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五話、病弱と告白

 怒っているリツ、原因は僕にある。

 知ってるよ、そんなこと。だってリツは僕の事を大嫌いなんだもの。

 じゃあ、僕を嫌いになった原因は?

 知らないよ、僕なんかが。だってリツは答えを教えてくれないもの。

 リツは、リツはどうして僕を嫌いになるのだろうか。

 僕が意気地無しだから? 僕が弱虫だから? 僕が臆病者だから? 僕が、僕が? ――男だから?

 以前も似た自問自答をした気がする。その時も答えが出なかった。


 その日の晩、コピー用紙を取り出して勉強机に広げた。

 "僕が思う僕の嫌いな所"という題を大きく書いて、それに下線を引く。

 頭で考えるだけだから答えが出ないのだ。文字として体外から出してしまえば、嫌いになる理由が分かるかもしれない。

 答えを出さなくちゃいけない、さもなければ――、最悪の想像が脳裏を掠め、それをかき消す様にペンを取った。

 一番最初に、気が付いた事を書く。


 "字が女の子が書くように、小さくて丸い所"



 ――七月二十三日。


「三十八度五分……完璧風邪じゃないの」


「頭が重くて胃がムカムカして全身怠くて力が入らないけど、風邪じゃ――」


「風邪よ」


 体温計を持ち、僕の枕元に立つ母は僕の頭を叩いた。

 ほら、熱いじゃない。と小さく呟きながら、然り気無くタオルで汗を拭ってくれる。


「先生に連絡しとくから、ちゃんと横になって休むのよ。ゲームとかしちゃ駄目だからね」


「……はーい」


 行きたかったのに、今日は何があっても行かないとダメだったのに。

 一日徹夜して自身の悪い点をあげただけで知恵熱を出すなんて、自分がひ弱過ぎて笑えてくる。

 あー、きっとリツは僕のこんな所も嫌いだろうな。そういや、昔もこんな事あった。



 あれは、小学五年生の遠足の前日。

 僕は楽しみで楽しみで寝れなくて、結果熱を出した。

 行きたいと母にすがったが体は正直で、立っている事すらままならず、横になるしか選択肢はなかった。

 頭は熱く、視界はぼうっとトロけているのに、寝れなくて刻々と時が過ぎていくのを見ていた。

 悔しさか、寂しさか涙が流れ落ちた。


「バカだな、ユキは」


 高熱が生み出した幻聴だと思った。

 リツは遠足に行ってる筈だ。そもそも、僕の家にいやしなかった。いる筈ない。

 ぎゅっと固く目を瞑ったら、額に冷たいモノが触れた。

 気持ちいい。新しい快感に目を細める。


「バカは夏風邪なんて引かないと思ったんだけど、ユキはその概念すら崩すんだな」


「……あれ、ほんとにリツ? もう、行ったはずじゃあ……」


「偽物のリツだったらどうするつもりなんだ?」


 瞼を押し上げると呆れ顔のリツと目が合った。

 僕を見下ろしながら、何か言いたげな表情をしている。

 てっきり、お前はバカだ! と罵られるのだと思っていたが、違った。


「…………ボクのせいか?」


「え、何が?」


「だから、それだ。ユキの風邪だ。ボクが昨日、ユキにキツく言ったからじゃないのか?」


 苦虫を潰した様な表情で見られても、僕も困ってしまう。

 たかがそんな事で僕は風邪なんか引かないよ。でも、興奮して眠れなかっただけで風邪引いたんだけど。


「えー? 違うよ。リツのせいじゃない」


「いや、ユキが意識していないだけで、潜在的に影響している可能性もある」


「僕、難しいことはよく分からないけど、風邪引いたお陰でリツが側にいてくれるって思ったら、スゴいうれしいんだ」


 リツは目を丸くすると、何かに耐える様に口をもちょもちょさせて額を叩いた。


「あたっ」


「本当に、ユキはバカだな」


 バカにしている筈なのに、リツがこの上ない笑顔を見せたのが印象的だった。



 病弱過ぎて恥ずかしくなってくる。

 "変に病弱過ぎる所"はきっと、僕を嫌いになる一つの原因だろう。

 ああ、忘れない内に書かないと――と、立ち上がろうとした時だった。


「横になってなさいって、お母さんにも言われてたしょー。あ、それともトイレ?」


 聞き覚えのある声に、素早く振り向いたら、体は追い付かないと目眩がした。


