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カボチャ頭のランタン  作者: mm
03.All That Glitters Is Not Gold
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 ランタンに傷として刻まれた戦いの痕跡は、そのまま最終目標の強さを表し、強さはほとんど迷宮核に宿った魔精の濃さに直結した。そして内包する魔精の濃さはその器が人だろうと物だろうとその価値を吊り上げる。

 黄金にばかり気をとられていたが金蛙の迷宮核はランタンが今まで持ち帰った迷宮核の中でも最も高額な物の一つとなった。それでも、こんなものか、と思ってしまったのは大まかに予想できる黄金の換金額がそれを上回ったからだ。

 ギルド職員からは何時ものようにあれやこれやと迷宮について尋ねられ、その話は当然最終目標にも及び、それが金合金であることが探索者ギルドに知れた。運び屋を雇い入れたことは探索計画の書類に記してあるので、それを持ち帰ったことも。

 そして売却先を尋ねられた。ランタンが探索者ギルドにそれを持ち込まなかったことを、信じられないとでも言うように。

 売却先を報告する義務などはこれっぽっちも存在しなかったが、特段隠すようなことでもないしいちいち誤魔化せば会話が長引きそうな気配があったので商工ギルドのことを告げた。職員たちにも売却先の予想は付いていたようで、それは確認作業のような物であった。

 だがギルド職員は難しい顔になり、その表情のままランタンを窺うものだからランタンは思わず睨み返した。職員は慌てて笑顔を取り繕った。

 まず探索者ギルドに何か不満でもあるのかという話になり、次に商工ギルドとはどのような契約をしているのかという話になった。

 探索者ギルドに不満はない。この報告作業で色々聞かれることが多少面倒くさいぐらいで。

 そう言うと苦笑された。彼らにもこの聞き取り調査が探索者にすこぶる評判が悪いことを自覚しているらしい。それであってもこのやり取りがなくならないのは、それだけこれで得られる情報が有益だからなのかもしれない。

 だが流石に商工ギルドとの契約は私事に踏み込みすぎていたので、ランタンはばっさりとそれを拒否した。やり取りがそろそろ面倒になっていたというのもある。

 探索の疲労と怪我を理由にして報告作業を切り上げる。そして火傷しそうな程に懐を温かくした。

 金貨の大半を銀行に預けて幾つかを使いやすい少額硬貨に両替し、いつも通りにギルド医から大量の小言をいただくために医務局へと足を向けた。

 病室ではあっという間に裸に剥かれる。全身を駆け抜けた雷撃の熱傷は広範囲に及び、杙創(よくそう)にも取り切れなかった破片が残っていた。ピンセットでそれを穿りだしてもらう。当たり前のように痛い。

 怪我は体中にあったが、その中には既に治癒が始まっているものもあってギルド医は呆れる。人の治癒力ではないな、と揶揄される。リリオンがその言葉に反応すると、ただの比喩表現だよ、とギルド医はあしらった。

 ランタンは怪我にも痛みにも慣れっこで、それは成長ではなく退化だった。

 鈍化しているのかも知れない、とギルド医は言っていた。痛くないんなら都合がいいですね、と嘯けば、痛みを感じる頃には死んでるなと脅される。薬の効きも悪くなるし云々と、それは小言ではなく完全なる説教だった。

 またかよ、と思いながらふんふんと聞いている振りをして、帰ろうとすると入院させられた。

 治癒が始まっているとは言え身体を癒すためには体力が必要で、ランタンはそれが無自覚に尽きかけている。眠るランタンの腕にはギルド医曰く、元気の出る液体、の点滴が突き刺さっている。月光を浴びて薄い青に透ける液体が血に溶けていく。

 翌日ランタンの身体は熱傷により皮膚が剥けてピンクと白のまだら模様となった。死んだ皮膚が剥がれ落ちて、新しい皮膚が薄く作られている。

 無視できる程度のピリピリした痛みと無視できない程度の痒みがあったが、新しい皮膚は爪を立てると容易に破れてしまうので、血だるまになりたくなかったら絶対に掻くな、ときつく言い含められた。

 ランタンは消炎と痒み止めの軟膏を身体に塗ってもらって包帯でぐるぐる巻きにされて病室から追い出された。去り際に、もっと自分を大事にしろよ、と一言。優しいのだか厳しいのだかよくわからない。

