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カボチャ頭のランタン  作者: mm
24 Trip Of The Unnamed
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 町を西に進んだところに迷宮口がぽっかり口を開けている。

 丘の上から見下ろすと、だだっ広い平地が僅かに波打っているのがわかる。まばらに緑の残る枯れ色の草原が乱暴に敷いた絨毯のように見える。

 隕石でも落ちてきたみたいにすり鉢状にへこんだ土地の中心に、竜種でも飲み込みそうな真っ黒な大穴が口を開いている。

 そしてそこから魔物が湧き出ていた。

 奇妙な光景だった。

 例えば迷宮崩壊による魔物の出現は間欠泉や火山の噴火に似て、その内側から無理矢理に押し出されるといった感じだった。崩壊に巻き込まれて死んでしまう魔物もいるほどだ。

 一方こちらでは魔物が自力で壁を登ってきていた。

 二足歩行の猿鬼は壁のおうとつに指先を引っ掛けて、四足歩行以上の獣たちはその爪を食い込ませてよじ登ってくる。

 魔物が自らの意思でもって迷宮を離れるという事態は珍しく、調査官たちは大いに興味を持っているようだった。

 壁を登るのは大変なようで途中で剥がれ落ちたり、最後の最後、迷宮口の縁を上がることができず羽化に失敗した蝉の幼虫のようにぴたりと動きを止めたりするものもいる。

 きっと上から滑落してきた魔物に巻き込まれてしまったものもいるだろう。

 しかしそれでも大量の魔物が既に地上に湧き出ていた。

 魔物はすり鉢の中に溜まり、侵攻の時を待っていた。

 それは数が一定以上になるのを待っているのか、それとも時間が来るのを待っているのかわからないが、しかし不思議なことにそのほとんどがすり鉢から出てくることはなく、その中で蠢いている。

 すり鉢から溢れ出た魔物もその付近に留まり、どこへともなく離れていく個体は少数だ。

 ただ翼を持っている魔物はその限りではない。

 大鴉、大蝙蝠といった魔物は夜が明けると同時に町に飛来するようになった。これを対処するために探索者が十名ほど町に残った。

 町には女と老人と子供、それから傷病人が残って息を潜めている。

 戦えるものは全て戦いに参加することになった。今頃、町は静寂と祈りに包まれているだろう。

 駆り出された男たちの中にはきっと内心、怯えているものもいるだろうがそれを表に出せる雰囲気ではなかった。

 ランタンは一人、丘の上にいて全体を見下ろしていた。

 町のものたちは魔物皮を戸板に張り付けた大盾を持つものと、弓矢、投石、長槍、長竿を持つものに分けられ、二部隊が編成されている。

 探索者たちは皆それぞれの装備に身を包んでやる気充分といった感じだった。

 もっとも不満を持つものがいるのも知っている。縁もゆかりもない町のことなど放っておいて先を急ごうという気持ちもわからないではない。

 集団の中でローサの姿はよく目立つ、肩にウーリィをとまらせて、左右にはガーランドとルーが控えている。少女の担ぐ斧槍は集団の中でも頭抜けて長大な兵器であった。

 崩壊薬を迷宮口に投げ込む五名の特攻隊の中にはリリオンがいる。

 今朝、ランタンの手で三つ編みにしてやった髪を後ろに流して、身体を揺らしたり首を回したりしている。緊張しているのか少し落ち着きがない。こっちを振り向かないかな、なんて思っていたが結局こちらを見ることはなかった。

