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カボチャ頭のランタン  作者: mm
24 Trip Of The Unnamed
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時間稼ぎ

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 女も子供も一緒になって地面や死体に突き刺さっている矢や転がっている投石の回収を行っている。

 猿鬼の装備を剥ぐものもいるが、これらは個人の財産にはならない。

 そういったものは騎士たちの下に集められ、また次の戦いが起こったとき男たちに配られる。

 もう手慣れた様子だった。

 深く突き刺さった矢を抜くのに、死体を踏んづけて思いっきり引っ張る子供がいる。矢はどうにか抜けたが勢い余って尻餅を撞いてしまう。

 血に濡れた地面に打ちつけた尻は痛いやら汚れるやら、ひどい有様だった。ふて腐れた様子で立ち上がり、しかしまた別の死体に突き刺さった矢の回収に向かった。

 その姿は町が何度も魔物の襲撃に遭っている事を物語っている。

 辺りには胸の悪くなるような死臭が漂っている。

 怪我人や戦死者が町の中へと運ばれていく。さすがにこちらは切迫した様子だった。

「手の空いてるやつは手伝ってあげて」

 探索者たちもそれなりに疲れているようだったが、怪我人に肩を貸してやって町中へ運んでいく。

 共に肩を並べて戦った兵たちは感謝をしたが、今まで町中に隠れていたものたちは変異探索者たちへ警戒するような視線を向けている。

 得体の知れないものが町中へ入ってくるのだから当然だろう。変異への警戒よりも見知らぬものへの警戒心のようだったが、探索者たちにとっては区別がつかない。

 探索者たちはさすがに少しうんざりした様子だった。

 彼らのために命を懸けて戦った報いがこれではそれもしかたがない。慣れたことではあっても、徒労感もある。

 怪我人が大勢出た。

 町の兵たちはそれが職業ではなく、必要に迫られて戦に駆り出された男たちだ。

 伯爵領の男たちは差別によりこの地に辿り着いた亜人族も多く、また兵農一体の教えに基づきそれなりに()()と評判だったが現実は残酷である。

 度重なる襲撃に戦える男たちの数は減り、減った分だけ劣勢となり、またそれが多くの戦死者、戦傷者を生む悪循環だった。

 怪我の具合がひどいものたちは広場に寝かされて、その合間を女たちが忙しく駆け回っている。

 彼女たちもまた確かな知識を持つ医療者ではない。

 裁縫針で傷を縫い合わせたり、料理包丁で膿んだ傷口を削いでいたりしている。

 人も物も何もかもが足りていない。

 女は呻き声を上げる男の手を握り勇気づけるが、そういった男たちはあちこちにいて握ってやる女の手も足りなかった。

 変異探索者が一人、怪我人を運んできた。

 魔犬に噛まれたらしい男は足に傷を負っているが意識がはっきりしており、そのせいで痛みにうんうんと呻いている。

 探索者は男を広場に寝かしてやると、死にはしねえよ、と素っ気なく言って辺りに視線を巡らせた。

 生と死の入り交じる空気感は何とも懐かしいものだった。

 迷宮崩壊戦などではよくこんな事になった。

 その日に集められたものたちと肩を並べて戦い、戦いが終わった後には生き残ってほっとする自分と、死んだり、死にかけたりしている仲間がそこにいた。

 男が得た変異は鱗だった。

 殺すことよりも、身を守ることを願った姿だ。

 青っぽい鱗が全身をびっしり覆い、そのせいで身体は重く、関節が昔のように動かない。

 鎧は必要なくなったが、鎧のように着脱できないので不便だった。

 戦い方は乱暴になったが、怪我は減った。

 ぱっと見れば血の濃い蜥蜴人族のようでもある。

 その共同体の中でならば自分も奇異の目に晒されることなく生きられるのではないかと考えたことがあった。

 しかし現実は甘くない。

 どうやら彼らの目に自分はまったく違う種族のように見えるらしく、馴染むことはできなかった。

 あるいは自分自身も、自分を蜥蜴人族であると思い込むことができなかったから、それを感じ取ったのかもしれない。

 それ以来、倦んで生きてきた。

 もうどこにも交わることはないのだと思った。

 変異者同士でつるんでいても、それは集団ではなく、孤独同士がただ近い距離にいるだけだ。傷の舐め合いも、本当は自分の傷を舐めているに過ぎない。

「ちょっと、どいて!」

 女が一人、探索者を突き飛ばすように脇を駆け抜けていった。

 髪が乱れて揺れている。

 くん、と鼻を動かした。

 鱗に覆われた顔は表情が動かず、小鼻も大して膨らまなかった。だが血と女の汗の臭いが嗅ぎ取れた。女のエプロンは既に血で汚れている。

 こちらをちらりとすら見なかった。その様子は心地良くもさみしくもある。見たら悲鳴を上げるだろうと思うと少し笑えた。

 女は怪我人の傍らに跪き、声をかけたり頬を叩いたりしている。

 その必死な様子に興味を持って、そちらに近付いていった。

「大丈夫よ、意識をしっかり!」

 声がけにも男の目は虚ろだ。

 ひどい怪我だった。

 右腕はもうダメだろう。手首から先が皮で繋がっているような状態で、肘の少し下ぐらいの咬傷からは砕けた骨が露出している。腹からも出血がある。

 女が布を当てて止血を試みるが、ただ布が赤く染まるばかりだ。

「おい」

 探索者は声をかけた。

 女がきっと睨むように顔をあげ、怒鳴り声で返した。

「なに!」

「あんたじゃない」