「ランタンちょっと臭い」

 痒み止めの軟膏は独特の臭いがする。ランタンは自分から立ち上る臭いを恥ずかしく思うが、どうすることもできないので苦笑いするしかなかった。

 探索者ギルドを出ると表の道に馬車がいた。誰かを待っているようで、ランタンたちが珍しげな視線を向けると御者が二人に向かって恭しく頭を下げた。

 ランタンが入院したことをどこで知ったのか、それは商工ギルドが寄越した馬車だった。不要と告げたはずなのだが、どういうわけかランタンが出てくるのを待ち構えていた。

 二頭立ての四輪馬車はどう見ても探索者風情が乗るには分不相応な高級な存在感を見せびらかしている。車体は艶やかな黒塗りで、ただ継ぎ目継ぎ目に黄金のラインが入っているだけなのだが、それには上品な色気があった。

 その姿は目を引き、周囲の探索者たちが遠巻きに見つめてひそひそと囁き合っている。誰を待っているのか、などと賭け事にまで発展していてランタンの姿を認めると、嘆く者と喜ぶ者が生まれた。

 痒みと朝っぱらからご機嫌な探索者に鬱陶しさを感じてランタンは拗ねるようにむくれたが、ただ派遣されただけの御者に当たるのは筋違いであったし、公衆の面前で存在を問い質す気にもなれなかったのでしかたなく、逃げ込むように馬車に乗り込んだ。

 先にリリオンを、そしてランタンが続いた。

「お姫様みたい……」

 タラップに足を掛けて立ち止まったリリオンがぽつりと呟いた。

「お姫様、奥に進んでくださいませ」

 布張りにされた天井が高く、複雑な造形の魔道光源が白々と光を放っている。車内は不思議と花の香りがするし、リリオンの長身でも窮屈でないほどに広々としていて、座席は沈み込むほどに柔らかい。お姫様かどうかはランタンにはわからなかったが、お姫様が乗っていても不思議ではなかった。

「前も同じようなことしたよね」

 座るのを躊躇って中腰になったリリオンをランタンは無理矢理座らせて、その膝の上にふかふかのクッションを重し代わり乗せてやった。石抱き刑のようになったリリオンは緊張している。

 座ってしまった、とでも言うようなリリオンの顔が面白い。

 御者がドアを閉める間際にランタンは言った。

「朝食がまだなので適当に飯屋に寄って下さい。よろしくお願いしますね。お腹ぺこぺこなので」

 は、と間の抜けた声を漏らして戸惑う御者に微笑みかけて、半開きのドアをランタンは内側から閉めた。商工ギルドから御者がどのような指示を受けているのかは知らないが、そんなものはランタンの知ったことではない。

 それに何よりまず空腹だった。ランタンは点滴により静脈からしか栄養を補給しておらず、胃の中は空っぽだった。

 まともな食事は二日と数時間ぶりである。傷を治すためにも沢山食べなければならない。

 ランタンはどっかりと腰を下ろして、下品にも対面の座席に脚を伸ばした。まだ少し硬いリリオンに見せつけるように、くつろぐと言うよりは意識的にそうしていた。

「……堂々としてるね」

「だってわざわざ用意してくれたんだし、いらんって言ったのに。これはもう壊そうが何をしようが好きにしてくださいってことでしょ?」

 傍若無人な物言いに、しかしリリオンはなるほどと納得した様子だった。緊張している自分が馬鹿らしいとでもいうように、リリオンもだらしなく背もたれに身体を預け、頭はランタンの肩に乗る。が、やっぱり止めたとばかりに戻っていく。

「くさい……」

 ランタンは少しだけ傷ついた。今度はもう少し怪我をしないように頑張ろうと心に決める。

「でもこの馬車何なんだろうね。いらないって言ったと思うけど」

「聞き間違えちゃったんじゃないの?」

「それならいいけどね」

 商工ギルドは何を考えているのやらと、答えの知れぬ問題を考えて欠伸を一つ漏らす。その頃に馬車が減速し、やがて立ち止まった。

 窓の外を覗くと精肉屋があった。路面に向かうようにカウンターがあり、その奥にはこれ見よがしに巨大な肉の塊が吊られている。牛や豚、謎の生き物まで。もしかしたら魔物の肉かもしれない。

