八話、友人と他人
――八月九日。
最近連絡ツールとしての役目を忘れ掛けていた目覚まし時計もとい、携帯が鳴った。
ぴろりん、となんとも可愛い音である。初期設定から変えていない証拠だ。
そんな僕に一体誰が連絡してくるのか、と携帯を開いて気付いた。
「今日はリツの誕生日だ」
送信者は麻衣であるが、真っ先にリツの顔が出てくる。
それもそうだ。僕の誕生日とリツの誕生日は常に同時に開かれていたから。
"誕生日おめでとー。宿題に負けずに楽しんで。PS、甘いモノ食べれるよね?"
麻衣のメールを思い出しながらすぐに返信を打つ。
"ありがと。宿題は最終日に必死にやるのが定めだからね、負けないよ。PS、甘いモノは大好物です"
緩くなって閉じても音が鳴らなくなった携帯を軽くベッドに投げて、アルバムを開いた。
ケーキに顔を突っ込む僕、頬に生クリームを付けているリツ、お互いにプレゼントをあげる二人。
十五回分の誕生日の写真がこのアルバムに詰まっている。どれも幸せそうで、見ているだけで昔の僕らが甦ってくる。ああ、楽しかったな。美味しかったな。今や祝ってくれるのは母だけだ。
麻衣もメールはくれたが腹の中で何を考えているか分からない。どうせ、上っ面の祝いの言葉だけで本心はリツの誕生日を祝っているのだろう? もしかしたら、リツのメールアドレスを教えろとでも思っているかもしれない。図々しい女だ。
想像の範囲外でも有り得る事は限りない。全てを疑う事は出来ないので現状に甘んじておこう。
ぴろりん、なんとも早い返信だ。
"秀才麻衣ちんは宿題を終えました☆ ……あのさ、明日時間ある?"
"それは、いつしかの僕の真似だっけ? ああ、空いてるよ"
明日、ねえ。携帯を天井に掲げながら唸った。
メールの文面からして何か甘いモノを僕にくれようとしているらしいが、素直に受け取るべきか。しかし、僕を恋のライバルと思い込んでいる麻衣なら何を盛るか知れた事じゃない。
ああ、そうだ。と、悪い企みが浮かんでくる。
返信は着ていないが矢継ぎ早に、メールを送った。
"都合が合ったらで良いんだけど、明日の午後六時に僕らの教室に来て欲しい。話したい事がある"
"了解。でも、そんな夜遅くに家出て大丈夫? ユキ、補導されちゃわない?"
"ああ、僕が小学生みたいだからね……ってそんなにチビじゃないし。麻衣の方が小さいでしょ"
"よく理解したな。褒めて使わす"
ふふっと自然に漏れた笑みを両手で覆った。
僕からリツを奪おうとしている奴にほだされてたまるか。しかし、麻衣は友達だ。いや、でもリツを狙ってるんだ。
相反する思いに悩まされながら布団に飛び込む。
麻衣は嫌いじゃない。僕に告白してくれたんだ、嫌いになれる筈がない。けれど、リツを取ろうとしているんだ。好きになれる筈ない。
そうだ、でも唯一の友人をなくしたくない。
――山田くんなんて大嫌いだ。
いや、僕の友人はリツ一人で良い。いくら嫌われようと、僕はリツを追いかける。
ちゃんと勉強していれば同じに進めたのに、と今の今まで後悔し詫びてきたのだ。今、行動すべきじゃないのか?
全てを伝えれば僕とリツの関係は以前の様に修復するんじゃないのか?
そうと決まれば。
携帯を再度取り出し、アドレスを探す。登録件数の少なさには自慢のある僕だ。
目当ての人はすぐに見付かった。
"新囃子高校、二A教室に六時"
内容を書くべきかと迷ったが、とにかく送った。宛先がきちんとリツになっているのを確認した後に。
リツは来る、必ず来てくれる。
証拠もないし、第一に僕を嫌っているというのに僕はそう信じ込んだ。