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七話、疑惑と破滅

 ――七月二十五日。

 明日から、夏休みが始まる。我ら二学年は受験や人間関係に追われず、浮わついた足取りで学校へ向かう。

 僕も、かと言えばそんな事はなく、地に足が付いている事を確かめる様に一歩一歩、足を運ばせるのであった。



「ユキ、おっはよー」


「ぐへ」


 毎度宜しく、盛大に背後から突進されて無惨に地面に落ちた。

 僕、これでも病み上がりなんで、優しく挨拶して欲しいのだけど、彼女には通じない。


「弱いなー、リツは。か弱い乙女がタックルしてんだから、受け止めてよ」


「か弱い乙女がタックルなんてしないよ、麻衣」


 やれやれと、立ち上がり麻衣を見やる。告白したというのに行動は平常と変わらない。


「そういえば、プリンのお味はどうでした? あのプリン、食べてみたかったんだよねー」


「プリ、ン? ああ、くれたよね。でも、棚の上になかったなー……」


「んー。お母さんが冷蔵庫にでも閉まってくれたんじゃないの? 常温保管されたプリンなんて食べたら、今度は風邪じゃなくて食中毒で倒れるしね」


「そっか。帰ったら確かめてみるよ」


 いつも通り、他愛のない会話を繰り広げながら、ふと麻衣は足を止めた。


「どうしたの、麻衣?」


「……んじは、返事は考えてもらえた?」


 普段僕に暴言を吐いたり、叩いてくる少女は何処へ消えたのか。麻衣はしおらしく俯きながら、問う。

 麻衣が本当に僕を好きだなんて、非現実的な事は有り得ないのに錯覚してしまう態度だ。

 どうせ、リツ目当てのクセして……白々しい。


「うん、考えた。僕も麻衣の事を好きだ」


 パアッと笑顔が開花し、麻衣は顔を上げた。

 本当に僕を好きなの? いや、違う。これはきっと僕を欺く芝居なんだ。どうせ、腹の中ではリツを思っているんだ。

 なら、僕は邪魔をする。


「本当っ? じゃあ――」


「そうだね。付き合おう」


 僕と付き合ってしまえば、そう簡単にリツに転がり込む事は出来ない筈だ。

 麻衣の事は友達として好きだけど、リツに色目を使う麻衣は嫌いだ。

 ごめんね、麻衣が悪いんだから。


「付き合うって具体的に何すれば良いんだろうねー。あ、隣のクラスの伊藤さん知ってる? 鈴木くんと付き合ってた人さ」


「うん、知ってるけど?」


「伊藤さんは付き合うって、何かを共有する事だって言ってた。私達は何を共有する?」


「共有するって言われても、大それた過去や秘密なんてないからなー。麻衣はないの? 秘密」


「ヒミツ? ないよ。そんなもの」


 正直者の麻衣の声は若干上擦った。例え僕が鈍感野郎でも見抜けるレベルの動揺の仕方だ。

 大方、リツの事を考えてたのだろうけど。大変不快だ。


「伊藤さんは伊藤さん。僕らは僕らなりの付き合い方があるだろうし、ゆっくり見つけていこうか」


「あ、ああ。そうだよね」


 明らかに安堵の表情を浮かべる麻衣の奥に見え隠れするリツの気配に吐き気を催しながら、僕も笑顔を返した。


 麻衣と話していても、校長の話を聞いていても、宿題を配布されていても、常に頭の中に見舞いに来てくれたリツが出てきて、付属する様に麻衣の顔も現れる。

 僕はこんな汚い人間じゃなかった筈だ。麻衣を憎いと思わなかった筈だ。

 なのに、何故……と考えたら浮かんでくるのはリツの顔。

 僕を良くも悪くも成長させたのは、リツ以外に他ならない。

 唯一無二の存在という言葉がリツ程しっくりくる者はないだろう。

 だからこそ、リツに会いたかった。

 夏休みが始まればリツと会う機会はの範囲狭くなる。家は知ってるし、直接会いに行くという方法もあるが、気持ち悪く思われるだろう。

 あくまで、偶然装って会いたい。その方が何か運命的な感じがするよね?




