エピローグ
「ごめんね」
君を見た時に真っ先に出てきたのは、いつしか彼女に注意された言葉だった。
でも、今度は怒らないよね? 僕が謝る原因なんて、君は全部知っているでしょ?
僕は君が大好きだった。
亡くなってから気付いちゃ遅いのだけど、この気持ちはどう仕様もない。君と共に燃やす事も出来ないしね。
ハッキリした口調も、僕の中に簡単に入ってきてしまう性格も、それでいて併せ持つ弱い部分も好きだった。
今更、なんて笑うかな?
僕はね、君に憧れていたのかもしれない。
君は僕にない物を持っていて、輝いていた。いつも注目の的で羨ましかった。君の視界を僕も共有したかった。
ワガママだったね。気持ち悪いね。ごめんね。
でも、こんな汚い僕の一部も、君が好きだと言ってくれたお陰で、好きになれたんだ。君のお陰だよ。
……届いていると良いんだけどなぁ。
友達の出来ない僕と一緒にいてくれてありがとう。僕に明るい日常をくれてありがとう。僕を好きになってくれてありがとう。
君へのありがとうを纏めて花束にしたらこんなに大きくなっちゃったんだ。
笑って良いんだよ。僕は、君に嫌な思いをさせてしまったから、今からでも沢山笑顔になって欲しいんだ。
自己満足だと思う。君に届かないかもしれない。けれど、ずっと君への罪を忘れずに贖罪の自己満足を送りたいんだ。
君はそれで、きっと笑ってくれる。馬鹿だねって笑いながら喜んでくれる。そう思えてしまうからさ。
そうそう。今日は君にアレを持ってきたんだよ。君がこないだ僕にくれたって言ってた……そうそう。プリン!
最近の加工食品は添加物たっぷりだから、賞味期限が長いと思ったんだけどこれは短くて。一週間もない筈だから、早めに食べてね。
腐ってたらお腹壊しちゃうからね、気を付けてね。
君が美味しいって言うから僕も食べようと思って買ったんだけど、冷蔵庫の中に入れといたらすぐになくなっちゃうんだ。不思議だね。
誰か食べてるのかな?
もしかして、君が……なーんだ。どうぞ食べて良いよ。これからも君の為に沢山プリンを買ってきてあげるからね。
でも、僕も少し位は食べてみたいから、残しておいてね?
君は社交的だから、この世の僕なんて忘れて仲間と楽しく遊んでいるかな? 嬉しいけど、たまには僕を思い出してね。僕は、ずっと君を想っているから。
あ、時間だ。……ごめんね。もう帰らないと、一緒に来てくれた人が怒ってしまうかもしれない。
また、来週も来るからね。ずっとずっと、君の事は忘れないから。だから、そこで眠っていてね。
おやすみ。
「ごめんね、待たせた!」
「待ってなんかいない」
ユキははぁと息を漏らすとワタシを見た。墓参りに行った筈の人間なのに、幸せそうな笑顔を浮かべた。
「よしっ。ちゃんと生きてるね。じゃあ、行こうか」
「……うん」
ユキは小さな掌でワタシの手を握った。確認する様にぎゅっぎゅっと力を込めるのは、最近のユキの癖だ。だから、ワタシも小さく握り返してやる。
「麻衣と沢山話してきたんだ。あの事件以来だから、一週間振りだね」
「そう。何を話したの?」
「友達として好きだったよー、向こう行っても頑張ってねーって感じ」
「ユキらしいね」
ユキは変わった。良い意味で幼い頃の様な距離感に戻ってくれた。オドオドした感じも、ワタシの数歩後ろにいる様な関係性も全てなくなった。
かと言うワタシも変わった。一人称に、服装、言葉づかい、髪型……己で変えられない身長以外は全て、女らしくした。その分だけあの女の言葉が脳裏を過る。
――模造品。
男でも女でもないボクだった頃に相応しい呼び名だ。反論出来ないのが、腹立つところだ。
幸か不幸か、あの事件さえなければ、ボクはワタシにならなかった。まして、ワタシ達の距離がこんなに近付く事も。
あの日、麻衣はワタシを刺し殺そうとしたのだと思った。
だから、発狂しながら近付く麻衣に、身体の弱い部分を向けた。背中で大事なユキを守る。あの日だけは、人より広い背中で良かったと感じた。
体躯の差があるから羽交い締めにして回避しようか、はたまた刺されてしまってもユキの為ならこんな命惜しくないとさえ思った。
けれど、あの女は不敵な笑みを浮かべると、僅か数センチのところで刃先を自身に向き変えた。動けなかった。
腹部に走った鈍痛の程度で、麻衣にどれだけ深く刺さったのかが分かったが、どうする事も出来ず崩れていく女を見た。
――麻衣は最期だというのに、とびきりの笑顔で逝った。
自分の口から発されている意味のない言葉が、嬉しさからなのか苦しさからなのか分からなくて怖かった。周囲の人は気がふれたと思っただろう。
しかし、ワタシが唯一気にするユキは既に気を失った後だったので、惜しみなく叫んだ。
きっと、泣けなかったのは、全て声に変わってしまったからだろう。
幸いワタシは罪に問われず、麻衣は犬死にで終わった、と思ったのに。
麻衣はユキの心の中で、永遠に生き続ける。ユキの中のワタシがどんなに大きくなろうと、必ず存在する。
いなくなれと望んで、叶ったと思ったのに、現実は簡単に回ってくれない。
憎い。殺したい。けれど、相手は死んでいる。この行き場のない怒りは途方にくれてしまうが、薄らぎはしない。きっと、あの女はこれを望んでいた。
ワタシがユキを奪った罪として、消えない嫌がらせを植え付けた。
「そう言えば刑事さんから聞いたけど、麻衣の家って母子家庭だったんだって。だから、男嫌いだったらしい」
雑音にまみれて聞こえなくなってしまえば良いのに。ああ、ユキの口から麻衣の名が出てくるのが耐えられない。
「だけど、僕の事を好きって言ってくれた。それを僕は蔑ろにした」
「人生に失敗というのは付き物だ。皆通る道を、彼女は乗り越えられなかっただけなんだ。だから、ユキのせいじゃない」
「……うん、ありがとう」
ユキは優しいから表面上納得したフリをしても、心じゃ麻衣に謝っている。ユキのそんな内心が読める程、敏感なワタシなんてなくなってしまえ。
「リツ、コンビニに行こう」
「どうしたの?」
「プリンを買いに行きたいんだ。麻衣に約束したから、買いだめしとかないと」
「……そう、良いね。行こうか」
処理したと思ったのに、またその話をするの?
一度目はユキが高熱を出した時、二度目は麻衣が死んだ日。あんな甘ったるい物なんか食べたくない。
けれど、麻衣との思い出が詰まったユキにとっての宝物を食べさせたくはない。
また、次もその次も食べてやる。あの女の好きにはしない。
「リツ、大好きだよ」
「……ありがとう。ワタシも」
望みに望んだワタシの物語のハッピーエンドは、麻衣の威力の前に尻尾を巻いて逃げ出した。
待って。行かないで。ワタシを置いていかないで。ただ幸せなユキとの未来を待っていただけなの。ただ信じていただけなの。お願い。
麻衣が狂い壊した、ワタシのシナリオはもう戻りそうにない。いや、もしかしたら壊したのは麻衣ではなくて……
――死にさらせ、山田くん。
ユキの絶命を望んだワタシのせい?
誰も報われないハッピーエンドって、良いですよね。




