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カボチャ頭のランタン  作者: mm
01.Take Me By Storm
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007

007


 口笛でも吹いたような風切り音が、振り下ろした(きっさき)に纏わりついている。

 グランがリリオンに渡した片手用直剣は、単純な作りのものだった。刃渡りは一メートルに少し足りず、片刃で背に厚みがあり、鍔はなく、(つか)には革が巻きつけてある。リリオンは中々に様になった上段の構えから剣を振り下ろし、また振り上げて、横に薙いだ。その度にひゅうひゅうと音を奏でている。

「どう?」

 ランタンが尋ねると、リリオンは少し迷うような素振りを見せて、ゆっくりと申し訳なさそうに首を横に振った。

「少し、軽いわ」

 リリオンがそう言うと、グランがランタンに喉の奥で低く笑いかけた。

「軽いってよ」

 その言葉にランタンは小さく鼻を鳴らした。

 リリオンが手に持っている直剣はかつてランタンがこの工房を訪れた時に同じように振らされたものだった。その当時のランタンには随分と重たく、振り下ろした鋒が地面を打ってしまった。その時の痺れが手の中に思い出されるようだ。

 だがそんな直剣をリリオンは言葉の通りに随分と軽く扱ってみせた。まるで小枝のようで、リリオンには軽すぎるせいか振るった自らの腕に身体を引っ張られるように、身をよじっていた。

「いちいち言わなくていいですよ」

 ランタンは唇をつまらなそうに曲げて、リリオンから剣を受け取った。装備している戦鎚よりも若干重たいだけだ。ランタンは過去を切り裂くように腕だけでブンブンと剣を振ってみせた。

「じゃあ次はこいつだな」

 グランはランタンを一瞥もせず、リリオンに別の剣を渡していた。その奥でリヒトが肩を揺らして笑っている。ランタンは唇を曲げたまま手に持った剣を壁に立てかけた。

 リリオンは渡された剣の握りを確かめて、再び振ってみせた。今度の剣も片刃で、鋒に向かって幅広い形状をしている。山刀(マチェーテ)に似ているが、刀身が先ほどの剣と同じ程度の長さだ。

 風切り音は先程よりもやや重たげだ。だがそれでも、リリオンは片手で軽々と扱っている。グランもランタンも、それを見て小さく唸った。

「どうだ、嬢ちゃん。……今度は遠慮するなよ」

 グランが腕を組みながら言うと、リリオンは迷うような素振りでランタンの顔を伺った。ランタンはその視線をさらに壁際に立てかけられた無数の剣たちの方へと促した。わざわざグランが用意してくれた、試し振りをするための剣だ。形状も刃渡りも重さも、様々な剣を用意している。ありがたい事だが、これを全て振るとなるとかなりの時間を要するだろう。

 ランタンは遠慮をするな、とリリオンに頷いてみせた。

「あの……だいぶ、軽いです」

「だろうな」

 グランは呆れた様子で呟いた。誰が見てもリリオンの剣は振れ過ぎている。グランは軽く頭を掻いて、また別の剣をリリオンに持たせた。

 刃渡りだけで一メートルを超えている。刀身は真っ直ぐで野暮ったく肉厚な幅広の両刃だった。柄が短く、片手用長剣(ロングソード)だと判るが、いまいち不恰好な形状だと思えるのは、片手で扱うに刀身が重たそうだからだろう。重心を取るためか、鍔と柄頭に球形の飾りが付いている。

 ふとリヒトと目が合うと彼は少しだけ恥ずかしげな表情を作ってみせた。どうやらこの長剣はリヒトが打った剣のようだ。今では工房でエース級の働きを見せるリヒトだから、不恰好なこの剣は随分と初期に作った剣なのかもしれない。ずらりと並ぶ剣は、もしかしたらグラン工房の弟子たちの、そういった過去が並んでいるのだろうか。

「ふっ」

 リリオンは短く息を吐きだして、剣を振るった。

 今までとは風切り音が違う。鋭く、大気を断ち切る音がなった。剣先に十分な速度が乗り、斬撃には重さもあった。

 このまま迷宮に放り込んでも、そこそこの活躍をしそうだな、と思った。探索者ギルドで時折見かける揃いの装備に身を包んで(たむろ)する駆け出しの探索者集団よりも、ただ安物の白い貫頭衣を着て不恰好な剣を振るその姿の方が、期待を感じさせる。

