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カボチャ頭のランタン  作者: mm
03.All That Glitters Is Not Gold
55/518

055 迷宮

055


 押し出されるように跳躍する。視界の外側が溶け出したように後ろに流れ、その加速に骨は軋み内臓は背中に張り付くように圧迫された。ごう、と吹きすさんだ風音が耳を引き千切りそうなほどだった。

 目標に向かって真っ直ぐに突き進み、目標がまるで巨大化したみたいに目の前を覆う。狙いを付ける必要さえない。振り回した戦槌の先の先にまで重さの全てが乗り移った。慣性力で、腰がねじ切れそうだ。

 戦槌の柄が竹のように撓り、先端は音の壁を突破して破裂音を響かせた。空気との摩擦で熱の匂いが鼻腔を擽った。

 良い匂いだ、と思う暇もなかった。

 乱暴に振り抜いた戦槌が目標である(アイアン)人形(ゴーレム)の頭を打ち据えた。抵抗はほとんど感じず、鉄人形のつるりとした無貌がまるで油粘土に爪を立てて引っ掻くように、鉄の顔面がごっそりと抉れた。

 ここには無い。だが舌打ちをする暇もなく。

 頭部を失った鉄人形の、その腕がランタンを打とうと跳ね上がった。

 直立してなお指先が地面を擦りそうな長い腕は、三つも存在する肘関節のために至近距離であっても気を抜く事ができなかった。柔軟な腕は滑らかに折り畳まれ、その腕の内側にいたランタンに襲いかかった。

 視界の外、後頭部に四本指を折り畳んだ金属塊が迫り来る。

 鈍重。だが鼻で笑うには時間が足りない。

 ランタンがさっと首を畳みそれを躱す。鉄人形は自らの拳で自らの胸を強く打った。鈍く揺れるように音が響く。

 中はがらんどうか。

 自らの打撃に踏鞴を踏んだ鉄人形にランタンは左の掌打を放った。水月の辺りに押し当てた掌から放たれる轟爆に、鉄人形の脇腹が丸くくり抜かれ押し出された。吹っ飛んだ腹部の装甲が絞るように形を変えて背面を貫き穴を広げた。

 ぽっかりした空洞には当たり前だが内臓などは無く、ただ影があるばかりだった。

 ここにもない。

 上半身が千切れて落ちて、残った下半身は起立したままだった。活動を停止していないのだ。

 鶴嘴で足首を刈った。左の足を掬い上げるとバランスを取ることができない鉄人形がごろんと後ろ倒しになって、蹴り上がったその足首をランタンは掴んで振り回した。中身が詰まっている。百キロ以上あるかもしれない。

 遠心力に肘や肩の筋が伸びるのを感じた。

 握力が足りないが、まあ良い。

 背後から迫り来るもう一体の人形(ゴーレム)にその脚を、握力の消失に任せて投げつけた。脚はぶつかって砕けた。左の内股から魔精結晶が露出する。

 また面倒なところにあるものだ。悪態は、二体目への疑問に押し潰される。

 二体目の人形。これは一体何の金属だろうか。鉄は衝突の衝撃で砕けたが、その人形はぐにゃりと形を変えただけだった。粘土質と言うほどではなくとも、ずいぶんと柔らかい。鉛か何かだろうか。素人目には判別できない。変形した部位が内側から押し返すように元に戻った。

 鶴嘴の先端が人形の胴に突き刺さる。こいつは中までぎっしりだ。密度が高く、比較的軟らかいが掌で水を漕ぐような重い抵抗がある。ずぶずぶと鎚頭が胴に沈み絡み取られた。押すと軟らかく、引くと固まるのだろうか。

 人形はその場で脚を踏ん張って腰の位置を下げた。それに合わせて柄を引っ張られてランタンが引き寄せられる。

 両の指が揃って伸ばされる。五本指が、一つに纏まって槍の穂先のようになった。いやこの大きさは園芸スコップか。ともあれそれが、脇を締め肩甲骨を寄せるように背中にまで引き絞られた。

