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カボチャ頭のランタン  作者: mm
03.All That Glitters Is Not Gold
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047 迷宮

047


 結局何故笑われたのか理解できなかった。ミシャに聞くのもリリオンに聞くのも何となく気にくわないので、理解できないままに迷宮に降り立った。

 ランタンは意識を地上から迷宮内でのものにさっと切り替えた。別に悔しくなんかない。

 一度目の迷宮探索は、ランタン一人で最後の一歩手前まで攻略済だった。二度目の迷宮探索は、名も知らぬ探索者たちが最下層に座する最終目標(フラグ)までもを視認済みだった。

 リリオンにとってこの迷宮探索は、もしかしたら真の意味で、初めての探索であると言えるのかも知れない。

 起重機クレーンの金属ロープを見送りながらランタンは背伸びをして、早速魔精酔いを起こしているリリオンの背中を撫でさすった。リリオンは青白い顔をしてうんうんと唸っている。

 迷宮降下に伴う魔精酔いは何度も探索を繰り返す事で、現れる症状は次第に軽い物になっていく。リリオンはこれで三つ目の迷宮、まだまだお尻に卵の殻を付けた新人(ひよこ)である。重めの魔精酔いを起こすのも仕方のない事だ。

 ランタンでさえ多少の気持ちの悪さがある。だが魔精酔いによる気持ちの悪さは極少し、気持ちの悪さの根源は腹部にある浮遊感の残滓である。それは降下の際に掛かる重力によるものだろうと思われた。

 ミシャの起重機を操作をする技量が如何に優れていようとも、ランタンの体質を改善する事はできない。

「薬使う?」

「……やだ」

 ランタンがじゃらじゃらと気付け薬の缶を振ってみせたが、リリオンは小さく首を振り、弱々しくもはっきりとそれを拒んだ。積極的に服用したい味ではないし、それも仕方のない事だろうとランタンは苦笑した。

 取り敢えずランタンはその場で腰を下ろして胡座(あぐら)をかいた。ランタンが何も言わずとも、リリオンはランタンの胡座を枕にして横になった。甘やかしすぎたな、と思うのだが悪い気がしないのも事実である。

 初回探索では迷宮口直下の()()で、その迷宮の魔精に身体を慣れさせるという習わしがあり探索者ギルドでも、迷宮口直下で十二時間程度身体を休めるように、と言うような事を推奨している。気付け薬を服用すれば魔精酔いの気持ちの悪さは解消されるが、それと自らの身体が魔精に慣れる事とは別問題だからだ。

 魔精による身体能力の強化は、時として自らの身体に振り回されるという事態を引き起こす。魔精酔いならば尚更で、使いこなせない大きな力は往々にして自らの身体を傷つける諸刃の剣と化す。

 進んだ先から魔物を引き連れでもしない限り、迷宮口直下には何故だか魔物は近寄らない。そのため安全な迷宮口直下で充分に身体を魔精に慣れさせる事が推奨されている。命は何よりも代えがたいものである。

 だがそれを行う探索者がどれほどいるのか、ともランタンは思う。

 他の探索者事情を知らないランタンであるが、少なくともランタンは魔精酔いがある程度抜けたらさっさと探索を開始してしまう。単独で迷宮を攻略する際に、迷宮口直下で魔精に身体を慣れさせる為とは言え半日も一人ぼんやりとしているのは暇で暇でしょうがなく、はっきり言ってしまえば苦痛である。ランタンは一人でいる事にそれほど苦痛に感じない(たち)ではあるが、それでもさすがにやる事がなさ過ぎるのだ。

 初回探索は何が起こる分からないので万全の状態で気を抜かずに、と言う戒めは重々に承知しているが、少しばかり窮屈で、少しばかりかったるいのも事実である。

 無論、迷宮を侮っているわけでも、己の力を過信しているわけでもない。古い習慣を馬鹿にしているわけでもない。習慣を遵守して迷宮口直下で膝を抱えていた時期もあったし、そのおかげでド新人の頃にのたれ死なずにすんだとも思っている。

 だが、ただ少し自分に合ったやり方が分かってきただけの事なのだ。

 しかし新人のリリオンに、自分は大丈夫だから、とランタンのやり方を押しつけるのもあまりよくはない。さすがに十二時間もじっとはしていないが、少なくともリリオンの魔精酔いが自然と覚める程度の時間ぐらいは惜しくはない。

