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たいへんみじかい
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ランタンをリリオンの所へ向かわせて、ルーはゼインを探した。
探している最中にきちんとランタンを送ってからにした方がよかっただろうか考える。
もしかしたら一人で迷宮の様子を偵察にいくかもしれない。ランタンはそれがまったくないとは言い切れないところがある。
不安になって今からランタンの所へ戻ろうかとも思ったが、あからさまに嫌な顔をするのが容易に想像できた。
ルーは気持ちを切り換えて、早くゼインを見つけることにした。
町中で思い思いに過ごす遠征隊を見かけてはゼインのことを尋ねるがなかなか見つからなかった。
しかし年頃の町の女にゼインの特徴を尋ねると、ああその人ならどこそこで見かけた、との目撃情報がすぐに手に入った。
ゼインの金属質の肌はいかにも異質だったが、彼は元々の顔の作りがいい。
変異前には探索者としての実力とその精悍な顔立ちもあって、なかなか目立った有力な探索者だった。
彼の下には仲間が多く集まったから、傭兵探索者のルーとは接点がなかった。
彼は以前の自分との差異に苦しんでいるようだった。探索者にしては珍しくずいぶんと明るい道を歩んできたからこそ、自分の肉体の歪が人目にさらされることに怯えた。
しかし今のゼインは、その肌を隠すことなく晒している。遠征隊の中ではそもそも隠す必要もないし、この町には以前の彼を知るものはもちろんいない。あるいはティルナバンに戻っても最早、隠さないのではないかとも思う。
自信を取り戻したのか、別種のそれを身に付けたのか、立ち振る舞いが以前のように堂々としている。
たったそれだけでのことで光によって色を変える金属質の肌が妙に魅力的に見えることもある。女の目に留まるのも不思議ではない。
女の情報をもとに町を行くと、ゼインはすぐに見つかった。
人気の少ないところで、それが少し意外だった。
彼ならば率先して町の手伝いをしていていそうなものだったからだ。
ゼインは仁王立ちになっており、その背中越しに二人の変異探索者が尻餅をついていた。
「ゼインさま?」
声をかけると、ゼインはゆっくりと首だけで振り返った。ルーの顔を見てふっと息を緩める。その目には激情の名残が見えた。肩はいかり、背中が張っている。
ゼインはそれを隠すように目を閉じて、再び探索者へ視線を戻した。
二人はよろよろと立ち上がった。
「行け。頭を冷やしてこい」
ゼインの声は硬かった。
二人は言葉にしたがって場を離れていったが、その足取りは重たげだった。疲労だけによるものではなかった。どうやらゼインに殴り飛ばされたようだ。
喧嘩と言うには一方的だった。確かに実力はゼインが勝るが、二対一ならば勝敗はどうなるかわからない。二人はあえて拳を受けたのかもしれない。
「――俺に用か?」
ゼインが身体ごと振り返った。
目元は既に柔らかいが、胸の前で腕を組むと胸筋が張り裂けそうなほど盛り上がった。
「ハーディさまがお呼びです。お力をお借りしたいと」
「ハーディが俺に? 何かあったのか」
「急用ではございません。ただランタンさまが少しお疲れなので、一時的に指揮をハーディさまが執ることになりました。それでゼインさまにお手伝いしていただきたいとのことです」
「ランタンが? なるほど、望むところだ」
ゼインは眉根を寄せてランタンを気遣い、すぐに頷いてみせた。
ルーは感謝を述べ、それから小首を傾げ、二人が去っていった方へと視線を向けた。
「彼らはよろしいのですか? 解決すべき問題を抱えているのでしたら、他の方を当たりますが」
「いい。いや、よろしくもないが、すぐに解決できるものでもない」
ゼインは言い淀み、そして歩き出した。ルーもそれに続き、案内のために横に並んだ。
「話していいものか」
「どうぞ。普通の探索者よりは口は硬い方ですよ」
「そうか、傭兵探索者だったな。――あの二人は女を買おうとしていたんだ」
ゼインの告げた言葉に、ルーはなるほどと微妙な顔で頷いた。
戦いの後、男は昂ぶるものだ。その欲求を満たすために探索後、疲れて傷ついた身体のまま娼館へ向かう探索者など珍しくもない。ルーも何度ランタンの昂ぶりを受け止めただろうか。
しかし、この町は今戦時のまっただ中だったし、経済活動もほとんど停滞していた。
ゼインを探す間、街を歩いたが市場は閉まっていた。
女たちは金を得たとしても、それを使う先がそうそうない。
「どこにでもある話とは言えな。それにこの身体だから、昔のようにはいかない」
他者の温もりでしか満たせない孤独は確かにあり、その孤独を男も女もずっと抱えている。
それを忘れるための一人での手慰みも、この集団行動の中では限られる。夜にこそこそと隊を離れるものにその行き先を尋ねないのは暗黙の了解だった。
ぐつぐつと身の内で煮詰まっていく滾りを彼らは抱えており、これは切実な問題だった。我慢は身体に毒だが、しかしこれを満たすためには他者が必要になった。
そして悩みは性的なものだけではない。遠征隊は変異という共通の悩みを持った共同体だったが、しかしそれしか持っていないわけではない。人の数だけ悩みはある。
「しかし襲うのではないのなら、それもしかたのないことなのではないでしょうか」
「――対等な取引ならそうだ。だが周りを見てみろ。この町は疲弊しきっている。――これでは弱みに付け込むようなものだ」
ゼインはルーに詳しくを語らなかったが、彼らが対価として提示したのは遠征隊の物資である食糧や薬だった。それは自由に使っていいとランタンに言われているが、そのように使うのは裏切りに他ならなかった。
ゼインは組んだ腕をようやく解き、確かめるように拳を握った。
二人を殴り飛ばしたときその衝動は怒りだと思ったが、もしかしたら悔しさであったのかもしれないと今は思う。拳には鈍い痛みが残っている。
「誠実ですのね」
「ふ、くそまじめと言うそうだ。以前もよく煙たがられた。だからかな、俺がこの姿になったら喜んだやつも少なからずいたな――」
「どうかされましたか?」
「――いや」
ゼインはほとんど無意識に愚痴った自分に嫌気が差して表情を歪めた。拳を開いて両の頬をぱちんと張った。
ルーはそんなゼインを見上げて、なるほどたしかにくそまじめだと思う。しかしそれが悪いことだとは思わない。彼の真面目さは隊の男たちに規律を与えている。
「今の話、ランタンには内緒にしておいてくれないか」
「どうしてですか?」
「話を聞けば、ランタンは自分でどうにかしようとするだろう。子供に頼るような話じゃない」
「ランタンさまは、皆が思っているほど子供ではありませんわよ」
「知ってるさ。隊の奴等の大半より思慮深い。だが真実、とても若いことに変わりはない。今までも頼りっぱなしで、こんな問題にまで付き合わせてはあまりにも情けない。それに、そもそもランタンが疲れているから俺が呼ばれたんだろう?」
「ええ、そうでした。ハーディさまが、あなたを指名した理由がわかります」
「光栄なことだ」
ゼインはいかにも口先だけでそう言って、快活に笑ってみせた。
「ランタンの代わりは務まりそうもないが、俺なりにやってみよう」
遠征隊の女の中にはゼインにほのかな恋心を持つ女もいる。その理由もよくわかった。
「あそこか」
ハーディが待つ建物が視界に入ると、もう案内はいい、と手を振って一人そちらに向かっていった。
ルーはその背中を見送り、踵を返してランタンを求めて駆けていった。




