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カボチャ頭のランタン  作者: mm
24 Trip Of The Unnamed
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 ランタンが尋ねて回っても、雪の夜の現象をはっきりと認識しているものは不思議といなかった。

 ぼんやりとした認識だけがある。

 あるものは寝ぼけ眼に視た幻だと言うし、またあるものは心地良い夢を見たのだと言う。

 そうなるとただ一人その現象を確認したランタンの認識こそが幻のようだった。

「起こしてくれたらよかったのに」

 リリオンがもっともなことを告げる。尖らせた唇は不満の現れだった。

「気持ちよさそうに寝てたから。でもリリオンは途中で起きたよね。気が付かなかった?」

「ランタンが手を握ってくれたわ。わたしが覚えてるのはそれだけよ。わたしも見てみたかったな」

 しかし確かにあったのだ。

 目覚めると多くのものの体力が回復していた。

 もはや一夜の眠りでは回復しきらないほどに疲労は蓄積していたのに、ほとんどの探索者がすっきりと目覚め、ねずみに噛まれたものの熱さえ下がった。

「迷宮環境に近くなったのかもしれないな。魔精の濃さが増したんだろう」

 無意識下の願いの具象化は、それだけ魔精の濃度が濃くなったことを示唆している。魔精計の示す値も色も同様だ。

 もう雪は止んでいたが、今も残る積もった雪は自然現象ではなく魔精の悪戯なのかもしれない。

 外に出れば息は白い。

 何人もの男の探索者たちが工場の裏手に集まり、壁に向かって一列に並んだ。

 その中にはランタンも居てズボンの前を捲り降ろした。敏感な肉体が冷気に触れて、すぐそこまで来ていた尿意がむしろ引っ込んでいく。

 力を抜いて数秒し、男たちの表情が一様に緩んだ。

 雪が溶け始め、湯気が上がった。

「あー、凍りそうだ。――ランタンよう、本当に進むのか? けっこう積もってるぜ」

「ああ。もっと降ったらそれこそ身動きが取れない。晴れてる内に進みたい」

「それもそうか。っと、おおう」

 背筋をくすぐられたみたいに男がぶるぶると震えた。

「ちゃんと()()()、不潔だぞ。病気になってなくなるぞ」

「寒くてもうあるんだか、ないんだか」

「俺のはあるぞ」

「見せなくていいから。げえ吐きそうだ」

「寒いからこんぐらいだけど、いつもはもっとすげーぞ」

「誰に自慢してんだ。相手はランタンだぞ。分が悪いよ、分が」

「なんでだよ」

 出したままの男はランタンのそれをちらりと一瞥する。

「実績が違うだろうがよ、実績が。見た目に騙されちゃならねえ。きっと物凄いんだぜ、じゃなきゃあんなにべた惚れにはならねえよ。ちくしょう、いいな。こっちはとんとご無沙汰だってのによ」