 やがてリリオンの頬に赤みが薄く浮かび上がり、ランタンは仰向けになっているリリオンの顔を撫でた。頬に触れると、閉じられていた瞼が気怠げに瞬く。ランタンは手を滑らせてリリオンの額を撫でて、瞳をそっと掌で覆った。

「手、冷たいわ」

「気持ちいいでしょ?」

「……うん」

 掌の下にあるリリオンの瞳は熱を持っている。リリオンの口元が柔らかく緩んだ。

 少女は次第に魔精酔いから醒めつつあったが、だがリリオンは目元を隠すランタンの手を掴んで放さなかった。

「ランタンはまだ毒が残ってるの?」

 リリオンは未だに、ランタンにそう尋ねる。

 手を繋いだり、ランタンに頭を撫でられたりすると、ふとその手の冷たさを気にするのだ。もともとリリオンの方が体温が高いのだから冷たく感じてしまうのはどうしようもないのだが、何度大丈夫だと言ってもリリオンはしつこく尋ねてくる。

「もう大丈夫だって。毒どころか、抜糸だってしたんだから」

 それだけ毒に犯された直後のランタンの冷たさが印象的だったのだろう。

「探索しても大丈夫って、お医者のお墨付きだってもらったんだから」

「うん」

「それよりもリリオン、魔精酔いはどう?」

「……もう平気よ」

 ランタンはリリオンを目隠ししているのを良い事に、その顔を覗き込んで大きく苦笑を漏らした。強がれる程度に回復したのならば、身体を動かせばすぐに完全に酔いが醒めるだろう。胡座枕で甘やかした分の帳尻を合わせてやろう。

「よっし、じゃあちゃっちゃと辺りを調べるよ」

 ランタンはそう言って半ば強引にリリオンの手を振り解くと、露わになった瞳を覗き込んで言った。

 魔精酔いを起こしていた時はふらふらして焦点の合わなかった視線とランタンの視線が交差した。リリオンは少しばかり眩しそうにしていたが、ばっちりと視線を合わせてふらつかせる事がなかった。

 ランタンの方がなんとなく照れてしまって先に視線を逸らした。

 ランタンはリリオンの頭の下からずるりと足を引き抜いてさっさと立ち上がり、地面に後頭部を打ち付けた少女に素知らぬ顔で手を差し伸べた。

 探索する前から怪我をしていては世話がないね、とランタンはリリオンを一息に引っ張り上げて、リリオンの後頭部を撫でてやった。切れているわけでも瘤になっているわけでもない。丸く形のいい後頭部がそこにあるだけだ。

 冷たい手も打ち身を冷やすにはちょうどいい。

「結構便利でしょ?」

 ランタンが(うそぶ)くと、リリオンは拗ねたように横を向いた。

「ミシャさんに言いつける……」

「あっ、ずるいよ」

 ランタンが縋るような上目遣いで苦々しく呟いた事で、リリオンは溜飲を下げたように小さく笑った。ランタンは悔しがるようにリリオンのお下げ髪を引っ張って嫌がらせをすると、ほら行くよ、と歩きだした。

「待って、もう」

 リリオンは手首にぶら下げた深度計の色味を確認して、ランタンの隣に並んだ。だが手を繋ぐ事はなかった。

 探索者ギルド先遣偵察隊からは三時間ほど歩いたところで魔物の存在を複数確認したという報告が上がっている。先見偵察隊はこれとの戦闘を回避し観察のみに努めて、その後帰還している。先遣偵察隊の戦闘能力が低いわけではなく、積極的な戦闘行動は彼らの仕事内容ではないからだ。彼らの仕事は生きて情報を持ち帰る事だ。

 いや迷宮に潜る者たち全てにおいて、生きて帰る事が至上命題だろう。

 ランタンは既に戦槌を抜いており、リリオンもリリオンで武器を構える事はなかったが真剣に辺りに注意を払っていた。

 三時間ほど歩いたところで、と言う報告であっても徒歩三時間圏内が安全圏だというわけではない。

 迷宮の魔物の第一行動原理は人間への敵対心だと言われているが、だからと言って人が居なければ動かないのかというとそうではない。迷宮内で縄張りが決まっているのか、出現した場所を中心にした一定の範囲、つまりは縄張り内を不規則に徘徊しているのだという。時にはじっとしている事もあるし、人間を感知するまで動かない魔物もいたが。

