表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カボチャ頭のランタン  作者: mm
03.All That Glitters Is Not Gold
49/518

049 迷宮

049


 迷宮は奥に向かうにつれて緩やかに傾斜しているので、探索者に向かってくる石球は坂を転がり上がってくることになる。あの質量を重力に逆らって持ち上げる原動力は、精核に集められる魔精である。

 ある者は石球の表面には微細な穴が空いており風の魔道によってそこから空気を噴出させてを回転しているのだと唱え、またある者は石獣の関節部と同じく活動中の石球の内部は半液状であり、それをかき混ぜることで重心を流転させ進んでいるのだと言った。あるいは重力を操っているのかもしれないし、他の原理なのかもしれない。

 だがどれほど複雑怪奇な現象を引き起こそうと、それによって表に現れる結果は石球の回転である。石球は自転することしか出来ない為に、最も原始的な魔物と呼ばれる。石球は物質系魔物の中にあって中々の脅威であることは事実だが、ただ回転するのみの石球から収穫できる魔精結晶はそれほど高品質ではない。

 原始的、にはそれを揶揄するような意味合いもある。

 石球のような例外もあるが、行動や思考の複雑性は魔物の脅威度に大きく関わり、脅威度は魔精結晶の品質にも関わってくる。その力が強ければ高品質で、弱ければ低品質と言うように。

 脅威度が高く、魔精結晶は普通なみ。石球はあまり旨味のある相手ではない。

 石球は爆発によって大きく抉れ、そして真っ二つに割れて倒れた。断面がランタンの目線ほどの高さにある。直径三メートルの見立ては間違っていなかったようだ。

 ランタンは盾にもたれ掛かるリリオンの尻を叩いて(けしか)けて、石()球をよじ登らせた。背嚢が重たいのか、それとも自分自身の身体を重たく感じているのかリリオンがよたよたと石球にしがみついているので、ベルトを引っ掴んで持ち上げてやった。

「ひゃ、ランタンっ!」

「え、なに?」

「……なんでもない」

 リリオンはずり上がったズボンの位置を元に戻しながらランタンを睨み付け、さっと背を向けた。取り残されたランタンは首を傾げた。

「結晶外してきて。中心にあるでしょ?」

「でも埋まってるわ」

「じゃあ掘り返してこい」

 魔精結晶は半分に割った果実の種子のように、石球の中心部に埋まっている。果物ならば種が小さく果肉が多いことは喜ばしいが、残念ながら石球相手では喜ぶことは出来ない。リリオンはランタンに自らの握り拳を見せつけて、これぐらいよ、とその大きさを示した。

「小振りだねえ、ハズレだ」

 だがハズレでもただ働きは御免なので回収する。

 拳を解いたリリオンにランタンは大剣を握らせてやった。活動を停止した石球の中心部は外側とは違い、内部液体説の根拠を示すようにやや柔らかい。リリオンは大剣の鋒を結晶の傍に突き立てると周囲の石ごと結晶を掘り返した。結晶に張り付いた石はリリオンが手で払うと崩れてぼろぼろと剥がれ落ちる。

 結晶はリリオンが示した通りの大きさで、色合いも薄い。ハズレのハズレだ。換金するのも面倒なのでミシャに渡して引き上げ代にしてしまおうか、とこっそりと考えたランタンは自らの浮泛(ふはん)な考えを軽蔑して、石球に小さく頭突きをかました。

「あー」

「どうかしたの?」

 リリオンが石球の縁までやって来て、額を石球に押しつけるランタンを覗き込んだ。ちょこんと座ってつむじを人差し指で弄ってきたので、ランタンはそれを振り払って顔を上げた。リリオンは魔精結晶を掌に置いてランタンに差し出した。

