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カボチャ頭のランタン  作者: mm
25.Hot Spring Vacation
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 ランタンたちが旅立って、ティルナバンも日に日に寒さが増してついに雪が降るようになった。

 雲間から覗く夕空から、薄く平べったい雪片がはらはらと舞っている。それは地上に落ちる頃には幻のように融けてしまって、地面に淡い染みをつくるばかりだ。

 積もらないならそれでいい。

 陽が落ちるのがずいぶんと早くなった。影を長くする西日がつい先程は眩しかったのに、今はもう迷宮特区の隔壁に遮られて見えない。

 ミシャは掌に息をあてて、祈るように胸の前で合わせた。

「モーラ、寒くない?」

「はい」

 実家に住み込んでいる引き上げ屋見習いのモーラは、寒さに頬を隠しながら頷いた。節立った蠍の尾を腰から垂らし、起重機の脇にぼんやりと立っている。

 肩から炎虎の毛皮を羽織って、起重機の発する熱で暖を取っていた。

 甘いかなあ、とミシャは思う。

 モーラは弟子のようなものだ。一人前の引き上げ屋に育てるのがミシャの役目である。

 うちはうち、よそはよそとはいえ、話に聞くところによると指導はもっと厳しいものだという。

 こんな風に起重機に寄り掛かろうものならば普通は鉄拳制裁が待っている。しかしそれも、厳しくするのはこれも一人前にするために愛情なのだという。

 美しい師弟愛だ。

 しかしミシャは師匠であり、養母であるアーニェからそのようにされた覚えはない。

 不用意に迷宮口を覗き込んで、危うく落っこちそうになったときはひどく怒られたが、それとこれとは話が別だろう。

 ミシャは手を解いて操縦桿を握った。起重機そのものが発する細かな振動が手を痺れさせる。

「……来ました」

 モーラが言った。

 ミシャはそれに既に気付いていた。

 起重機から迷宮口に垂れる鋼鉄のロープがほんの僅か、沈んだ。

 モーラはそれを目に、ミシャは手の感覚にもそれを感じ取った。

「ええ、そうね」

 モーラはじっとロープの変化を見ていた。ゆっくりと大きく顎を上下させ、まだ短い指をその度の一つずつ折っていく。

 数えているのだ。

「えっと、全員乗ってると思います。乗ってる、ます。それからたくさんの戦利品を積んでる、ました」

「モーラは目がいいわね。引き上げるわ、少し離れて」

 褒めるとほっとして、拳になった手を広げた。

 モーラが言ったとおり、六名の探索者は一人も欠けることなく戻ってきた。

 満身創痍といった様子だったが表情は満足げで、色取り取りな魔物の毛皮が昇降板に山と積まれている。絨毯のようにぐるりと丸められており、一つ一つが簀巻きにされた亜人族の子供のようだった。

 それを六人で四方からもたれるようにして支えていた。

 昇降板を地面に降ろすと、一人ずつそこから降りてきた。最後の一人は指揮者の大男で、彼が降りると毛皮の山が雪崩を起こして崩れた。

「あ!」

 モーラが昇降板から転がり出た毛皮を身を挺して止めようとした。危うくぶつかりそうな所で探索者の一人がモーラを抱え上げ、毛皮を踏んづけて止めた。

「危ないぞ。そんなちびっこい身体じゃ、跳ね飛ばされて迷宮に落っこちちまう」

「ありがとう、ございます」

 モーラが礼を言う。ミシャが慌てて起重機から降りてきた。

「すみません、ありがとうございます! モーラ!」

「姐さん、そんな怒んないでやってよ」

 探索者ランタンの妻であるミシャのことをそう呼ぶ探索者もいる。

 尊敬とからかいの入り交じったその呼び方をミシャはあまり好きではない。いや、なんというか違和感があって、むずむずする。だからその度にそう呼ばないようにと頼むのだが、この時ばかりはそうではなかった。