 三十分ほど歩いては、立ち止まり耳を澄ます。魔物を確認した場所へ、近付くにつれてその間隔を二十分、十分と狭めていく。

「基本的には、このまま立ち聞きで充分だと思う。迷宮にもよるけど、基本的に足音は響くし」

「うん」

「でも、もっと遠くの足音まで聞きたい時は地面に耳をくっつけるといいんだって」

「ほんとう?」

 リリオンはさっそく座り込んで、地面に耳を押し当てた。蟻の足音さえ逃すまいとするように難しい表情になって目を瞑った。視覚を遮断して、聴覚に集中しているのだろう。

 何事も実践するのはいい事である。

 ランタンも昔は匍匐前進するように地面に耳を当てながら少しずつ進んだものである。今ではすっかりそんな事をしなくなって、聞こえるだけを聞き、見えたものを蹴散らして進む日々である。

 果たしてそれは成長なのか、退化なのか。ランタンはリリオンの真剣な様子を懐かしく思い、同時に少しばかり己の振る舞いを改めようかとも考えた。慣れというものは、良い方向にも悪い方向にも作用するものである。

「何か聞こえる?」

「うん。カチカチ聞こえるわ。たくさん」

「ふうん、情報より少し近いのかな」

 ここまでで二時間弱。遅くとも三十分以内には魔物を視認できそうだ。

 ランタンが手を差し出して、リリオンを立ち上がらせる。リリオンは立ち上がってもランタンの手を握ったままで、その手を自分の頬に押し当てた。石の地面に押しつけていたリリオンの頬は少しばかり冷えていたが、それでもランタンの手よりは温かい。

「まだ冷たいわ」

「動けばすぐに温かくなるよ」

 魔物との戦闘はもうすぐである。

「ねえランタン、わたしご飯作ってあげようか。ご飯食べると温かくなるし、魔物のお肉はじ、じよ……」

「滋養強壮」

「……それがあるし」

「うん、ありがとう、それも良いかもしれないね。でもね、リリオン――」

 ランタンはリリオンの心遣いをありがたく受け取って優しく微笑むと、だが少女の頬をむにっと抓った。

「――人の話聞いてなかったでしょ」

「いひゃい」

 ランタンはリリオンの頬をぽいっと放して、腕を組んで少女の顔を睨み付けた。リリオンは自分の頬を押さえながら、何のことか分からないとも言うように不安げにランタンを見つめている。

「この迷宮の、魔物の傾向は覚えている?」

「――物質系」

「よろしい。僕に石を食べる趣味はないよ」

「うー」

 そう言ってランタンはゆっくりと歩き出した。

 魔物の分類は多岐に渡り、いわゆる学術的な分類などは頭が痛くなるような複雑さを持っているが、探索者は魔物を大別して二種類に分ける。

 それは生物系と非生物系の二種類である。

 探索者の中でも少しずつ区別がずれるような所もあるが、基本的な区別の付け方はこうだ。

 すなわち食べられる魔物は生物系、食べられない魔物は非生物系、と。

 物質系の魔物は一匹残らず非生物系の魔物である。

 三六六地区、中難易度物質系中迷宮。血肉のない、無機物身体を持つ魔物が跋扈する迷宮である。だからこそランタンはこの迷宮を選んだのだ。

 先日に犯罪組織と戦って、いくら何でも人を殺しすぎたとランタンは思った。

 少人数ならば問題ないのかと言えばそう言うわけではないが、だが一日で百三十名弱と言う数字はどうしたって多すぎる。その数字はランタン、リリオン、テスの三名での戦果であるが、単純に三で割ればランタンの戦果が出るわけではない。正確な数字は分からないが、おそらく半分の六十名程度が自分の手によって積み重ねられた数字であるとランタンは思っている。

 人に限らず、魔物に限らず、しばらく血の臭いは嗅ぎたくはない。

 殺したくない、ではないのかとランタンはこの世界に毒されつつある己が少しばかり面白かった。昔はもっと嫌悪感があったはずなのだが、不思議な物だ。これも慣れの一つなのだろうか。