 これを飯屋と呼んでいいものだろうか、と思いながらも馬車を降りたのは食欲をそそる香りが鼻腔を擽ったからだった。

 その肉屋では売れ残りやそもそも売り物にならないような屑肉を挽肉(ミンチ)にして作った肉団子を煮込んだものを販売していた。働きに出る労働者たちが出勤途中にそれを購入していくようであり、そんな労働者たちの中で馬車から降りたランタンは死ぬほど目立っていた。

 探索者のように話しかけてはこずに遠巻きにされたが、そのおかげで人波が途絶えて並ばずに購入することができた。

 自前の飯盒を店主に渡すとその中に大鍋からよそってもらえる。安価で量が多い。労働者の味方のような店だ。

 肉団子は一口で食べきれないほど大きく、それにありとあらゆる動物の骨で取った濃厚なスープが掛けられている。スープはどろどろとした褐色で、見た目の不気味さとは裏腹にいい香りがした。リリオンが唾を飲んだ。

 そして肉屋のすぐ脇には移動式のパン屋がちゃっかりと商売をしており、ランタンたちは蜘蛛の糸に絡め取られるようにパンを購入した。

 移動式の壺窯型オーブンを使用してその場で焼くパンは、つきたてのお餅のようなパン種を平たく伸ばしてオーブンの中に貼り付けると五分もかからずに焼き上がった。ランタンが興味深げにオーブンの中を覗き込むと、リリオンも真似をしてランタンに顔を寄せるようにしてその中を覗き込んだ。

 危うく垂れた髪が焦げそうになって、ランタンは慌ててリリオンの髪を押さえる。リリオンはオーブンの中から視線を逸らせないでいた。オーブンから立ち上る橙色の光は頬を照らして、じんじんとした痺れにも似た熱をもたらす。それは骨の心まで暖かくなるようで、心地よかった。

 焼き上がったパンはランタンの顔ほどの大きさがある。それは巨大な耳のような形をしている。デコボコと膨らんでいて、その膨らみの先が少し焦げていたりするのがそれが何とも香ばしく、練り込まれているバターの香りと相まって食欲をそそった。

 それを五枚も購入して馬車の中で食べることにした。

「では――」

「じゃあ次はグラン武具工房に、武器の整備があるので。ゆっくりでいいですよ、ご飯食べないといけないので」

「――はい」

「一枚食べます?」

 ランタンは哀れな御者にパンを一枚奢ってやった。

 かっぽかっぽと馬車に揺られていく道は次第にガタゴトと荒れていった。職人街は材料の搬入や商品の搬出などの必要性があって道幅が広く取られているが、高重量の荷物が行き交うが故に路面が消耗している。

 牽いている輓馬には少しばかり申し訳ないことしたな、と思う。

「美味しいね、これ」

 パンを折って肉団子を掬い上げて一緒に食べる。

 てめえこの野郎と言わんばかりの大量の肉団子が飯盒の中でごろごろとしていて食いでがあった。味付けは朝っぱらから食べるにはいくらかも濃かったが、それに負けず劣らず肉そのものの味も濃い。仕事前に食べれば気合いも入るだろう、とそう思わせるがつんとくる味だ。

 それを二日ぶりの食事としてがつがつ食べるランタンの隣で、リリオンは慎重に溢さぬようにと食事をしていた。もっと食べたいという欲求と、溢してはいけないという緊張がせめぎ合っている。

 ランタンは少女のぴったりと閉じられた太股の上にハンカチを置いてやった。ランタンはランタンで忙しいので手ずから食べさせてやる余裕は存在しない。ちょっと景色を見る余裕があるぐらいで。

 車窓から眺める街並みはなかなか面白い。視点が高くなっているせいか、見慣れている道の筈が新鮮な気分になった。次々と風景が過ぎ去っていき、道行く人々が職人たちの姿になり、職人たちの姿も移り変わってゆく。

 洗練された姿からどんどんと無骨になっていくような、そんな気がした。露出する肌の色が増え、筋肉の量が増え、辺りには金属の音が響き出す。

 馬は怯えていないだろうか、と小窓から御者の背中を見つめ、その先で揺れる馬の尻尾を見つめた。馬は尻をふりふりとしていて、なかなか可愛いものである。

「でも触()ないんでしょ?」

「触()ないだけです」

 ランタンは自分が動物に好かれないことを認識している。触ろうと近付けば牙を剥き唸り声を上げ敵愾心も露わに警戒される、と言うわけではない。

 ただ目に見えて怯えられるだけである。

 小動物程度ならばランタンから逃げ出すのも身体を丸めて小さくなるのも自由であったが、大型動物がそれを市街地で行うと事故に繋がる。馬車を牽く馬が急に走り出しでもしたら大惨事であるし、暴れずとも怯える動物を愛玩しても何も面白くはない。