 よっこらしょと腰を屈めると、鱗が擦れあってぎりぎりと音を立てた。男の顔を覗き込む。真っ青を通り越して土のような色をしている。

「とどめいるか?」

 そんな男に探索者は当たり前に問いかけた。

 戦いの終わりには珍しくもない問答だ。

 これを嫌うものもいるが、必要な言葉だと思っていた。

 もちろんこんな台詞を言わずに済むのならばそれに越したことはない。だが今、目の前の男に残されているのは自分の終わりを決める自由があるだけだった。

 男の口がぱくぱくと動いた。

「わかんねえよ。ほら、頷くか嫌々ぐらいはできるだろ? どっちだ?」

 少しの反応も見逃すまいとしていると突然、頬に衝撃があった。

「なんてこと言うのよ!」

 女が探索者の頬を張ったのだ。

 女の非力に痛みはない。鱗の顔に柔らかなところなど少しもなく、頬を張った女の掌にこそ傷ができている。

「手、大丈夫か? 悪いな、おろし金みたいだろう」

「これぐらいなによ! ううん、そんなことよりもなんであんな事を言ったのよ。この人でなし!」

「ひでえな。確かにこんな顔だが、魔物じゃないぜ」

 探索者肩を竦める。

 じろじろ見られて、ひそひそなにかを言われるよりも真っ直ぐな罵倒は心地良かった。

 女は怒りで赤くした顔をそむけ、怪我人の血を止めようとする。

「大丈夫、大丈夫よ。あなたは死なないわ」

「いや、無理だろう。腕はもうダメだし、腹の出血もひどい。なら苦しみは短い方がいいだろう。長く苦しませた挙げ句にダメでした、じゃあその方が残酷だ」

 探索者の問いかけは慈悲でもあった。

 戦いを生き延びても、傷のせいで死んでしまうことは珍しくない。仲間の手で送ってほしいと請うものもいる。

「腕がなくなったからってなによ。お腹に穴が空いたからってなに!? 死にたいわけないじゃない! もう一度言ってみなさいよ!」

 女は立ち上がり探索者の胸ぐらを掴んだ。

 凄まじい剣幕で目元に涙があった。

 周りに止めるものはいなかった。寝転がっているのは今にも死にそうな怪我人ばかりで、女たちは目を離せば死んでしまうと言わんばかりだ。

 たぶんこの女も、もう何人もの男を見送ってきたのだろう。そうとう参っているのかもしれない。

 女の迫力に探索者は思わず後退った。

 真っ直ぐこちらを睨んだ視線に物理的な圧力があり、鱗が砕けて素顔が露出したようにも思う。

 探索者が引いたせいで女が体勢を崩し、こちらに倒れ込んできた。

 それを支えてやって、今さらながらに気が付いた。

 女の右足は義足である。

 生身の足と変わらぬ魔道義足もこの世には存在するが、女のそれはつっかえ棒のようなものだった。

 しかし探索者は今の今までその事に気が付かなかった。

「放して!」

「ああ、悪い。悪かったよ」

 女を座らせてやり、探索者はどうにも落ち着かない気持ちになる。

 ばつが悪くてここから立ち去りたいような気もするが、なかなか足は動かなかった。

「なあ、あんた。こいつはあんたの何なんだ? 弟か、恋人か、それとも旦那か? ああ、まさか子供(がき)ってことはないだろ」

「うるさいわね。誰でもないわ、名前も知らない」

「名前も? そりゃいけないな」

 女は探索者に苛々していたが、もうこれ以上は構わなかった。

 努めて無視し、その横顔は彫刻のように硬いまま、傷口を押さえる布を新しいものに取り替える。その際に覗いた傷口に微かに眉を顰めた。

 探索者は男にまた尋ねた。

「名前は? 名前だよ。ああ、うん。ジーン? そりゃ女の名前だろ。あ、ジンか? 変な響きだ。短い名前がここらの流行か。よし、ジン。お前、まだ生きたいか?」

 男、ジンは確かに頷いた。

「わかったよ。なあ、あんた。こいつの名前呼んでやれよ」

「――ジン」

「もっとだ。繰り返せ。手握ってやって。恋人の名前呼ぶみたいに。――そっちの腕落とすぞ」

 女はジン、ジンと繰り返した。

 探索者は男の右の二の腕を止血の縛法できつく縛り、剣を抜いた。

 刃は魔物の血脂で曇っていたので服でそれを拭い取り、呼吸を一つ整えると、あっさりと男の腕を肘の所で斬り落とした。

「ぐううううう」

 男が歯を食い縛った。

 握り締められた左手が、女の手の甲を引っ掻いて肉を抉った。それでも女は男の手を放さなかった。

「あんまり息むな。腹の中身が出る。――なんだよ」

 女は何とも言えぬ目つきで探索者を見る。

「……この人、助かる?」

「さあな。でも可能性はある。腹から糞の臭いがしない。糞の臭いがしたら、中身が傷ついてるってことだからな。さて――」

「どこへ行くの?」

「薬もらってくるよ。はは、斬る前にもらってくるべきだったな。大丈夫、うちの大将は背は小さいが器がでかい。っていうかお人好しだ。薬なんざ飴玉ねだるみたいなもんさ。たぶん心底頼めば(けつ)だって貸してくれる。嫁さん貸してくれって言ったら殺されるだろうけど。――おい、腹を押さえてやれ。血が出てる」

「あなた、名前は?」

「ねえよ、人でなしなんだから。それに呼ぶのはそいつの名前だ。俺のじゃない。名前呼び続けろよ。男ってのはそれだけで生きてけるんだ」

 探索者は立ち上がり、遠征隊の荷車を探しに走った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 変異者に対して人でなしという言葉をかけるのは、この女性が男の内面を評価したものであって、決して表面的な差別の言葉ではないところに伯爵領っぽさを感じました。皆さん生きるのに必死だからでしょうか…
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