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カボチャ頭のランタン  作者: mm
03.All That Glitters Is Not Gold
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 リリオンが俯せになって呻き声を漏らしている。耐えるように握った拳が頭の横で震えて、足をじたばたとして藻掻いている。

 魔物相手に不覚を取ったのだ。

 不覚を取った理由は幾つかある。

 一つは一戦前に相対した鎖蛇にいくつかの傷を負わされたこと。

 ランタンは利き腕である右の手首から肘に掛けて、雑巾絞りをしたように擦過傷が。

 リリオンは脹ら脛に咬傷。いつの間にやら鎖蛇に噛まれていたのだ。防刃繊維のおかげで肉を食いちぎられると言うことはなかったが、捲り上げたそこには大きな血豆にも似た内出血で真っ赤な水膨れができていて痛々しかった。

 もう一つは鎖蛇の死骸を持ち帰るために背嚢にしまったと言うこと。

 鎖蛇を構成する金属物質が、おそらく魔精に対して高親和性を持っているだろう、つまり高値で売れるだろうという推測からの判断だったが、今にして思えば欲が過ぎたと言わざるを得ない。

 いや、それ以上に行動の全てに迷いがあったのだ。人形(ゴーレム)を重いからと捨て、鎖蛇を持ち帰ろうとする。その一貫性の無さは完全にランタンのミスである。

 鎖蛇はリリオンと分担したが、それでも背嚢の背負い紐が肩に食い込むような感じがした。それは枷だった。脳が肉体へ命令を送り、肉体がそれを実行する際に僅かに遅延をもたらした。

 もう一つは鎖蛇で発散させたかと思われた苛立ちが、まだほんの少し燻っていたと言うこと。

 それはランタンの視野を薄く削ぐように狭めて、姿勢を前傾させた。ランタンのその前のめりの姿勢に置いて行かれないようにとリリオンもまた気負ってしまった。噛まれた脹ら脛をランタンに気づかせないほどに。

 最後の一つは現れた魔物が中々の強敵だったと言うこと。

 その姿は鉄人形(ゴーレム)にも似た二足二腕の人間形。だがそれはどことなく甲殻類を思わせる外形(がいけい)を持っている。それは鎧だ。

 頭の先から爪先まで、全てを覆い隠す異形の鎧。角度によって黒や紫に色を変える不気味な色合いをしていた。酷く悪趣味である。

 もう少しで最下層だと思われるそこに現れたのは、自律駆動鎧(ムービングメイル)であった。

 幾つか種類のいる自律駆動鎧の内の、中身のがらんどうの種類だった。

 樽型兜には視界と呼吸のためを思わせる()字の切れ込みがあるが、だがその下には暗澹が湛えられている。そこには闇に押し潰されるように薄ぼんやりとした青い燐光が一つ浮かんでいる。それは巨大な単眼のようでもあった。

 金属の擦れ合う音と言うよりは、硝子を擦り合わせたような冷たく引きつるような音が動く度に鼓膜を揺らし神経を無遠慮に触った。

 駆動鎧は剣を持っていた。その異形とは裏腹な何とも普遍的な両刃の長剣を、鋒を引きずるようにして構えている。

 そしてもう一つ、それは短剣だった。

 ソードブレイカーと呼ばれる櫛状の峰を持つ短剣は肉厚で刺突剣(レイピア)や薄いサーベルなどは噛み折れそうだったが、ランタンたちの持つ武器にはただの珍しい短剣以上の存在ではなかった。

 それを察したのか、ランタンたちが武器を構えるやいなや駆動鎧は短剣を投げつけてきた。見事な投擲だった。駆動鎧の口が聞けるならば、是非ともどう投げたのか教えて欲しいとランタンに思わせるほどに。

 肩、肘、手首の捻れは全く短剣に伝わっておらず短剣は僅かにも傾かない。まるで見えないレールの上を滑るように一直線に(はし)った。駆動鎧はそれを追う。

 そうして戦いが始まり、――現状に至るのだ。

 リリオンは()に顔を埋めて、まるでベッドの上を泳ぐようにじたばたとしている。それは悔しがっているのだ。最下層を目前として、迷宮を引き返す直接的な原因となったことが。