 一端の武道家のようだ。次の瞬間に突き出されたそれは渾身の諸手突きだ。呼吸器官があれば、鋭く息を吐く音が聞こえただろう。

 掌を上に向けて、肋骨の隙間を通すように。

 本能として知っているのか、それとも学習したのかは定かではない。

 だがやや体重を後ろに残しすぎだ。

 ランタンは胴に捕まったままの戦槌をぐいと押し込み、そして引っ張った。人形が体勢を崩して諸手突きが傾ぐ。突き下ろすように繰り出されることとなった指先が僅かに脇腹を掠めた。その腕を辿るように、いつの間にか戦槌の柄を手放していたランタンの腕が滑る。

 爆発させてしまえば楽なのに、と我ながら思った。思った時にはランタンの前腕が人形の首にめり込んで、先ほどの鉄人形よりも遙かに重い抵抗を感じながらもそれを振り抜いていた。

 渾身の諸手突きへのカウンターとなった渾身のラリアットは人形の首が引っこ抜けそうな程の衝撃を生み出し、人形は首を支点にしてその場で三回転半も縦に空転した。爪先が地面を削り、地面に引き寄せられるように頭から落ちて首がもげた。

 だが勝利の雄叫びにはまだ早い。

 叩きつけられた肩口がびちゃりと地面に広がり、左の肩が摺り下ろされて腕が千切れ飛んだ。その左手。閉じられていた指がまるで蜘蛛の脚のように広がって蠢く。胴体以下は完全に沈黙している。

 左腕は、腕を長い尾のように引きずり五指が地面を引っ掻きながら這いずった。

 気持ち悪い。足のいっぱいある昆虫じみた動きにランタンは強い不快感を覚えた。

 左腕がランタンの爪先に掛かりよじ登ると足首を握り締めた。万力の如き圧力が戦闘靴(ブーツ)の上から足首を握り潰さんとしている。ぎしぎしと軋む。だが厚手の靴下と、更に当て布までしているランタンには無意味だった。

「リリオン!」

 ランタンは名を叫んで、掴まれた左脚で空を強烈に蹴り込んだ。

 太股の付け根から大きく弧を描き、膝から下が急激な加速に伴い逆に折れ曲がるほどに過伸展した。人形の左腕が振り回されて、その指先が黒革を引っ掻きながら滑って抜けた。そのふっとんだ速度とは裏腹にゆっくりと二回転、腕がぐるりぐるりと中空を回りリリオンが慌てて構えた盾に衝突した。

 リリオンが短く悲鳴を漏らした。

 まるで泥の塊をぶつけたように、盾の表面に腕が放射状に広がった。肘に隠されていた精核は関節遊離体のように小さく、さらに衝突の衝撃でひび割れてしまった。

「……やりすぎた」

 解放された魔精が酒精に似て微かに香ったような気がするが、気のせいでしかない。ただ戦闘で昂揚しているだけだ。ランタンは匂いを嗅ぐように長く鼻で息を吸って、溜め息みたいな呼気を吐き出した。

 ランタンは胴に埋まったままの戦槌に手を掛けて、胴を踏み付けにしてゆっくりと力を込めた。その二体目の人形を構成する金属は半固体状というか、一定以上の衝撃か速度に対して凝固する作用があるようだった。比重は鉄よりも重たく、持って帰るのには少しばかり向かなさそうだ。

 戦槌は粘つくようにして胴から引き抜かれて、ランタンはそれを地面に向けて一度小さく爆発させた。付着していた金属が溶け落ちた。それは水滴のような小さな玉になって固まった。

「鉛の匂いかな?」

 呟いてみたものの、既にランタンは興味を失っていた。

 それの胴を跨いで、鉄人形の内股から魔精結晶を抜き取った。持ち上げた右の脚が重たく、自分でも良く振り回せたものだと思う。戦闘中は魔精が活性化して身体能力が上昇しているのだろう。

 鉄の相場は幾らだろうかと考えて先日の飛刀の価格を思い出す。これを持って帰る労力に見合いはしないだろうと、ランタンは結局のその場でぽいと捨てた。振り回すこともできた脚も、今では気合いを入れなければ浮かせることもできない。