「小さくて残念だったの?」

「……そんなことはないよ。一人でやるんなら面倒な相手だけど、リリオンが止めてくれたから完勝だったしね」

 魔精結晶は小さくとも、ランタンの疲労に見合う対価ではある。だがリリオンの疲労はどれほどだろうか。

 ランタンは石球の縁に手を掛けて一息に身体を持ち上げるとそこに腰掛けて、同じように隣で足を投げ出すように座ったリリオンの背嚢から保存袋を引っ張り出した。

 ランタンはリリオンの掌で転がる結晶を取り上げた。リリオンの拳、小振りな林檎ほどの大きさの魔精結晶は石球を圧縮したように若干デコボコとしている。ランタンはそれをぴんと弾いて、人差し指の上でスピンさせた。壁から放たれる光が乱反射してミラーボールのようだ。

「あ、すごい!」

「指出して」

 起立したリリオンの人差し指に回転する結晶をそっと乗せる。

「落としたら売り物にならなくなるからね」

 ランタンが意地悪くにっこりと告げると、途端にリリオンはカチコチに固まった。売り物にならなくなるというのは勿論嘘だが、売価は下がるだろう。傷がつくとその傷から魔精が染み出し失われ、また一定以上の衝撃によっても封ぜられた魔精は解放される。

「そういう場合は硬くならない方がいいんだよ。関節はもっと柔らかく――」

「――あっ!」

 ランタンの垂れる適当な講釈に集中を妨害されたのかリリオンの指先からころりと結晶が落ちた。リリオンが大きく口を開いて表情を歪め、視線は落下する結晶を追い、そして保存袋の中の青白い光を見た。

 ランタンが手に持った保存袋の口を広げて結晶をその中に納めたのだ。

「とまあこのように緊張はあまり良い結果を生まない」

「……緊張させたのはランタンでしょう?」

 ランタンは軽く笑っただけでその問いには答えず、保存袋を丸めるとまた背嚢へと放り込んだ。

「身体、痛いところはない?」

「大丈夫よ」

「本当に?」

 リリオンは黙って頷いた。真実かもしれないし、嘘かもしれない。あるいは無自覚なだけかもしれない。

 リリオンが石球を止めたのは極々一瞬のことだ。だがその一瞬だろうともリリオンの身体に数トン、あるいは十数トンの負荷が掛かった事実は変わらない。嗾けたランタンには、リリオンがもし受け止めきれなくても少女が圧殺されるより先に石球を砕く自信があった。だがもしランタンが失敗していたらリリオンは紙切れのように薄っぺらくなっていたことだろう。

 しかし一瞬だけでも石球を完全停止させた膂力は恐ろしいものだ。意図的に全力を出す術をリリオンは技術として習得しておらず、もう一度同じ事をしろと言っても出来るかどうかは分からない。先ほどの瞬間的な出力はもしかしたらランタンを上回る、かもしれない。

 人が全力を出せないのは、自らの力で自らの肉体を傷つけないためだ。

 そんな大出力を放出したのだからリリオンには相応の疲労があり、また身体を痛めている可能性もあった。ランタンは水筒を取り出して水を呷った。そしてその水筒をリリオンの膝を上に置いた。

「休憩するの? わたし、大丈夫だけど」

「僕は大丈夫じゃないよ。足痛い」

 何だかんだで探索を始めてから七時間が経過している。

 だが戦闘と小休憩を挟み、慎重さに重きを置いた進行速度は決して速いものではなく、踏破距離もそれほどでもない。石獣(ストーンアニマル)を蹴っ飛ばして挫きかけた足首の痛みは既になく、無論少々歩いた程度で足を痛めるような柔な鍛え方もしていないが休憩するのは良い切っ掛けだろう。

 それでもランタンは戦闘靴(ブーツ)と靴下を脱いだ。蒸れた足に石の冷たさが気持ちいい。ランタンは足をゆらゆらさせながら、手拍子ならぬ足拍子をゆったりと叩いた。リリオンの視線がその白く小さい足に吸い込まれていった。

 革の戦闘靴から解放された足首が自由を謳歌するようにぐるりと回り、それに合わせて脹ら脛の脂肪が震えた。ランタンは、よいしょ、と足を持ち上げて自らの足裏を揉み始めた。さも気持ちよさそうに柔らかく表情を緩めて。

