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カボチャ頭のランタン  作者: mm
03.All That Glitters Is Not Gold
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 手強そうなのは三分の一以下で、群衆の大半を占めるのはまだ経験の浅い若い探索者だった。とは言ってもその誰もがランタンよりも探索者歴は長いのだが、彼らは厳つい見た目とは裏腹に未だに子供のような純真さを抱えていた。あるいはそれを捨てきれずにいる。

 探索者になろう、とそれを目指した時に思い描いた夢。ケイスが諦めたもの。

 仲間と共に迷宮を跳梁跋扈する魔物を切り伏せ、その腹をかっさばいたら何故だか溢れる金銀財宝をしこたま持ち帰って凱旋する。すり切れるほど読んだ絵本の中でしか見たことのない、夢のような姿を目の当たりにして子供のように興奮している。

 そして残りの中堅以上と、早々に夢から覚めた若い探索者たちの視線は彼らと比べるとやや冷ややかだった。ランタンの姿をまるで魔物でも見るように見つめている。

 その牙は脅威になるのか、その爪はどれほど鋭いのか、その外皮はどれほど硬いのか、魔道は使うのか、それとも火炎器官等を所持しているか。そんな風に相手のことを探るのは探索者としては常道である。

 だがそれでも、ほんの僅か、金貨の輝きに目を奪われているのも事実だった。

 冷ややかなのはむしろそんな己に気づいていて、冷静であるように努めているためだ。どうやってやっつけてやろうか、どうやって儲け話を聞き出そうかとその計画を練っている。

 食いつきは充分。あとは針を口唇に深く突き刺すタイミングを待たなければならない。これで自分から話しかけに行ってしまっては、ただの教えたがりどころの話ではなく完全なる商工ギルドの手先である。

 本人は全くそう認識していなかったが紛う事なき商工ギルドの手先であるランタンは群衆を引き連れて歩く。左右に割れてその様を見つめる探索者たちがランタンが通り過ぎると、雪崩れるようにして群衆に加わる。それはファスナーを引き上げて左右をかみ合わせるように、幅広いギルドの廊下を塗りつぶした。

 結構多いから皆殺しは少し難しいな、とランタンはぼんやり考えていた。

 ケイスとリリオンを逃がすためにはどのような行動が正解だろか、と続ける。群衆の真ん中に飛び込んで全力全開で爆発を巻き起こせば、どれぐらいを巻き込めるだろう。建物を同時に崩せば半分ぐらいは、しかしそれだと二人を巻き込むか。撤退戦はなかなか難しいな、なんて。

「いっぱい見られてるよう……」

 背中越しにリリオンの不安げな呟きが聞こえる。ランタンがごく自然に歩調を緩めると、ケイスもそれに合わせて歩調を緩める。リリオンだけがまるで目の錯覚のようにランタンの隣に並んだ。

「見てるのは金貨で、僕らじゃないよ。せっかくお洒落したのにね」

 残念だよ、と冗談めかして囁くランタンだったがリリオンは目をきょろきょろさせて辺りを見ている。大きな目には警戒心が露わになっていて、不安げな口調とは対照的に好戦的な光を帯びていた。

 ランタンはその様子に肩を竦める。尻の一つでも叩いてたきつけたら、リリオンは今にも鯉口を切りそうだ。その大刀は鞘こそ美しいが中身はナマクラの飾りである。リリオンの膂力でぶん回せば雑魚探索者の二、三人を撲殺できるかもしれないが、四人目を打つ頃には半ばからぽっきりと折れているだろう。

「こんな人目のあるところで手出ししてくる奴なんかいないよ。ねえ、ケイスさん?」

 軽い口調で背後に声を掛けたが、ケイスは生返事を返しただけだった。こっちもか、とランタンは僅かに首を回して振り返り、足りない角度を眼球運動で補った。

「膝、硬いですよ。転ばないように気を付けてくださいね」

「――面目ない」

 ランタンは注目好奇の視線が大嫌いだったが、それに慣れている。

 苛々を馬鹿な想像で発散させるのも視線を無視するためにランタンが生み出した一つの防御法である。話しかけられたり肉体的接触があるとランタンは途端に思考が停止してしまい、慣れる暇もなく逃げ出してきたのだが、逃げ出すことができる会話と違って視線から逃れることが難しかった。