「――モーラ。迷宮に背を向けちゃだめよ」

 先程、温めたばかりの手が今はもう氷のように冷たくなっている。ミシャは何度か手を閉じたり開いたりしながら、しゃがみ込んでモーラに視線を合わせた。

 そして小さな手を取った。いつもは温かい子供の手が冷たい。モーラの表情の変化は僅かで、しかしその冷たさがすべてを物語っていた。

「無事でよかった」

「ごめんなさい」

「うん。さあ、お仕事の続きよ」

 探索者たちは昇降板の上に残っていた毛皮を引きずり下ろし、一人が迷宮特区で客を探している流しの運び屋を雇いにいった。

「この後、仕事ありませんし積み込み手伝いましょうか?」

「ああ、いいよ。そこまでじゃない。最終目標とも戦ってないし、見た目よりも傷は浅いんだ」

「え、そうなんですか?」

「ああ、途中で群と出会っちゃってね。目先の儲けに目が眩んだよ」

 確かにこれほどの毛皮を手に入れた状態で、そのまま迷宮攻略を目指すような探索者はいないだろう。

 彼らが探索した迷宮は開放型迷宮だから帰路にこれを手に入れた可能性もなくはなかったが、最終目標と戦った後の状態で魔物の群と遭遇したら、六人で帰ってくることはできなかったかもしれない。

「と言うわけで、次回の予約いいか。これ売っ払った金で豪遊するから結構後でもいいけど」

「あんまり後だとぶっ殺した魔物が再出現するぞ。最初の探索からもう二十日ぐらい過ぎてるだろ」

「そこまでじゃない。せいぜい十と五日、――そうだな三日後」

「四日」

「ち、うるせえな。じゃあ四日後の昼過ぎかな」

「そうですね、お昼だとこれぐらいの時間でどうですか」

「ああ、いい。それで頼む」

「はい、かしこまりました」

 代金の支払いと次回の予約を済ませていると、運び屋を探しに向かった一人が戻ってきた。

「――お手伝い、本当にいいんですか?」

「いいよ、さっさと帰りな。姐さんに後の仕事がないなんて珍しいんだから。それに子供が夜に出歩いてたらさらわれちまうよ」

 ちらとモーラのを見て、犬でも追い払うように手を振った。

 確かに彼らはミシャの力を必要としていなかった。傷だらけの身体で笑いながら毛皮を台車に積み込んでいる。

 ミシャが起重機に乗り込み、モーラはミシャの手を借りて座席に上がった。尻尾の分だけ尻が重いので握ったミシャの手に体重以上の重みを感じる。

 家に着くまでの短い時間に、ちょっとした菓子を二人で分け合った。

 起重機を車庫に停め、軽く点検し、アーニェに売り上げを渡した。ランタンたちが旅立ってからはこのまま実家で夕食を摂ることもあったが、ミシャは家に帰った。

 広い館は静まりかえっており、まだレティシアとリリララは帰ってきていないようだった。

 一度、馬屋に行ってガランの顔を見てほっとする。

 ガランは物質系の魔物であり、正直なところ一人で会うのは少し怖くも思う。

 もしかしたら襲いかかってくるかもしれないし、そうなったら勝ち目はないからだ。同じように風呂場に棲み着く不定系魔物のブロブもそうだ。

 しかし今は、それがいることに安心感を覚える。

 家に入ってもローサが跳びかかってくることはない。台所でリリオンが夕食を作っていたり、迎えにきてくれたランタンが、今日はなに、とそちらに吸い込まれたりすることも、既に懐かしい。