「ったく変異ってのはいったい何なんだろうな。願いを叶えるって言うんなら、一番に叶えてほしいのはこっちの悩みだろ。もっとこう立派にだな――」

「立派になったって使いどころがないぜ。この身体じゃあ」

「あーあ、可哀想なことになっちゃって。宝の持ち腐れだよ。おーよしよし、あ、少し大きくなった。ちょっと尻貸してくれよ」

「冗談にしたって吐きそうだ」

「うるさい阿呆ども。さっさとしまえ。いつまでもぶらぶらさせてないで」

 もうすっかり自分のものをしまったランタンは、比べ合いをする男たちに軽蔑の眼差しを向けた。呆れた溜め息が白くもならない。

「――そういやランタンはどんな夢を見たんだ?」

「夢なんて見てないよ」

「おい、寝てないんじゃないだろうな。お前に倒れられたら困るぜ」

「大丈夫。――僕はもう満たされてるだけだから」

「ランタン、嘘が下手だな」

 朝食を摂ると荒野と街道の区別もつかなくなった雪原へと探索者たちは足を踏み出した。

 荷車の車輪を固定し板を履かせて雪車(そり)のようにし、それぞれが武器で雪を掻き分けて進む様子は、真っ白な海原に櫂を持って漕ぎ出すようだった。

 太陽の位置を見ながら方角を定めて進む。

 ぴぃ、と甲高い鳴き声が頭上から響いた。

 気持ちよさそうに飛んでいたウーリィからの合図だ。ウーリィは急旋回し、一気に高度を下げて何かに襲いかかった。

「戦闘用意! ローサ行けるか?」

「うん」

 ランタンは即座に命じ、荷車を手放したローサの背に飛び乗った。

「ついてこれる奴は付いてこい! 行くぞ!」

 膝まで積もった雪をものともせずにローサが駆け出し、皆を置き去りにした。

「雪狼、――と子供だ!」

「たいへんたいへん! たべられちゃう!」

 雪の上に尻餅をついた子供が、三頭の灰白の狼に取り囲まれている。

 狼は子供に襲いかかろうとするが、その度にウーリィが急降下突撃をして追い払っている。しかしまだウーリィの爪では致命傷を与えることはできない。

「子供に当てるなよ」

「うん」

 ローサが胸を膨らませて火球を吐きだした。

 それは雪の上に落ちて炎を広げた。狼が慌てて距離を取る。

 ランタンはローサの背から飛び降りて、広がった炎の中をあえて突っ切った。

 狼は炎の中から突如現れたランタンに驚いた様子だった。そして驚いたまま咆える隙も与えられずまず一頭の頭部が戦鎚によって砕かれる。

 ランタンはちらりと子供を一瞥した。

 子供はまだ五つか六つぐらいの幼子で、変異のない人族だ。

 毛皮の防寒具に身を包み、顔は見えないが泣いてはいないようで、もしかしたら恐怖のあまり放心しているのかもしれない。

 しかしどうしてこんな所に一人でいるんだろう、と浮かんだ疑問を頭の片隅に追いやった。

 仲間の死体を跨ぎ二頭目の狼が跳びかかってくる。奪い取るかのように戦鎚をがちんと咥え込んで、頭を激しく振り回した。雪に足を埋めたランタンが簡単に引っこ抜かれて体勢を崩す。たいした力だった。

 だが戦鎚を咥えたのが運の尽きだ。ランタンが力を込めたその時、狼の口内で炸裂した爆発はその頭部を跡形もなく消し飛ばし、その余波で積もった雪が捲れ上がり黒々とした地面が剥き出しになった。

「てやあ!」

 背後ではローサが最後の狼に一撃をくれてやるところだった。

 戦斧での大振りな攻撃はかわされて内側に入り込まれる。だがローサには鋭い爪を持った前脚があった。それをぬっと雪から引っこ抜くと、陽炎の揺らめきを纏わせながら狼の横面を引っぱたいた。

 虎爪の一撃は狼の横面を吹っ飛ばした。骨さえも引き裂き、首をへし折った。狼は雪の上を二転三転として息絶える。

 残心するようにそちらを睨んだローサの肩にウーリィが羽を休め、周囲にはもう狼がいないことを伝える。

「おい、無事か?」

 子供に駆け寄って声をかけた。

「どこから来たんだ? 親はどこだ? 一人か? 怪我は?」

 寒さに頬を林檎のように赤くした男の子は、きょとんとした顔で二人を見上げた。矢継ぎ早の質問には答えることができない。肩に触れるとびくりとして怯え、いつまでも立ち上がらないのでよく見ると足を怪我していた。

「狼に噛まれたのか、よく無事だったな」

 よほど幸運だったに違いない。

 男の子の足には牙の数だけ穴が空いているが、骨が砕けてもいなければ、肉も裂けてもいなかった。並んだ穴から鮮血がとくとく流れている。

 ランタンが指摘すると男の子は視線をそちらにやり、打って変わって火がついたように泣き出した。いまさら痛みを感じたように。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、おとこのこなんだから、ないちゃだめ」