 視線は雨のようにランタンの身体を遠慮なく打ち据えて体温を奪う。ランタンは打ち続けられることで自然と耐性を身に付けたのである。そうしなければ大げさな話ではなく死んでいたかもしれない。何もかも嫌になっていたかもしれない。

 そして今、会話からも逃げてばかりではいられない、とランタンは思うのだ。

 運び屋派遣業の契約をした時、エーリカはランタンから全てを毟り取ろうとしたわけではない。それはランタンの怯えが作り出した大げさな被害妄想に過ぎない。

 群衆が探索者を飲み込みながら肥大化し、ちょうど百人目をその一部とすると同時にランタンたちは銀行施設へと足を踏み入れた。その瞬間に警備担当の武装職員が反射的に腰の獲物に手を伸ばし、臨戦態勢となる。いつでも跳びかかれるように膝を曲げ、腰を僅かに落とす。

 欲望に目をぎらつかせる集団が押し寄せたのだから無理もない。ケイスを振り返った時に視界に入った群集はまるっきり野盗の集団のようであった。それもかなり質の悪い。一網打尽にしたらいくらか世界が平和になりそうだ。

 探索者を見たら犯罪者だと思え、と言うのは流石に言い過ぎであったがそれでもやはり探索者の犯罪率は高い。元探索者も、現探索者も、あるいはまだ探索者ではないがいずれ探索者になる者も。

 武装職員の戦意にリリオンとケイスがたじろぎ一瞬だけ、足が止まりそうになる。だがその瞬間にランタンの頭が小さく頷く。それは会釈だった。

 戦意がまるで微風のようにランタンを巻いて、そのまま後ろに流れた。

 ランタンはそのまま武装職員を素通りした。

 野盗の集団を扇動しているのは紛れもないランタンだったが、その何気ない仕草に武装職員はランタンとリリオンとケイスをするりと通してから思い出したように、なんだテメエらやんのかコラ、などと怒鳴り抜刀して群衆を通せんぼした。

「どどどどうしますか?」

 ケイスが慌てたが、ランタンは平然としたものである。

「悪さをしてるわけじゃないから大丈夫でしょう。解散させられたとしても、きっと待っていてくれますよ」

 人は欲望をなかなか諦められない生き物だ。

 探索者が群れを成し、そこには熱気がある。基礎代謝もさることながら、探索者の欲望は大きい。

 冷静になる時間はあった方がいいだろう、と思う。制御しきれない群衆ほど恐ろしいものはない。群集心理は人を容易く獣に変える。人間とも上手に話すことはできないのに、獣と会話をするなんていうことはランタンには不可能なのである。

 背後では怒鳴り声が聞こえた。ほうらね、とランタンはしたり顔だ。その怒声は獣の咆哮である。

 もともと銀行施設内にいた探索者たちが武装職員と群衆の押し問答に目を向ける。

 群衆の中にもさすがに武装職員に、物理的に喧嘩を売るような阿呆はいないようだった。銀行施設内で職員以外が武器を抜けば刹那の猶予もなく斬って捨てられる。運が良ければ警告を与えられてから斬られることもあったが、結局斬られることには変わりはない。

 群衆を見つめる視線が、燦めきに誘われて金貨に焦点を当てた。

 同時にリリオンが指を指し、ランタンが呟いた。

「あ、窓口空いてる」

「わたし行くね!」

「……ここも変わりませんね。相変わらず武装職員はおっかないし、窓口の数は少ないし」

 群衆と切り離されることで、辺りを見る余裕ができたのかケイスが感慨深げに呟く。

 利用者の数に比べて窓口の数はたしかに少ない。武装職員が目を光らせて列を作ることを徹底しており、割り込み等の揉め事はそうそう起きないし、職員の手際は効率化されて流れ作業のようであったが毎度毎度混雑している。

 空き窓口があることは珍しい。もしかしたら何らかの理由で一旦閉鎖されていた窓口が再開したのかもしれない。何にせよ幸運である。

 その空き窓口目がけてリリオンが身軽にびゅっと駆けていく。そして窓口を押さえると踵を視点にくるんと振り返って、ぶんぶんと手を振った。

「ランターン!」

 その声に金貨に集まった視線が全てランタンに注がれる。流石に悪目立ちと言わざるをえないが、ここまでくるといよいよ本格的に腹が据わって開き直ることもできる。エーリカを手伝うことを不満げに思っているくせになかなか良い仕事をするじゃないか、とランタンは笑う。