 昨日の話し合いで特攻隊は探索者のみで構成すると決めたが、虎人族の騎士バックも選ばれていた。

 ハーディに頼み込んだのだろう。

 そしてハーディがこれに応じたのならばもう何も言うまい。

 彼は緊張しているようで、その隣で同じく特攻隊のゼインが彼の背に手を当てて勇気づけている。昨日は言い争っていたのに不思議なものだ。

 こちらの総数はすべて合わせても五百に足らない。その中で魔物と戦うに充分な戦力を有するのは探索者を含めて百名ほどだろう。

 対して魔物の総数は千を下るまい。

 たった一人の予備であるランタンは念のため持ってきていた弓矢を構える。きりきりと弦を張り詰めて矢を放った。

「いい天気だな」

 青空を横切って町へ向かう大鴉が矢に射落とされる。

 部隊が俄に慌ただしくなった。

 馬上のハーディが演説をしている。

 その内容はこちらの耳に届かないが、目に見えて志気が上がっていくのがわかった。人々の身体が一回り大きくなったように感じるのは、背筋が伸びて胸を張ったからだろう。

「展開!」

「おおうっ!」

 まず町のものたちが駆け足に部隊を展開し始めた。

 二部隊が左右に伸びて、大盾同士が向かい合うような形になった。

 鶴翼だとか、三日月だとか呼ばれる陣形だ。

 迷宮口に近付くほど開くようハの字型に展開し、隣り合う大盾と大盾の間に槍や竿の長物が配置されるが、彼らはまずそれを地面に置き投石用の石の用意を始めた。

 そして両翼の底に蓋をするように探索者たちが配置される。

「なるほどな。それで餌役は、――ハーディか。大将が前に出るなんて」

 ランタンがぶつぶつ呟いている間に、両翼の間をハーディが駆け抜けていった。その直線上に迷宮口が、溜まりに溜まった魔物の大群がある。

 ハーディであっても一人であの群を相手にするのは()()()()無理だ。

 ハーディはそのまま迷宮口に近付いてゆき、すり鉢から溢れた魔物を馬上より何体か斬り払った。

 挑発するみたいにすり鉢をぐるりと一周する。

 辺りに漂う青い血の臭い、そして何よりも無視することのできない圧倒的な気配が魔物たちの本能に火をつけた。

 すり鉢の中でまったく纏まりなく混沌としていた一つ一つの魔物が、磁石を近付けた釘みたいに一斉にハーディの方へと視線を向けた。

 ハーディは即座に馬首を返した。

「さあ追ってこい」

 ハーディのそんな言葉が聞こえるようだった。

 魔物たちがすべてを呑み込む土石流のように馬の尻を追いかける。

 地響きが聞こえ、地面が揺れるほどだ。

 自らを餌にして魔物たちを釣り出し、両翼の間に誘い込む。人に襲いかかる魔物の性質をよく理解している。

 ハーディが手を上げると、待ち構えていたものたちが手にしていた石を放った。

 一つ一つが拳ほどの大きさの投石は、魔物に向かってと言うよりは空に向かって投げられた。

 重力によって落下するそれは頑強な魔物にさえも効果的だ。それのみで殺傷することこそ稀だが、頭に直撃した魔物は失神し、それに躓いた後続が転倒したり、踏み潰されたりする。