「わたしも、靴脱ごうかな」

 リリオンは言い訳するように誰にともなくそう呟くといそいそと素足になった。そしてランタンの真似をして足裏を揉み、そのまま右のアキレス腱に怖々と指を這わせた。

 痛めたのはそこか、とランタンは一瞬眼を細めた。

 石球を支える際に一番後ろで踏ん張った右足に負荷の多くが集中したのだろう。隠すようなことでも、恥じるようなことでもなく、それはむしろ名誉の負傷と呼べたが、どう感じるかはリリオンの心一つだ。

 リリオンは探索で怪我をすることに、良くも悪くもまだ慣れてはいないのだ。あるいはミシャのお心遣いが強く効き過ぎてしまっているのかもしれない。

 弱音を吐くことを悪いことだと思っているのか。そういう風に生きてきたのだろう。

 ランタンはポーチから消炎剤の軟膏を取り出した。そして座り位置をそろりとリリオンに近づけると、問答無用にリリオンのアキレス腱にそれを塗り込んだ。驚いたリリオンが目を白黒させている。触っても痛そうな素振りを見せないので、それほどの怪我でもないのだろう。

「やだランタン、くすぐったいわ」

 言いながらもリリオンはそれを受け入れている。

「何塗ったの?」

「疲れを取る薬」

「わたしも塗ってあげるね」

「……脹ら脛にお願い。薄くね」

「まかせて」

 ランタンはリリオンに消炎剤を渡してごろんと腹ばいに寝っ転がった。リリオンに心配されるほど身体の冷たいランタンだが、さすがに石の上に寝転がるとそこにある冷ややかさを感じ取った。そしてすぐにズボンの裾を捲られる。脹ら脛にリリオンの指が触れた。

「ランタンって柔らかいね」

「骨が無いからね」

「ほんとう?」

「嘘だよ、――(つね)るな」

 リリオンはランタンの言いつけ通りに消炎剤を指先に少量掬い取り、温かいリリオンの指先に軟膏が溶けてそれを薄く延ばした。充分に延ばしてべた付きもなく消炎剤がすり込まれても、リリオンはランタンの脹ら脛を触った。マッサージするように揉みほぐしている。

「ねえランタン?」

「んー、どうしかした?」

 少しだけ眠気を孕むような声音でランタンが反応した。探索中の探索者にあるまじきだらけきった己の声にランタンは驚いて、芋虫のように身を捩った。

「ここはこの迷宮のどれぐらいなのかしら?」

「深度計見せて」

 ランタンは仰向けになって一気に身体を起こした。リリオンの差し出した深度計がごく僅かに色を変えた。

「下手すりゃ六分の一、良くて四分の一」

 中迷宮なのだからそれぐらいだろう。決して悪い進行度ではないが、リリオンは驚いたような表情を見せた。

「急がなくて良いの?」

「急いだところで、今日攻略終わらせるわけじゃないんだから」

 探索の進行度を上げれば上げるだけ次回の探索は有利に進めることが出来るが、あくまでも今回は様子見の初回探索である。進行度を上げることはとても重要なことだが、制限時間の短い今回の探索ではそれほど重要視する問題ではない。もっとも距離を稼げるに越したことはないのだが。

 しかし先を進むことばかりに囚われると撤退の機を逸し、下手を打てば未帰還を招く。進むか退くか選択は、容易に生死を分かつ二者択一と成り得た。

 今回の探索の制限時間は三十六時間。朝十時に迷宮に潜り、魔精酔いから醒めて探索を開始したのはそれから三十分後だ。歩き始めて七時間と少し、合計はおおよそ八時間と考えて差し支えないだろう。

「残りは?」

「……二十、な、八時間」

「うん。そこからキャンプの準備二時間、睡眠六時間。復路は余裕を持って十二時間。二十八時間からさっ引くと?」

「えーっと……じゅう、にじゅう」

 リリオンは両の指を伸ばしたり折り曲げたりしながら苦悩しているが、その苦悩が報われるのを待っていると引き上げの時間になってしまうので、ランタンはそれとなくヒントを出した。