 少し前に撤退戦のことなどを考えていたことなどすっかりと忘却の彼方に追いやった。

「ありがとうね」

 リリオンを撫でて褒めてやり、ランタンは窓口に向かい合った。窓口の向こう側にいる職員が怪訝そうな顔した。その位置からではケイスの運ぶものが何なのか、きちんと認識することができないのだろう。

「入金お願いしますね」

 受付台に箱が積まれた。職員がそれを覗き込み頬を引きつらせる。もう一つ箱が隣に並べられる。職員は引きつらせた頬を強張らせた。その上にもう一つ。職員は後ろを振り返って助けを求める。追加。受付台の向こうに起こったざわつきは悲鳴に似ている。

 金貨なら見慣れているだろうに、とランタンがきょとんとしていると受付女性の背後から上司であろう男がすっ飛んできて三人に取り繕った微笑みを浮かべた。額に皺がある。笑顔が硬い。

 少々お時間を頂きたいので別室でお待ちください、とか何とか。

 わき起こった悲鳴はつまり、受付台に並べられ、まだ床に三箱残っている金貨を数える事への悲鳴だった。この糞忙しい時になんて事しやがるんだ、とか、どうして小切手じゃないんだよ、とか、めんどくせえ、とか。きちんと教育された彼らは一言も文句を漏らさないが、何ともうんざりした顔つきを見ると心の内側が透けるようである。

 枚数を自己申告しようとも、それを認められるわけではない。当たり前のことだ。偽証も勘違いも容易に起こりうることなのだから。

 ランタンは金貨を踏み付けにするように、その上にギルド証を置いた。

 火を付けたように慌ただしくなる職員たちを横目に見て、ランタンは申し訳なく思いながらも通された別室で茶を啜ることしかできなかった。

「はあ、お茶美味しい」

「……何か、すごい数集まってしまいましたね」

「みんな暇なんですかねえ」

「ランタンさん」

「冗談ですよ、冗談。しかし、どうしましょうかね」

「みなごろしにする?」

「いやあ、あの数はキツいよ、さすがに」

「そっかあ」

「商工ギルド送りにできればいいんですけど、でも全員商工ギルド送りにしてもあの人数じゃ、運び屋の数足らないですよねえ。ま、エーリカさんなら大丈夫だと思うけど、人手がないからって素人を運び屋として随行させたらダメですよ」

「え、ああ、はい。伝えておきます」

「人が少ないなら少ないなりに、その事を売りにするとかすれば良いですし」

「はあ……?」

「ほら珍しい物ほど人は語りたがる物ですし、それだけでなんかありがたいじゃないですか。ケイスさんたちの運用もここぞと言う時に絞れば人手が足りなくてもそれなりに回るでしょうし」

 ケイスの運び屋としてのスペックは通常探索では少しばかり過剰のように感じた。迷宮上層に出現する魔物程度を運ばせるのは勿体ない。中層以下、あるいは下層や最終目標攻略に絞って運び屋を運用するのが効果的だろう。

「そうやって、どんどん評判を上げていって、それでもなかなか予約が取れなくて飢餓感がいっぱいになったぐらいで運び屋が育てば良いですけどね。んー、ここで運び屋候補の募集もしますか、いっそ。探索者なら元探索者の知り合いもいるだろうし――」

「ランタンさんっ」

「はい?」

 捲し立てるランタンに、ケイスが鋭く息を吐くように名を呼んだ。ランタンは夢から覚めたように瞬きをしてその顔を見返す。

「どうして、そこまでしてくださるんですか? エーリカのした事を思えば――」

「それは結局されていませんもの」

 ケイスが謝罪するように目を伏せた。

「お手伝いの理由は色々ですよ。ただの奉仕活動ってわけじゃないし、見返りだってある、と思う」

 リリオンもそうだった。エーリカは頑張っている。

 ランタンは無自覚であったし、面と向かって指摘されればそれを否定しただろうが、ランタンはどうにもそういった人間に弱いようなのである。

「ランタンは泣いてる女の人に甘いんでしょっ」

「あはは、そういやそんなこと言ったね」

 涙に絆された、と言うのもまた事実。ランタンは空惚けてみせた。

 探索者の群れから隔離されてリリオンもだいぶ落ち着いたのか、ふて腐れる余裕ができたようだった。頬を膨らませて鼻をつんと上に向けた。それは涙を堪える様子にも似ていた。尖った唇が小言を(さえず)る。

