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カボチャ頭のランタン  作者: mm
24 Trip Of The Unnamed
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 翌朝、周辺に出現するという魔物の討伐のために遠征隊を分割した。もともとがいくつもの探索班の集合である。探索班単位での活動に不安はない。

 向かう先は五つの村と西にある林だった。遠い村でも馬を歩かせて半日ほどの距離で、探索者の健脚ならば遠すぎるほどではなかった。

 もっとも多くの人数を割いたのは西の林だった。

 この季節になると落ちた木の実を食べさせるために豚を連れていくことがある。その豚が襲われた時、二十を超える数の小鬼を目撃したという。そればかりではなく狼や熊などの獣もおり、これもまた村人たちの脅威だった。

 そのためハーディを班に組み込んである。

 ランタンたちが向かったのは五つある村の内の一つだった。当初は戦力に偏りが出るので、ランタンやリリオンをそれぞれ別の探索班に組み込もうという考えもあったが取りやめになった。

 表向きは戦力の分散を嫌ってのことだったが、その実は遠征隊が気を利かせただけだった。

 ランタンとリリオン、ローサとルー、ガーランドと上空ではウーリィに周囲を観察させながら探索者たちは街道を進んでいた。

 軍隊のようにきびきびとした駆け足で、ローサが牽く荷車の上に黙って座っている魔道ギルド所属の調査官は人形のように揺られ、そのひどい揺れに青い顔をしている。

 ランタンたちが向かう村は、以前ハーディが大鬼を討伐したという村だ。

 冬の遅い日の出にアドの村を発ち、辿り着いたのは昼前だった。街道の脇には手付かずの耕作地が広がっており、手入れもされていないのに実を付ける作物も目に入った。

 駆け足をやめて、最初の休憩をとる。

 青い顔の調査官が這うようにして荷台から降りて、げえげえと嘔吐した。ここまで我慢したのは褒めていいだろう。

「うわあっ!」

 吐きっぱなしの調査官が急に悲鳴を上げた。

 視線の先に、こちらを覗き込む邪悪な目があった。折り重なり、向こうを覆い隠すように生える作物の隙間から小鬼が覗き込んでいた。

 背はランタンの腹ほどの高さで、骨張った顔は猿のようにも犬のようにも見える。やや猫背気味で、肩肘を張るように腋を開け、爪のぎざぎざした指先を開いた姿は今まさに飛び掛からんとするところだった。

 その首が胴体から離れてぽんっと飛んだ。小鬼の周囲にある作物も鎌を振るわれたように刈り払われる。

 ガーランドが水の刃を放ったようだった。

 当の本人は揃えた人差し指と中指を解き、腰の二刀に手を添えている。

「小鬼だな。全然、気付けなかった」

 まだ驚きから回復しない調査官の肩を叩き、ランタンは小鬼の死体を覗き込んだ。断面からとくとくと流れる血が大地に染み込んでいく。

「この畑の中に潜り込まれたら上空からは見えないか」

 そう言って、そっと鼻口を手で覆った。血の臭いよりも吐瀉物の臭いが気になった。それをいちいち指摘はしなかったが、これがなければもっと早く気づけたかもしれない。

「まわりを見やすくする?」

「刈り働きなんてしないよ。そういう相手じゃないんだから。まあ焼いてもいいとはと言われてるけど」

 出現する魔物の大きさがこの小鬼ほどならばこの畑は身を隠すにはもってこいだろう。

「不用意に畑に近付かなければ十分だろう。――全部吐き切っちゃいな、その方が楽だよ」

 途中で飲み込んでしまった吐瀉物を改めて吐き切り、調査官は既に疲れ切った顔をしていた。

「ルー、彼の護衛と看病して」

「かしこまりました」

 調査官の背中を撫で、水を飲ませてやっているルーが頷いた。

「リリ、ローサ、ガーランドは僕と一緒に村に入る。おそらく()()が無数に潜んでいる。戦闘になるだろうけどできるだけ村の施設は壊さないように。家とか井戸とか、そういうものを」

 村の住人は今はアドの村に身を寄せている。それは一時的な避難であり、彼らの帰るべき場所はこちらだった。

「うん、わかってるわ」

 リリオンがローサから荷車を外してやりながら頷いた。

「できるだけね。自分のことより優先する必要はないよ。じゃあルー、頼む。終わったら合図を送る」

「お気をつけていってらっしゃいませ」

 背中に声を受けて村へ続く一本道を進む。左右の畑はどうやら豆畑だったようで、鞘をつけた枝が風に揺れている。どれもすっかり枯れており、はじけた鞘の中身は鳥に食べられたのか、それとももともと空だったのかどこにも見当たらない。