「じゃあ二と六を足すと?」

「八」

「二十八から八を引く」

「二十、――あ、八時間!」

「そう、残りは八時間です」

「やった」

 残り八時間が探索に使用できる時間の限界値である。だがこれを限界まで使うわけではない。

 七時間進んだ先で魔物が異常出現しており、戦闘が長時間に及ぶ可能性もあるし、何かしらの怪我を負って後退速度を著しく減じる可能性だってある。実際に探索をする時間は半分の四時間で、残りの四時間を予備に回すのが常道だろう。

「……探索って大変なのね」

「ね」

 ランタンは短く溜め息を吐いて、その大変な探索を再開した。

 石球を後にして二時間ほど歩く。魔物の姿は見えず、石獣のような足音もしない。

 その魔物には足がなかった。

 ごく僅かな煌めきと、風切り音に反応できたのは行幸だった。

「飛刀!」

 その名の通り飛行する剣である。射出されたような強烈な刺突となって突っ込んでくる剣が三振り。戦槌を構えたランタンの肘から先が、蛇のようにうねってその三振りを全て叩き落とした。それに遅れて、リリオンが方盾から大剣を抜き放った。

 飛刀はゆらゆらと揺れながら浮かび上がり、僅かにその鋒を上下させている。見えざる騎士に操られるように妙に人間くさい動きであったが、それはあくまでも擬態に過ぎない。飛刀の恐るべきは人体という枷から外れた縦横無尽変幻自在の斬撃にある。

 紙一重に躱すと慣性力を無視した追撃が迫り、鍔競りは空気を押すようなものである。

 押し込んだからと言ってその先に剣を操る人体はなく、また鍔競りで押し合い圧し合いしていると不意に接触面を支点に鋒が振り下ろされることも、あるいは柄が振り上がり身体を打つようなこともある。

「躱す時は大きく、打ち合う時は弾け!」

 ランタンは怒鳴って二振りの飛刀を受け持った。

 風の魔道を纏い空に浮く飛刀だが、真空刃を巻き起こす程の魔精を秘めた個体は稀で、そう言った個体は一目見れば分かるほどの魔精を纏っている。

 この三振りには遠距離攻撃を行うほどの力は感じられない。

 正面に浮遊する飛刀は、空に入った薄い切れ目でしかない。壁の灰色と刀身の銀が混ざり合い、それが視認を困難にしている。ランタンは眼を細め鋭く息を吐き、戦槌を振り上げた。

 しかし飛刀は羽毛の一片のようにふわりと浮き上がってそれを躱した。そして戦槌の柄をなぞるように飛び込んでくる。狙いは戦槌を握る右の手だろうか、と考えていると不意に鋒が向きを変えて顔面へと突き込まれる。

 その瞬間にランタンは戦槌を手放して突き込まれた飛刀の柄を握った。戦槌は振り上げたままの勢いで吹き飛び天井に当たり、深く突き刺さった。

 飛刀はランタンの手の中で暴れる。まるで巨大な魚の尻尾を掴んで持ち上げているようだ。非生物系のくせに生き物のような抵抗があった。柄は細い楕円をしていて、しっかりと握り込めるようになっている。材質は象牙に似て白く滑らかだ。

 ランタンは飛刀の抵抗を無理矢理に押し込めて刀を振るった。低空を滑るように飛行し、急浮上して腰を狙った飛刀を打ち払った。火花が散る。だが斬撃に重さはない。肉で受ければ骨で止まりそうだが、それをするとミシャに物凄く叱られるのでやらない。