「でもこれだけ数えるのに時間がかかったら、みんなあきて居なくならないのかな?」

 それは少し意地悪な口調でランタンは思わず笑った。

 紅茶を飲みきったカップの底が乾いて赤錆のような茶渋が浮かんでいる。

「居なくなったら仕方がない。僕の仕事はそこでお終い」

 そんな風に言ったランタンは、それを望んでいる己を腹の中にしまい込む。霧の奥に居る巨大な熊や蛙よりも、ランタンは会話が怖いのだ。どれだけ視線を巡らせても予動作などはわからないし、言葉を交わせば傷つけられると信じて疑わない自分がいる。

 そろそろ暗闇に枯れる尾花を幽霊と勘違いすることを止めたくなった。あるがままを見ることはきっと大切なことなのである。これから探索者をするためにも。しっかりするためにも。

「勘定が終わりましたので、ご確認を」

 一枚足りない。ランタンは小首を傾げる。

「あれ? なんでだろう」

「――御者さんに、ほら」

「ああ、そっか。忘れてた。はい、大丈夫ですよ」

 ランタンが頷くと責任者の男はほっと胸を撫で下ろして、ランタンの記憶を蘇らせたリリオンを女神のように仰ぎ見た。ランタンが納得しなければ再び数え直す必要性が生まれるからだった。部屋の片隅で確認を行っていた職員たちは虚脱したように項垂れている。

「お世話かけまして、ほんとにもう……」

「いえ、これも仕事ですので。けれど次回からは事前に使いを回してくだされば、ありがたいです」

「その時は、はい。こんなに稼げることはなかなかないですけど」

 ランタンもリリオンも金銭に執着のある人間ではなかったが、残高を確認すると二人で頬を緩めた。ちらりとそれが目に入ってしまったケイスはあんぐりと驚きに口を開いている。残高から今回の入金分を引いたのだ。ランタンの貯金癖は悪癖としてそれなりに知られているが、それにしたってと、恐れるようにランタンを見た。

 一つの迷宮で得られる利益と必要経費。生活費。その数字を積み上げるには、かなりの数の迷宮に潜らねばならない。

 ランタンは視線を気にも止めず、気合いを入れると別室から送り出された。

 さて人はどれぐらい残っているだろうか。本当に武装職員に蹴散らされたりしていたらどうしようか。

 そんな風に思いながら扉を潜ると、記憶よりも倍近い探索者がいた。肥大化した群れが同じように数を増やした武装職員により押さえ込まれている。

 ここで宣伝をしたら確実に武装職員の鋒がこちらに向く。ランタンはハンドサインでリリオンとケイスに離脱の合図を送った。銀行施設からの撤退かつ、探索者の誘引を指示する。

 ランタンは武装職員を労いながら、群衆に向かって微笑みと淑女のような小さな会釈を残してその脇を抜けようとした。

「ラ――」

 呼び止める声。

 その一音を押し止めるのは唇に押し当てた人差し指だけで充分だった。

「ここで騒ぐと斬られちゃいますよ」

 喉が乾燥している。唇も硬い。緊張しているな、とランタンは思う。リリオンやケイスに偉そうなことを言ったくせに。ランタンはこっそりと唾を飲んだ。そして視線を探索者から外し前を向いた。

 振り向きは、少し顎が上向きになり、砂丘のゆるやかな稜線をなぞるような弧を描く。それは傲慢でありながらも、有無を言わせぬ華があった。髪がさらさらと揺れて青白い頬を擽る。目を細め、口元の微笑みが深く挑発的に。

 ランタンが歩き出すと誰も彼もがランタンの後ろを付いてきた。金貨の輝きを見ていない者も等しく。

 リリオンは緊張と緩和、そして再びの緊張にぐったりしていた。怯えは恐慌に近く、暴れ出さないのはランタンの存在が在るが故だった。流石にケイスも堪えている。流石にこの人数は予想外だ。数も多ければ、一人一人の体格も立派で広々とした玄関広間(エントランスホール)が狭苦しく感じる。