「止まれ、五歩後退」

 ランタンがふいに一言呟いて、大股で五歩下がると通路の奥を指差した。リリオンが目を凝らして指の差す方を見つめると、灰色の地面と同化していて見えづらかったが何かが蠢いていた。

「ちゃんと聞いてたからね。覚えてるから、言っちゃダメよ」

 灰色のうぞうぞした集団は探索者ギルドから報告された魔物である。この迷宮を予約する際にランタンがその名前を教えているので、リリオンは先の失態を取り戻そうと必死である。焦らなくてもいいのに一人で焦って、リリオンは口をぱくぱくさせて喉の奥から名前を引っ張り出そうとしているが、なかなか出てこなかった。

「す」

「すとーんあにまる!」

「うん、ちゃんと覚えてたね」

「当たり前よ!」

 それらは石獣(ストーンアニマル)と呼ばれる魔物だ。迷宮の上層から下層、稀に最下層にまで現れる事のある物質系魔物の中で最も有名な魔物の一種である。

 その名の通り石の身体を持つが、獣の形をしているかと問われれば素直に頷く事を躊躇わせる微妙な形状をしている。大きめの石の塊に四肢となる突起を付けたその姿は、ほ乳類とも昆虫類とも爬虫類ともつかない歪なものだ。

 身体が石である為に歩くと地面とぶつかってカチカチと音が鳴る。リリオンの聞いた足音がまさにそれである。

 石獣に限った話ではないが、物質系魔物の多くには目も無ければ耳も無い。精核と呼ばれる感覚器官で魔精を感知して人の接近を知るのである。

 ランタンから石獣までの距離は約百メートルであるが、まだ石獣の知覚範囲に引っ掛かってはいない。報告が間違っていなければあと二十メートルも近付けば石獣は一斉に襲いかかってくるはずである。

 報告された石獣の数は二十四匹だったはずだが、目に見える範囲には十と少ししかいない。それは知覚範囲外からの範囲攻撃で一網打尽にされないようにと、石獣たちが蟻の行列のように縦に並んでいる為だろう。

「小さいのね」

「まあ上層の魔物だしね」

 リリオンの大剣は文字通りの大物向けの武器であり、少女にはまだそれを繊細に扱う技術は身についていない。それでなくとも物質系魔物の多くはその身体を構成する物質のせいもあって斬撃に対しての耐性が高い。

「リリオンは見ててもいいよ」

 その反面、戦槌を操るランタンにとってこのサイズの石獣は完全にカモである。石獣の身体が如何に硬くともランタンの戦槌が当たれば容易に砕ける相手であり、またその単純な身体構造の為に石獣の攻撃方法は体当たり程度の、つまりは当たりに来る相手でもある。

「やだ」

 だがランタンの提案をリリオンは拗ねたように唇を突き出して一蹴した。

 ランタンはその様子に小さく笑い声を漏らした。負けん気が強くて何よりだ。笑ったランタンにむっとリリオンが睨んだ。

 探索者にとって様々な特性や能力を持った魔物に柔軟に対応することは、どのような魔物が出るか分からない、何が起こるか分からない迷宮にあって大切な能力の一つである。探索者一人一人に得意な相手苦手な相手、向き不向きがあったとしても、苦手なり不向きなりにどうにかしなければいけない場面は必ずやってくるのだ。そしてそこから逃げ出す事ができるとは限らない。

「……剣は抜かない方がいいかもしれない」

 石の身体を斬ればどうしたって刃は潰れるし、足元に蠢く相手に剣を振り下ろしてもし外してしまえば地面を叩いてしまう。これは小回りの利く石獣にとって大きな隙となるだろう。

「盾で潰す、でしょ? あと蹴る」

 心配いらないとばかりにリリオンはランタンに笑いかけた。ランタンは返事をする代わりに手の中で戦槌をくるりと回して握り直すと、突撃を命じるように戦槌を石獣に差し向けた。リリオンが剣を納めたままの方盾を構えて、僅かに前傾姿勢となった。

