると触ったものが消えるように収納されて、念じるだけで現れることが判明した。


(ちょっと面白い)


 物を出し入れしながら適当に歩いていると、日がくれていることに気が付いた。最低限の荷物だけ残し後――バック三つはしまって――はこの辺りで野宿だと気付き、げんなりした。


(キャンプだと思えばいいかな)


 森の中で危険があるのは何もひとだけではない。寧ろ毒を持つ虫とか植物、何よりも魔力を持った凶暴な動物――魔物がいると思われる。


(しかーし!)


 テレテテッテテー!

 某青狸の効果音を思い浮かべながら、ポケットからネックレスを取り出した。一人でやってても虚しくはない。今の真亜莉はある意味無敵なのだ。


 悠莉と十莉から送られてきた封筒には手紙の他にこのネックレスが入っていた。


全ての邪気を祓うモノ(アボロスバスティ)


 希少鉱物と僅かにしか取れない魔石を使い作られたレア中のレアアイテム、らしい。それを身に付けていれば自分を害する全て――例外はある――を退けることが出来、結界のようなものが張られるらしいので物理的にも防いでくれる。有り難いことにメモも同封されていた。

 何故こんな物を二人が用意したかは容易に想像できた。


 三人と同種の緑色をした石が台座に収まっており、ただのアクセサリーとして付けてもなんら可笑しくはないものだった。この石からも魔力を感じるのだが、日本に居た時は今ほど強く感じることはない。所詮は残留魔力というやつだった。だから結界を日本で期待していたわけではないのだろう。ただ「姉を守りたい」という純粋な気持ちが感じられて、真亜莉は不覚にも視界が歪んでしまった。


 この世界に来てからアボロスバスティの輝きと存在感が増した気がする。この世界に漂う魔力を吸って本来の力を取り戻したのかもしれない。真亜莉はいそいそとアボロスバスティを装備した。


(これで一人でも安心して眠ることが出来るなんて、なんてファンタジー。悠莉、十莉、ありがとう)


 二人に感謝をしながら簡単に寝る準備に入る。幸い寒く感じるほどではなかったので、木に凭れながら薄いタオルケットを被った。因みに無駄に迷彩柄である。


 簡単なカロリーバーで夕食を済ませてから目を閉じた。


 身体強化のお陰であまり身体は疲れてはいないが、精神的には大分疲弊していたようだ。目を閉じるとすぐに意識が沈み込んだ。


(明日は何か見付かるといいな。とりあえず人に会わねば)


 不安な気持ちが一つも無いのは危機感が足りないのか。それとも二人と同じ世界に居るだろうことに安堵してしまっているからだろうか。

 真亜莉は満たされた気持ちで眠りに落ちた。




 眩しい。生い茂る木々の隙間から日が差し込み、ちょうどよく真亜莉に当たっていたようで目を覚ました。デジャブを感じる。

 いつの間にか横になっており、肌けたタオルケットが足元で丸くなっていた。寒い。


 日も上りきっていない早朝。気持ちは清々しいが流石に肌寒い。濡らしたタオルで簡単に顔を拭うと、昨日と同じくカロリーバーと水を口に突っ込み森を彷徨うことにした。歩いていれば暖かくなるだろう。



 そろそろ本当に人と接触できるかが心配になってきた。太陽が頂点に達したのは随分と前のことだ。このまま誰とも会えずにいたら、どうなってしまうのだろう。食料は十分に持っているが当てもないことがどんなに大変か真亜莉は知っている。


 そんなことをつらつらと考えている時だった。


 ガサリ。ネックレスの効果か、魔物と呼ばれるような生き物にも賊にも遭うことはなかった。時折兎――角が生えていたのであれが魔物か?――みたいな小動物を見掛けるだけで安穏とした雰囲気だったのだ。今の今までは。

 視界の端、右方向の林のほうから物々しさを感じる気配がして、大きく揺れた。


「っ!」


 声を出してはいけない。

 反射的に手を動かし、自らの口を封じる。息を飲む音さえ相手(・・)を刺激しかねない。


 林の中から現れたのは一頭の獰猛な生き物。


 ――ファンタジー世界で狼はテンプレだよね。呑気な十莉の声が聞こえた気がしたのは混乱ゆえか。



 日本では絶滅したとされる狼が、真亜莉の目の前にその巨体を現した。



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