「ケイスさん、台車(それ)しまってきてください」

 ランタンはケイスに目配せする。次いでリリオンに。この人数では戦意も萎えるか、リリオンの瞳は不安げに辺りを見回している。ランタンを見る目が縋るような色を帯びていた。

 けれど。

「いっしょに馬車に戻りな」

「や」

 リリオンは一も二もなくぎゅっとランタンの外套を握りしめた。背中には隠れず、ランタンと隣り合って胸を張って背筋を伸ばした。それは精一杯の強がりで、ランタンが不敵に笑うとリリオンも真似をして笑った。

「では私も残りましょう」

 ケイスも負けていられないとばかりに呟いた。ランタンは頷く。そして扉の前まで辿り着くとそれを背にするように振り返った。逃走経路は確保した。さて僕も格好付けよう、と笑う。

 そこにあるのは月に咲く花のような可憐な微笑みであった。ランタンとしては余裕を見せつけるように頬を上げたつもりだったのだが、それを見て年甲斐もなく頬を赤らめる者はいても、恐れる者は一人もいない。

「僕の後を付いてきたって金貨は落ちていませんよ」

 ランタンがそんな冗談を飛ばすと群衆がざわっと笑った。

 ランタンたちを十重二十重に囲む群衆の最前列にいるのは、喜び勇んで付いてきた若い探索者ではなく、装備を見れば一目でそれとわかる中堅以上の探索者だった。それなりに良い装備を身に付けていて、それなりに草臥(くたび)れている。

 迷宮が夢を追う場所ではなく、ただの職場になった者たちだ。

「そんなこすっからい真似はしねえよ。おめでとうさん、すんげえ儲けだったみたいじゃねえか」

 山賊のような風貌の男がにっと太い笑みを浮かべてランタンに話しかけてきた。迫力のある胴間声に顔を叩かれるような感じがしてランタンはぱちくりと大きく瞬きをして男を見上げる。

「どうも、ありがとうございます」

「おめでとおめでと。それでな、ちょっとその幸運に(あやか)らせてもらいてえんだよ。なあみんな!」

 男が群衆を煽ると同意の声がわっと沸いた。

「儲けばかりの話じゃねえよ。お前さんはいつだって無事に帰ってくるし、そっちのほうでも御利益がありそうだろ?」

 なんて男は戯けるようにしてランタンを拝んで探索の安全を祈願する。いかにも粗暴な風体の男が真面目くさって拝む様子はなかなかに愛嬌があって、巫山戯てそれを真似る者もちらほらいた。

 ランタンが目に見えて嫌な顔をすると、辺りがどっと笑う。ランタンはますます不機嫌な顔を作った。

「……そんなことする人には、肖らせてあげない」

 ランタンが拗ねるように呟くと、男はいよいよ大げさに謝ってみせて笑い声が更に響いた。男は、(へそ)を曲げないでくれよ、とか何とか言いながら困ったなと頭を掻く。

 その間隙を縫って女が前屈みになってランタンに目を合わせた。香水の香りと、語尾に揺れるような甘さがある。

「あたしは笑ってないよ。ね、だからあたしはいいでしょ」

 前屈みになって胸を寄せて谷間を作る。

 あんまりにも露骨な色仕掛けにランタンは戸惑いながらも視線を上げてそれを視界から外した。背後に控えるケイスの質量とは天と地の差があり、寄せて作った程度の膨らみではランタンを籠絡することはできないのである。

「あ、抜け駆けしてんじゃねえよ! 笑ってたし拝んでたじゃねーか」

「はあ、証拠でもあんの? 変な言いがかりつけないでよね。ねーランタンくん」

「ランタン困ってるじゃねーか偽乳!」

「偽物ならもっとでかいわよ!」

「後ろのがランタンの仲間? どっちよ? どっちも?」

「ちょ、ちょっと通して、前に……」

「あれがランタン? なんかちっちゃくね」

「つーか後ろの二人誰よ」

「白髪の方でしょ? もう一人は何か見たことある気が」

「細っせ、あれマジ強いの? うそくせー」

「見た見た、金貨どっさりでさ」

「へあ? ランタンの奢りで飲みに行くんじゃないの?」

「運び屋って、あの胸で新人? うっは」

「何の集まりだよ? はあ知らん」

 風が吹いて稲穂を揺らすように、辺りにざわめきが広がった。皆口々に何か文句を言ったり、お喋りをしたり、歓声を上げたり、奇声を発したりする。今はまだざわめきが大きくなるだけだったが、その内に押し合い圧し合いから殴り合いに発展しそうな気配もあった。