 リリオンの身体の状態はまだ完全ではない。身体は食事の後からすぐに肉が付きはじめたもののまだ痩せすぎだったし、その身体は鍛えられてもいない。

 そう言った状況下を加味すると見事に剣を振っている。だがリリオンの顔は晴れなかった。ランタンよりも細い腕をしているというのにもかかわらず、その剣もどうやらまだ軽いらしい。

 リリオンの身体に流れる巨人族の血に依るものか、金剛石(ダイヤモンド)のような身体能力だ。その金剛石は迷宮を彷徨えば、そこに漂う魔精によって更に磨き上げられることだろう。

「――いや、すごいな」

 傍観者だったリヒトがゆっくりと拍手をしながら口を開いた。リリオンに近づいてその手から剣を受け取り、自分でも確かめるように一度振った。鍛造で鍛えられた腕の筋肉が盛り上がって、鋒が地面を叩く寸前で静止した。

「これは俺が昔に打った剣なんだが」

 リヒトは恥ずかしそうに頭を掻いて笑った。

「重心が前に寄り過ぎているんだ。だから、こう身体が泳いでしまう――はずなんだがなぁ」

 リヒトは今度は剣を横に薙いだ。するとリヒトが言った通りに、鋒に引きずられるように上半身がぐらりと揺らいで、靴底が地面を滑った。鍔と柄頭の飾りは、苦肉の策なのだろう。

「坊主の戦鎚も似たようなもんだ。ったく探索者ってのはどいつもこいつも」

 苦笑するリヒトにグランが苦い声で呟いた。リリオンはリヒトの言葉に照れていたが、グランの言葉に急におろおろとランタンに縋るような視線を寄越した。

 重さにして五キロを超えるランタンの戦鎚だが、それはランタンにとって、探索者にとっては随分と軽い部類の武器に入る。だがそれは魔精によって身体能力を上昇させた探索者故のことであって、普通の人間では五キロというのは容易に振るうことが出来ない重さである。そんな武具を扱う職人たちの苦労は計り知れない。

「グランさん、一番重たいのってどれですか?」

「重いっつってもなぁ、ウチは武器屋じゃなくて武具工房だぞ。何でもかんでも揃ってるわけじゃぁねぇよ。注文してくれりゃ別だがな」

「親方、まぁいいじゃないすか。リリオンちゃん次はこれを」

 リヒトがリリオンに剣を渡し、ランタンの横に並んだ。

「……だがまぁリリオンちゃんには軽いだろうな」

 リヒトは自分が両手でヨイショと持ち上げた剣を、片手でひょいと持ち上げたリリオンを見て小さく呟いた。リリオンに渡されたのは両手剣だ。鎬の部分が盛り上がって厚くて、どこか鉈のような雰囲気もある無骨な両刃の剣である。刃渡りは一メートルを超えて、鋒だけが柔らかく反っている。

「しッ――!」

 リリオンの放ったその斬撃は今までで最も鋭い。横に薙いで切り返し、切り落とす。踏み込んで鋒を突き上げるように跳ね上げて、そのまま頭から一刀両断するように振り下ろした。危なげなく地面すれすれで急停止した鋒で旋毛風が巻き起こり、地面を払った。

 それは行き場のない欲求不満(フラストレーション)を発散しているようにも見えた。

「グランさん、ちょっといいですか?」

 ランタンが腰から戦鎚を外しながら尋ねると、グランは何かを察したのか小さく頷いた。ランタンは、ご迷惑をお掛けします、と頭を下げて、手の中で戦鎚をくるりと回した。

「靴替えな、リリオン。軽く手合わせしようか。相手がいたほうがやりやすいでしょ?」

「え、でも。ランタン……」

 リリオンは視線をランタンとグランの顔を交互に移動させて、困っているようだったがランタンはただ頷いてみせて有無を言わせなかった。リリオンは買ったばかりの背嚢から、買ったばかりの戦闘靴(ブーツ)を取り出して古びた靴からそれに履き替えた。