「目眩がする程、驚かなくて良いと思うけど。麻衣ちん泣いちゃうぞー」


「……いや、麻衣がいたのに驚いて」


「いつぞやのユキの真似は完璧スルーかよ。まあ、良いけど」


 麻衣は倒れかけていた僕を片手でベッドへ戻し、鞄からクリアファイルを取り出した。


「先生に頼まれたんだよ。ユキにプリント渡してってさ。感謝しなさいよ」


「あー、うん、ありがと」


「ダルそうね。シャキシャキしなさいよ」


 風邪を引いてる人間にそんな事言われても困るんだけど。

 言おうにも、体力が足りなくて掠れて消えた。


「……あー、学校は、良いの? まだこんな時間じゃ……」


「何言ってるの。もう、五時だからね? とっくのとうに下校時刻過ぎてるから」


「……あれ。まだお昼だと思ってたんだけどな。疲れてるんだろうね、きっと」


「ん。お見舞いってことで、これあげる。栄養付くようにってことでプリン買ってきた」


「わー、ありがと。後で食べるね」


 ん。と、満足気に頷いた麻衣は居心地悪そうにキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「そんな見ても楽しくないよ。殺風景だし、変な物もないし」


「よしっ! ……いくぞ」


「へ?」


 両頬を平手打ちし、鋭い視線を向ける。珍しく真剣な眼差しに冷や汗が足れた。

 え? いくって何? どういう事? どうしてそんなにも殺気だってるの? 変な想像しか出来ない。


「ユキ、私、きっとユキの事好きなんだわ」


「は? え、や。僕も麻衣の事好きだけど。それがどうしたの?」


「ユキと私の好きは違う。私のはフォーリンラブの方だから」


「こ、恋に落ちたの? まさか。僕に?」


「だったら悪いの?」


 人を殺さんばかりの迫力での告白はもとより、好意を直に伝えられた事も初めてなのでひたすらに嬉しい。

 のだが、熱で朦朧として上手く思考が働かず、事実と想像が繋がらない。

 麻衣は、風邪を引いてる僕よりも赤い顔で僕を睨んでいる。

 あれ、僕の知ってる告白はこんなシチュエーションじゃなかった筈だけど、まあまあ、良いか。


「悪くないし、正直、嬉しい」


「……………………ふうん。嬉しいのね」


 長い長い間の後、麻衣はブンブン首を振り立ち上がった。


「じゃあ、私、帰るわ。お大事にね」


 去り際に言い残すと、顔も見ないで部屋を後にした。

 麻衣の後ろ姿を見送ってから暫くして、何のおもてなしもしていなかった事に気がついて申し訳なくなった。

 わざわざ、僕の家まで来てくれたのに。


 ――好きなんだわ。


 現実味のない言葉に自然と顔が熱くなる。風邪のせいじゃない。

 友達としてではなく、一人の人として、僕の事を好きなんて都合の良い話がある筈ない。

 けれど、麻衣は僕の事を好きって、嘘じゃない。自分の言葉で。僕に伝えてくれた。

 麻衣は、僕を好きになってくれる。

 嬉しい様な気恥ずかしい様な不思議な感覚だ。布団に埋もれてアーッて叫びたい。けれど、そんな気力も体力もない。

 ああ、考えすぎてボケてきた。

 ふわふわ空を飛ぶ雲の上で揺られている居心地で、脳髄がトロけて気持ちいい。

 あっれ、やばいなー、これ。でもいいや。どうしようもないもの。


「返事、するのか? あの、女に」


「……そりゃ、しないと。告白してくれたんだから」


「そうだな。その、あれだ。君はあの女と付き合うのか?」


 あれ、僕は誰と話してるんだ? 夢にしては高性能過ぎる。でも、誰か入ってきた感じなんてしなかったし。

 ねぼけているんだねえ、きっと。


「……付き合うとかよく分からないけど、麻衣がそうしたいならそうしようかなー」


「…………それは、良かったな」


 ほわほわー、ほわほわー、頭の中が回って回って落ちていく。

 僕に侮蔑の視線を向ける見覚えのある人の顔は、ボヤけて闇に消えた。あれれ、夢なのにハッピーエンドじゃないなんて、悲しいの。

 ぐるんぐるん、ぐにゃんぐにゃん。

 気持ちいいのに、気持ち悪い。変なの。へんなの。へんらのー。



「ボクの気持ちも知らないで。ユキなんて……山田くんなんて――」

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