 迷宮から帰還した昨日もそうしていたし、迷宮口直下でミシャを待っている時もランタンの太股に顔面を押しつけていた。今もリリオンは枕に顔面を沈めて叫び声を枕にぶつけている。泣き言ではなかった。自らに対する叱咤罵倒である。そうして自らを鼓舞しているようだった。

「さっさと切り替えなよ。そんなことしてると疲れが抜けないよ」

 そんなことを言うランタンもまた、切り替えられているとは言い難かった。

 ランタンは椅子に腰掛け、テーブルの上を占領する夥しい種類の付け合わせの中からクリームチーズを選び、それをクラッカーの上に乗せて口の中に放り込んだ。そして蜂蜜入りの甘ったるい紅茶の上に薄切りにした生姜を浮かべてそれを啜る。わざわざ火精結晶コンロを引っ張り出して、飯盒まで使って紅茶を湧かしたのだ。部屋の中にはそれなりにかぐわしい芳香が漂っている。

 ようするにストレス発散の自棄(やけ)食いである。

 少女の苦悩を鑑賞しながらのティータイムはこの上なく悪趣味かつ、ある意味優雅であった。

 足を組んで、背を(もた)れ、肘を突いたままコップを傾ける。小さなクラッカーや、薄くスライスしたパンにこれでもかと付け合わせを盛って、口に押し込む。そしてちろちと指を舐めたりもする。

 貴族のどら息子もかくやといったその仕草が妙に様になっていたが、ランタンには悪趣味な見世物を楽しむような嗜好は持ち合わせていない。折角の飯が不味くなる。火傷しそうなほど湯気の立つ紅茶に一つ息を吹きかけて、乱暴にコップを傾ける。

 生姜の香りに混じり、微かに林檎のような香りもする。せっかくなかなか上手く淹れられたのに、と小さく嘆息した。

 持って帰ってきた短剣で塊のチーズを薄く削ぐ。峰が櫛状になっているおかげで穴あき包丁のように身離れが良い。峰に手を当てて硬い物を押し切ると言うような使い方はできないが、包丁代わりとしてもなかなかに便利だ。

 チーズには癖の強い独特の臭気があったが、甘みも強かった。水分が少なく、口の中でぽそぽそと崩れる。ランタンはそれをパンの上に乗せて、その上にトマトソースで味付けた挽肉を山盛りにした。

「あー美味し、全部食べちゃうかもなー」

 リリオンの気を食べ物で釣ろうとしているのだが、少女はなかなか頑なだった。腹の中は、今は空っぽの筈であったが、そこに悔しさが満たされているのかもしれない。

 リリオンは駆動鎧の強烈な一撃を腹部に喰らったのだ。

「しかし……」

 腕が飛ぶとは、とランタンは駆動鎧の姿を思い出した。

 一進一退の戦闘は、駆動鎧の長剣をランタンが砕いた瞬間に傾いた。

 その瞬間、駆動鎧はごく短くなって根元のみとなった剣を放すまいと握り込んだ。短剣を一目散に投げつけた見きりの良い駆動鎧ならば、それを捨てて徒手空拳に切り替えそうなのだが、と思ったのは極一瞬。

 その拳を前に突き出した駆動鎧の不可解な仕草にランタンは気を取られてしまった。

 殴りつけるのでもなく、ただ前に突き出す。そして次の瞬間には、駆動鎧の肘から先が発射された。

 そこにあったのは爆発だったと思う。前髪を吹いた熱風と、焼けた金属の匂いはランタンのよく知ったものと同じだった。折れて極々短くなった剣が空を切り裂いて白線を描いた。それを追う視線の先にはリリオンがいた。

 それは真っ直ぐにリリオンに向かった。

 見てから躱せない速度ではなかった。だがリリオンが盾で防ごうとしたのも間違いではない。

 鎖蛇の枷が邪魔だったというのもあるし、それは事実盾を突き破るほどの貫通力を有していなかった。だが盾に当たっても、その推力が失われることもなかった。腕は推進力としての風を生み出していた。

 硬く握られた拳は盾の上を擦るように滑り、盾の縁に短くなった刀身が噛み付いた。拳はそこを支点に、盾を回り込むようにしてリリオンの脇腹を捉えた。

 それはリリオンの身体をくの字の折り曲げ、嘔吐と、ギルド医からの絶食命令をもたらした。

 盾を経由したことにより拳の速度は減じていたのが幸いだった。もし直撃だったらば内臓破裂の可能性もあり、回り込んだ際に拳が抜き手に変形していたら腸をずたずたに引き裂かれたかもしれない。