 撫でるからには喜びを与えたい。

 テスさんの尻尾は良かったな、と口には出さず思い出す。飢えた野良犬でさえランタンの前には姿を現しもしない。ランタンにちょっかいをかけてくるのは怖いもの知らずで低脳の大鼠ぐらいのもので、だがランタンには害獣を愛玩する趣味はない。

「怖いかなあ」

「怖くないよ。代わりに私を撫でてもいいのよ」

 リリオンはいいことを思いついたとでも言うようににぱっと笑顔になって、ランタンに頭を差し出した。ランタンは少女の膝の上からハンカチを取ると乱暴に汚れた口元を撫でてやった。リリオンは綺麗になった唇を突き出してむくれる。

 そんな少女を撫でる。リリオンは後頭部で髪を結っており、髪色と相まってそれは白馬の尻尾のようである。ランタンが尻尾の付け根を揉むようにしてやると、途端に相好(そうごう)を崩した。

「んーふふ」

 朝もわりと早いのでグラン武具工房の表玄関は施錠されていた。

 しかし人の気配を感じることはできるので、工場(こうば)の方では何事か作業をしているのだろうと思われた。流石にここから更に裏手に回ってくださいと命じるのも申し訳ないので、ランタンは御者に一つ丁寧に断りを入れてから裏手に回った。

 工場には職人たちが集まっていて、その中にはグランの姿もあった。

 グランは職人たちにあれこれと今日の作業を申し伝えているようで、ちらりと一瞬ランタンを見たがそのまま無視して朝礼を続けた。やがて一人二人とグランの側から職人たちが離れていき、最後の一人の尻を一発叩いて作業に向かわせるとようやくランタンたちを手招いた。

「おはようございます」

「おう、おはようさん。運び屋雇ってくれたみたいだな。ありがとうよ」

「いえ、そんな。面白い経験でした」

「ギルドから話は聞いてるぞ。大物だったみてえじゃねえか」

 やったなあ、とランタンたちの成功をグランは喜ぶ。

「ええまあ、鯨にはほど遠かったですけどね。でも、グランさんにこのお話をいただかなかったら、ぜーんぶ迷宮に捨ててこなきゃならないところでしたよ」

 そのことについて礼を述べるとグランは少し照れたようだった。

「まあ何にせよ、役に立ったんなら良かったよ。嬢ちゃんもお疲れさん。これで鉄でも何でも切れる魔剣が買えるな」

「はい……、でもこれはランタンが買ってくれたものだから、もうちょっと使っていたいな」

「そうかそうか。ああ、腕を磨くのも悪かないな。金に余裕ができりゃ時間にも余裕できるこったろうし。良工は材を(えら)ばずって言うしな」

「それグランさんのこと?」

「よくわかってるじゃねえか」

 グランは嬉しげにリリオンの肩を叩いた。

 火の入り始めたばかりの工場は何時ものような熱気はまだなく、これから加工を待つ金属の冷たい匂いがした。

 その金属の中に戦鎚と方盾、大剣が並んだ。

 大電流を通電させた戦鎚はグランが眉を顰めるほどの歪みがあり、まともに金蛙の蹴りを受け止めた剣と盾もなかなかに酷い有様だった。

 戦鎚の柄巻は焼け落ちていて、それはグランがひっそりと良いものを巻いてくれていたらしく雷撃の威力を物語っていた。その柄巻の耐電性のおかげでランタンは知らず命を救われていたのかもしれない。

 今度はもっと良い素材を使用してもらうことに決め、リリオンの武器にも同じ素材で処理を頼んだ。無論代金は一括で支払った。

「大剣はちょっと寸を詰めることになるな」

 大剣は刃こぼれが酷く、研ぎ直すと刃渡りだけではなく身幅も狭くなるようだった。リリオンは少し戸惑ったような表情を浮かべたが、他に方法もないのでランタンが代わりに頷いてそれらをグランに預けた。