 先んじで村の上空を飛んだウーリィが戻ってきて一声鳴いた。

「なにかいるって、ウーリィがいってるよ」

「ああ、気をつけないとな」

 ローサは斧槍を胸に抱きしめる。

 低い柵に囲まれた村の中に入ると、静けさが広がっていた。いかにも廃村といった物寂しい雰囲気に満たされている。ぱっと目につくところに小鬼の姿はない。しかしその気配は無数に感じられた。

「樹上、物陰、特に家の中には注意。道具を使うぐらいの知恵がある」

 ランタンはようやく戦鎚を手にして、短くそう告げた。

「二手に分かれる。僕とリリオンが右回り、ローサとガーランドは左回りに。大物が見つかったら合図を。ローサ、できるか?」

「うん!」

「よし。ガーランド、頼んだぞ」

「ああ、問題はない」

 ローサの頭を撫でてやり、その背中を見送った。やや浮ついたローサの足取りに不安を覚えるが、油断無いガーランドの身のこなしがその不安を打ち消した。

「じゃあリリオン、僕らは僕らでやろうか」

「ええ」

 リリオンが鞘を払い、大剣を右手にした。




 ローサが半開きになった戸に手をかけると、ガーランドがそれを制した。どうして、と視線で問い掛ければガーランドは簡潔に答える。

「私が入ろう」

「ローサは?」

「外で待っていろ。燻り出す。慌てて出てきた奴を叩けばいい」

 再び、どうして、の視線を向ける。

斧槍(それ)は屋内戦闘に向かないからな」

 ローサは握り締めた斧槍を見上げる。確かに長く、上段に構えれば天井を破ってしまうだろう。ランタンからは家を壊すなといわれているし、ガーランドの言うことももっともだった。

 でも少しつまらない。

 せっかく左回りを任されたのだから、ローサは活躍したかった。小鬼というあの小さく奇妙な魔物をばったばったとやっつけるのだ。

「一人になるのが怖いのか? それならば」

「こわくないよ。ローサ、こわくないから。いいよ、ゆーれー。ローサまってるから」

「そうか。では行ってくる」

 立て付けの悪い戸をガーランドは音もなく引いて薄暗い室内に入っていった。いちいち戸を閉め直す。だが小鬼一匹が通れるだけ開けている。

 残されたローサは開け放たれた戸の脇に立って、斧槍を肩に担いだ。

 今まで使ってきた槍よりもかなり重たく、気を抜けば柄が肩に食い込んだ。この遠征が始まるまでに毎日、素振りを繰り返したがやはり実戦となると感覚が違ってくる。

 おかしいな、ふしぎだな、つまんないな。

 ローサはそんなことを思いながら、斧槍をくるくると回した。

 そうやって待っていると家の中から獣の悲鳴が聞こえた。ぎゃっ、ぎゃっ、と短く慌ただしい声だ。途端に騒がしくなった。ばたばたばた、と足音が近付いてくる。

 柄をぎゅっと握り、物を遠くに投げるように少しだけ肩を後ろに引いた。

 ばんっと戸が内側から押し破られた。四匹か五匹、正確に見極められぬほど一塊になった小鬼の集団が慌てて家の中から飛びだしてきた。

「あ、ちかい」

 ローサは間抜けな感じで呟いた。斧槍の長大な間合いの内の内に小鬼の集団は入っていった。戸の近くに構えすぎた。

 声は間抜けだったが、ローサは淀みなく一歩後ろに下がった。そして勢いよく斧槍を振り下ろした。

 その影に気付いた小鬼はいない。

 叩きつけられた斧槍は小鬼の集団を問答無用に叩き切った。その重みは斧の刃が地面に埋まるほどだった。ローサはゆっくりと斧槍を持ち上げ、そっと家の中を覗き込んだ。

 ガーランドの二刀が小鬼の首に差し込まれるところだった。

 一つはうなじから喉を抜き、もう一つは右から左に抜けた。骨の継ぎ目を完全に断ち切り、それでいて太い血管を傷つけていない。刃を抜いたときほとんど血は流れず、家の中は汚れなかった。

 もっとももとから小鬼に荒らされてはいたが。

「こちらは終わりだ。そっちは」

「ぜんぶやっつけたよ。ごひきくらい」

 ローサは手を開いて答える。ガーランドは少し首を傾げる。

「五匹? 見間違いじゃないか」

「ローサうそつきじゃないよ。ほんとうだよ」

 家から出てきたガーランドは、ローサが叩き切ったものを見た。ただ切るのではない。叩くというのが()()だった。小鬼の死体は無惨なもので、形の残った腕の数を数えて確かに五匹だったことが確認された。

「疑って悪かった。確かに五匹のようだ」

「いいよ」

「しかし私には二匹に見えた。これはどういうことだろう?」

「わかんない。おにーちゃんにきけばきっとおしえてくれるよ」

「そうか。面倒だし、そうするか」

 その家を後にして、次の家に、また次の家にと向かっては鼠のように現れる小鬼を討伐した。

 ある家ではガーランドが中に入り込むと、小鬼たちは一斉に裏手から抜け出して、家の外に残されたローサに殺到した。小鬼は村人が残した農具で武装していた。鎌や鋤は錆びていたが、むしろそれが禍々しかった。

