第一話 真亜莉、弟妹から手紙が届きました
長編ははじめてなので、完結目指して頑張ります!お手柔らかにお願いします。
9/7ジャンル変更しました!読んでいる方には影響ないと思いますが、念のため!
日が沈みそうな薄暗い部屋で女は手を震わせながら手紙を読んでいた。時折漏れ出る嗚咽を堪え、霞む視界を乱暴に拭いながらも懸命に文字を追っている。
たった二枚ほどの少ない便箋はすぐに読み終わってしまったが、見落としがないか何回も何回も、目を皿のようにして読み返し、女は漸く強張り震えている身体の力を抜いた。
――ボタ、ボタボタ。
今にもそんな音が聞こえてきそうなほどの大量の水分を瞳から垂れ流しながら、女――茅部真亜莉は呟いた。
「いき、てた……っ、」
腹の奥からせりあがる堪えきれないほどの気持ちは、安堵と歓喜。大声を出してしまわないように口に手をあてて真亜莉は耐えきれなくなった嗚咽を溢し、自分に伝えるように再び同じ言葉を繰り返した。
「うう、うううう。いきてた……生きてた!」
この部屋には誰もいない。だから、多少声を上げたところで誰に何かを言われる心配はないのだが、それでも真亜莉は静かに喜びを噛み締めていた。これが夢ではありませんようにと願いながら。誰にもこの一時を邪魔されないように。
そうして暫く流れるままに滴を床に溢し続けていたが、ハッと何かに気付いた真亜莉は立ち上がりそのまま部屋を出ていってしまった。立ち上がった衝撃で二枚の紙はふわりと浮き上がるが、再び元の位置に落ちてそのまま沈黙した。
●
『真亜莉お姉様へ
ご心配をお掛けしたこと、また連絡の出来なかったこと大変申し訳ありません。真亜莉お姉様は元気でしょうか?
ずっと、ずっとせめて連絡が出来ないか探していたらこんなに月日が経っていました。真亜莉お姉様のことだから、未だにわたしたちを探している事と思います。もしもこの手紙を目にすることが出来れば……真亜莉お姉様にはわたしたちを探すことを止めて頂きたく思います。
真亜莉お姉様はわたしたちにとって大事な姉であり、母でした。大事に大事にしていただいていたことも勿論わかっています。大事だからこそ……だから、もう探すのはやめてほしいと思います。あれから10年経ちました。真亜ねぇちゃんはまだ諦めていないと思うからこそ、もう自分のことを考えてほしい。十莉とも話し合いをして、二人で決めたことだよ。真亜ねぇちゃんがゆうりたちに幸せになって欲しいと願っているように、ゆうりたちも真亜ねぇちゃんに幸せになって欲しい。もうね、十分に貰ったよ?ゆうりたちが返すことはもう出来ないけれど、遠くから願う事は出来るから。会いたいし、抱き締めて欲しいけど、それはもう出来ないから。だから、せめて今度は自分の幸せを願ってください。ゆうりたちは元気です。幸せです。元気でね。さようなら。
手紙が届くことを祈って。
ストロバリヤ国ベインゲート侯爵家ユーリ=ウォル=ベインゲートより』
『真亜莉姉様へ
お元気ですか?私達は意外と逞しく生きています。漸く連絡手段が出来たので、手紙を書きます。
何から書けばいいかな……悠莉はその辺省きそうなので、私から詳しく話したいと思います。
うん、すっげぇ書きづらい。このまま書くね。
たぶんだけど、俺達はそっちの世界では行方不明扱いされていると思う。記憶とか消えている事がなければだけど。行方不明は間違っていないんだけど、どうやら異世界トリップってやつを体験したらしい。漫画みたいな話だけど、マジだからね。真亜ねぇが俺達が話したことなら120%信じることを考慮しても、すごく信じられない話だけど。
真亜ねぇが隠れて読んでた漫画とか小説とかそんな世界だって言えばわかりやすいかな?魔法なんてバンバン飛ぶし、人も飛ぶよ。マジックボックスとか、身体強化とかもあるファンタジー世界だよ。言っておくけど厨二はとっくに終わったから。
こんな世界だけど、10年も経てば慣れるし結構元気でやってるから、心配しないで。10年て長いと思っていたけど、経ってみればあっという間だったね。寂しい、なんて思っている暇もなかったよ。だから、だからね。真亜ねぇもそろそろ自分のことを考えてもいいと思うんだ。だって真亜ねぇもう28になるでしょ?(笑)もう、いんだよ。俺達のことを忘れてなんて言わないけど、もう自分のことを幸せにしてあげて。俺達は元気だから。簡単には会いに行ける場所じゃないけど、いつか作るから。だから、それまでは……元気で。さようなら。
手紙が届くことを願って。