「さあ行くよ」

「うんっ!」

 ランタンが先陣を切り、後ろからリリオンが追ってくる。

 二十メートルなんてあっという間の事で二秒弱で石獣の知覚範囲内に二人は踏み込んだ。石獣は前後の区別のほとんどない石の身体をランタンたちに向けて、一斉に走り出した。カチカチと鳴っていた足音が、強く石を打ち鳴らす激しい音へと変化し、石獣の中には足元に火花を迸らせる個体も存在した。

 この場にいる石獣は多少の差はあれどおおよそ五十センチ四方の石の塊である。一見すれば両手に抱えられそうな大きさだが、小さめの個体でさえその重量は三百キロを下回る事はないだろう。三百キロの個体に速度を乗った体当たりをされれば、骨は容易に砕けて、酷い場合には膝から下が千切れ飛ぶ。

 ランタンにとって得意とする相手ではあるが、それでも侮っていい相手ではないのだ。

 石獣を相手にする際に重要なのは速度を付けさせない事だ。

 ランタンがぐんと加速して壁を走り、先頭を走る石獣をすれ違い様に鶴嘴の先で引っかけて転ばせる。関節部位が未熟な、ただの突起でしかない石獣の四肢は転倒から起き上がる事ぐらいはできても、転ばないよう踏ん張ったり、衝撃を吸収するというような事は難しい。

 転んだ先頭に追突した後続が玉突き状にすっ転び、その惨状を横目にランタンは縦に並んだ石獣の最後尾まで到達した。

 数は二十三か四。偵察隊の勘定通りだ。

 石獣の列、その後ろ半分ほどは転倒集団にまで到達せずに無事であったが、最後尾に現れたランタンの魔精に反応した。石獣たちは最も近くにいる人間であるランタンへと襲いかかる為に、折角の助走で付けた加速を殺してつんのめるように立ち止まる。そしてもたもたと反転してようやく再び走り出した。

 だがそれはあまりに遅い。

 ランタンの振り下ろした戦槌がまず一匹を捉える。質量と硬さの両方を兼ね備えた石獣の身体を打つと、さすがに手首にずっしりとした衝撃が掛かる。だが単純な石程度の硬度であればランタンの戦槌を弾くにはあまりも脆くもある。

 石獣は打たれた部位からばきんと割れて、全身に罅が入ったかと思うとばらばらに砕けて散った。

 そのまま戦槌を跳ね上げるように斜めに薙ぐと、別の石獣の胴に鶴嘴が突き刺さった。突き刺したまま手首を軽く捻ると、鶴嘴に穿たれた穴から亀裂が広がり石獣が真っ二つに割れた。その断面に魔精結晶と化したビー玉大の精核が露わになった。回収は後回しだ。

 ランタンは接近してきた別の石獣を蹴り飛ばした。びくんと脹ら脛と太股が同時に強張る。

 さすがに三百キロ超の石の塊を蹴りつけたのは失敗だったかも知れない。戦闘靴(ブーツ)の爪先は金属に覆われているので指を骨折するような事はないが、足に掛かった衝撃は戦槌で叩いた時とは比べものにならない。

 それは石獣を蹴り砕いたのではなく、蹴り飛ばしたためだろう。

 緩慢に吹き飛んだ石獣は、別の石獣にぶつかって二匹が互いに砕けて割れた。

 ランタンはそのまま蹴り足を前に下ろして適当に歩を進める。石獣たちを軽く小突きながら体当たりを防ぎつつその身体に罅を入れて、自らの周りに石獣たちを集める。数は七匹。これぐらいで充分か、とランタンは頬を歪めた。

 一網打尽だ。

 一切の予動作なくランタンの足元で爆発が巻き起こり、その衝撃波によって石獣たちは互いにぶつかり合い、ランタンの入れた罅が広がると切り裂かれたように割れた。灰色の石獣、その身体が黒く焼けて、その内部に抱いた魔精結晶を熱している。

 魔精結晶の質が少し落ちてしまったかも知れないが、この石獣程度の結晶では端金にしか――ランタンにとってはだが――ならないので特に問題はない。

 視線の先ではリリオンがわたわたと戦っている。

 遠目から見ると犬猫が足元にじゃれついてきて持て余しているようにも見えたが、なかなか大変なようである。速度が乗っていなくとも、それでも何だかんだで三百キロ超の質量であるし、犬猫とは違ってその身体は硬質である。