 ローサは伏せるみたいに視線を合わせ、慣れた様子で男の子を抱き上げた。

「おいしゃさんがなおしてくれるよ」

 そう言ってあやすと泣く男の子を隊まで連れて帰った。

「――子供か、どうするんだ?」

「送り届ける。子供の足だ、遠くから来たわけじゃないだろう」

 調査官に治療を受ける間、ローサが側に付きっきりになって話しかけていた。傷口を洗い、薬を塗り、包帯を巻く。できることはそれぐらいだ。

「怪我の具合は?」

「深いことには深いですけど治りますよ。本気で噛まれたら今頃、足がなくなってる。ま、歩くのはしばらく難しいですね」

「そう、わかった。――調子はどうだ?」

 ランタンは男の子と視線を合わせてからあらためて尋ねた。

 後ろからハーディが覗き込んだり、変異者の異様がいちいち野次馬に来たりするので緊張しているようだった。

「僕はランタン、君の名前は?」

 男の子は一度ローサに視線をやって、ローサが頷くと許可を得たみたいに口を開いた。

「テン」

「テンか、呼びやすくていい。それでテン、どうしてあんな所にいたんだ? 親はどうした?」

 ランタンが質問をすると、ローサが乱暴に肩を叩いてきた。

「なんだよ、邪魔するな」

 ローサが頬を膨らませた。一体何が不満なのか。リリオンがローサを撫でてあやし、代わりに口を開いた。

「質問は一つずつにしてあげて。一辺に質問したら困っちゃうわ」

 指摘されてランタンは急くような気持ちを落ち着けるためにゆっくりと息を吐いた。

 それからあらためて質問をした。

「テン、どうしてあんなところに?」

「お父ちゃんとお母ちゃんをさがしてた」

「どこかへ行く途中にはぐれたのか?」

「ううん、気が付いたらどこかに行っちゃってたんだ」

「どこかに、か。それがどこかはわからないのか?」

「うん。でも、たぶん、お城だよ」

「城はどっちだ?」

 テンは周囲の風景を確かめるみたいに視線を彷徨わせ、しばらく迷ってから西を指差した。質問されたから、どうにかして答えようといった感じで、おそらく適当な方向を指差したのだろう。

「両親はどうして城へ?」

「しらない」

 しかしこの質問にはそう答え、下唇を噛んで黙り込んだ。目が潤んでいる。

 ランタンは苦い気持ちになった。罪悪感でもあるし、戸惑いでもある。

「ああ、泣くな泣くな、悪かった。最後にもう一つだけ、テンはどこから来た?」

「村」

「それがどっちかはわかるか?」

「――あっち」

 テンは空を見上げ、地面に落ちた影を見下ろし、それからまた西の方を指差した。

「よし、わかった。ありがとう。ほら、これをやろう。石みたいに硬いけど、しゃぶってれば柔らかくなる」

 テンの小さな手に探索食であるとびきり甘いチョコレートを握らせてやった。

 テンをローサに任せ、地図を広げる。西には確かに小さな村があった。北西の方角にも同様に村があるが、距離は少し離れている。子供の足で、しかもこの雪の中を歩ける距離ではない。

「お前も子供には形無しだな」

「子供は苦手だ。――次はここを目指す」

「親を探してはやらないのか?」

「見つけてやりたいのは山々だけどどうやって? 城へ行ったと言っていたけど、本当かどうか。この辺りの地方領主の城はもっと遠いし、そいつは死んでる。子を置いて何のために? それなら村に送った方がいい。たまたま偶然、その途中で親と出会うかもしれないからって僕らの遠征に連れていくのは、その方が酷だ」

 ランタンはちらりとテンを一瞥し、地図を丸めるとさっそく行く先を隊に示した。

 雪に覆われた道なき道へと再び歩き出した。


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