ストロバリヤ国魔法師団副団長トーリ=ウォル=ベインゲートより
PS、悠莉と二人で作った御守りを同封します。こっちみたいに魔力がないから結界が張れる訳ではないけど、悪意を向けてくる生き物の軽減くらいは出来ると思います。あともう一つ。ユーリが結婚します。真亜ねぇの代わりに見届けておくから、心配しないで。』
二枚の手紙の文字が滲んでいたのは果たして一人分の涙の跡か。
▽
真亜莉には双子の弟妹がいた。
二卵性双生児の二人は、まだ男女の違いが出る前であったからかよく似ていた。これから成長期に入り違いが出てくるのは分かってはいたが、真亜莉はこのまま可愛い似た双子であって欲しいと切実に願っていた。
それは親の居ない姉弟で唯一歳の離れた真亜莉の、親バカ発言に他ならない。
真亜莉は本日19歳の誕生日を迎えていた。10も歳の離れた双子たちとともに、三人きりの家族になってしまったのは今から4年ほど前のことだ。
元々身体の弱かった母親は、唯でさえ命がけの出産の上に、双子と言う身体に負担がかかることを承知で命を掛けて産み落とした。そう文字通り命を賭して二人の命をこの世に産み落としたのだ。
真亜莉は10歳と言う幼さの時分に、母親代わりに成らざるを得なかった。
父親は何とか子供三人を育てていたのだが、もともと年老いていた上に過労がたたり4年前に呆気なく逝ってしまった。当時15歳だった真亜莉は高校に入学したばかり。そんな子供が更に幼い弟妹を育てていけるはずもなく、泣く泣く施設に預けるしかなかった。父親が残してくれた遺産で食いつなぎ、何とか高校に通う日々。未成年ではありながら、就職すれば弟妹とともに暮らせる。そんな未来を夢見て真亜莉は必死に高校を卒業したのだ。そんな時だった。
真亜莉の大事な大事な、唯一の双子は、突如としていなくなってしまったのだ。
施設の皆で散歩に行っていたらしい。幼子も多いその施設は、親の居ない寂しさに情緒不安定の子供も多かったために、気分転換の散歩は日課だったのだ。その散歩の最中に双子だけが消えた。
どんな謝罪をされようが赦す事は出来ないし、同時に戻ってこないのならどうでもいいとさえ思った。捜索願を出しても捜査は思わしくない。消えた痕跡がないのだ。当然足取りも散歩の途中で消えていた。それでも真亜莉は諦めなかった。捜索は今も細々と続けられているが期待は出来ない。
二人がいつ戻ってきてもいいように家を守り、父親の遺産も二人の将来のために取っておきたいので仕事にも予定通り就いた。
そして、二人が忽然と消えてから1年が経つ。一人で迎える2回目の誕生日を、真亜莉は一人寂しく家で迎えていた。何もする気が起きず、日が落ちるまま部屋の中も徐々に暗くなっていく。
「悠莉、十莉……」
『真亜ねぇちゃ、ん』
「え」
真亜莉は休みのたびに行けるだけ遠くに行っては、砂漠で一滴の砂金を探すが如く捜索をしては落胆した。繰り返す日々はいつ終わるのか検討もつかない。このまま何の手懸かりを掴むことも出来ず、生きているのか、死んで、いるのかも確かめる術無く無為に生きていかなければならないのか。
――助けてあげたい。助けて欲しい。そんな縋るような気持ちで双子の名前を呟くのは勿論これが初めてではない。疲れ果てたが故に神に祈るように弟妹の名前を呟いたのも一度や二度ではない。
しかし背後から見知った声に名前を呼ばれた気がしたのは、これが初めてだった。
真亜莉は勢いよく後ろを振り返った。振り向いてみるが、悠莉のも十莉のも、その愛らしい姿は見当たらない。とうとう幻聴を聞いてしまったかと二重の意味で落胆して肩を落としていると、足元に見覚えのない手紙が落ちているのを発見する。そこには確かに「真亜莉お姉様へ」と悠莉と思わしき文字で書かれていた。
「……っ!!」
飛びつくように手紙を手に納めると、破れないように恐る恐る開封する。封筒が普通の紙ではなかったこととか、封蝋で止められていた事とかは敢えて見なかったことにした。悠莉や十莉の手がかりになるのであれば、些末な出来事だった。
そこには到底信じられないようなことが書かれていた。何故かその手紙の内容が嘘ではないと確信しながら、それでも簡単には信じることはできないような荒唐無稽な話が書かれていた。
「悠莉……十莉……」
読み進めれば読み進めただけ不思議な話が書かれていた。悠莉や十莉が嘘を着く筈がない。気を引きたい幼子特有の小さなウソはあったかもしれないが、人を騙すような悪辣な嘘を二人は吐かないと真亜莉は断言できる。二人の言葉を嘘だとは思わなかった。10年の月日が経っているということも。魔法がある異世界だということも。そんなことよりも、