「大迷宮に行っちゃうくらいの気持ちだったんだけどな」

 永遠にではないにしろ、失ってから気付く自分の鈍感さにミシャはやれやれと溜め息を吐く。

 作り置きの食事を温め直し、レティシアが帰ってくるのを待たずに食べ始める。

「早く帰ってこないかな」




「うえ、うぇぇ……」

 横たわったモーラの顔を右向きにしてやり、嘔吐(もど)したものを掃除してやる。

 レティシアがすっかり困った顔をして、その様子は狼狽といっても間違いなかった。

 モーラの頬に手をやりながら、ミシャは声をかける。

「一時的なものですよ。ご存じでしょう。モーラ、無理せず全部もどしちゃいなさい」

「しかし、これほどひどくなるとは……」

 まだ幼いモーラが苦しんでいる様子は痛々しいものだった。

「ただの魔精酔いよ。直に治まるわ」

 場所は迷宮だった。幼いモーラには気付け薬を使うことができない。

 このことを予測して朝食を食べさせなかったことは、せめてもの救いだった。小さな咳と一緒に、泡立った胃液が口からこぼれた。

「おい、口ゆすぎな。口が酸っぱいといつまでも気持ち悪いからな」

 リリララが乱暴な口調と裏腹にてきぱきと口に水を含ませてやる。モーラはくちゅくちゅとうがいをして、その場にそれを吐きだした。

 ミシャが気落ちしているのを察して迷宮に誘い出してくれたのはレティシアだった。一緒にモーラもどうだ、と誘った時にはこんな事を予想していなかったのだろう。

 魔精酔いは誰もが起こすものだが、その度合いは人それぞれだ。幼いからといってひどくなるとも限らない。モーラはあまり魔精に耐性がないようだった。

 ここは既に攻略済の開放型迷宮で、ネイリング騎士団の修練場となっている。空にいくつか竜種の影が見えるが、それらにはすべて人が乗っている。

 何頭かで編隊を組んで、急上昇したり、急旋回したりと複雑な軌道を描いている。

 ミシャもレティシアの愛竜カーリーに乗せてもらったことがある。身体が風に包まれる感覚や、遮るもののない広がった視界は爽快だ。

 気持ちよさそうだな、と見上げながら思う。

 しばらく安静にしているとモーラは魔精酔いから覚めて、レティシアは謝りっぱなしだった。

 貴人に頭を下げられてモーラは困った様子だ。助けを求めるようにミシャを振り返った。

「これも経験よ、モーラ。迷宮崩壊の近くにいると魔精に当てられることもあるから、先に知れてよかってことにしましょう。ね、レティさまも」

「そう言ってもらえると助かる。悪かったな、モーラ。もう気持ち悪いのはなくなったか?」

「はい、大丈夫です」

 頷いたモーラにレティシアはほっと胸を撫で下ろし、それから表情をあらためた。

「これはきっと気に入るぞ。気持ち悪いのなんて忘れてしまうほどだ」

 彼女の愛竜カーリーも迷宮に連れてきていた。迷宮になれさせるために三日前から迷宮入りしている。

 地上にいるときよりも鱗に艶があるように感じるのは、もしかしたら高濃度の魔精を浴びているからかもしれない。

 だがよほど訓練された竜種でなければ迷宮での運用はできない。魔物としての本能を目覚めさせ、人を襲うこともあるからだ。

 カーリーはしかし人懐っこく、レティシアに頬ずりをした。

 待機していた騎士たちの手を借りてミシャとモーラがカーリーの背に乗る。先に騎乗していたレティシアは、特等席だ、といってモーラを先頭に乗せ、身体を支えてやった。

 最後にリリララがミシャの後ろに乗った。

「支えてやろうか?」

「結構よ」

「落っこちそうになったらつかまえてやるよ」

「――さあ行くぞ」

 カーリーが赤い翼を広げ、羽ばたき一つで浮き上がった。辺りの木々が倒れそうなほどに四方へ傾ぎ、葉が揺れてざわざわと音を立てる。

 巻き上がった土煙に細めた目を広げると、果てまで続くような森林とその内から無数の石の柱が突き出た壮観な景色が広がっていた。

「どうだ、いい眺めだろう!」

 風音に負けぬようにレティシアが言った。

 モーラの声は聞こえないが、きっと頷いたと思う。

「うわあ、すごい。――あれはなに?」

 ほとんど独り言のようなミシャの言葉を兎人族のリリララは逃さずに聞いた。背中をつんと突いてくる。

「魔物だよ。騎士団じゃヒマワリって呼んでるみたいだ」

 それは巨大な魔物だった。緑の絨毯のような森からぬっと長い首が飛びだしている。一際大きな個体などは木々を跨ぐほどの巨大さで、それが首ばかりではなく足も長い獣だとわかる。