「そおーれっ!」

 間に魔物を引き込んだ両翼が、互いに一歩前進し進路を絞った。更にもう一歩前進すると、地面も見えぬほど魔物の密度が高まった。

 そこに魔道が放たれた。

「さあ踏ん張りどころだぞ!」

 それが味方の攻撃であっても恐ろしい。

 魔道は地面をとげとげと隆起させ魔物を串刺しにし、堰を切ったように溢れた雷火が群を飲み込んでいく。

 盾の表面に打ちつけられた獣毛が焦げ、猛烈な異臭を発した。裏側に備えられた把手(とって)が手放したくなるほど熱される。

 だがそれを手放すことはない。

 そんな炎の中を突き進む不吉な影があるからだ。陣形が崩れれば、そこを食い破られる。

 炎から逃れるように盾を駆け登った魔物がいた。投石から持ち変えられた槍の穂先がそれを串刺しにする。

 盾の間をこじ開けようとする鼻先を長竿が叩いた。

 魔物は炎の中を突き進む。前にいる同族を盾にしている。

 その盾が燃え尽きようともまた自らが盾となり、後続の道を作った。

 仲間意識ではない。

 ただの本能だ。だが献身のようにも思える。

 その牙を人の血で染めることこそが魔物の生まれてきた理由だった。

 そしてそういった魔物に対抗する存在が探索者だ。

 魔道使いたちが後ろに下がり、入れ替わるように前衛戦士たちが魔物を迎え撃った。

 先陣を切った魔物たちは這々の体で雷火を抜けたのでたいした脅威にはならなかった。速度のあった犬顔、猪顔の四つ足に多く損害が出ている。

 だが途切れることなく続く二陣、三陣はほとんど無傷だった。

 そういった魔物たちの攻撃は激しかった。

 同士討ちも厭わない魔物の密集攻撃の圧力たるや探索者を押し込んでいくほどだ。

 ランタンはそれを見ながら顔を歪めた。

 何人かやられた。探索者も町の人もだ。大盾が引き倒されて、それを支えていた人が戦場に転がり込んだ。為す術はない。開いた穴はすぐに塞がった。

 塞いだ男の背中が震えているのが、ランタンの位置からはよく見える。

 このままずるずる押し込まれて底が抜けると陣形は崩壊する。

 戦う空間を確保するために両翼がゆっくりと三歩下がった。

 それで多少、戦いやすくなった。

 回復した魔道使いが先程のような面攻撃ではなく、範囲を絞った魔道を放った。探索者たちの頭上を通り越して後続を先んじて叩いていく。

「進めっ!」

 ハーディの合図で遂に特攻隊が迷宮口へ走り出した。

 探索者たちが道を切り開き、また特攻隊たちも剣を振るった。崩壊薬を持っているのはどうやらバックのようだった。

 四方を探索者に囲まれて護衛されている。落とさぬようにと懐を押さえていた。

 先頭に立つのはリリオンだ。

 凄まじい突破力で魔物を蹴散らしている。魔物が束になっても彼女を止めることはできないだろう。それは見ていて爽快なほどだった。

 迷宮口からは今も魔物が湧き続けている。

 当初のようにすり鉢の中いっぱいに魔物が溜まっていると言うことはないが、それでも迷宮口に近付くのが躊躇われるほどだ。

 迷宮口の大きさを思えばもう投げ込んで外すことはないだろうが、万に一つがあってはならない。

 リリオンが魔道結晶を放り投げた。それはすり鉢の斜面を転げ落ちる。

 ランタンが力を込めたものだ。

 封じられた爆発が炸裂して魔物の密集にぽっかりと穴を開ける。

 特攻隊が二手に分かれた。

 三人はすり鉢の縁に残り退路を確保し、リリオンとバックが迷宮口を目がけて斜面を駆け下りる。

 そのまま迷宮口へ転がり落ちてしまいそうな勢いだった。

 迷宮口の際でリリオンが速度を殺し反転し、大穴に背を向けた。

 背中越しにバックに何かを叫んだ。

 早く投げろ、いや、リリオンならば、早く投げて、とでも言っただろうか。

 二人に魔物が殺到する。まるで崩壊薬に引きつけられているみたいだった。

 バックは握り締めていた崩壊薬に衝撃を与えて活性化し、それを迷宮口へ放り込んだ。

 リリオンに向かって成功を伝え、しかしもう一度、確かめるように迷宮口を振り返る。

「あっ!」

 そう叫んだのはランタンだった。

 一匹の大蝙蝠が迷宮口から飛び立ったのだ。本能的なものか、その口に崩壊薬の瓶を咥えている。バックが迷宮口へ飛び込むかのように身を乗り出した。

 危ういところでリリオンが背中をつかまえて引き戻す。

 ランタンも即座に矢をつがえ一射、二射と続けて放ったが距離のせいもあって射落とすことができない。

 作戦の失敗を覚悟していると、大空へ逃げようという大蝙蝠に襲いかかる影があった。

 ウーリィだ。

 大蝙蝠よりも一回り小さいが、種族の違いを見せつけるように格闘戦で蝙蝠を圧倒した。

 爪の一撃が薄い翼手の皮膜を切り裂いた。

 浮力を失って錐もみ回転して落下していく蝙蝠に止めの一撃をくれてやり、その死体を迷宮の底へ叩き落とした。

「よくやった!」

 ランタンは思わず快哉を叫び、ウーリィはどんなもんだと言わんばかりに迷宮口の上空をくるりと旋回してローサの所へ戻っていった。

 リリオンとバックが斜面を駆け上がる。

 その背中に襲いかかろうとする魔物に向けてランタンは矢を放って離脱を援護する。合流した特攻隊が再び一塊となって退却していく。ゼインが殿(しんがり)

について、時折振り返っては六角棍を振り回した。

 あとは迷宮が崩壊するまでの間、持ち堪えるだけだ。

 魔物の数もかなり減っており、こちらの被害も少なくはないが戦いは勝利に終わりそうだった。

 最後の問題は迷宮がどのように崩壊するかだ。

 つまりは崩壊の際に魔物を吐き出すか否か。

 出現しなければ、残りの魔物を掃討してそれで終わりだ。

 だが魔物が出現した場合、そこに最終目標が含まれるかどうかが最大の問題だった。

 そしてハーディはその可能性を考えている。

 最大の戦力であり、また戦いを好む自分自身を押さえつけ余力を持たせているのは彼が指揮者だからではない。

 来るべき最終目標に備えている。

 迷宮から魔物が湧くのがぴたりと止まった。かと思えば一度に十頭ほどがわっと這い出て、それから離れたランタンさえふらつくような地揺れが起こった。

 揺れは長く、次第に激しくなり、そして不意に止まった。

 どん、と突き上げるような揺れが来た。

 迷宮崩壊が始まった。



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