 握った飛刀の抵抗は鬱陶しいが、軽くいい刀だ。だが鈍器としては落第点。それはあまりにも軽すぎる。振り回すと、腕が振れすぎた。戦槌の半分以下の重さしかない。

 打ち払われた飛刀は、だが衝突した場所を支点にその場で回転すると体勢を立て直して、低空から再び突っ込んでくる。

 これもまた飛刀のいやらしさだ。

 子供が、いやそれよりももっと小さな赤子が振るうかのような低空での斬撃。膝から下を執拗に狙うそれに対応することは難しい。ランタンは飛び跳ねて踊るようにどうにか斬撃を躱しながらも、戦闘靴に幾つも傷を付けられた。

 踏み付けてやりたい、と思うが余程上手くやらなければ飛刀の刃が上を向く。そうすると靴底を削ぎ落とされて、足の裏が血に染まる。躱されてしまえば飛刀は股ぐらを斬り上がり、ランタンは女の子になってしまう。

 ランタンは小さく震えた。

 飛刀は退きに合わせて追ってくる。リリオンとの距離を空けられてしまった。

 リリオンは飛刀に良いように弄ばれている。今まで戦った魔物の中で最小の部類に入る飛刀を捉えきれないのだ。人体が如何に大きな的であるか、人体の可動域が如何に狭いかと言うのを感じさせられる魔物である。

 だが同時に飛刀もまたリリオンの方盾を突破する事は出来ないでいた。

 飛刀の持つ刃は武器でもあり己の存在そのものだ。強く盾を斬りつけて、己の身体を自己崩壊を起こすようなことはない。飛刀の斬撃ではリリオンの体勢を崩すことはほぼ不可能で、回り込むには盾を大きく迂回しなければならない。足元を狙えば盾が降ってくる。

 一対一ならそうそう負けることもないか。

 と視線を外した瞬間にリリオンを狙っていた飛刀がランタンに向かって飛び込んできた。

 血肉はなく、脳も無い。ただの金属の塊だが、飛刀に仕込まれた思考ルーチンは複雑怪奇だ。物質系の魔物ではなく、不死系魔物に属する見えざる騎士(インビジブルナイト)の亜種であると噂されただけのことはある。

 敵わないと判断すると即座に狙いを変化する見切りの良さは賞賛に値する。不意を突かれたリリオンは置き去りにされ、駆けだした時には既に飛刀はランタンに肉薄していた。

 二振りの飛刀は揃いも揃って足を狙った。片足を浮かせばもう一つが地に着いた足を狙い、両の足が浮けば容赦なく身動きのできない胴を狙う。

 リリオンが猛然と走り込んでくるが、それよりも鋒が胴を貫くのが早いだろう。

 ランタンは左腕を伸ばし天井に突き刺さった戦槌の柄を握りしめた。そして天井に張り付くほどに身体を引き上げる。戦槌は深く突き刺さりランタンの重量を支えるに足り、それ故に抜けることもなかった。

 爆発を引き起こせば天井が崩れ、崩れた天井は飛刀を押し潰すが同時にランタンも巻き込むだろう。

 ランタンはゆらりと身体を振って戦槌から手を離し、向かってくるリリオンの背後へと降り立った。リリオンの巻き起こした風の道が涼やかで、しかし次の瞬間にはその涼やかさには似つかわしくない破裂音が辺りに響いた。盾と衝突した飛刀が砕け、その破片が辺りに飛び散っていた。

「駆け抜けろ!」

 その破片は一振り分だ。

 衝突の直前でリリオンを避けた飛刀がその背後に回り込もうとしていたが、止まることなく駆け抜けたリリオンに今度は飛刀が追いつくことが出来なかった。

 ランタンは思わず笑った。

 振り返った飛刀がリリオンの姿を見失い、まるで人間が立ち止まって辺りを見渡すようにその場で回ったのだ。リリオンに行こうか、それともランタンに行こうかと逡巡するように。その一瞬の逡巡は擬態ではなく、本物の迷いだろう。

 ランタンは一瞬で飛刀に接近し、目にも止まらぬ早さで再びその柄を掴まえた。

 二振りの飛刀はランタンの腕を(よじ)り、ランタンを切り裂こうと試みるが無駄な足掻きだった。ランタンの手首はびくりとも動かず、むしろ飛刀の鍔元がぎしぎしと軋みを上げていた。

