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十話、吐露と希望

「君はいつもいつも僕を理解しない! あの時だって、受験の時だってそうだ!」


 生温い液体が頬を伝う。しかし、それは僕が分泌したモノではない。

 僕に馬乗りするリツのモノだ。


「ボクの言い分なんて聞かずに勝手に別の高校へ進学して! そんなにボクが嫌いなのか!?」


 僅か数センチの先にリツの顔がある。無駄に良い視力はこの時の為にあったのかとか考えている場合じゃなくて、首を絞められている理由を考えないと。


「山田くんのいちばんはずっとずっとボクだって言ってたのに裏切った! 嘘つき! 最低な奴め!」


 いやまあ、リツの言葉が理由か。


「ボクが態々正反対の君の高校まで送っていたというのに、何も気が付かないで笑いやがって! 山田くんも受験しようとしてたんだから、場所位把握しとけよ!」


 リツは僕への殺意を剥き出しにしているのだから。


「当て付けの様に女と下校して! 仲良く笑って! 楽しんで! 挙げ句の果てに、付き合って! ボクに彼女の品質まで問うて!!」


 トロけ始めた視界の中のリツは、止めどなく涙を落とす。


「どれ程ボクを嫌えば気が済むんだ! いつになったら、あの頃の笑顔で笑い返してくれるんだ!!」


 何か言っているみたいだけど上手く聞き取れない。単語単語で、ブツ切り状態だ。


「そういえば、先程の質問に答えてなかったな」


 リツはふっと微笑むと指の力を緩めた。

 待ってましたとばかりに脳に血液が運ばれる。総頸動脈がドクドク脈打つのを感じながら口を開いた。

 掠れた息がやっと漏れた。


「ボクは彼女が嫌いだ。だから、あの女と付き合うな」


「――え?」


 酸欠だからか? 上手く情報処理出来なかったみたいだ。だって、二人は僕に秘密で会っているのに。付き合うのなら、リツと麻衣なのに?


「不愉快だ。君がボク以外の輩と馴れ合っているのを見ていると吐き気がする。死んでしまえ、アイツも。山田くんも」


「……リツは、リツは僕が誰かと付き合ったら嫌なの?」


「言っただろ。不愉快だって! 山田くんの鈍感な所も嫌いだ! 分かる現実に目を背けて見ないフリして!」


 ぐぐ、と喉が絞まる。熱が高まる程に首への力が増していく。

 やだよ。僕を殺したらリツが殺人犯になっちゃう。それならいっそ、自殺した方がマシだ。と、薄れゆく思考の中で訴える。


「……毒づく、リツの毒で自害出来たら……っ僕は、どんなに幸せなんだろう。そしたら、リツに、迷惑かけない……よね」


 突然の事だった。

 首が解放されたのだ。急に寒くなった首元を擦ろうとしたが、麻痺して動かない。

 急激に酸素が巡り思考を働かせる。

 一番に気付いたのは、リツの腕だけでなく全身が震えている事だった。


「っは。……死ね。山田くんなんて、ボクの世界から消えてくれ」


「……僕は死ねるよ。リツの命とあればいつだって、どんな時であろうと。リツに殺されるなら良い末路だだ」


 リツは僕を見下ろしながら、悲しげにはにかんだ。そして、僕の頬を擦る。ああ、止めて。そんな愛玩生物を愛でる様な視線を向けるのは、止めて。


「そうやって素直に告げてくれたら、ボクだってここまで狂いはしなかったというのに」


「……リツ。ごめんね」


「だから何でもかんでも謝るなと言ってるだろ」


 ノロノロと上体を起こし、僕から目線を反らすリツの頬を押さえた。離れないで、行かないでという表れだ。

 お互いに向かって座り込みながら、見つめる。


「僕はリツへの思いを友情と履き違えていた。そのクセ一丁前に麻衣に嫉妬して、リツが取られるのを心配していた」


 頬を撫でてもリツは怒らない。呆れているのか、怒っているのか真意は分からないが良い方向に受け取ろう。


「常にマイナス方向に考えて、リツから逃げた。いや、リツから嫌われてる現実を直視したくなくて逃げたんだ」


「ボクを嫌っているのは君だろ」


「そう。僕はリツの気持ちを知らずに誤解していた。思い込みで動いていた。今も昔も、それでリツを傷付けた。僕の謝る理由は以上だ」


 切れ長のリツの目から大粒の涙が落ちた。それは、嫌悪の表れか? ……いやいや、勘違いで傷付けて来たのだから慎重に判断しないと。


「リツ、僕は今も変わらずリツが一番だよ。リツは?」


「愚かな質問はするな。相手の気持ちを考えてから発しろ」


 ふいとリツが視線を反らした時だった。

 何者かが座り込む僕らを照らした。いつの間にか薄暗さに慣れていた目が眩む。


「こら! 君達こんな時間に何しているんだ!!」


「すいません。夏期休業課題を忘れてしまって友人と取りに来ていたんです。すぐに帰ります」


「そうか、さっさと帰れ。もうすぐで八時になるぞ」


 他校の生徒の筈なのに、僕よりも前に出て弁解したのはリツだった。

 驚くと同時に、流石だなあと感心の息が漏れる。


「ほら、帰るぞ。また叱られたいのか?」


「あ、や。帰るよっ。いやあ、やっぱりリツは凄いね。すぐに対応出来るんだもの」


「誰にだって出来るさ。大体何故君は待ち合わせ場所を学校にしたんだ。入る時も苦労したんだぞ。それなら山田くんの家とかあっただろ」


「いや、それは流石に……」


 いくらなんでもリツと麻衣に交友関係があろうと、二人が僕の部屋に来るとなったら母親がショックで倒れるかもしれない。

 女の子を二人(・・・)も部屋に連れ込むなんて、ってね。


「少し状況を整理する為に時間が欲しい。先に行っててくれ」


 分かったよ、と返事して数秒後、既にリツは僕の横にいた。思っていたよりも早いね。


「遅いな、君は。必死に走ったりとか出来ないのか」


「だって、走ったらリツを置いていくことになるじゃんか。スレ違って、また誤解するのは嫌なんだ」


「……ボクを甘く見るな。山田くんに心配される程落ちぶれていない」


 フイとそっぽを向いてしまった。怒らせたのか? いや、ポジティブシンキングだ。

 きっと照れてるに違いない。


「リツ。僕ね、リツの事好きだからね。一番だからね」


「五月蝿い。黙れ」


 どんなに嫌悪を表現されようとも構わない。僕は死んだ。そして生まれた。

 もう被害妄想の強い僕はいない。二度とすれ違わないよう、僕は自分に正直になるのだ。


 後悔のないように。

 リツを失わないように。

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