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六話、秘密と絶望

 ――死んでしまえば良いのに。




 ――七月二十四日。

 目覚ましの電子音が、耳元で鳴る。ああ、五月蝿い。


「……五月蝿いってばぁあ~」


 視覚に頼るのを止めて、日頃の様にタイマーに攻撃した。

 けれど、何故か腕が本調子が出なくて、ズレてしまい目覚ましは僕の頭に落下した。


「ったー……くそう。今日は土曜日じゃんか」


 なのに、時計は六時を指している。無駄に起きてしまったのに、寝れないこの苛立ちをどこにブツけるべきか。

 土曜日は昼頃まで寝て日曜までゲームしてオールするという醍醐味があるのに。

 じんわり熱を持つ頭部を擦りながら、布団を被り直した。

 寝れはしないが、起きて何かする気力もないので小さく縮こまった。

 関節が熱が込もって痛いが、昨日程ではない。大分、風邪菌も逃げて行ったのだろうか。

 次第に寝ているだけでもベタついた肌に、腹が立ち始め、シャワーに入る事にした。

 立っても、昨日の様な目眩はない。

 フラついた時、昨日は麻衣が助けてくれたっけか。


 ――私、きっと、ユキの事好きなんだわ。


 あっれ?

 そういや、今更だけど、麻衣は告白してくれたんだよね?

 熱による夢と現実の混濁化じゃなくて、本当に、実際に告白された。

 一日遅れで驚愕な事実に直面して、酸欠状態だ。この僕が告白されるなんて奇跡がある筈ない。


 ――付き合うのか?


 付き合うのかな?

 麻衣の意思なら従うけど、付き合うとか定義が分からない関係性でこの三年が崩れてしまうのは嫌だ。

 ……って、これ、昨日考えた気がする。

 この質問も誰かに聞かれた気がする。

 いや、気がするじゃない。朦朧としてても、ちゃんと覚えている。

 僕に、この質問をしたのは、きっと、いや。絶対――リツだ。


「母さん!! 昨日、誰か見舞いに来た!?」


 直ぐ様居間に走って、朝飯を作る母に食い気味に問うた。


「ああ、来たわよ。二人」


「やっぱり! リツも来てたんだ!」


 なら、昨日の夢の様な誰かとの会話が全てリツとの会話だったって事だ。

 どんな事を話したか覚えてはいないけど、リツが僕を心配して見舞いに来てくれたのは事実だ。


「もう一人の子は麻衣ちゃん、だっけ? りっちゃんが説明してくれたわよ」


「説明してくれた? え、二人は知り合いなんかじゃないよ?」


「うっそー。知り合いよ。だって、二人で仲良くうちに訪ねてきたんだから」


 ぐあん。

 目眩、衝撃、粉砕。

 リツが、麻衣と知り合い? 仲良く? どういう事? 意味、分からないんだけど。

 リツはリツがリツと、え? え? え?

 脳裏を掠めた関係性ではないと思うけど、僕は二人の関係性について知らされてなかった。

 秘密にされていた。

 教えてくれなかった。


 ――リツって人、ユキの何なの?


 僕にとってのリツを根掘り葉掘り聞こうとした麻衣。もしかしたら、リツが付き合ってる人がいないか探っていたんじゃないのか?


 ――ボクは、山田くんのそういう所大嫌いだ。


 そもそも、リツは僕を嫌いと言うのに、何故か最近会う機会があった。

 もしかしたら、リツは僕と仲良くなって麻衣と繋がろうとしていたのかもしれない。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


 やだやだやだ、僕は二人がこんな事してるなんて、僕を騙してるなんて、僕を裏切ってるなんて思いたくないんだ。

 二人を疑いたくない。なのに、勝手に浮かぶ二人の関係性は暗い妄想に落ちていく。

 考えたくない。けれど、こんな時に限って、頭はスッキリしてスムーズな信号伝達に努めている。

 シャワーに入って汗を流しても、布団に潜り込んでアーッと叫んでみても、吹っ切れたフリしてゲームに陶酔してみても、脳を支配するのはリツの事ばかり。

 笑顔のリツ、睨むリツ、暴言を吐くリツ、どんなリツでも全てが輝いて見える。


 もしかして、僕はリツの事を――。


 ずっと否定し続けていた、答えがちらりちらりと顔を覗かす。

 違う。そんなんじゃない。

 そんな身分でも性別でもない事を弁えているつもりだから。




「ユキ。リツね、お母さんのつぎにユキのことがすきだよ」


「ユキがいちばんじゃないの? ユキはリツがいちばんなのに」


 紅葉の様な掌で三時のおやつを頬張るユキは、いじける素振りを見せる。


「んー。おかあさんがしんだら、ユキがいちばんだよ? うれしくないの?」


 おやつを提供しているリツの母は勝手に人を殺すなよ、と心の中でぼやく。

 ユキは溢れ落ちんばかりに笑顔を広げ、リツに抱き付いた。

 いたいってば、と嫌がりながらもリツも笑顔を浮かべている。

 仲睦まじい風景に、リツの母もユキの母もほっこり胸を暖めながら過去の青春を思い出した。


「やだ。リツのおかあさんしんだら、ユキかなしいもん」


「じゃあ、いちばんにしてあげる。そのかわり、ちゃんとリツをずっといちばんにしてないとダメだからね?」


「うんっ。リツは、ずっと、ずーっとユキのいちばんだよ!」


「ん。ずーっと、いっしょなんだから、はなれちゃダメなんだからね」


「リツも、ずっと、ユキをすきでいてくれる?」


「あたりまえじゃん。ユキは、リツのだいすきなんだから」


「えへへ、うれしいなぁ」


 現実を知らない二人は一番が不動だと信じた。人の思いが移ろい易く、風化され易いと知らずに。

 十年後も同じ思いを抱いてると錯覚して、笑顔を浮かべた。




 リツは僕の中で変わらず、一番だ。だけど、リツは……変わってしまった。僕を嫌い、避ける。

 僕はそれに順応出来ずに、かつての約束に固執しているだけに過ぎない。僕の短い人生の中で一番楽しかった時だからって。

 そう、そうだ。僕はリツを好きだけど好きじゃない。

 アンビバレンスな感情に苦悩しながら、僕は一つの答えに辿り着いた。



 ――僕からリツを奪おうとする麻衣は邪魔者だ。

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