キッチン
君と暮らすアパートは2LDK。対面式キッチンから甘い匂い。
僕はキッチンを覗き込む。
「なにを作ってるんだ?」
「クッキーよ」
匂いでわからない? とばかりに軽やかな口調で答えは返る。
「本物?」
僕はつい尋ねる。甘いにおいはお菓子だけが発するわけじゃない。
君がにやりと笑ったのを見逃しておきたかった。
「塗装は完璧よ。そっちに本物も作ってあるけどね」
手には薄い手術にでも使うような手袋。そして塗装という単語。
テーブルの上に敷かれた新聞紙ビニール。上にはプラスチックトレーに可愛く作られたチョコクッキー。
君が何を作ってるのかを怖くて聞けない。
「はい。あーん」
この手じゃ食べられないのと汚れた手袋を示しつつ、クッキーをねだる。
貴方は苦笑しながら一枚とって半分に割る。きれいな半分。いつだってあなたは器用。
そっと差し出される半分。ほろ苦いチョコが甘みを引き立てる。
バターと砂糖たっぷり幸せの脂肪源だ。
貴方が残ったクッキーを口に放り込む。
「ねぇ。おいしい?」
食べた部分はチョコが多め。
チョコの種類なのかどちらかといえば苦め。
珈琲とチョコのクッキーはひっそりと甘い。
「おいしいよ」
ニヤニヤと君は僕のお腹を見る。
「カロリー高いから」
心配してくれる君に僕は嬉しくなる。
君はくすりくすりと笑って歌う。
「職場での絆作りはお腹を掴んでからね」
え?
僕は、どこか寒いおもいに襲われつつも、楽しそうにひらり白いエプロンを揺らす君に見惚れてた。