 生きていて良かった。

 吹き飛び、苦しみ悶えたリリオンを見てまず思ったことがそれだった。そしてその安堵を塗りつぶす程の怒りが湧くのに時間は不要だった。それは元々あった苛立ちと混ざり合い、相乗し、その発露である爆発は駆動鎧の精核を兜ごと消し炭に変えた。

 そして様々な苦悩と、怪我だけを持ち帰ることになったのである。

 魔精結晶も兜も失ったとは言え、鎧の大部分は残っている。鎧を一纏めにして帰路につくことも考えなかったわけではないが、肉体的ではなく精神的な余裕の無さからそれを見送り、またそうなると鎖蛇の死骸も何だか急に重りのように感じてしまった。結局ランタンは短剣だけを拾い上げて、リリオンの装備を代わりに持って帰ってきたのだ。リリオンは自力で歩いた。

 色々と性急すぎたのだ、とランタンは自省する。

 魔精結晶以外を持ち帰ることが、これほど大変なことだとは思っていなかった。その大変さを聞いて知っているつもりでいただけだった。もっと軽い物から、己がどれほどの重量を所持できるか、そしてそれが戦闘にどれほどの影響をもたらすのか。そう言ったことを順を追って確かめるべきだったのだ。

 あるいはグランの話に乗って運び屋(ポーター)を試すことだって。

 ランタンは短剣を弄んだ。宙に放り投げて、指の間に挟むように受け止める。峰が中抜きしてあるせいで重心が異様に偏っている。抜いた分の強度を補うために肉厚で、存外重いのがそれに拍車を掛ける。宙でくるくると回る。回転の軸が歪む。

 ランタンはそれを親指と人差し指で挟み、掴まえた。

 駆動鎧の投擲を思い出す。そして飛翔した拳も。それは魔道だった。爆発を起こしたのではなく、おそらく風の魔道。酸素だか空気だかの可燃物を手甲の中に溜めて、摩擦の火花か何かでそれを爆発させた。そして風を除け、風を生んだ。

 投げるのではなく、押し出すような印象。紙飛行機を放つように、そしてその尻を爆風で押してやるように。ランタンは手首のスナップを使い短剣を投げた。親指と人差し指の股に爆発が起こる。

 きん、と鼓膜を震わせる爆音にリリオンが駆動鎧をフラッシュバックしたのか驚いて身を起こし、爆風を追い風とした短剣はぐちゃぐちゃの錐もみ回転をして壁に当たって弾かれた。壁に刺さりもしないどころか、柄が壊れた。零点である。

 ランタンは短剣を一瞥して、視線をリリオンへと向けた。

「おはよう、リリオン」

「……おはよう」

「あれ取ってきて」

 ランタンは壁際で虚しく転がる短剣を指差した。

 怯える小動物のように身を起こしたリリオンは、再びベッドに突っ伏す理由を探し、しばらくベッドの上に乗っかったままだったが、結局はベッドを降りてゆったりとした足取りで壁際に転がる短剣を拾い上げた。そしてそれをランタンに手渡した。

 短剣は柄が砕けて欠けて、鍔の向こう側まで爆発の熱波に炙られていた。

 見様見真似、一朝一夕でどうにかなるとは思っていない。ランタンは短剣を見つめる。熱波の痕は刀身の半ばまでに至っていて、その部分だけ金属的な艶を失ってぼんやりとした虹色の靄が掛かっている。

 短剣を一直線に飛翔させるためには爆風爆圧を収束させなければならない。ただ爆発させるだけでも微調整が効かないのに、果たしてそんなことはできるだろうか。実践で使えるようになるには、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 ランタンは自分自身に言い聞かせる。様々な事象の綯い交ぜとなった苛立ちは、焦燥感となってランタンを追い立てる。だがその苛立ちの中核を成すものをランタンは明確にできないでいる。

 それもまた苛立ちの一つ。

 ランタンは使い物にならなくなった短剣をテーブルの隅に置いて、眼前に立つリリオンに目をやった。顔面を枕に押しつけていたせいで、顔に布皺の跡が浮かんでいて、圧迫された鼻が赤く染まっていた。眼は赤くはない。泣いてはいなかったようだ。

