飲み会
「飲みにいかないか?」
そう誘ってきたのは新しい職場の先輩。ちょっと年上。生真面目そうな人。
「え?」
驚く私に先輩は少し距離をとった場所で固まっているほかのメンバーを指し、小声。
「歓迎の飲み会。こういうの苦手?」
そう囁く姿は断りきれない人の良さがうかがいしれる。
すこし、前もって言ってほしかったと思いつつ予定など入っていない私は頷く。
「ありがとうございます。参加します」
歓迎会という名の飲み会は職場のたまり場でもある居酒屋らしく、アットホームだった。
「いつものコースで」と先輩が店の人に告げ、店の人が軽く手をあげる。
「奥の座敷席よ」
メンバーの声にあまり会話が得意とはいえない私は頷いて従う。店の人と話している先輩の背中。
「ねぇ、恋人いるの?」
隣のデスク女性だ。システムの説明やいろいろと話題を振って溶け込めるようにと気を配ってもらった。
「えっと、いません」
躊躇う。彼とは今別れてるのだ。いない。それであっているはず。
「彼、今フリーよ? 狙っちゃう?」
くすくす笑いながら自分の薬指の指輪を見えるように閃かせる。彼女は人妻のパート社員。
「今は仕事に慣れるのに精一杯ですから」
苦笑と共にかわす。
恋愛話は苦手だ。先輩はいい人だと思う。部下や後輩の面倒を見て仕事を進めていく。生真面目だけど、融通が利かないわけでもない。
歓迎会という名の飲み会は和やかに、それでも規律を残して終結した。
酔った体を夜風が心地よく触れていく。
遠くもない帰り道。
世界を広げたかったはずなんだけどと、空を見上げる。
月には暈。地上の光が眩しすぎて星は見えない。
「流れ星でも探してる?」
先輩の声が届く。あまり酔ってないらしい先輩が送り手を買って出てくれた。
「見えませんね」
何気ない答え。
「何を願うの?」
「何も。今は自分が知ることができることを増やして、自分を知ることに忙しいんですよ」
あまり知らない人との二人っきりの時間。どこか禁断の秘密の時間のようで。そう後ろめたさを感じている私はきっとまだ彼に繋がれている。
通り抜けることを選んだ公園の噴水が水を噴き上げる。
ライトアップされる夜の噴水に見惚れる。静けさが寄り引き立つようで。
「君をもっと知りたいな」
そんな彼の言葉が滑っていく。