「ランタン……」

 とぼとぼと歩いて寄ってきたリリオンに戦槌を上げて応える。方盾には金属が蛸のようにへばり付いていた。ランタンがそれを鶴嘴で引っ掻く。思いの外きつく噛み付いていた。ランタンはちょっとだけ強く盾を叩いて、僅かに浮いた隙間に鶴嘴を引っかけるようにそれを引き剥がした。

「うん、綺麗に剥がれた」

 ごそっと剥がれた金属片にランタンは満足気に呟いた。それはもうすっかり固まっていた。衝撃、速度に加えて魔精が通じていることも液化の条件なのかもしれない。

 剥がれたそれを突き回すランタンを見ながら、リリオンが不満そうにしている。

 唇を結んで、頬を膨らませて半眼になっていた。盾を肩に担ぎ直して、腰に手を当てて仁王立ちになった。じろりと睨んでいるのに、ほんのりと寂しそうにも見えた。

「わたし、何もやることがなかった」

「へえ、楽できて良かったね」

 軽口を叩くとリリオンが言葉もなく襲いかかってきた。

 両手を広げ熊式鯖折り(ベアハッグ)を試みたようだが、ランタンを捉えるにはあまりにも緩慢で、あまりにも隙が多すぎた。

 威力はさておき実践で使えるほどではない。特に物質系魔物は圧迫すべき対象がないのだから。

 阿呆なことを考えているな、と足元から視線を滑らせながら思う。取り敢えずランタンは軽く足払いをかまして、顔面から突っ込むように転びそうになったリリオンを受け止めた。装備を含めて六十キロ強。受け止めるのは容易だった。

「うー、ランタン……」

 リリオンがランタンの肩に顎を乗せて、耳たぶを唇で舐めるように恨めしく囁いた。転ばされたのが余程悔しかったのか耳たぶに噛付く。甘噛みではなく、犬歯が穴を開けそうなほどに。そしてそのまま呟く。

「ランタンは、……まだ苛々してる?」

「んー、ちょっと気分は晴れたよ」

 二度目の探索、その二日目。探索自体はいつも通りに滞りなく進んだ。万事順調である。

 ここまで尾を引いている苛立ちは、地上から持ち込んだものだ。地上と迷宮の切り替えが上手くいっていないのはランタンとしても珍しいことだった。ランタンは鼻の穴を膨らませてむすりと鼻息を鳴らした。それがリリオンの首筋を擽り、少女が敏感に反応した。

「うそ、まだ苛々してるわ」

 あやすように撫でられた背中を少し腹立たしく思ってしまったのがその証拠だろう。ランタンは何も言い返すことができずに、身体の中にある熱を肺をぺちゃんこに潰すように吐き出した。

 苛立ちの元は結局、噂話に帰結する。やはりあれが碌でもない、全ての元凶だった。

 司書への告げ口は残念ながら軽くあしらわれてしまった。

 探索者ギルドは情報の漏洩を把握しているようだったが、その事についてそれほど重要視しているわけではなかった。事件に関係する貴族のことは皮肉にもランタンとテスの作り出した真実の中には登場していないので、あの事件は特別に秘匿されるようなものではなかったのだ。

 そもそもランタンと、この世界には認識に大きな差があった。守秘義務という物が存在しないわけではなかったが、それはランタンが考えるよりもずいぶんと緩いものでしかなかった。

 情報を意図的に広めたり、それを情報屋に売りさばくことは禁止されていたが、それだけでしかなかったのだ。

 情報の流出経路は探索者ギルドにスパイが入り込んだわけではなく、ただそれを知った職員がそこら辺の酒場で酒の肴にでもするように語ったか、それとも噂話が好きな女性職員が炉端で会話に花を咲かせたか、それともあるいは、と言ったように悪意なく拡散されたものだろうと司書は言った。

 それを知った時にランタンは己の自意識過剰さに恥ずかしくなってしまった。その時までは無自覚であったが、あの有名な元単独探索者ランタンが関わっているのだからそれを盗み出したのだ、とそこまで明確ではないにしても少なからずそう思っていた自分がいることに気が付いた。

 恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうだった。

 名前が売れて良かったじゃないか、と半ば本気で言った司書を恨めしく思った。それもまた苛立ちの一因だろう。それを八つ当たりだと分かっていることも。

 そして赤くなった顔を隠すように司書と別れてからの帰り道、羞恥に身悶えることを我慢していたランタンは酷く目立ったのだろう。

 勧誘や、噂話の詳細をせがまれたり、再び喝上げに遭ったり、下街では麻薬密売人(バイヤー)を失った薬物中毒者等々に文句を言われ、強盗に遭い、絡まれること計七回。それ以前を足すと実に二桁回数絡まれることとなったランタンは、ここまで尾を引くほどに苛々していた。

 リリオンを無視して自分勝手に振る舞うほどに。

 ランタンはそっとリリオンを押し返した。リリオンは己の外套を引っ張って、涎塗れになったランタンの耳を拭った。濡れてないことを確かめるように指先で耳軟骨をコリコリ鳴らして、耳たぶを何度も揉んだ。

「気分は晴れた?」

 今度はランタンが訊くと、リリオンは不承不承に頷いた。

「……ちょっとだけね」

 その答えにランタンは小さく笑った。

 リリオンを完全に晴れ模様とするためには、耳を噛み千切らせなければならなさそうだった。二個ある内の一個だが失うのは惜しい。次の戦闘はランタンばかりが暴れずに、リリオンにも参加させてやらなければならない。

 住処に帰ってからは、人間との触れ合いを厭いほとんど引きこもって過ごした。まるで世捨て人のように。

 苛立ちを解消するには身体を動かすことが大切だ。

 むずむずする痒みにも似た苛立ちは、人形を心の赴くままにぶち倒すことで少しだけ紛れた。ぷくりと腫れた炎症に爪で印を付けるが如く、それは一時凌ぎに過ぎないだろう。最も下に棲む物を相手にすれば、苛立ちを感じる暇もない。そこを目指す。

 やはり迷宮に潜り続けることが、ランタンの正道なのかもしれない。

 リリオンは転がっている人形の残骸を爪先で突いた。人形そのものに興味があると言うよりは、ランタンの作り出した破壊の痕が気になっているようだった。金属塊である人形をズタボロに引き千切ったそれは、少しばかり現実味を喪失している。

 リリオンでも鉄人形の空洞の胴ならば斬ることはできると思う。それはほとんど中身の入っていない鎧と同じである。胴の厚さは一センチもないので、少なくとも前面装甲だけを裂くなら容易いだろう。

「ランタン、斬ってみても良い?」

 ここに降りてくるまでいくつかの魔物に剣を向けた。やってみなければ成長しないからだ。魔物の耐性を見て適切に攻撃手段を選択できることも大切だが、相手を選ばずに自らの方法を押し通せることもまた探索者にとっては重要だ。

 リリオンはここまで剣をほとんど鈍器としてしか使用できていない。動く相手では入射角が悪く弾かれることが多く、また直撃でも刃が魔物の表面を滑ることも多かった。剣が折れていないのはグラン工房の仕事の良さの表れでしかない。

 自分の方法を押し通すためには、相手をよく見なければならない。

 壁に立てかけた鉄人形。

 顔面から首、鎖骨辺りまでに掛けては金属がみっしりと詰まっている。とは言え抉り取った顔面には大なり小なりの罅も散見するので、そこを通せるのならばそこを狙っても良いだろう。また肩や肘の関節も狙い目である。

 だがリリオンの視線は鎖骨辺りに固定されている。自信家なのか、何も考えていないのか。

 剣を引き抜いて上段に構えた。そして袈裟懸け。

 剣が折れるかも、などとは全く考えていない。速度は充分、だが。

 火花が散った。直撃の音は耳障りだ。金属を引き裂く擦過音がこだまし、溜め息に変わる。

「あー……」

 鎖骨から入った剣は勢いは充分だったようにも思うが、それに斬り込みを入れたものの胸の半ばで止まってしまった。対人相手ならば致命傷なので充分な出来映えだったが、リリオンは不満そうだ。

