歌と海
貴方はいつだって自分の世界に夢中。
夢のある男性ってステキと歌は歌うけれど、それって、そばにいないからだわ。
一緒に住んで恋人のように過ごして、それなりに時間は過ぎたけど、それ以上の関係に進めないし、考えられない。
ううん。日常過ぎて思考できなくなったんだ。
好きよ?
好きだし、嫌いじゃないけど愛と愛着は違うじゃない?
君は壁にもたれ、ヘッドホンで音楽を聴いている。ノリがイイらしくリズムを足先が小さく刻んでる。
君とはずっと一緒にいた。
同じ町内。同じ学校。過去・現在と一緒で未来だって一緒がいい。
好きだと言葉にするのは照れ臭いが、確かに僕は君が好きだ。
「ねぇ」
リズムを刻みながら君が僕を呼んだ。
私は貴方を呼ぶ。夏の熱い歌を聴いているとつい火がついたのだ。
「海が見たいわ」
「海?」
バカみたいに繰り返されたから私も同じ言葉を返す。
ちょっと突拍子もなかったかなと思わなくもない。
「海よ」
「いつ? どこの海?」
思わぬ乗り気に聞き返してくれた貴方をそっと見上げ呟く。
「今日。どこでもいいわ」
今がノってるの。
今がいいわ。
海が見たい。そう言った私のワガママだったはず。
準備にはしゃいでたのは私より貴方の方で。どこか温度が冷めていく。
「風が強いね」
しなる枝を車中から眺めて貴方がこぼす。こぼしたその声にはどこか喜色が香る。
そっと窓を下ろせば、排気ガスと木々の香り。
海と森の組み合わせは素敵だと思う。うねる樹の多い道を越えて広がる海の見える光景。
まさに歌のよう。
遠いかすかな潮の香りが届く。
「海だ」
そう声に出すと心が浮つくのがわかる。
君が海を見たいと言ったから。一緒に過ごす時間を思えば、浮かれてた。
風が強く、泳ぐにはもう遅くなってしまった季節。
ひっそりと君の水着姿が見たかったと思うのは惚れた弱みだろう。
カーナビが示すルートを確認。
「コンビニに寄ろう」
「車を停めてくる」
と貴方は私を海に近い場所に置いていってしまう。
一人ぽつんと立っているのはイヤで潮騒に誘われるまま一歩コンクリートの階段を降りる。
さぁっと障害物なく広がるのは濃紺、藍色の寒々しい海。浜辺に人は見えない。
重々しいまでは思わせない薄い灰色の空。
海から吹きつける風は重い湿気を含んでいた。
コンビニで買った遅めのランチとビニールシートを持って、君の待つ浜辺へと向かう。
岩場の方まで歩けば澄んだ宝石のように透き通る海が見れるはずだった。曇りすぎていてきれいなのかどうかが少し、気にかかる。
蒼と言うより碧の海。
僕は君に見て欲しいと思ったんだ。
透き通って広がるエメラルドの海を。
「あのさ」
「なぁに?」
「海は広いな」
「そうだね」
潮騒の音。
会話は続かない。
それでもただそばに居た。