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三話、麻衣とエゴ

 ――七月二十日。


「ねえねえ、ユキって付き合ってる人いるの?」


 ゴフ、と飲んでる途中の抹茶オレを吹き出してしまいそうになった。

 必死に押さえると今度は誤嚥し、げふげふ()せかえる羽目になった。


「と、突然何? 麻衣(マイ)のせいで変な所に入ったんだけど」


「入れるユキの身体が悪い」


 呆れ顔の数少ない女友達の麻衣は、さも僕が十割非があるとでも言わんばかりの視線をぶつけてくる。

 それにしても、女子が好む色恋の類いの質問は時と場所を(わきま)えてして欲しいのだけども。

 と、時計を見れば十二時五十分。もう少しで五時限目の開始を告げるベルがなる筈だ。

 なら、この興味のない話題も早めに切り上げられるかもしれない。


「んな事言われても……」


「で、いるのかいないのか聞いてるんだからさっさと答えてよ」


「いないよ」


「彼氏も? 彼女も?」


「あのさ、麻衣。君は僕の性別を覚えてるの? 僕は――」


 男でしょ? と、言おうとした瞬間にベルがなる。

 ああ、こんな変なタイミングでなったりしたら……と、予期した未来は的中した。


「今日、一緒に帰ろう。そして、恋人について詳しく教えるのよ」


 戻る間際に、僕に告げ麻衣は自席に戻った。

 あらら、と嘆きながら僕も席に戻って肩を落とした。面倒に巻き込まれる予感がする。当たらなきゃ良いけど。



 ――なーんて、思った事が当たるのが非情な世の常なのである。

 バレる前に、と終了のベルと共に教室を飛び出した筈なのに、下駄箱の前で僕の靴を持って麻衣が笑っていた。


「帰るの? 偶然ー、私も帰ろうとしてたのー」


 同じクラスなのに、僕の方が早く出た筈なのに佇む麻衣を見ていると、反抗する無意味さを感じた。


「超人スペックの使い時は今じゃないと思うけど」


「あららー、私にそんな事言って良いの? あんたの靴持ってるのは私だからね」


「はいはい。悪かったから靴返してよ」


「はい、は一回って習わなかったの?」


 ブツブツ文句垂れながら、靴を丁寧に降ろした麻衣はふと僕を見た。


「改めて見ると、ユキの靴って小さいよね。私よりも小さいんじゃない?」


 と、麻衣は自身の靴の裏を僕に見せる。二十五って、……ああ、うん。僕より大きいよ。

 僕より身長小さいクセにさぁ。


「ウルサイヨ。僕だって好きで小さいままでいるんじゃないんだからね」


「だろうね。私だって好きで足がデカイんじゃないから、おあいこ。おあいこ」


 おあいこか? と疑問は口にせず、この話題を終わらせようと、足早に歩き始めた。


「速い。遅く歩いてよ。これからみっちり、ねっちり話す事あるんだから」


 あー、聞き間違いかなー? なんて事はないので、観念して先に元の話題に戻す。


「本当に、付き合ってる人なんていないから。ほら、僕を見てみて。オタクだよ? チビだよ?」


「私よりも大きいクセに、ナマ言うんはこの口かいっ!」


「いはい、いはいっ。らに!?」


「やー、何となくムカついたから」


 伸ばされて熱持った頬をスリスリ慰めながら、恨みがましく麻衣を見るが完全スルー。

 よくもまあ、半泣きになってる人間を無視出来るモノだ。


「じゃあさ、こないだ一緒に学校来てた人誰?」


「え? ……ああ、リツ?」


「リツっていうの? その人とユキ、遠くから見たらもうバカップルにしか見えなかった。ジェラシーだよ、もう」


「うっそ、バカップルなんて、そんな事した記憶がない。大体普通に歩いていただけだよ」


「うん、盛った。でも、仲良さげに見えたのは本当」


「そう……なら、嬉しいな。少しでも仲良く見えたんなら」


 リツと僕の関係性は壊れたけれど、他人の目から見ると僕らはまだ終わってないのだ。