 まったく何という纏まりのない集団なのだろうか。

 ランタンは呆れながらも収拾が付かなくなる前に黙らせようと胸に息を吸ったその瞬間、ランタンが大声を出すのに先んじて悲鳴のような大声で名前が呼ばれた。

 パティ、と。

「え、――あ、久しぶり。ミヤ、二年ぶりぐらい?」

 名を呼ばれたケイスは驚きはあったものの落ち着いていた。そんなこともあるだろう、と心構えはしていたようだ。口元にほろ苦い笑みを浮かべて、それでも何気なく手を上げて女、ミヤを迎える。それはまさしく偶然に再会した旧友に対する反応そのものであり、どうやらミヤはケイスの元仲間らしかった。

「久しぶりじゃないよ! あんた何やってんのよ!」

 ミヤは驚きの表情を浮かべたままランタンを通り過ぎてケイスに詰め寄った。ケイスのかかげた掌に拳をぶつける。その遠慮の無さは二年の年月を飛び越えた。

 突然の乱入者に群衆が一纏まりになる。なんだなんだとミヤを見つめた。ミヤにはその視線が全く目に入ってないようだった。

「何って私、運び屋やってるんだ」

 きっとミヤはそんなことを聞いたんじゃないだろう。だけれどもミヤは驚き混乱しているようでケイスの言葉を繰り返した。群衆も、運び屋、と呟く。群衆のそれはケイスが運び屋をやっていることの驚きではない。ランタンが、と言葉が続いた。

 ミヤはぎょっとしてランタンを見た。

「運び屋? あんた復帰したの? ランタンの探索班(チーム)に?」

「まさかそんな! 商工ギルドって言うところで専業運び屋をしているの。それで今回はランタンさんのお手伝いをさせてもらっただけで」

「手伝い?」

 矢継ぎ早の質問にケイスは大慌てにそれに答えて、それでもミヤの表情から疑問が抜けることはなかった。そんなミヤに、戸惑うケイスにランタンは笑いかける。

 久々の再会に口を挟むのも野暮かもしれないが、まさに語りたいことを尋ねてくれるミヤの存在はランタンにとっての渡り船だった。これを利用しない手はない。

「お手伝いなんてそんな謙遜しないでください。今回の探索もケイスさんがいなかったら何一つ持って帰ってこられなかったですよ。商工ギルドさんもすっごく良くしてくれたし」

 声を張り、ミヤに向けて放った言葉は彼女ばかりではなく群衆の中をさっと走り抜ける。

 商工ギルド。運び屋。派遣。

「へえ、そんなのあるんだ。知らんかった」

 反応の内の、一番答えやすいものをランタンは選ぶ。

「僕も知らなかったですよ、教えてもらうまで。でもすごーく良かったですよ。普通の運び屋のことは知らないけど」

 ランタンはあからさまにならないようにケイスを、商工ギルド所属の運び屋を褒めそやし、情報を探索者たちに広めていく。あくまでもそれとなく。

 エーリカが出張ってこれを行えばあまりにも露骨で反感を買うだろうし、ケイスが行えば自画自賛になって不興を買う。あくまでもランタンが、利用者がそれを語ることに意味があった。ランタンを嫌う者がいても、儲け話が嫌いな者はあまりいない。

 反応は上々。

 ランタンやケイスに質問を飛ばす者もいて、リリオンにもそれはあったが少女はあわあわとしていて答えられない。ランタンがフォローを入れた。さっそく仲間内で検討を始める者もいた。

 だが反応は良好なものばかりはなく、嫌なことを言う人だってやはりいる。

「でも元探索者なんだろ? 逃げ出した奴のことなんかを信用できるのかよ」

 誰かが吐き捨てるようにそんなことを言って、ケイスの表情が強張った。その隣でミヤがきっと声の方を睨み付ける。リリオンがランタンの外套を深く握り、誰が言ったの、と低い声で呟く。