 リリオンは盾の下端を叩きつける事でどうにか石獣を砕いてはいるが、足元にまで近寄られてしまうとすらりと長い手足が少しばかり窮屈そうである。

 転んだら悲惨なのでランタンはリリオンに近付いた。

 石獣は獲物を転倒させると、その身体をよじ登りその上で足踏みをする。石獣の重量を支える四肢は突起であり、三百キロ超の重量によって押し込まれる突起は容易に人の肉を突き破り、骨を砕いて、内臓を押し潰すのだ。

「後ろに跳べっ!」

 ランタンが声を掛けると、リリオンは盾を強く地面に叩きつけてその反動を使って跳躍した。リリオンの魔精に引き寄せられて二匹ほどが群れの中から飛び出してリリオンを追ったが、残りの四匹はランタンとリリオンのどちらを狙おうかと迷うようにその場で一瞬だけ動きを止めた。

「せいっ!」

 四匹の中心に叩きつけた戦槌が爆発を巻き起こして、巻き起こった衝撃波が石獣をばらばらに引き裂いた。

 残りの二匹はリリオンに任せても問題はないだろう。離れすぎず、かと言って近寄りすぎない。一定の距離を開けて、一匹一匹を落ち着いて処理をする事ができればリリオンにとっても石獣はそれほどの脅威にはならない。落ち着けるかどうか、と言うのが最も難しいところなのだろうが。

 盾の叩きつけによって、二匹の石獣は程なくただの石の塊へと姿を変えた。リリオンは大きく肩で息をしてランタンに駆け寄ってくる。

「うー、ランタン……」

 勝利の喜びよりも少しばかり情けない声を出したリリオンに、ランタンは少女の尻を引っぱたく事で答えた。

「先に結晶の回収。石が熱くなってる奴もあるから火傷に注意ね」

「……うん」

 石獣の死体を戦槌で掻き分けて魔精結晶を探す。砕けた死体はもとより、二つに割れた死体でもことごとく魔精結晶は露わになっている。もしかしたら石獣は精核を二つの石で左右から挟み込むようにして生み出されているのかも知れない。そう思わせる割れ方をしている。

 こうやってじっくりと石獣の死体を観察していると、歪な塊でしかなかった石獣の形状に獣らしさを見つける事ができる。この突起は猫の耳に似ているとか、あの突起は未発達な尻尾だろうか、と言うように。

 石獣から回収した魔精結晶はビー玉大からピンポン玉大の二十二個だった。ランタンが石獣の数を数え間違えたのではなく、残りの一、二個の結晶は石獣を倒す際に一緒に砕いてしまったのだろう。大きさも魔精の純度も大したものではないので、それほど惜しくはない。

 ランタンは魔精を納めた回収袋の口をきつく閉じて、リリオンの背嚢の中に放り込んだ。

「あんまり、やっつけられなかった」

 その言葉にランタンは僅かに苦笑して肩を竦めた。

「僕よりリリオンの方が多くやっつけてたら、僕の立つ瀬がないからね」

 ランタンの体調が万全ではないと思い込んでいるリリオンには、自分が頑張らなければいけないというような気負いがあるのかもしれない。それはやる気として良い方向に作用する事もあるが、空回りしては目も当てられない。

 一からの探索と言うのも気負いの一因だろうか。

「ま、役割分担は大切だよ。僕は割とちょこまか動く遊撃タイプだから小物の相手は結構得意で、リリオンはどっしり構えて大物相手に正面戦闘かますタイプでしょ?」

「でも、……ランタンはおっきい魔物とだって戦えるわ」

「まあそれはね、最終目標(フラグ)は基本的に大物だし、必要だったからね」

 何もかもを一人でこさなければならない単独探索者としては、万能戦士(オールラウンダー)であることが好ましかった。ランタンは己がそのような存在になれたとは思っていなかったが、それでもいくつかの小手先の技術が身についたとは思っている。

「もし最初っからリリオンと探索者をやってたら、もうちょっと不器用な探索者だったかもね」

 そう言ってランタンはふいにリリオンの顔を見上げた。

「リリオンって単独攻略する予定でもあるの?」

「――ないよっ!」

 何気なくはなった言葉に、リリオンはランタンの鼻先に噛み付くほど顔を寄せて吠えるように言い返した。ランタンはその迫力に少しばかり驚いたが、平然としてリリオンの顔を押しのける。リリオンの頬がかっと赤くなって、熱を発していた。