 まだ、友達に戻れる余地がある。


「うわー、乙女かっつーの。恥ずかしい、恥ずかしい」


「態々こんな話題を振っといて、その言い草ってどういう事さ」


「どうもこうもないよ、乙女野郎」


「それ完全悪口だから。傷付くからね? 泣いちゃうからね?」


「げー、泣くなよ。私が苛めてるみたいじゃん。泣くなら私と別れてから一人で空に向かって己に酔いしれながら詩的に泣いてて」


「するかよ」


「リツって人、ユキの何なの?」


「突然だね。まあ、うん………………友達なのかなぁ?」


 僕とリツの関係性、か。と、思い起こしてみても僕自身何なのか、それに名前を付ける事は出来ない。

 友達、ってそんな曖昧な言葉で括って良いモノなのか、それとも単純に近所に住んでる人と紹介すべきなのか。

 もう僕一人で、答えを出す事は出来ない。


「長い沈黙で捻り出された答えが疑問系なんて、意味分からない。私に聞かれても知らないし」


「僕もなんだよなー」


「まあ、でも。友達なんだよね? なら、……まだ可能性はあるって事だ」


「……なんて?」


「なんでもなーい」


 くるくるり、鞄を振り回しながらトルネードスピンをかます麻衣は笑顔であった。

 時折、不思議な行動をする麻衣に振り回される度にリツを思い出す。

 そういや、リツも不可思議な行動をしていたなーって。

 僕はそういう人種と交遊を深める天才なのかもしれない。知らないけど。


「ま、良い答えが聞けたので今日はこの辺でオサラバだ」


「あ、家この辺なの? 僕の家と近いなー」


「んーん。もうとっくのとうに過ぎてる。三本前の信号で曲がらなくちゃならなかった」


「えっ!? 良かったの?」


「良いんだって。私がユキと一緒に帰りたかったんだからさ。じゃ、そういう事でー」


「う、うん。じゃあ、またねー」


 やっぱり不思議だなあと首を傾げながら麻衣の後ろ姿に手を振った。

 家を過ぎたのに言えなかったという事は、僕が言えない様な態度をしてたという事で申し訳なく思う。

 今度からは優しく穏やかな態度でいこう、と頬をもにょもにょ揉んでいると曲がり角で誰かとぶつかってしまった。


「あっ、すいませ――――リツ?」


「……山田くんは、また前も見ず歩いて。これがボクじゃなかったら大事になる可能性だってあったんだぞ」


「え、あ。ごめんね」


 僕の不注意を心配してなのか、本気で怒るリツに頭を下げた。けれど収まる雰囲気はない。

 僕と真っ向からぶつかったという事は、お互い向かう道は反対な筈なのに、リツは僕の隣を歩き始めた。


「何か向こうに用事あったんじゃないの?」


「いや。然程重要ではない。それよりも、だ。僕は山田くんの不注意について話しているだろ。まさか、話を反らしたいのか?」


「い、いや。そんなんじゃなくて。別に用事がないなら良いんだよ」


「大体山田くんは昔からそうだ。向こう見ずで無計画で、それをボクが支えていたのを覚えているのか?」


「え――、や、まあ、覚えてるけど」


 まさか、リツが僕との過去を覚えてくれているなんて。昔を引きずって今も思い出すのは僕だけだと思った。

 けれど、嫌な過去だからこそ忘れられないという事も有り得る。

 いやいや。今は深く考えないで、リツが僕に話し掛けてくれる事に喜ぼう。


「何だ? その反応は。顔を赤くして、風邪でも引いたのか?」


「ま、まあ大丈夫だよ。健康、健康。じゃあ、またね」


「ん、ああ」


 まだ怒りは冷めていないが、僕が小さく手を振ると眉間にシワを寄せた。

 以前の様にすぐに背中を向けられなかっただけ、まだマシか。と(にわか)な満足感を得る。

 この調子なら以前の様に戻れるのかもしれない。

 リツの意思やエゴを押し付ける形になっているのにも気付かず、一人未来に向かって微笑んだ。

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