 リリオンが乱暴に鉄人形に足を掛けて、蹴り飛ばすように剣を引き抜いた。再びの金切り音にランタンが眉を(ひそ)める。

 抜いた剣に血糊などはないが少女は一度振り払い、刃の歪みを確かめるように外套で拭ってから盾に納めた。

「……ダメだったわ」

「そんなことはないと思うけど」

「何がダメだったのかしら」

 ランタンの慰めは少しも聞こえていないようだった。ランタンは肩を竦めて、戦槌を指し棒のように使い鉄人形の罅を指し示した。

「上段ならこことか、ここにある亀裂に繋げるように角度を付ければいいよ。そもそも両断にこだわらなくてもいいじゃん。それならこっちの罅を狙って打突するとかも選択肢が増えるし、一撃で戦いが決まる事なんてそうないよ」

 リリオンは言われてようやく人形に入った罅に気が付いた。それは毛筋ほどの細い罅で、角度によっては表面はつるりとしているようにも見えた。実際に戦闘している時に気づけるかは微妙だが、止まっている時に気が付けないようでは見込みがなかった。

 剣などほとんど使ったこともないくせに物知り顔で語るランタンに少女は尊敬の眼差しを送った。それに気分を良くしたランタンは人形の繋がった腕を取って、実体験以上の根拠を持たない講釈を垂れ始めた。

「関節部分を狙うのも有効だよね」

 鉄人形だろうとあるいは石獣だろうと、可動部である関節を狙うことは有効だった。鉄人形の関節は人間のものとよく似ていて内側には深く折り曲がるが、逆には浅い角度にしか折り曲がらない。ランタンは鉄人形を、その腕を取ったまま転がして肩を極め折り、ばきりとねじ切った。これもまた一種の切断である。

 腕一本でだいたい二十キロほどだろうか。リリオンがそれを捏ねくり回しながら迷宮の先へと進んだ。進行速度が多少落ちたが、二人ともあまり気にせずに話し込んでいた。

「あんまりごちゃごちゃ考えないよ」

 どの口がそんなことを、とランタンは言いながら思う。

「そもそも狙うのが難しいから」

「うん」

「物質系じゃあんまりだけど、普通はどこかしら怪我をさせれば動きは鈍るでしょ? 痛みとか、出血とかで。……でもやっぱり脚だよね。どんな形状でも脚を潰せば動きは凄く鈍るから」

 肉のある相手ならば鋒でちょんと切ってやるだけで移動能力は半減する。それはそのまま攻守共の戦闘能力の半減を意味する。攻撃が関節や腱に至ればほとんど勝ったも同然である。

 もっとも侮りが死を呼び寄せることも忘れてはならないが。

「……うん、気をつけるわ。でも物質系はどうすれば良いの?」

「まあ、そうなんだよね」

 精核と呼ばれる物質系魔物の原動力をランタンはまだ上手く理解することができていない。それが心臓のようでもあり、脳のようなものであると言うことは朧気ながら感覚的に理解している。そして往々にして精核が魔精結晶となることから、それが心臓や脳と同じく重要なものであると言うことも分かる。

 だがそれの活動停止条件というものが不明なのである。精核は魔物の体内に埋まっている事もあれば、露出している事もある。体内に埋まった精核は露出することで魔精結晶と化す事もあるが、そうならないこともあるのだ。露出した面積比率の問題なのかもしれないが、そうと考えると最初から露出している魔物がいる意味が分からない。

「……核が二種類あるんじゃないの?」

「そうかもしれないけど」

 ランタンが納得しかねるように呟くとリリオンは極小さく、神経質なんだから、と囁いた。聞こえていたが自覚もあるので無視をした。そもそも存在自体が理不尽な迷宮、そこに住まう生き物に理屈を付けようというのが間違っているのかもしれない。