「一度逃げたらもう駄目なの?」

 ランタンも視線を向けて、小首を傾げる。声の主はわからない。だが視界に入った多くが黙った。不機嫌な顔は作ったものではなく、自然とそうなったのである。

「なんでそういうこと言うの? 逃げ出した人がまた頑張ることの何が悪いの?」

「でも一度逃げた奴はまた逃げるかもしれないだろう!」

「かもしれないね。でも一度も逃げたことがない人が逃げ出さない保証は誰がするの? まだ一度目が来ていないだけじゃないの?」

 どちらが正しいという話ではない。

 ランタンは反論するように言葉を発したが、逃げ出したことのない人間はやっぱり勇敢だと思うし、逃げた人間のことを臆病だと侮蔑することもある。実際に逃げ癖の付いた探索者は糞の役にも立たないどころか、戦線を崩壊させる可能性があるので背中を預けるに値しないので害悪である。

 だが、だけれども全ての逃げた者が根性無しというわけではない。身体能力もさることながら、気合いや根性がなければ一トン超の重量を黙々と引くことはできない。恐怖と向き合い、再び迷宮に足を向けようとは思わない。

 逃げ出した先でどうなるかは人それぞれだが、救われる人間が多い方がやっぱりいいと、そう思う。

「パティ、あんた頑張ってるのね」

「は、ああ、まあ、ね」

「あのランタンにこんなこと言わせるなんて、――ね、私たちとまた探索してくれる?」

「それは、うん。商工ギルドを通してならね、結構高いけど」

「あら、パティは知らないでしょうけど、私はこれでも乙種探索者よ」

「ええ本当? おめでと――」

「……何やら感動的な場面で申し訳ないのですが」

 ミヤとケイスは感極まったように抱き合っていた。口を挟んだランタンを二人揃って見下ろす。

「あのランタンとはどのランタンのことでしょうか?」

 てめえのことだよ、と誰も彼もから突っ込まれてランタンは思わずたじろいた。不本意そうな表情で群衆を睨み付ける。

「うげ、自覚ないのかよ。お前がこんな饒舌(じょうぜつ)なのって初めて見るぜ。どんな風の吹き回しだよ」

 山賊でも寄せ女でも文句男でもなく、また別の男がランタンの鼻先に指を突きつける。爪の隙間に垢がある。

「そんなにその運び屋が良かったのか? たしかにおっぱいはデケえけどよ。それとも商工ギルドってとこから金でも貰ってんのか?」

 意外と鋭い。ランタンは突きつけられた指先を払い、男を見上げた。軽薄そうな探索者だ。薄い金の前髪がうざったらしく額に垂れている。前髪の前に爪に気を使えよ、と思う。

「お金貰うぐらいじゃお喋りにならないですよ」

「ああ、そう。じゃあ何でだよ。金持ちになって頭が花畑になってんのか?」

「そんなにくるくるぱーに見えますか」

「あーうそうそ、見えないよ。ただお前と普通に話せてることに吃驚してんの。ちゃんと口利けるんだな」

 普通に話せている。男がそう言ってランタンは思わず笑った。軽薄男が訝しげに眉を寄せる。

 例えばエーリカと話をした時、ランタンは身構えていた。疑って気を張っていた。疑いを持って相手を見つめれば、何もかもが怪しく見える。今まで探索者たちと話をする時、ランタンはいつだって怯えていた。身体が大きく、声が大きく、強引で、不潔で、顔が怖い。

 怯えを持って相手を見つめればただの探索者が鬼に見える。

 それは木目が人の顔に見えたり、夜風が怨嗟の声に聞こえたりするのに似ている。夜眠れなくなるのはいつだって臆病な自分のせいだ。

 普通にしていれば、普通に話せるのだ。知らない人と話すのは気を遣うし、緊張するけれど、相手は鬼ではなく血の通った人間で言葉の通じる相手である。

 身体が大きく、声が大きく、強引で、不潔で、顔が怖くても人間だ。悪意も敵意も、善意も友好もそれは人間の中に詰まっている。

「だってみんなはそう言うことを聞きたかったんでしょ? 幸運のお裾分けはできないけど、情報のお裾分けはできるから。いらないなら別に良いけど」

 拗ねるように呟いた言葉が甘く溶ける。

「それにさ、まだこの運び屋はそんなに人数がいないんだけど、こういうのが広まれば元探索者の働き口ができるでしょ? また頑張りたいって思っても、なんか再就職が大変だって聞いたし……、それで人数が増えれば恩恵にあずかれる探索者も増えるし……」

