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カボチャ頭のランタン  作者: mm
24 Trip Of The Unnamed
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 虎人族の巡回騎士はバックと名乗った。ハーディが名乗り返すと、もしや、と言って彼の巨体を畏怖と共に見上げた。

「竜殺しのハーディさま?」

「そう呼ぶものもいるな」

 ハーディが頷くと、バックは()()と息を漏らした。驚きが声にならなかったようだった。

「それは心強い!」

 そして唾を飲んで力強く頷いた。

 バックは二十ぐらいの、まだ若い男だった。他にもいる何人かの騎士も似たり寄ったりの若さだったが、バックが指揮を執っているようだった。

 その責任感のせいか目つきは鋭く、薄い唇から覗く牙もあって怒っているようにも見える。

 ある程度の地位に就いていた騎士たちは先の戦争で命を落としたか、姿を失ったのだろう。伯爵に近ければ近いほどその傾向は高くなる。

 もしかしたらバックらは正騎士ではないのかもしれない。

 指揮所としている一軒家に入り、ハーディが椅子に腰掛ける。ランタンとルーがその隣について、リリオンとローサ、ガーランドは町の手伝いに向かった。

 人手は足りていない。探索者たちにも手伝いをするように頼んだが、するもしないも彼らの自由だ。

 バックはランタンとルーをハーディの従者か何かだと思っているようだった。

 ランタンは戦場であれほど暴れていたのに、打って変わって物静かにしておりまるで別人のようだった。

 ランタンはその勘違いをあえて解かなかった。

 彼がサラス伯爵とどれほど近しい人間かわからないからだ。

 もしかしたら伯爵とランタンの因縁をよく知っているかもしれない。そして伯爵に心酔しているのかもしれない。そうであればバックはランタンを許さないだろう。

「気にしすぎじゃないか?」

 バックが席を外したところで、ハーディが尋ねた。

「気にしすぎて損をすることはないよ」

「ふむ――、サラス伯爵が魔道に溺れた挙げ句、領民を犠牲にしたと布告があっただろう」

「あったけど、全員が全員それを信じているわけじゃない。誰も彼も見たいものだけを見て、信じたいものを信じるんだ」

 ランタンは洗うように顔を手で覆い、ぎゅっと目を押し込んだ。目の奥にずきずきした痛みがある。

「ランタンさま、お休みになられますか?」

「いや、話を聞くぐらい問題ない。竜殺しさまが全部やってくれるって言ってるし」

「言ってはおらん」

 ハーディが腕組みをして、しかし笑った。

 ハーディは気楽な立場だった。

 戦いには率先して参加する。そしてそれが彼の望みだった。

 そんな自由な立場からランタンを見ていると、少し感心する。周りは全て年上で、しかも傷つき、擦れていた。

 ランタンは強い求心力を持っているが、当の本人はそれを喜ぶ性格ではなかった。

 しかも変異者たちは自分たちが何によって癒やされ、救われるかを知らなかった。

 ランタンは自分の求心力を駆使し、それをよく導いている。彼自身も迷いながら。

 これぐらいの苦労は代わってやろう、とハーディは思う。

 この遠征の中で、そんな風に考える探索者も増えたように思う。

 自分たちのために身を粉にするランタンに思うところがあるのだろう。

 バックが戻ってきた。

「お待たせしました」

 机の上に地図を広げた。この辺りの地図のようで、いくつかの町や村が記されていたがどれもばつ印がつけられていた。

「この一年で消えてなくなった町や村です」

「魔物の襲撃か」

「ほとんどは」

 バックは苦しげに眉を寄せた。

 伯爵がいなくなって領地は乱れた。魔物の出現だけではなく災害、疫病、貧困。様々な要因によって日常を失い、追われて逃げるように安住の地を求めた。

 かつてバックの父が虎人族の中でも一際獰猛そうな姿を疎まれて故郷を追われたように。

 この町は受け皿だったが、しかし安住の地とはほど遠かった。

 バックは鋭い爪で穴を開けるようにある一点を指差した。

「――ここに迷宮が発生したのです。魔物はそこから湧き出し、次々に周囲の村々を襲い、滅ぼしました」

「ほう、――いや、おかしい。迷宮から魔物が湧き出すのは、それが崩壊したときのはずだろう」

 ハーディはちらりとランタンに視線を向けた。ランタンは小さく頷く。

「ハーディさまのお仲間たちと同様に、ここでは迷宮さえも変異しているのです。迷宮は崩壊することなく、ただひたすらに魔物を生み続けている。迷宮を攻略しようにも、我々が打って出てはこの町を守るものがいなくなる。生き残ったものたちがこの町に集い、そして門を閉ざし、これを開けようとする魔物たちと戦ってきましたが。――我々の戦い振りハーディさまの目にはどう見えましたか」

「よくやっている。が、負け戦だな。向こうは無尽蔵に戦力を補給でき、こちらは減る一方だ。援軍も期待できないのだろう」

「我々は伯爵亡き後、領民のために戦ってきました。各地を巡り罪に走るものがいればこれを咎め、魔物の存在があれば駆けつけて戦ってきました。……しかし我々の全てがこの剣に忠実だったわけではありません」