 そしてお(いとま)しようとしたら、グランはランタンの肩を抱いて引きずり込むようにして二人を応接室へと連れ込み、ぽいっとソファに座せた。テーブルの上にお茶も用意してくれる。

「何ですか? 表に馬車を待たせてるんですけど」

「ギルドが用意したやつか」

「ええ、そうですが……、太っ腹ですよね」

 ランタンが戸惑いながらも頷くとグランは髭を揉みしだいて眉根を寄せた。

「てことはまだ商工ギルドには行ってないんだよな」

「はあ、まあ、これからですけれど」

 きょとんとしている二人を余所にグランは安堵するかのように、豪快な老人にしては珍しく細い溜め息を吐き出した。

「馬車は待たしとけ。文句を言われたら俺が話をつける。それでまあ、ちょいと聞きたいことがあるんだよ」

「聞きたいことですか」

「あーなんだ。今回の、運び屋派遣サービス使ってみてどうだったよ」

 それが馬車を待たせてまで聞きたいことか、と思わなくはない。

 商工ギルド所属の人間として、あるいは利用する切っ掛けとなった人間として、その仕事ぶりや評価が気になるのだろうか。グランはごしごしと髭をしごいている。

「率直な意見を頼む」

「うーん、良かったですよ。すごく。ねえ」

「うん、とっても。ケイスさんは優しかったし、色んなことを教えてくれたもの」

 それは運び屋ではなくケイス個人への感想で、ランタンは同意するものの少し苦笑しグランは困ったように髭を捩る。

「僕は他の運び屋を知らないので比較するようなことはできないですけど、運び屋としての能力に文句をつけるところはありませんでしたよ。まだ換金が済んでないのですけど、目利きには説得力があったし、運搬能力もちょっとびっくりするぐらいですし」

 最後に抱きすくめられたことを思い出しランタンは一瞬言葉に詰まって、その事については飲み込んでおいた。あれはケイス個人の行動で運び屋の能力とは無関係である。

「運び屋の他にもオプションがあったろ? そっちはどうよ」

「……良し悪し、ですかね」

 例えば野営具などの探索用品の貸し出しはランタンはとても評価している。野営具をしっかり揃えるとどうしたって嵩張るし、探索中は仕方がないものの探索をしていない時に保管しておくことが面倒だ。それらはそれなりに値の張る物なので盗まれ出もしたら厄介で、そういった保管の手間暇を考えると貸し出し代は安いと言える。

 しかし先用後利の食料は少しばかり問題があるように感じた。

 食事は荒んだ探索中の中で栄養補給以外にも娯楽の側面を持ち、探索中の食事の豊かさは探索班の士気に直結する。直結するのだが、いくら何でもあの積み込み量は多すぎる。

 ランタンはそれに納得して契約した、と言うことになっている。だがあれは邪推すると最初から食材を破棄させるための罠であるような気がした。

 どうしたって食材より魔物の素材の方が高価なのである。それを見越し、わざと過剰に食料を積み込み廃棄させることが狙いだったと穿った見方をすることもできる。

 良かれと思ってやったのだったら空回ったと言うことになる。

「僕の不注意でもありますけどね。……まあ、契約時に一言声を掛けてくれれば印象は良くなりますよね」

「もっともな意見だな」

「っていうか仕出し弁当でも作ってくれるともっと良いかもですね。料理の手間が省けるし、そうすれば炭や耐熱材を持ち込まなくて済むし。日持ちの関係もありますけど。……完全密封容器とか作れないですかね。金属で」

「……変なことを思いつくな、お前。ちょいと本部の方にその意見を送っても良いか?」

「どうぞご随意に」

 完全密封容器。それが缶詰となるかレトルトパウチになるかは知らないが実用化されるのならばぱさぱさのビスケット地獄やらかっちかちの黒パン地獄からは解放される。もっともランタンはその地獄がそれほど嫌いではないのだが、何にせよ食事に多様性が出るのならば大歓迎だ。