 やはり冷たい手は便利だと思う。

 ランタンは熱くなったリリオンの頬を撫でながら小さく笑った。ランタンの掌がリリオンの熱を奪い取り、冷ますにつれて次第に少女は恥ずかしがるように下唇を噛んだ。

「そんなに焦らなくてもいいんだよ。たぶん僕の三回目の迷宮攻略って、もっと何にもできなかったし」

 思い出すと、よく生きているな、と我ながらぞっとする。それに比べればリリオンの探索振りは三回目とは思えないほどに堂々としたものである。

「さ、まだまだ迷宮の先は長いし、魔物もいっぱいいるんだから。一回一回の戦闘で喜んだり落ち込んだりしている暇はないよ」

「うん」

 そう言ってランタンは頬に触れていた手で、リリオンの手を引いて歩き出した。

「ちょっと手が温かくなったね」

「んー、リリオンのほっぺが温かかったからね」

 いひひ、とランタンが笑うとリリオンの頬がまた色づいた。それでもランタンの手が温かくなった事が嬉しいのか、リリオンは少し強くランタンの手を握り返した。

 一つの魔物の群の近くに、別の群がいる事は滅多にない。迷宮の大きさにもよるが中迷宮ならばここから徒歩一時間圏内での警戒レベルは大きく下がる。なので少しの間手を繋いで歩くぐらいはしてもいい。

 そう思っていたのだが。

「討ち漏らし……か?」

 二十分ほど歩くと石獣のものと思われる足音が聞こえた。おそらく一匹なのだが、余程興奮しているのか断続的で不規則な激しい足音である。

 ランタンは咄嗟にリリオンの手を離して、腰から戦槌を抜き放った。リリオンにも警戒させる。

 たかが一匹の石獣だが、これは不測の事態である。もしかしたら何かしらの突然変異が起こって恐ろしく強い石獣が現れないとも限らない。ランタンは大きく息を吐いて冷静である事に努めながら、ゆっくりと先に進んだ。

 迷宮の通路は緩やかに、だが大きく弧を描いていた。石獣の足音は近付くにつれて次第に大きく響いているが、それは石獣の方から近寄ってきているという雰囲気ではない。どうやら同じ場所で足踏みをしているようだった。だが曲がった出会い頭に鉢合わせる可能性も零ではない。

「ねえ、これって足音なのかしら?」

 リリオンがランタンにそっと尋ねた。

 足音だと思っていたが、それはカチカチと鳴るような足音ではなく、気が付けばガチンガチンと乱暴に打ち鳴らされている。巨大な石獣が足踏みをしているのだろうか。もしそうだったら厄介だ。

 五十センチ四方の石獣の重量は三百から四百キロほどだが、その倍の一メートル四方の石獣である場合にはその重量は優に二トンを超える。質量の増加は、そのまま石獣の脅威度の増加に他ならない。

「振動がないから、そんな事はないと思うけど……」

 ランタンがリリオンを安心させるように呟いて、すっと目を細めるとついにその石獣の姿を視界に捉えた。その途端にランタンは訝しむように眉根を寄せて、リリオンも同じようにきょとんとした。

 石獣の数は一匹。大きさはやや小さめだ。

「あれ、なに?」

「石獣、……だと思うけど」

 自信なさげにランタンは言いながら、そろそろと石獣に近づいた。石獣の知覚範囲内に入っても、石獣はランタンたちへと襲いかかってはこなかった。ただその場でいっそう激しく、ガチンガチンと音を鳴らした。

「なんだこれ……」

 その石獣には四肢となる突起が無かった。

 その姿は四肢をもがれた獣でも、あるいは芋虫でもなく、陸上に打ち上げられた魚に似ていた。ぼてっとした流線型の身体がびちびちと身悶えている。

 石獣を戦槌の先でつんと突くと、石獣はびくんと大きく飛び跳ねた。

「なんだこれ」

 ランタンが再び呟く。当たり前だがリリオンが答えるような事はなかった。


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