「少なくともお前たちは忠実だった。そうだな」

 バックはこくりと頷いた。

「魔物が無尽蔵に増えるのならば時間をかけるのは得策ではないな。やるべきは迷宮の攻略か。起重機(クレーン)はあるか?」

「いえ、……恥ずかしながら壊してしまいました。攻略を試みましたが迷宮口へ向かう途中、魔物に襲われて」

「そうか。そもそも降りる手段がないか」

 ハーディが顎に手をやって髭を揉んだ。

 今まで大人しくしていたルーが沈黙を埋めるように口を開く。

「数名で降りるのならばわたくしの力で運べますわ」

「本当か!」

「浮いたり沈んだり、そういった魔道をもっておりますので。お力になれるかと」

 微笑んだルーがふいに身を震わせた。バックが不思議そうな顔をする。

 机の下でランタンがルーの太ももに触れていた。その柔らかさを確かめるみたいに指で押し、そのまま字を書くように動かした。

「なにか問題が?」

「……いえ、わたくしたちの荷物に迷宮崩壊薬が含まれているのを思い出しまして」

 ルーが白々しくそう言うのを聞いて、ランタンは押しつけていた指を離した。

「どれほどの魔物が崩壊によって地上に出現するか。それはわかりませんが迷宮を攻略するよりも確実かと」

「そんなもの、よく持ってきたな」

「この地には迷宮も多く湧くと伺っておりましたので、何かの助けになるかと」

 迷宮崩壊薬はその名の通りの効果をもたらす薬だ。

 迷宮に投げ込むことで効果を発揮し、本来は攻略するか、寿命が来るまで待つしかない迷宮の崩壊を早めることができる。

 攻略と違い迷宮崩壊の際に、その内側に存在する魔物が地上に溢れ出てしまうが、町の現状を考えるとこれが最善手であった。

「とりあえず崩壊薬(それ)を使うには迷宮口に近付かねばならんな。今、地上にどれほどの魔物がいるか。その増加速度はどれくらいか。こちらの戦力がどれほどあるか。調べられるのはそれぐらいか」

「我々はもちろん戦います。しかし町のものたちもやはり戦いに参加させなければならないでしょうか?」

「前線に立てとは言わない。一対一なら百回でも千回でも負けはしないが、一気に来られると後ろに抜かれる。これの勝ち負けは個人の生死ではなく、町の防衛だ。さきほどと同じ、町への侵入さえ防げればよい。そこさえ守り切ってくれれば、あとはこちらでやるさ」

 はっきりと言い切ったハーディにバックは深々と頭を下げた。

 ほとんど無表情で黙っていたランタンがふいに口を開いた。

「今回はそれで解決しても、また迷宮は生まれるんじゃない? ここはもうそういう土地なんだろう」

 バックは頭を上げ、一度ハーディに尋ねるような視線を向けた。

 しかしランタンの生意気そうな口ぶりが、先程の戦いで戦鎚を振るっていた少年の姿を思い出させた。

 バックははっとする。

「ああ、そうかもしれない。だが先のことは」

「わからない、か。楽観主義もいいが、町の人を逃がすことはできないの? 隣接する領地の主たちは難民の受け入れを表明してるよ。あなた方が護衛について運んでやればいい」

 ランタンの言葉にバックは難しい顔をしている。

「そう簡単に故郷は捨てられない。そういうものもいる。特にここは追われるものの最後の土地だったのだ。今さらどこへ行けと言うんだ」

 伯爵が生きていた頃、この地は安全な箱庭だった。

 それがまさに伯爵にとっての箱庭だったことに気付いていたのか、いないのか。領民はここでの暮らしに概ね満足していた。

 仕事があり、食事があり、家があり、友人があり、恋人があり、家族があって日々の生活があった。

 今はもう失ってしまったが、思い出は残っている。

 そう簡単に割り切れるものではない。それに護衛がついたとしても旅は過酷だ。

 家の外からは戦いの後の慌ただしさが聞こえてくる。

 物資を、人を運ぶ車輪の音。痛みに喚く声と、死を嘆く泣き声。外壁の修理をしているのか金鎚の響きが淡々と時間を刻むようだった。

 それらに混じって子供の笑い声が聞こえてくる。

 多くを失ってしまったが、全てをではない。

「出ていくのも、残るのも自由か」

 ランタンは呟いた。しかし残るのは得策ではないだろう。

「ランタン。今は次の戦いのことを」

 変異探索者だけではなく、この町のものたちの苦労さえ背負い込みかねないランタンの表情に気が付いたらしく、ハーディが呆れと心配を一緒にしてその思考を遮った。

「――そういえば疲れたから任せると言っていたな。采配は俺が振るおう。お前は一人の戦士として戦え」

「でも」

「ルー、ランタンを連れ出せ。その代わりにゼインを呼んできてくれないか」

 身体に金属片を有するゼインは変異探索者の信頼も厚い男だった。まとめ役としては適当だろう。

「ランタンさまお言葉に甘えましょう。働き詰めですもの、少しはお休みにならないと」

 ルーに促されて、ランタンは渋々立ち上がった。

「ランタン、()()

「殿なんていいよ。なにか?」

 バックがランタンを呼び止める。

「休めるように空き家を用意しよう。夕刻までには」

「助かる。ありがとう。じゃあ」

「ああ――」

「まだなにか?」

 バックは言い淀んで、視線を彷徨わせた。ランタンが溜め息をつき、背を向けると再び呼び止める。

「失礼。――連れの、あの下肢が四つ足の虎人族の少女、あれもまた変異によるものか? あの少女は」

「あの子は僕の妹。変異かどうかは教えない。あの子、個人のことだから。何か気になることでも?」

「……」

「当人に尋ねてもいいけど、そのついでに口説きでもしたら迷宮口に突き落とす」

 ランタンは冗談のような台詞を少しも冗談に聞こえぬ口ぶりで告げ、もう振り返らず家を出た。

 ルーは二人に頭を下げ、ランタンの後ろを影のように続く。



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[気になる点] >バックが席を外したところで、ガーランドが尋ねた。 ハーディの間違いだと思います
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