「核が無事でも、動いたり攻撃できなくすれば取り敢えずは良い。さっきの人形どもなら膝から下を断ち斬るとか、手首を落とすとかね」

 精核の位置は不定である。手足の先のような末端にあることは滅多になかったが、それでも全身の全てが精核の隠し場所と成り得たし、泥人形(マッドゴーレム)沼人(スワンプマン)などの流動体をもつ魔物はその体内を精核が絶えず移動している。

 戦闘経験を積み重ねればその内に自然と精核の位置を把握できるらしいのだが、ランタンはまだその域に達していない。

「えいっ!」

 蟹の脚でも折るようにリリオンがわざわざ持ってきた鉄人形の関節を逆に折り曲げた。三つある関節を一つ一つかけ声を上げながらへし折る様は、その腕が生々しく作られているせいもあってなかなか猟奇的だった。

「関節ね。うん、分かったわ」

 関節三つと指の四本をことごとく逆関節にしてリリオンは大きく頷いた。もう充分に遊び倒した玩具から興味を失ったみたいに、リリオンはそれをランタンに手渡した。胴体からそれを毟り取ったのはランタンだが、返却はこれっぽっちも望んではいない。

「もういらないなら捨てるよ」

 ランタンはそう言って腕を迷宮の先へと放り投げた。ぐらぐらの関節が空中で蛇のようにのたうって、それは落下して跳ねるとじゃらりじゃらりと妙な音を響かせた。迷宮の壁に反響して、けれど次第に音が大きくなった。

 それは魔物の這い寄る音だった。

 腕も、脚も。

 リリオンが戸惑いと共に呟く。

「関節ないけど……」

 それは蛇だった。鎖蛇。鎖模様などではなく、鎖そのものが地面を這い寄っている。

 連環の胴体は女の脹ら脛ほどもあり、赤錆が浮いてヤスリのようになっていた。その両端には顔があり、それらは奥歯どころか顎を掴んで引っこ抜けそうなほど大きいペンチに似た形をしている。牙こそないが、溝の深い洗濯板みたいな口内は噛まれたら物凄く痛そうだ。

「ランタンっ関節ないよっ。どうしよう……」

「どうするって、色々試すしかないでしょ」

 ランタンはそう言ってニヤリと笑い、購入したばかりの投げナイフを構えた。胴体を構成する鉄輪の一つ、その穴を見事に通して固定できれば儲けものだ。十メートルほどの距離で果物相手なら百発百中になった。右手ならばであるが。鎖蛇はまだ三十メートル以上先で、うねうねと動いていたが。

 親指と人差し指で柄をそっと挟み勢いよく投げつけた。ナイフはくるくると回転して鎖蛇に迫った。刺さるかどうかは分からないが、直撃は間違いないだろう。直撃するまでの一瞬で抱いた確信は現実のものとなった、がランタンは頬を引きつらせた。

 尾にある顔が、頭部を追い抜くように飛びかかってナイフを弾いた。虚しく音が響く。

 鎖蛇に物体の認識能力があるか確かめただけだ、と自分自身に言い訳をする。

 ちくしょう、と吐き捨てランタンは鎖蛇に向かって走った。また少し苛々してしまった。

 鎖蛇との距離はもう十メートルを切っている。脚もないのにいやに速い。まるで氷上を滑るように、赤錆びた身体とは裏腹ななめらかな横這いをみせた。

 鎖を構成する鉄輪は、やや捻れるような楕円を描いている。それが幾つも連なって、全長は一メートルよりもいくらか長い。

 本物の蛇のように伸びはしないが、凶暴性は毒蛇と同じほどだ。気性が荒い。鎖蛇の半径一メートルの入った瞬間に蛇は頭部を支点に胴体を薙ぎ払った。強烈な足払いは、地面を擦って火花を伴った。風切り音が重く鋭い。戦闘靴の上からでも当たれば骨が折れるかもしれない。

 それを戦槌で受け止めると胴が柄にぐるぐると巻き付く。這い上ろうとしたのか、奪い取ろうとしたのか強烈な抵抗があった。威嚇するように開いた口に気を取られていると、尾の顔が密かに臑に噛み付こうと忍び寄る。ランタンは戦槌を振り回し、蛇を壁に叩きつけて爆発を巻き起こした。

