プロローグ
――八月十日。
「死にさらせ、山田くん」
僕の現状を事細かに説明すれば、大半の人間が笑うだろう。
余りにも平々凡々な僕が、余りにも滑稽で、余りにも非凡な状況に置かれているのだから。
驚かないでくれ。
冷たい教壇を背中に敷く僕に対し、腹部に同級生であり幼馴染みのリツが馬乗りになり、僕の首を絞めて先程の言葉を告げたのだ。
これは、現実か? いや、まごうことなき現実だ。リツから与えられる傷みや、上から滴るリツ自身の体液がそれを教える。
じゃあ、現実だとしたら理由は?
残念ながら問いたい相手は、答えてくれそうもない。僕の絶命を願ってる位だからね。
短い髪の間から、怒気のこもった鋭い視線が僕を貫く。
僕はね、見た目よりもずっとか弱いんだよ。だから、苦しくて堪らないんだ。
と、言ったつもりだが言葉にならず視界が徐々に霞んで行く。
酸欠かな。やっぱりリツは力が強いね。あの時も、あの時も。僕を助けてくれたもの。
まさか、この腕力を僕の絶命の為に使われると思わなかったけど。
ーーごめんね。
何故か、浮かんだ何処かへの謝罪は発される事なく僕の中で融解された。
何で、謝ったんだろうか。しかし、自身からの答えは返ってこない。
酸欠のせいか思考が曖昧で、今日の事すらろくに思い出せやしない。まるで、忘れたがっているみたいだ。と、揶揄してみよう。
ねえ、リツ。
僕らはこんな非日常とは関係ない普通の平凡な幼馴染みだったよね。どうして、こうなったんだろうね?
走馬灯の様に、僕のリツと育った十七年間が流れ始めた。