「お腹の調子はどう?」

「……空いた」

 リリオンは餓死寸前みたいな声でぼそりと呟くと、テーブルの上に手を伸ばしてパンにバターを、ハムを、チーズを、潰した芋を、もう一度チーズとベーコンを二枚、そしてトマトソースをべっとりと延ばしたパンで蓋をして大口を開けてそれに噛み付いた。

 一口が大きい。獣の食事のようだ。頬を膨らませながら咀嚼し、唇の端から零れたトマトソースを舌でぺろりと舐め、舌が届かないのを指で掬い、その指を第二関節まで口に含んだ。たった三口でカロリーの塊は消え失せてしまった。

 そしてランタンの飲みかけの紅茶をさも当然のように奪い、口内を(ゆす)ぐように全てを飲み干した。最後に浮かべていた生姜を囓り、赤ん坊のような小さいげっぷをした。

 食欲のあることはいいことだが、ランタンの意図とはまるで違う。ランタンがげっぷを注意して、それから腹部の痛みの調子を尋ねる。するとリリオンはスカートの裾を握り、そのまま胸元近くまでそれを捲り上げた。

「……」

 もともとほとんど露わになっていた脚が剥き出しに晒され、下着も臍も丸見えで、ほっそりとした腹がランタンの目の前に投げ出された。膝頭から舐めるように上へと登ったランタンの視線が、縦に切れ目を入れたような臍を経由して脇腹へと向かった。

 捲り上げる瞬間にどきりとしたランタンは、けれど明け透けに晒された下着にはむしろ無反応だった。もう何度も目にしているというのもあるし、色気とはつまり恥じらいなのだろう、というようなことも考えるようになってしまった。

 こんなに堂々とされては色気もへったくれもあったものではない。恥じらわれると、それはそれで困ってしまうのだが。

 ランタンはリリオンの脇腹に指で触れた。

 白い腹の中にあって、そこは紫に染まっている。くっきりと浮かび上がった四本の指の痕が、衝撃の収束を物語っている。嘔吐で済んで本当に良かった。

「……湿布は?」

「なくなっちゃった」

「そんなわけないでしょ」

 無意識の内に剥がしてしまったのか、それとも汗で粘着力がなくなったのかのどちららかだろう。いつ剥がれてしまったのかは知らないが、良く効く湿布だったようだ。

 患部はまだ痛々しかったが、これでもずいぶんとよくなっていた。昨晩は黒いほどの濃紫の痣がそこに広がっていたのだから。

「まあ、ないものはしかたない。見つけてもどうせ使えないし。痛みはまだある?」

「もう平気よ」

 痣を強めに押してやるとリリオンはびくんと震えた。痣同様に、痛みもまだしっかり残っているようだった。裾を握る手がぎゅっと強まってリリオンが表情を歪める。けれどリリオンは声を漏らさず、ゆっくりと太く息を吐いた。

「指がくすぐったいわ」

 強がりを言えるようなら上等だ。リリオンはただ無為に、ぐずぐずと寝転んでいたわけではなかったようだ。少女は自分の中の苛立ちや後悔にどうやら折り合いを付けたらしい。ランタンは少しばかりリリオンを羨ましく思った。

 痣に消炎鎮痛の軟膏を塗り込む。

 触るたびにリリオンの腹筋が擽ったそうに収縮した。皮下脂肪がまだずいぶんと薄く、淡く腹筋の陰影が見て取れた。筋肉もそうであるが、脂肪もまた天然の鎧である。先ほどのサンドイッチなどまだまだ序の口で、もっともっと食べなければならない。

 ベタつかなくなるまでしっかりと軟膏をすり込み、最後におまじないでも掛けるように優しく脇腹を撫でて手を離す。

「おしまい?」

「うん」

 小首を傾げたリリオンがぱっと裾から手を離すと、緞帳(どんちょう)が下りるようにリリオンの腹が隠された。そうなるとランタンは半ばまで隠された太股を、満足気に見つめてから視線を逸らした。