「金属製なら作れば食べる前に湯煎するなりして火に掛ければ殺菌もできるし、それぐらいなら火精結晶コンロで充分ですしね」

「でもちょっと味気なさそう」

 リリオンが拗ねたみたいに呟いた。わたしが作ってあげるのに、とランタンの袖を引っ張る。

 グランはその様子に僅かに目を細めた。

「なるほど。運び屋は合格点、オプションはぎりぎり及第点ぐらいか?」

「一考の余地あり、ぐらいでダメってわけじゃないですよ」

「そうかい。それで、――また利用しようとは思うか?」

 そう尋ねられるとランタンは黙ってしまった。だが沈黙は雄弁に語り、グランが落ち込んだように髪を掻いた。ランタンは慌てて言い訳を始めた。

「いや別に、あのですね。難しいところですよね。いて損になるわけではないし、利点の方が多いのですけれども……」

 ランタンとしてはそれを積極的に利用する理由を見いだせなくなった。

 莫大な利益を上げることで満足する人間と更に貪欲さを増す人間がいるが、ランタンは前者であった。それどころか大きな利益は、運び屋を雇わない理由にすらなった。

 黄金を換金すれば取り敢えずしばらくは、あるいは質素倹約に過ごすこととなったら一生働かなくても生きてはいけるぐらいの金額にはなる。そんなつもりはさらさらないが、探索者を辞めたっていい。

 今まで通りに魔精結晶だけを持ち帰るだけの探索に戻しても何も問題はなくなってしまった。

 そして当初、ランタンが運び屋を雇った目的は利益の拡大ではなく、背嚢(おもり)を下ろすことでの戦力の強化であった。そちらの方は期待するほどの成果は得られなかった。

「リリオンはどう?」

「ケイスさんは好きよ。でもちょっと変な感じがした、かな。ランタンと二人じゃないんだって」

 その違和感はランタンも感じていた。

 ランタンはケイスを探索班の一員として認識しようと努めてはいたのだが、その努力こそがケイスとの壁の存在を明確に証明していた。違和感は容易にストレスとなり得たし、特に迷宮は平時に比べて精神的な疲労はたまりやすいものである。違和感に慣れるほど長期間迷宮にいるわけにもいかない。

 時間の壁を誰もがリリオンのように飛び越えられるわけではなかった。

「……人見知りも大概にしろよ。ったく」

 二人揃って、と言われると自覚があるだけに返す言葉がなかった。それもそうだな、と思う。

 ケイスから話を聞いたり、盗み聞きをしたりしてランタンは己の見識の狭さを知った。それは探索者は横の繋がりをもって日々様々な知識を交換しているのだが、ランタンにはそれがないからだった。

 ランタンは己が知ったことしか知らない。いくら多くの迷宮を潜ろうとも個人の知識の集積などたかが知れている。

「ちょっと契約書を見せてもらえるか?」

「構いませんけど」

 ランタンは丁寧に畳まれた契約書をグランに差し出した。すでに一度アーニェにも見せているし、別に隠すようなものではない。商工ギルドにはもう一枚の控えもあることだし、拒否しようともグランは控えを閲覧する権利を有している。探索者ギルドとは違って。

 グランは契約条項を一つ一つ口の中で転がすように呟いて、とっぷりと溜め息を吐いた。

「問題は坊主の性格と、契約に付随するサービスか」

「サービスというかオプション過剰?」

「過剰な、……たしかにそうだな」

 はっきりと言い放ったランタンにグランは困ったような苦笑を溢した。

「でもそれを改めても次は無いか?」

「……どうでしょうね」

 ランタンは言葉を濁した。その問い掛けに対する肯定も否定もまだ持ち合わせてはいなかった。グランは少しばかり性急だ。ランタンが唇を結んで言葉を探すようにグランを見つめると、老人はバツが悪そうに首を揉んだ。

 リリオンがそろそろ飽き始めている。きょろきょろと辺りを見渡したり、身体を揺らしたり、ランタンをこっそり触ったりする。それを察してか、それともランタンが次の契約をしないことを確信したからか、グランは気合いを入れるように膝を叩くと立ち上がった。

「じゃあ商工ギルド行くか」

「へ?」

「俺も付いてくから」

 間抜けな声をと共に見上げたグランがどうにも苦い顔をしている。ランタンはよたりと立ち上がり、リリオンがその背中を掴んだ。グランの雰囲気の変化に驚き戸惑うように。

「えっと、グランさん? どうして――」

 扉を開けたグランが振り返った。

 髭の中の口が言いたくなさそうに呟いた。

「娘の顔を見に行く」

 今度は間の抜けた声すら出ることはなかった。


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