「ちっ」

 無傷ではない。だが爆風が環状の胴を抜けた。錆を落とし、多少怯ませただけだ。

 ランタンは手首を回して蛇を解いた。だが鎚頭の付け根に鎖蛇ががっちりと噛み付いている。ペンチそのものの咬筋力がそこにあった。

 蛇を鞭のように頭上で大きく振り回した。そうでもして遠心力で吹き飛ばさなければ、尾の顔が近付くのを止める事ができそうにもなかった。戦槌の先で、ぎぎぎ、と金属を引っ掻く音がする。だがそれでも顎が外れることはない。

「わたしが!」

 声を上げたリリオンにランタンは一瞬視線を飛ばして一気に戦槌を振り下ろした。リリオンがそれに合わせて剣を振う。振り回されて、一直線に引き延ばされた鎖蛇の胴体にリリオンの斬撃が合わさった。

 リリオンの剣に、戸惑いは既にない。リリオンは胴体のちょうど真ん中の鉄輪をばちんと断ち斬った。今のは良い角度だった。リリオンは切断時の抵抗の無さに一瞬だけ呆気にとられたような顔つきになった。

 蛇の()()()がじゃらりと落ちてとぐろを巻いた。

 顔はまだ戦槌に噛み付いたままだ。まさしく蛇の如きしつこさだった。短くなった胴体がじゃらじゃらと柄に巻き付いてランタンの腕に触れた。手首に巻き付くのは一瞬の事だった。

「そっちは任せる」

 ランタンはとぐろの中から飛び出した下半身の顔を飛び退いて避けて、その位置に滑り込んだリリオンが蛇の横っ面を剣の側面で引っ叩いた。何とも乱暴な事で大変よろしい。ランタンは小さくほくそ笑んだ。

 一匹の鎖蛇が、両断する事で二匹になった。まあ仕方がない。尾の顔は飾りではないし、迷宮は鎖と蛇と蚯蚓とハリガネムシとプラナリアの区別が付いていないのだ。斬れば斬るほど増えるかもしれない。

 それもまた良し。増えた分だけ壊せばよい。精核はその都度生成されるのだろうか。それとも胴体に残った魔精を消費しているだけで、放っておけばいつしか停止するのか。

 やってみれば分かる事だ。

 締め付けと同時に錆びてざらついた表面が皮膚を摺り下ろす。手首に嵌められたギルド証がなければ手首の骨に罅ぐらいは入れられていたかもしれない。

 ひりひりとした痛みに眉を顰めながら、ランタンは左の手で鎖蛇の首根っこを掴まえた。折るにも捩るにも、接合がぐらぐらで効果はない。その間にも手首に胴体が何重にも絡みついて、ついに骨がぎしぎしと軋んだ。

 そして右の手の中では蛇頭がランタンの指を開こうと藻掻いている。

 一つが二つ、二つが四つ。

 視線の先でリリオンが飛びかかった鎖蛇を両断していた。

 ランタンはそれを見ながら手首が締まるのも厭わずに鎖蛇を力任せに引っ張った。

 戦闘服の下でランタンの細身の身体が鋼の如く引き締まり、皮下脂肪を押しのけて筋肉が浮かび上がった。頸動脈が太く浮き出し、息を詰めて顔が赤くなる。そして鉄輪がぶちりと引き千切れた。

 手首への締め付けが一瞬強まり、そしてすぐに弱くなった。だが鎖蛇はまだ動いている。顔を失った方は瀕死と形容できるほどに。

 だが頭部はまだまだ元気で、掴まえておくのが困難なほどだった。ランタンは手首の拘束を解いてそれを壁に向かって放り投げた。手首を回すと軽い音で骨が鳴り、擦りむけた皮膚の下から血が滲んで袖を汚した。

 まだ続く探索に支障はないが、洗濯の面倒を増やされた。

 振り下ろした戦槌が紅蓮の光を轟音と共に放った。

 鎖蛇の精核がもしかしたら、ランタンの苛立ちの発露として襤褸屑のようになってしまうかもしれないが、ランタンはその衝動を止めようとも思わなかった。


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