 脛の半ばまでを覆う黒革の戦闘靴は、その爪先を艶のない黒色の金属で補強してある。ランタンが履いているものと同じ工房の品だった。リリオンはそれに加えて、リヒトが気を利かせて用意してくれた(たすき)でひらひらと腕にまとわりつく裾と、腰の余った布を絞った。

 そこまで用意したくせにリリオンはいざ剣を構えると迷っているようだ。鋒がまるで風に煽られる羽根のようにフラフラゆらゆらと揺らいでいる。もしランタンを傷つけてしまったら、などと考えているのだろう。その躊躇が透けて見えた。

 その心配は当たり前のものだ。だがあえてランタンは意地悪く口元を歪めた。

「僕のことちょろいとか思ってる?」

「――ちがっ」

「斬れると思ってるから、ヤルのが怖いんだろう」

「ちがう!」

「じゃあ本気で来なっ」

 ランタンはそう言うと、音を置き去りにするように地面を蹴った。地を這うように体勢は低く、リリオンの構えた剣の鍔元に突き上げるような蹴りを放った。戦鎚を振るったら武器を砕くことは出来ただろうが、目的はリリオンの戦闘能力の測定だ。武器を破壊しては元も子もない。

 ランタンの見え透いた挑発に、リリオンは気がついたわけではなさそうだったが、本気になっていた。ビリリと痺れる手を押さえつけて、鋒を油断なくランタンに向けた。だがまだ甘い。リリオンは本気で守ろうとしているだけだ。

 ランタンは振りぬいた蹴り足の勢いのまま腰を切って、風車のように回った。跳ね上がった逆足の踵が剣の鎬を捉えてリリオンの身体が大きく後ろに仰け反った。

 当てはしない。だが殺意を込めて。

 リリオンの鼻先を風が舐めるように振るった戦鎚は、しかしその旋風をリリオンの顔に浴びせることすらなかった。本能がそうさせたのかリリオンははじけ飛ぶように後退して、少しだけ泣きそうな表情で、奥歯を噛み締めながら剣を突き出した。

 ぼっ、と大気に穴が穿たれた。鋒が霞むほどの鋭さで繰り出されたリリオンの突きは、しかし戦鎚の柄を滑るようにランタンによって逸らされた。だがリリオンは力の逃げる先を、力ずくで無理矢理に変えた。そのまま吹き飛ばすような勢いで横に薙いだ。

「っ」

 ランタンは自ら後ろに跳んで余裕を持って後退し、さらに追撃される振り下ろしを避けた。一呼吸置く間もなく、バネ仕掛けのように跳ね上がろうとする鋒を戦鎚で押さえつけると、動き出しを制されたリリオンは前のめりに体勢を崩した。

「よっと!」

 ランタンは空いた手に拳を作ると、斜め下から突き上げるようなボディフックを繰り出し、リリオンはどうにか腕を出して拳を防いだ。まるで撫でるような、ただ当てただけの衝撃にリリオンはもうほとんど泣いていた目を驚いたように丸くして、ランタンはその隙にリリオンから距離をとった。

 本気を出せばリリオンの腕ごと肋骨を押し砕き、内臓を破裂させて、背骨を()し折ることも出来る。だが当たり前だがそんなことはしない。リリオンに本気を出させるためとはいえ、戦鎚の一撃はやり過ぎだったようだ。

 ランタンがバトンのようにくるりと戦鎚を回してみせると、リリオンは照れたような怒ったような顔をして濡れた瞳を拭った。

「さて気楽に行こう、本気の遊びさ」

 ランタンは気取ってリリオンを指先でちょいと手招いた。

 リリオンは随分とリラックスしている。頬を膨らませまた押さえつけるような大きい深呼吸を繰り返して、息を吐ききった瞬間に地面を蹴った。瞳がまっすぐランタンを捉えている。

 振るわれた剣は先程より鋭く、そして滑らかだ。斬り落とし、袈裟斬り、薙ぎ、逆袈裟斬り、斬り上げ、突き。剣筋はそのどれもが必殺と言っても過言ではない勢いが込められている。だというのにもかかわらず、避けられても止まることなく連続して繋がっていく。