 リリオンが向かい合うようにテーブルについて、ランタンは飯盒で淹れた紅茶をざぶざぶとコップに注いだ。ランタンは再び蜂蜜を、リリオンはジャムを入れてかき混ぜる。

 テーブルの上には中央に火精結晶、そしてクラッカーとパン、さらにそれを囲むように大量の付け合わせが乗っかっている。付け合わせは塩漬け、砂糖漬けの保存食がほとんどだったが、幾つか屋台で買ってきた総菜もあった。

 リリオンはパンを火精結晶で炙り、背脂の塩漬け(ラルド)を薄く切ってそれを乗せていた。

 一日半絶食をしていきなり脂の塊を喰らっていもよいのだろうか、という疑問を少女に投げかけるはすでに遅きに失している。

 リリオンの胃腸はランタンよりも余程強健であり、その健啖振りはよく知っている。それに美味しそうに、幸せそうに食べている顔を見ているととても止める気にはなれなかった。

 ランタンは何も言わず、リリオンが再び薄く削いだ背脂の塩漬けを掠め取って口の中に放り込んだ。

 脂の融点が低く、繊細な砂糖菓子のように口の中でさっと溶けた。香辛料の複雑な香りは獣臭を消すためのものか鼻に抜けて強く香り、ただ塩の味はそれほど濃くはなくむしろ脂の甘みが際だって感じられた。

「ふむ、美味い」

 脂の塊なんてと思っていたが、なかなかどうして美味である。

 先ほど紅茶を奪われた貸しを返して貰っただけだ、と言わんばかりの尊大な態度にリリオンは文句を言うこともできずに再び脂身に狩猟刀を走らせバターのようにパンに塗りたくっている。

「どうせなら鎧を持って帰ればよかったね」

「どうして?」

「リリオンに着せるために」

 脂肪の鎧もいいが、それを身に付けるには時間が掛かる。駆動鎧の全てとは言わず、胸甲だけでも持って帰ればよかった。そうでもなくとも鎧を新調したって良い。

 リリオンは負傷した負い目があるのかむっつりと黙って、パンを折り畳んで口の中に詰め込んだ。

 リリオンが大剣と大盾という重戦士のような武器を扱っているのに、自殺志願者の如き軽装なのはランタンの真似をしているためだ。ランタンが軽装なのは若干の頭のおかしさもあったが、爆発を使用した急加速、急転換を多用する足運びのためだったり、鎧自体が体調を悪化させると言った大義名分があるからだったがリリオンにはそれがなかった。

 いや、真似をすることも理由の一つとしては悪いものではない。

 探索者の装備は当人の好みによって決定されるものだ。効率実利を追い求めるのも、きらびやかな装飾意匠を好むのも、探索者当人の思考であり、また嗜好の結果である。

 ランタンほどの軽装は流石に珍しかったが、それでもないよりはマシと言った程度の軽鎧しか身につけない探索者もいたし、ランタンよりももっと酷い露出狂や痴女を思わせる姿の探索者もいないわけではない。逆に司書を思わせるような全身を覆い隠す者も、進行に支障をきたすのではないかと言うほどの重装備の者も。

 探索者の装備に正しさなどはない。だからこそ探索者は十人十色の様々な装備を身に付けている。

 ランタンは好きにさせるべきだと認識している反面、だがどこか心の奥底に命令しても装備を調えさせるべきだという意識がある。後者の意識はいわゆる探索班の指揮者としての意識なのだろう。あの無責任な単独探索者にそのようなものが、とランタンは己を酷く奇妙に思った。少しばかり気持ち悪くもある。

「わたし鎧着た方がいいのかな」

「まあ、あれは不運だったっていうのもあるからね」

 ランタンは結局日和ってしまった。まだ指揮者としての責任感よりも、単独探索者としての独立性がランタンには深く根っこを張っている。

 昨日の今日で装備を調えることができないわけではないが、それでもやはり慣らしが必要だ。次回の探索はほぼ確実に最終目標(フラグ)との戦闘となり、着慣れぬ鎧に身を固めることが正方向に働くとは限らない。

 ランタンは背もたれから身体を起こして残った紅茶を一気に飲み干した。まるで溶岩でも飲み下して、様々な葛藤を焼くように。

 駆動鎧の拳が盾を越えたのは不運だった。鎧を着ていればそれは防げたかもしれない。もう少し太っていれば腹筋があれば耐えられたかもしれない。もっと戦闘能力が高ければ、あのような攻撃をされる前に打倒できたかもしれない。二人の間に連携が取れていたら、危険を伝えられたかもしれない。

