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二話、約束と拒絶

「ユキ。リツね、おおきくなったらおいしゃさんになるの」


 丸三角四角、様々な形の積み木を片手に幼き日のリツは微笑んだ。

 城でも作っているのだろうか、歪な形の積み上げられたモノを一瞥してユキは言った。


「なあに、おいしゃさんって?」


「おいしゃさんって、いろんなひとのイタイイタイをなおすひとなんだって」


「すごいっ! リツだったら、いいおいしゃさんになれるよ!」


「でしょ。ならさ、ユキはかんごしさんになって」


「かんごしさん? びょうきをなおすひとでしょう。なんで? ユキはムリだよ」


「かんごしさんとおいしゃさんはふたりいっしょじゃなきゃダメなの。ユキがかんごしさんにならなかったらくちきかないから」


「えー! やだよー。ユキ、べんきょうしてかんごしさんになるから、ずっといっしょにいて!」


「しかたがないなぁ」


 リツは眉を下げて、ユキの面前に己の小指を突き付けた。


「ゆびきりできる?」


「できるよ!」


 小さな小さな二つの指が絡み合い、契りを交わす。


「「ゆびきーりげんまん、ウソついたらはりせんぼん、のーます」」


 一方が嘘を付き、一方が相手を嫌悪する事になるのだが、未熟な少年少女にはその契りが絶対と信じた。


「「ゆびきった」」


 何も疑わずに。



 ――七月八日。

 懐かしい夢を見た。先日、久し振りにリツに会ったからであろうか。

 幼い頃の無垢なリツが、僕を見て笑っていた。今はもう、あの面影もない。

 リツはあの時の誓いを覚えているのだろうか?

 今でも医者を目指して勉強しているのだろうか?

 リツの後を追い掛けられなくなって看護師という夢を諦めた僕をどう思っているのだろうか?

 知った所で何も出来やしないのだけど。


 懐かしいついでに、とアルバムを開いた。

 僕の成長記録なのだが、どの写真にもリツが写り込んでいる。

 笑ってピースを見せるリツ、僕と泣きながら逃げるリツ、僕と手を繋いで寝ているリツ……次々と目を通す内に自然と口角が上がっていくのに気が付いた。

 あの頃は嫌いなんて感情を知らなかった。ただただ互いを身体の一部の様な不可欠な存在としていた。


「だけど、ねぇ」


 唯一無二の幼馴染みだ。当然、元の様な関係に修復はしたい。けれど、もう一度人生やり直せるとして昔に返りたいかと聞かれたらそうではない。

 何だかんだ、リツがいなくても高校生活楽しくやってこれた。

 物心つき始めた頃から、圧倒的なリツとの差に悩みリツの背をひたすら追い掛けていた僕は、無理をしていた。

 リツが急かすから、僕の力量に及ばない期待を背負って、失敗して挫折して。

 リツと離れた今、僕を追う者はなくなり、ようやく解き放たれた。

 それを快感と思ってしまった事は、リツに言えやしない。

 リツに嫌われるのは苦しいが、これが僕の人生なのだろう。神の御判断に従うまでだ。

 感慨深いアルバムを仕舞い、ベッドに飛び込んだ。

 こうやって目を閉じて横になるだけで、変に冷静になって物事を考えてしまう。

 リツの人生においての僕の重要度の低さは理性で納得しつつも、頭に浮かぶのは大抵リツの事である。

 何とも不思議な事だ。



 ――七月十八日。

 普段よりも早くに家を出た僕は、見慣れた通学路をゆったり歩いていた。特に急ぐこともない。余裕があった。

 いつもの交差点を曲がった所で、見覚えのある鋭い猫目とかち合った。


「あ」


「……あ"?」


 偶然出会っただけなのに、その好戦的なヤンキーみたいな反応するのに意味はあるのだろうか。

 いつもに増して睨み効かせて僕を一蹴するかと思いきや、何事もなかったかの様に僕の横に並んで歩き始めた。


「え?」


「単語でしか意思を発信出来ないのか、気持ち悪い」


「だってさ、リツの高校反対方面だったよね? それに、僕が来た道に進もうとしてなかった?」


「記憶を改竄するな。僕の高校は元からこの通りだ。……気のせいだ」


「そう? なんだ」


 ふいっとそっぽを見るリツの仕草は幼い頃と変わっていなくて、込み上げる喜びを必死に抑えた。

 初めて体験する誰かと一緒の通学のせいか、その相手がリツであるせいか変に気分は高揚する。

 悟られればリツは笑うだろうか。いや、避けるかもしれないな。

 だって、気持ち悪いだろう? 僕がそんな事を考えるなんてさ。


「……リツ、あのさ」


 "僕はリツの友達に戻れるのかな?"

 なんて、間抜けな事は聞けやしない。溢れ出てしまわぬ内に、飲み込んで消化した。


「要件は何だ。山田くん」


「……いや、何でもない」


「気持ち悪い。思春期の女子か」


 嫌悪を表情に顕にしながら、僕を睨んだ。

 昔は僕の方が背が高かった筈なのに、何故か今やリツが僕を見下ろせる程まで身長差が開いてしまった。

 だから、ただ睨んだだけでも上からの威圧が相まって、簡単に僕を萎縮させるのだ。


「……違うよ」


「そんな馬鹿げた事が現実にあってたまるか」


「だ、だよね」


 中々弾まないリツとの会話に苦戦しながら、次の話題を必死に探す。

 リツが知っていてかつ楽しめる話題……しかし、よくよく考えれば僕は博識でもなけりゃ、知識人でもない。

 考えるのを諦め空を見上げた。何も話せない僕を嘲笑うかの様に澄みきった空を、睨みつけた。当然何も返ってくる筈もない。


 結局話題も見付けられず、僕の学校の前で別れた。

 去り際にリツに向かってじゃあね、と手を振ったのだが、その頃には既に背を向けていた。

 あはは、傷付くなーと自嘲気味に笑った。

 それにしても、高校の制服に身を包んだリツ――、


「格好よくなってたな」


 空を泳いでいた拳を握り締めた。

 また明日も会えたら良いな、なんて願いながら。

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