選択肢
「彼をどうとも思っていないのなら、俺と付き合わないか?」
遅いから途中まで送ろうと言う先輩の言葉に甘えての帰り道。沈黙が気まずくなったのか、と思うようなタイミングで唐突に告げられた。
付き合う?
誰と?
先輩と?
単語を脳内で繰り返してみても想像がつかなかった。
イメージできなかった。
見上げれば、予想がついていたのか、冗談だったのか先輩が困ったように笑っている。
「いいんだ。気にしないで」
「ごめんなさい」
私は謝るしかない。先輩の瞳にうつった私も困惑していた。
部屋の中、イヤホンをつけて曲に浸る。
ポップでノリのいい音楽が虚しい。動かない真新しい時計。私はどうして電池を入れなかったのか。
まるで貴方のいない時間は動かないと言ってるようで苦しい。
明るい曲を聞いているのに頬を伝う涙が止めるコトができないのだ。
ベッドの中でマクラを抱き締めて天井を見つめる。
家の中では無言。
静かだ。
気配がない。
おやすみもおはようもじゃれてくる貴方の腕もない。料理に対する軽口や外出時の段取りを楽しげに仕切る姿も、遠い。
わかってる。
拒絶したのは私だった。逃げたのは私だ。
楽しかった。
そう思う。
貴方との時間。
でも、それは当たり前すぎてわからなくて、好きだと告げられても貴方の言葉はまるで、戯言のようで空回ってた。
当たり前ってこわいなって思う。
失ってはじめて気がつく。まさか自分が実体験としてそれを知るハメになるとは思わなかった。
ねぇ。
私の心は定まった?
次に貴方を思い出した朝にメールをしてみよう。
私は、卑怯者だから。
いつの間にか外れたイヤホンからかすかに曲が聞こえてくる。