 恐ろしいほどの膂力に物を言わせた戦い方だ。慣性の法則を力任せに引きちぎっている。

 ランタンはその剣撃の暴風を観察するかのようにギリギリまで引きつけて躱し、躱しきれないものは戦鎚で()なした。戦鎚でまともに受けようとすると、リリオンの勢いに剣の鋼が負けて砕けてしまう。

 遊びに変わってからのリリオンの動きは、先程までとは段違いだった。ランタンの実力を信じ込んだ為、遠慮が一つもない。ランタン自身が仕向けた結果だが、思っていた以上の集中力を要する。

 ランタンはゆっくりと神経が削れていくのを感じた。だがその甲斐もあったというものだ。リリオンの戦い方は、少なくともがむしゃらに剣を振り回しているだけのものではない。

 ランタンは大振りな横薙ぎをするりと躱すと、切り返しが来る前に剣の腹に掌底を浴びせた。振り抜いた剣がランタンの打撃によってさらに加速してリリオンの身体を引っ張った。リリオンの胴体はまるごと無防備だ。

「よい、しょっ!」

 ランタンは潜りこむようにリリオンに接近して、無防備な腹に膝蹴りを放った。だが当たる瞬間にリリオンは隙間に左手を差し込んでこれを防御する。リリオンはそのまま左手を振り払ってランタンから距離をとる。

 予想通りだ。ランタンはちろりと乾いた唇を舐めて、一転して攻め始めた。リリオンが体勢を立て直す前に間合いを詰める。構えた剣のその先端を払った。

 戦鎚での攻撃はあくまでも牽制にすぎない。リリオンがどうにか攻守を交代しようとするところを(くじ)くように剣を叩き、隙を見つけ出してはそこに格闘攻撃を滑りこませる。

「ひ、はぅ、やっ」

 完全に後手に回ったリリオンはランタンの攻撃をどうにかスレスレで躱し、防御している。

 リリオンは剣を構えた右側ではなく、体の左側をランタンに差し出している。今もまたランタンの中段蹴りを左腕で払った。それは刃でランタンを傷つけまいとする配慮ではなく、リリオンの癖だった。

 工房に歩いてくる際にリリオンは言っていた。剣をどうにか片手で扱えるようになった、と。それは使用していた武器が片手剣(ワンハンドソード)だったから、片手で扱おうと思ったのではないだろう。左手を開ける理由があったのだ。例えば盾を装備するために。

「そぅれっ!」

 ランタンは鋭く、けれど軽く戦鎚を突き出した。リリオンはそれを左手の掌で受け止めて、脇へ逸らした。ランタンの右半身が開いて、そこに活路を見出したリリオンが剣を振り下ろした。

「はい、終了」

「……え?」

 ランタンはまるで握手でもするかのような気軽さでリリオンの右手を剣の柄ごと握って、振りを止めていた。初動を制されたリリオンはまるで理解が追いついておらず、目をまん丸にしてぽかんとしていた。ランタンはそんなリリオンの掌からするりと剣を抜き取った。柄にリリオンの熱気が残っている。

 ランタンは剣を手放すと背嚢から水筒を取り出し一口それを呷るとリリオンへと放り投げた。

「ありがとぅ……」

 リリオンは疲れた様子で水を飲み、襷を外して、濡れた唇を拭った。そのままばさりと裾をはためかせて扇ぎ、服の中に空気を取り込んでいた。ランタンが、はしたない、と注意をしようとすると、リリオンはそれを察したのか裾から手を離して、手を閉じたり開いたりを繰り返した。

 最後の戦鎚を受け止めた左手が痺れているようだ。

「あたりまえだよ」

 ランタンは呆れを込めて呟いた。手加減をしていたとはいえ戦鎚は質量の塊だ。速度がそれほど乗っていなくとも、下手をすれば手の甲に罅ぐらいは入っている。ランタンはリリオンの手を取って、表情を伺いながら掌を揉んだ。

「痛い?」

「――ううん、だいじょうぶ」

 手の真ん中から花が咲くように赤さが広がっている。痣になるほどではない、ただ少し熱を持っているだけだ。掌だけではない、前腕にもいくつか赤斑が浮かび上がっている。肌の色が白いので桃色が赤に見える。ランタンの手足を受け止めた証だ。