「リツ。僕は東高行けないみたいなんだ」


 中学三年生の夏休み明け、高校を決めていないのは僕だけになったある日の事。

 本当の事を告げると、リツは酷く顔をしかめた。


「努力はしたのか? 必死になって勉強したのか? その上で言ったのか?」


「し、したけど。やっぱり、僕の頭じゃ入れそうにもないから」


 鞄の中にはD判定の用紙が入っている。ほら、全然受かりそうにないでしょ? と、取り出してみても良いが、リツは分かる筈だ。

 僕よりも何倍も頭が良いからね。


「そうやって受験する前から諦めるのか? この意気地無しが。大体ボク以外の人間に(うつつ)を抜かしているからこんな結果になるんだ」


「だって、平常点が足りないからどう足掻いたって無理なモノは無理なんだよ」


「なら、試験十割制度で受験すれば良い。平常点なんて関係なくなる。満点取れば百パーセント合格だ」


「でも、満点なんて取れる筈ないよ。裁量問題だってあるし」


「取れる様努力するのが受験の常だろう。自信がないのならボクが一緒に勉強してやる」


「そんな、リツの足を引っ張る様な事出来ないよ……」


 リツは有り得ないと言いたげな視線を寄越し、ああもう! と頭を掻いた。

 整えてある短髪はぐしゃぐしゃになって、余計に怒りを表現する。


「でも? だって? ユキは自分の力量のなさを盾にして、可能性がある事にも挑戦しないのか!?」


 でも、と口をついて出そうになった言い訳の言葉を慌てて押さえた。

 もう、返す言葉もない。全てリツが正論だから。


「それとも、…………ボクと同じ高校に行くのが嫌だって言いたいのか? そうだよな。君はボクと違って友達も多いのだから、ボクなんかを優先する筈がない」


 リツは小さく溢した。怒気は何処へ消えたのか、殊勝な表情で地面を見ている。

 リツの横顔は壊れそうな程脆く、今にも泣き出すんじゃないかと思わせる。


「リツ、違う。同じ高校に行きたいよ。でも……」


「でも? 今度は後に何を続けるんだ? 僕は頭が悪いんだ、か? 馬鹿げてる。何もかもを合理化して、ホラを吹き続けて何が楽しい。理解不能だ」


 何も返せない。リツの狂った様に怒る姿を見て、僕の不甲斐なさを感じていた。

 ごめんね。僕が頭が良かったら、リツは怒らずに済んだのに。笑顔のままだったのに。


「ユキ――いや、山田くんなんて大嫌いだ」


 世界が停止した。


 僕の横を歩くリツは侮蔑の表情を浮かべ、僕の腕には嫌悪の烙印が押された。

 押したのは、リツ。

 憎しみ込めて力強く押し付けられて、今にも腕が崩壊しそうだ。

 それだけじゃない。ユキと呼んでくれていたのに、今この瞬間から山田くんと呼ばれる様になった。夢じゃない。夢だとしたら、悪夢だ。


 さっさと目覚めて欲しい。

 ゆっくり時間は修復され、スローモーションの様に、僕を置いて背中を向けたリツがどんどん遠ざかっていくのが見える。

 ゆっくり、ゆっくり、でも確実にリツとの距離が開いていく。動けない、止めれない。

 もう、リツの全てが見えなくなった時、膝から地面に落ちた。

 待ち受けるは絶望のみ。リツに嫌われた。リツに嫌われてしまった。

 リツの最後の言葉が脳内を反芻し、痛みを訴える。痛い痛い、これならいっその事忘れてしまえれば良いのに。

 リツに関しての記憶力だけは抜群な僕には無理な話だ。憎い事に。


「ごめんね、リツ」


 謝っても修復不可能なのに、謝らずにはいられないのが僕の悪い所だ。

 頬を伝う涙だけがやけに熱く、冷えきった体に温もりを与える。全てが意味のない行動になろうとも、僕が何か出来ようにもない。

 山田くんに成り下がった自身の頬を叩いて、ひたすらに吠えた。



 ――山田くんなんて大嫌いだ。




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