「ランタン。それ、どうするの?」

「こうする」

 ランタンは肩甲骨を寄せて腕を引くと、迷宮の壁に向かって一気に刺突を放った。ぎゃん、と悲鳴に似た音を立てて飛刀は根元まで壁に突き刺さった。手を離しても飛刀が抜けることはなく、震えてカタカタと音を立てるばかりだった。

 飛刀の柄頭に嵌められた宝石のような精核を力任せに毟り取ると、飛刀は震えるのをやめ、ただの剣と化した。技術のある探索者は飛刀と宝石を分離させぬまま無力化させることが出来るのだが、ランタンは魔精の経路のみを断つような術を持っていない。

 宝石と柄の継ぎ目に刃を入れるとか何とか言う話なのだが、その継ぎ目に刃が入るような隙間はない。もしかしたらその話は技術を秘匿する為にバラまかれた嘘なのかもしれない。ランタンはもう一振りの宝石も毟り取った。

 宝石は魔精結晶になり、その色は深く、石球のものと比べれば明らかに色濃い。大きさは石球の方が断然に大きいが、価値はこちらの方が遙かに高い。

「剣の形してた。石ころばかりじゃないのね」

 リリオンが突き刺さった飛刀の一振りを抜き取って、その造りを鍔元から鋒にまで視線を滑らせた。片刃で反りはない。鎬は薄い。リリオンが一度剣を振るうと、ひゅんと軽い音がした。

「誰が作ったの?」

「さあ、迷宮じゃない?」

 少なくともこの飛刀は迷宮作の剣だろう。柄を外して中子(なかご)を確認しなければ絶対とは言えないが、何となくこの剣にはそんな雰囲気がある。魔剣妖刀、その出来損ないとでも言うべきか。あるいはまだ()刀であるのか。

 ランタンがもう一振りも抜き取って、リリオンに押しつけた。

「軽いし、これは持って帰ろう」

「良いものなの?」

「わかんないけど、邪魔になるほどじゃないし。何となくね」

 そして自らの戦槌を拾うべく、天井に突き刺さった戦槌に距離を測るように手を伸ばす。だがランタンが跳ぶよりも先に、カルガモの子供のように後ろを付いてきたリリオンが小さく跳んで戦槌にぶら下がり、反動で身体を揺らしてそれを抜き取った。同時にぱらぱらと天井の欠片が零れた。

 穴とその周囲に罅がある。壁もそうだったが割合脆い。ここでキャンプを張るのは精神的に宜しくない。ランタンはリリオンの倒した飛刀の魔精結晶を拾い上げて、それらと戦槌を交換した。さすがに飛刀の破片を拾い集める気にはならない。

 いくらか後退して、そこでキャンプを張ろう。

「もう休むの?」

「元気だねぇ、リリオンは」

「なあに、その言い方」

 魔物を倒したところで探索を一区切りを付ける事はよくよくあることなのだが、戦闘で昂ぶった気持ちを静めることもまた難しい。魔物を倒して、じゃあもう少し、もう少しとずるずると探索を続けてしまうのはよくあることだ。先に進めば魔物を見つけ、魔物を見つけてしまったら挑みたくなるのが探索者という生き物だ。

 そしてランタンはそのような探索者であって、そのような探索を行ってしまう悪癖を自覚していた。

「そうなの?」

「そうなの。その結果がミシャのあれだ」

 ランタンはリリオンの鼻先に戦槌を差し向けて堂々と言い放った。

「あー……」

「それに子供はもう寝る時間だしね」

 ランタンはそう言って戦槌を腰に戻した。

 夜更かしがバレて、もしかしたらミシャに怒られるかもしれない、なんて事はこれっぽっちも考えてはいない。

「ほんとうに?」

「……うん」

 ランタンは目を合わせずに頷いて答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