 その手段はどうであれ、実際リリオンはよくやった。

「いやー、すごいな二人共!」

 壁際で傍観していたリヒトが今にも口笛を吹きそうな声で騒いだ。その隣のグランは鉄を品定めするような真剣な目つきになっている。

「すいません、迷惑をお掛けしました」

「いやいや、探索者同士がちゃんと戦ってるところなんて中々見れないから、いいもん見せてもらったよ。酒場でなら酔っぱらいが腐るほど騒いでるんだけどなぁ」

 リヒトは無精髭を指の腹でゾリゾリと鳴らしながら大きく笑った。千鳥足の酔いどれ共が暴れている様子は街の酒場ではたまに見かけることがある。その多くは酒の席での余興に過ぎなく、度が過ぎる前に酒に飲まれていない探索者たちに止められることとなるのだ。先のランタンとリリオンのそれも余興程度でしかないが、探索者の秩序有る戦闘を見る機会など殆ど無い。

「……ったく、用意すんのはむしろ盾のほうだったな」

 グランもリヒトのように髭を撫でながら呟いた。血は繋がっていないが長年の師匠と弟子の関係がそうさせるのかその仕草は驚くほど似ている。

「えぇそうですね。リリオン、あれがリリオンの戦い方?」

 リリオンはおずおずと頷いた。

 左手に盾を持って、右手に剣を持つ。左半身を前に出して、足は地面に対してベタ付けで、それでいて重心はやや前に置く。相手の攻撃は受け止めると言うよりは受け流し、あるいは盾を打ち付けるように押し返す。そうして相手の身体を崩したところに、必殺の一撃を叩き込み、外したとしてもその馬鹿げた身体能力によって体勢は崩れない。

 ランタンはリリオンを速度重視の軽戦士かと思っていたが、リリオンの類稀な反応速度は相手の攻撃を見極めて捌くためのものであるらしい。

「あぁ……まったく」

 不意にランタンは溜め息のような言葉を吐き出して、まだ荒く息を吐き、頬を上気させたリリオンの横顔を眺めた。そんなランタンに、グランがにぃと歯を剥いて笑いかけた。

「どうした坊主、惚れたか?」

 ランタンは自分がどんな表情でリリオンを眺めていたのかはわからない。だがそんな間抜けな顔をしていたつもりはない。ランタンは憮然としてグランを一瞥した。

「そんなんじゃあ、ないですよ」

「あぁそうかい」

「――それで盾のことですが」

「だからうちは武器屋じゃねぇっつってんだろ。そうぽんぽんとは出てこねぇよ。しかも嬢ちゃんのスタイルだと大型の盾がいいだろう? 一から仕立ててもいいが――」

 正直な所、ランタンはそれでもいいかもしれないと思い始めていた。出費は予定よりも大幅に超えてしまうだろうがリリオンの能力にはそれだけの価値があると思った。だがそれでは装備が作り上がるまでにかなりの時間を要するだろう。

 それは本意ではない。

 リリオンは迷宮に潜りたがっていたし、ランタンもまた迷宮を求めていた。ランタンは最低限の休息だけを取るだけで、他の探索者よりもかなりのハイペースで探索を続けていた。こんな風にゆっくりと買い物をするのも久しぶりだ。

「親方、あれはどうすか? テオが投げ出したあの大盾」

「あぁ? リヒトてめぇ、不完全なもんを客につかませる気かよ」

 テオとは確かリヒトの弟弟子だったはずだ。まだ若くなんとなくヤンチャな雰囲気をしていたのを覚えている。

「俺が仕上げをやりますよ、あのまま放って置いても鋼がもったいない」

 リヒトはリリオンに向かってニカっと笑いかけた。

「リリオンちゃんが気に入ったらね。とりあえず持ってきます」

 笑いかけられたリリオンはどうしていいか分からないようで困った笑顔をどうにか返すのが精一杯のようだった。リヒトは駆け足でその盾とやらを取りに向かい、グランは大きくため息を吐き出した。