「ああ見えて植物系の魔物だ」

「え! どう見ても馬とか、鹿とか獣系の魔物に見えるわ」

「だろー。竜種どもも間違えて噛みついたって話だぜ。レティ、ミシャがヒマワリをよく見たいって!」

 カーリーが旋回しながら高度を落とし、のしのしと歩くヒマワリに近付いた。

 近くまできてもまだ獣に見える。遠目には栗毛のようだった体色も、植物系だと知っていれば木の幹のようだと感じるが、知らなければ鱗に思うだろう。

「身体全部が根っこだ。足元まで行けばよくわかるぜ。気根っていうらしい」

「ふうん」

 ヒマワリの周囲をぐるぐると飛び回っても、それはこちらに興味を示さなかった。

「こんなに近くて危なくないの?」

「迂闊に触らなければ危なくない。言うなれば動き回る待ち伏せ型。ちょっと前のランタンに似てるな。わざと手を出させるんだ。それで襲ってきたところを逆に――って寸法よ」

「動き回る待ち伏せって」

 ミシャは小さく呟いて、その奇妙な魔物を見た。

 これほど巨大な魔物が地上に現れることは滅多にない。

 もし巨大な竜種や巨人みたいな魔物が頻繁に出現するようなら人間はとうの昔に滅んでいるだろう。

 日々無数の迷宮が生まれ、攻略されず崩壊する迷宮が存在するティルナバンでも巨大な魔物の出現は十年単位で起こっていないはずだ。

 もしそんな魔物が地上に出現したとしたらよほどの珍事だ。

「レティ、ミシャがどうしてもちょっかいかけてほしいって」

「え、言ってな――ぎゃあ!」

 振り返って文句言っているところで、カーリーが急激に旋回半径を狭めた。ミシャは遠心力で危うく振り落とされそうになる。

 鞍に繋いだベルトがぴんとはってミシャを支えた。

「人妻なんだから、もっとしとやかな悲鳴をだな」

「ああもう、落っこちたかと思ったわ」

 あんな大声を出したのは久し振りだ。ミシャはベルトを引っ張るように身体を起こす。この支えてくれたベルトをリリララと名付けようと思う。

 どきどきした胸を押さえながら、視界から外れてしまったヒマワリを探した。

 レティシアはカーリーを見事に操りながら、遠話結晶で何事か話しているようだった。

 近くの空を飛んでいた飛竜たちが、レティシアの指示で高度を上げた。

「ミシャ。さあ、ごらん」

 カーリーはかなり高度を上げていた。ヒマワリの巨体が遥か眼下にある。高度差はあるが進路を交差するように取り、僅かに首を下げた。

 レティシアが左手でモーラを胸に抱いた。手綱から手を離し、右手を真っ直ぐヒマワリに向ける。

 白い光が弾け、ばちん、と平手打ちしたような音が聞こえた。

 レティシアの指先から放たれた雷撃がヒマワリの頭部を撃ち抜いた。打ち抜かれた頭部が見る間に膨らんだ。

 そして弾けた。

 一体だけではない。辺りを徘徊していたヒマワリすべての頭部が、連鎖するように爆ぜている。

 そして色取り取りの胞子を撒き散らした。鮮やかな色もあれば、毒々しい色もある。

「どうだ、なかなかの光景だろう。紅葉のようだ」

「こんな紅葉やだよ。気持ちわりぃ」

 胞子によって染められた森は迷宮をより奇妙なものに見せた。頭部を失ったヒマワリはその場に立ち尽くして動きを止めている。

「死んだの?」

「いや、また生えてくる。それまでは活動停止。一日もありゃ復活する」

 個体ごとによって色の違う胞子は、風に運ばれて混ざり合い複雑に色を変える。

 空を楽しみながらその光景を見ていると、やがてすべてが混じり合い、すべての色を失った。

「戻ってきたら自慢してあげよう」

 夜が明けて朝になるみたいに、森の緑の一面が戻ってくる。


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