(悠莉も十莉も18歳……10の歳の差が一つに)
突如として無くなった歳の差に意識が向いた。
悠莉と十莉は小さく可愛らしく愛らしい双子だった。
三人の母親は北欧系の外国人だったらしく、三人が三人とも日本人然りとはしていない。そのため幼少期にはあまりいい思い出がない。特に悠莉は小さく愛らしく、可愛い。目に入れても痛くない。食べてしまいたい位に可愛かった。
それは家族の贔屓目を抜きにしても、子供ながら美貌という言葉が似合っていた。
白金の輝く髪の毛に、緑宝石の瞳。少し引っ込み思案なところがあり、人見知り。それを見れば同年代の男の子たちの庇護欲を多いに誘い、そして嗜虐心を煽った。要するに苛められたのだ。子供特有の好きな子には意地悪したい男心だったに違いないが、それは同年代の女の子には勿論いい顔はされなかった。
よく泣く子供で、特に真亜莉に甘えることが多かった。今も手紙の向こうで泣きそうになっている悠莉を想い、真亜莉も胸が痛くなる。
一方十莉は同じ色合いの髪の毛と瞳を持ち、小学生のまだ成長期に入る前だったからか悠莉にとても似ていた。似ていたのは見目だけだったが。
悠莉を苛める男の子にも、同じ見た目なのに自分にはきゃあきゃあ言ってくる女の子にも愛想を尽かしたらしく立派な人間嫌いで、悠莉と真亜莉にしか心を開いていない節があった。警戒心が強く、しかし心を許した人間にはとことん甘える猫のような男の子だ。
唯一の男子ということを子供ながらに理解していて、真亜莉と悠莉に「自分が守るんだ」と言っていたのはいい思い出だ。
そんな二人は10年の時を経てどのような大人になったのだろう。真亜莉は自分の知らない10年を憎く思った。同時に言葉尻に自分の知っている悠莉を見つけて嬉しくもあった。
それほど長くはない二枚の手紙を読み終わり、真亜莉はここ1年で感じなくなっていた感覚を取り戻していた。寂しさ、切なさや悲しみ。そんな負の感情はここ暫く感じてはいなかった。感じていたら自分を保っていられる自信がなかった。
それから安堵する気持ちと、
「うう、ふっ、」
堪えきれないほどの歓喜する気持ちだ。
「いき、てた」
異世界だろうと、10歳下の弟妹たちが1歳下になろうと、生きてさえいればどうとでもなる。生きているかも分からず無作為に捜索していく日々を送るのと、すぐに会いにいけるかは分からないが会いに行く方法を模索していく日々を送るのとでは、同じ会えるか分からないながらも天と地ほどの差がある。だから、「もう探さないで欲しい」とか、「さようなら」という二人の願いはどうやら叶えてあげられなさそうだ。
「うう、ふううっ。いきてた……生きてた!」
嬉しくて、嬉しすぎて、真亜莉は感情が爆発しそうで思わず口を手で塞いだ。それでも漏れ出る嗚咽は二人が生きていたことの喜びが隠しきれないからだ。ボタボタと涙を垂れ流しながら、真亜莉は暫くの間歓喜でうち震える自分に浸っていた。
漸く嗚咽が治まり心地好い疲れに目蓋を重くしながら、目を皿のようにしながら読んでいた手紙の中に聞いたことがある単語が合ったことを思い出した。そんなまさか。そんな思いは横に置き、今しがた過った単語が本当に聞いたことがあったかどうかを確認するため立ち上がる。その表紙に床に置いてあった手紙がふわりと浮き上がった。
二人からの手紙には異世界に行ってからの10年間の出来事は詳しく書かれていない。それはこれ以上の心配をかけたくないということと共に、元気でいるという事実を強調したいのではないかと真亜莉は感じた。何より二人は『ストロバリヤ国のベインゲート』と名乗った。もう『茅部』ではないのだと、日本に戻って来られないことに覚悟を決めたのだとそう感じた。真亜莉に主張することにより、自分に言い聞かせているのではないのだろうか。
(二人の幸せをこの目で見なければ、私は前に進めない)
二人に会う事は出来なくてもいい。それでも二人の無事と元気な姿、出来ることならば幸せな姿をこの目で確かめたい。
――――二人が行けたのならば自分も行けるかもしれない。
1年ぶりに感じる眠気よりも強い感情が顔に表れていた。「そう言えば笑うのも1年ぶりだな」と口角を上げながら、僅かな手懸かりを求めて軽い足取りで目当ての部屋を目指す。
双子と同じエメラルドグリーンの瞳には、力強い輝きが宿っていた。
9/20 冒頭部分改稿しております