「物が良ければ買いますよ?」

「うむ……あぁすまんな。だが最初からいいもん持たせるのもどうよ、嬢ちゃんはまだ成長期だろう? 靴みたいに入らなくなるってこたぁねぇが、すぐに物足りなくはなるぜ」

「いい物なんですか?」

 ランタンがグランの言葉から一節を抜き出すと、グランは少しだけ難しい顔をした。

「悪くはねぇが、人を選ぶ」

 グランは言葉を切ってリリオンを見据えた。リリオンは変わらずに困った顔をしている。

「……いや、むしろ嬢ちゃんならいけるのか?」

 リリオンはランタンの目から見ても色々と規格外なので、グランが言い淀んだのも理解が出来た。あの細腕が擬態(カムフラージュ)となって、その本質を見抜くのが難しい。

「まぁ見たほうが早いな」

 しばらくしてリヒトは抱えるようにしてそれを運んできた。奥歯を噛んだその表情と、盛り上がって微細に震えるその筋肉が、それの重さを物語っていた。

 それは大きな方盾だった。

「お待たせっ、と」

 リヒトは足の上に落とさないように気をつけながら盾を下ろした。

 それは一枚の厚い鋼を棺型に形成した盾だった。盾の内側には持ち手が二つ付いていて、握りこむことも腕にはめ込むことも出来る。

 またそれは盾でもあり、鞘でもあった。盾の上部から白染めの革が巻きつけられた柄が覗いている。

「リリオンちゃん、どうだい?」

「遠慮せずに持たせてもらいな」

「うん……じゃあ」

 リリオンはリヒトから盾を受け取ると、片手でそれを持ち上げてみせた。それを見て三人が唸った。盾はランタンの身長に近いほどの大きさが有り、構えるとリリオンの身体はすっぽりと覆い隠されてしまう。

「少しだけ、……重い、かな?」

 リリオンはそう言ってはいたが、盾を押し出し、振り回してみせる様にはまだ余裕がある。ランタンが指示をして剣を抜くと、また圧巻だった。鞘から顕になった剣は両刃の大剣だ。刃渡りだけで一・五メートルほどは有るだろうか、身幅はやや幅広で鋒は扇状に丸みを帯びた特徴的な形状をしている。リリオンは剣を抜き取った分だけ軽くなった盾を軽やかに操り、組み合わせて繰り出される剣撃は断頭台の一撃を思わせた。

 不意にリリオンが動きを止めて、ちらりとランタンを伺った。視線が合うとリリオンはその視線を下へと逸らした。

「どうしたの、リリオン?」

「……そんなに見られると、恥ずかしいわ」

 そう言われてランタンはかっと頬が熱を持つのを感じた。ランタンは確かに瞬きするのも忘れてリリオンを眺めていた。リリオンには荒削りな部分がまだ沢山あったが、しかし動きを一つ確かめる度にそれが少しずつ改善されていくのだ。まるで職人が原石を磨きあげて一つの宝石を創り出すように。

「あー、ごめん……」

 ランタンは一つ咳払いを吐き出して、なんとも生ぬるくなった場の空気をかき混ぜた。グランに続いてリヒトまでもがランタンをからかうような目つきで眺めていたが、それはもう無視するしかない。下手に突っかかっていっても得をすることはない。

「リリオン、それで、そいつはどうだい?」

 リリオンは剣を盾にしまって、満足するように一つ頷いた。

「とてもいいわ。少し重たいけど、すぐに慣れると思う」

「よし、じゃあ決まりだ」

 ランタンも頷き返し、工房の二人へと視線を送った。

「……でもこんなにいい物だと」

 方盾はランタンには判別がつかないが未完成であるらしい。それをリヒトがリリオン用に仕立て上げ完成させるのだという。半特別注文品と言うような半端な品だが、武器屋に並ぶような大量生産品と比べれば値段ははるかに高くつく。

「それだけの価値が有るよ」

 ランタンはリリオンの瞳をまっすぐに捉えた。もう既にこれを買うことはランタンの中で決定していた。リリオンの盾と剣を持って構える姿は実に馴染んで様になっており、また華があった。

 それはポーチに収められた金貨の輝きよりも、ランタンにとっては魅力的なものだった。


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