 溶けて、揺らめく。語尾がもごもごと萎む。

「ランタン……お前、そんなことまで」

 軽薄男は驚きを持ってランタンを見つめて、その視線にランタンは身を竦めた。

 軽薄男はその身に纏う軽薄な雰囲気とは裏腹に黙りこくって厳しい目付きになっていた。軽薄男ばかりではなく、群衆の中にも同じような目をした探索者が何人もいた。懐かしさと後悔。もどかしさと救い。恐れと感謝。

 複雑な感情が視線を通してランタンに注がれた。

「元探索者を雇ってくれるんか」

 ランタンは答えない。代わりにケイスが答える。

「本人にやる気と根性が備わっていれば、商工ギルドはいつでも門戸(もんこ)を開いています」

 視線が温い。

 何か言いたいことがあったような気がするけど、忘れてしまった。ランタンは頑張って押さえ込んでいた、緊張や捨てきれず抱えていた恐怖を思い出してしまった。

 探索者が鬼に見えた。人語を解する鬼だ。優しいところもあるけど、鬼だ。

 それが辺りに二百人以上もいて、ランタンは頭が真っ白になった。

「べ」

「べ?」

「別に! 僕は逃げ出した奴のことなんかどうでもいいし! ただダメになってる人が多いみたいだから、そういうのが減れば僕に絡んでくる奴が減ると思っただけだし! 更生しようとそのまま野垂れ死んじまおうと知ったことじゃないね!」

 適当な言葉に騙されやがって単細胞の阿呆どもめ。鬼。(けだもの)。へぼ探索者。ばーか。

 ランタンは誰に向けたんだかわからない言葉を口の中で転がす。そうやって悪態を吐き出さなければ、恥ずかしさに死んでしまうような気がした。

 ランタンは含羞(がんしゅう)に頬を色づかせて周囲を睨み付けた。それだけで人を殺せそうな鋭い視線は、けれど辺りの探索者はただ妙な目付きでランタンを見つめ返すだけだった。

 ランタンは大きく息を吸い込んで怒鳴ろうとする。が、吐き出した声は囁きほどでしかない。

「もう帰る」

 行くよ、と外套を翻してそれを握るリリオンの手を引き剥がすと、呆気にとられる少女の手を改めて握りしめて二歩歩く。開けて、と誰に共なく命令するとケイスとミヤが大きな扉を左右から押し開いた。

 ケイスがミヤに、また、と大慌てで声をかける。ミヤもやけくそみたいに何度も頷く。

 ランタンは扉を一歩跨ぐと、最後に振り返ってぽかんとする群衆に告げた。一つ立てた指を突きつける。それは爪の中まで濃い桃色をしている。

「詳しくは商工ギルドに行くといいよ! じゃあ、その……探索頑張ってね」

 吐き捨てるように放った台詞は、その素っ気なさとは裏腹にまるで祝福のように響いた。

 ランタンはそれからもう振り返ることもなくその場を後にして、背後で扉が閉ざされると、その背中を叩くように声が扉を貫いた。それは怒号のような悲鳴のような歓声のような、感情の爆発であった。

 リリオンもケイスも吃驚して振り返っている。

 ランタンだけは振り返らずに夕闇と向かい合った。すっかりと日が落ちて暗闇の満たされた路地には影があるだけで幽鬼はいない。

 ランタンは疲れた表情で一つ溜め息を吐き出す。

 探索よりも疲れたかもしれない、そんなことを考えながら馬車に乗り込んだ。



今日で投稿開始から一年になりました。

皆様方には読んでいただく喜びを教えていただきました。

ありがとうございます。


また一年経ったことだし、と言うわけではありませんが

次話投稿から、少し小説の書き方を変えようかなと思っています。

今までは一話あたり一万文字前後を使用して一場面しか書いてこなかったのですが

これからは空行を三つぐらい挟んで場面転換をしたり、

描写視点をランタン以外にも持っていこうかな、と画策してます。

side:○○は使わないですけれど……


あんまり上手く書けなかったりしたらまた元に戻しますけれど、

少しばかり私の我が儘におつきあいをよろしくお願いします。

次話はちょっと練習です><



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― 新着の感想 ―
[一言] 思ったよりランタンって有名で注目されてるなぁ。
[良い点] ランタンがかわいすぎてつらい こんなん絶対人気爆発するやろ
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