 だがそれらもまた一朝一夕にどうにかなるものではない。

 迷宮に沸く魔物の強さが、そのまま最終目標の戦力を(あわら)すわけではないが無関係というわけではない。リリオンは負傷したことにより気を引き締めなおしてはいるが、それにより地力が上がったわけではない。

「ならばどうするか。鎧を着ないならば、もっと軽量化すべきだと僕は思う」

 勿体ぶった言い回しにリリオンが小首を傾げた。そしてクラッカーに乗せようとしていた山盛りのクリームチーズを小盛りに減らした。

 ランタンは頷いた。ある意味、そう言うことだ。戦闘時の所持品を減らすのだ。

「わたしが、荷車を牽く……?」

「いやいや、まさか」

 真剣な顔つきで尋ねるリリオンに答えて、ランタンは一つ溜を作った。

「――本職に任せる」

 グランの紹介状を商工ギルドに持って行き、運び屋(ポーター)を雇用するのだ。

 そう言ったらリリオンはビスケットをばりばりと食べて、飲み込むと同時にゆっくりと深く頷いた。自らを納得させるように。

 運び屋の本質を戦利品の増加だとランタンは思っていたのだが、そうではないのかもしれないと鎖蛇の残骸を捨てる時に思った。

 運び屋たちは探索者を枷から解き放ち、肩代わりしてくれる存在なのではないかと。

 迷宮から持ち帰るものばかりではなく、迷宮に持ち込むものも。

 ランタンの背嚢には野営用品が詰め込まれて、常にそれを背負いながらの戦闘を余儀なくされている。背嚢は背中のクッションとなることもあったが、やはり荷物はただの荷物であることの方が多い。

 運び屋がいればそれらの荷物を全て渡し、身軽で万全の状態で戦闘に臨むことができるのだ。

 ランタンは空になったコップに飯盒に残った紅茶を全て注いだ。飯盒の中に出がらしになった茶葉が積み重なって、紅茶は少しばかり渋そうだった。バターを一欠片、そして再び蜂蜜。脳に直接栄養をぶち込むように、渋みを塗りつぶすように特別に甘く。

「うん、甘い」

 口を付けるほどに喉が渇く。それでもランタンは三分の一ほどを一気に飲んだ。

「ま、ものの試しだよ。長期雇用って訳じゃなく、次の一回を試してみるだけだから」

 それは自分への言い訳だった。リリオンがどうにか頷いたように、ランタンもまた自らのその提案に乗り気というわけではないのだ。

 グランへの義理を果たすのが嫌なわけではない。それにより戦闘に利があるというもの半ば確信している。運び屋に支払う賃金が惜しいわけではない。その未知の試みにある不安は僅かである。

 問題はただ一つ。

「ランタン?」

 この子は平気だったのにな、とランタンは思う。

 結局の所ランタンは、何だかんだで人見知りだと言うことだ。

 ゼイン・クーパーという探索者とのやり取りをグランは褒めてくれたが、あれはただ一対一で、ある種の庇護者のようなグランが居り、リリオンも見ていて、衝撃的事実に恐れを抱くより先に混乱したからだ。

 成長なんて、これっぽっちも実感できない。

「嫌だったら良いんだけど……どうする?」

 この問いかけさえも、少女を対等と見なしてのものか、それとも自らの意思による決定をうやむやなものにするためのものか。

「……ランタンが決めて。わたしはそれが一番良い」

 だが少女はその甘えを許してはくれない。無責任さではなく、信頼の元に。

 ランタンは残った紅茶を一気に呷った。口腔から喉の奥に落ちていく甘みさえもちょうど良いほどに、リリオンの存在は辛くてちょうど良いのかもしれない。

「よし、まずはテーブルの上を全部胃にぶち込む」

 ランタンは心を決めた。

「それで商工ギルドに行く」

 まずはそこまで。

 商工ギルドで契約内容を確かめてから、実際にどうするかは決める。

 紹介状があるのだからおそらく不利な契約にはならないだろうが、それでも実際雇う運び屋がどんな人材であるかを知らないことには一緒に迷宮に行きたくはない。

「うん、わかった!」

 葛藤の末に訪れたランタンの妙な冷静さに、リリオンが嬉しそうに笑って頷いた。


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