「たあっ!」

 ローサが横に薙ぎ払った斧槍の一撃を生き残れた小鬼は二匹だけだった。一匹がローサに向かって握り込んでいたかまどの灰を投げ付けた。ローサが反射的に目を瞑った所で、もう一匹が菜切り包丁片手に躍りかかった。

 だがその錆びた刃がローサを襲うことはない。ガーランドの二刀はいつだってローサをよく守った。

「目に入ったか?」

「ううん」

 目を開けたローサの前には、その手に水を用意したガーランドがこちらを覗き込んでいた。その足元には命だけを抜き取られたような小鬼の死体が転がっている。

「念のため洗っておけ」

 ローサは言われるままに、ガーランドの生み出した水球に顔を突っ込んで顔を洗った。

 家から家を渡り歩き、そのほとんどの家から小鬼は現れた。たいした相手ではなかったが連戦に火照った身体に、水は冷たくて気持ちがいい。

「おにーちゃんたちはだいじょうぶかな?」

「同じものを相手しているなら、心配する必要があるとは思えないな」

 ガーランドは濡れたままのローサの顔を拭ってやり、次の家の方を振り返った。




 ランタンが戸を開けると、梁の上に潜んでいた小鬼が躍りかかってきた。そして戸の脇に小さい身体をなお小さく隠れ潜んでいる小鬼が一匹。

 足元から振り上げた戦鎚は二匹をまとめて殴り飛ばした。

 家の中には更に六匹ほどの小鬼が潜んでいた。

 ランタンは即座に最も近い位置の小鬼を仕留め、後から入ってきたリリオンがそれに続いた。あらかじめ備えていたらしい小鬼は、一気に混乱の渦に陥った。しかしそこは魔物である。選択肢に後退はなく、無謀な突撃が小鬼の数だけ繰り返された。

 戦いが終わり、ランタンとリリオンの二人は家の中から小鬼の死体を引きずり出した。魔物の死体は迷宮でこそ魔精へ還るが、地上ではただ腐敗していく。

「たいしたことはないな。数が多いだけで」

「そうね。でも全部が家の中にいるわ。暮らしているのかしら?」

「この村にある暮らしの記憶がそうさせるんじゃないか?」

 ランタンの言葉にリリオンは少し考え込むようにして、眉を八の字にした。

「やだわ」

「なにが」

「わたし、それ少し嫌かもしれないわ。だって幸せな記憶が、そんな風に魔物を生むなんて」

「適当に言っただけだから本気にしないで。たぶん大元は恐怖だよ。どうせ」

 次の家への道すがらランタンは呟く。

「昨日、あの村に出た小鬼もたぶんそう。僕らの存在を怖がった人がいたから、ああいう風に出現したんじゃないか」

「だから僕らのせいだって思ってるのね」

「なんでそうなるんだよ。飛躍しすぎ」

「どうかしら?」

 リリオンは含みを持たせて呟き、次の家ではランタンに先んじて家の中に踏み込んだ。

 狭い家の中で大剣を器用に使う。腕ではなく、腰をくるんと回した小さな斬撃は家の中に発生した竜巻のようだった。

 燻り出された鼠のように戸から窓から逃げ出す小鬼をランタンは一匹も逃さなかった。

「意外と数がいたな」

「ローサたちは大丈夫かしら」

「大丈夫だろう。ローサが変に想像を膨らませて、魔物の出現に影響を与えてなければ」

「あの子、ほんとは怖がりだものね」

 ランタンは肩を竦める。

「しかし、この村は外れかな。以前ハーディが大鬼を倒したからって来てみたが姿が見えないな。気配もないし」

「そうね。わたしたちが右回り(こっち)に来たのはそれが理由よね?」

「そう。確かこの向こう側に」

 いくつかの家を通り過ぎた先に、生々しく戦いの跡が残った広場があった。

 家が二つほど倒壊しており、それが強い力によって引き起こされたことは明白だった。雨風に晒されているが壁や柱に青い血の染みがべっとりと残っている。

最終目標(フラグ)的なものなら同じ場所に現れるかと思ったが。大きさはハーディの倍ほどだったらしい。どうせトールズの噂話でも聞いたんだろう」

 ランタンは広場に残された井戸を覗き込む。

「なにかいた?」

「妖精がいる」

「ほんとう?」

 リリオンが頭をぶつけるようにしてランタンの頭を押し退けて、井戸を覗き込むとそこには水面に反射する自分の顔があるだけだった。

「なにもいないわ」

「ほんと、よく見た?」

「見たよ」

「どれどれ。あ、ほんとだ。妖精じゃなくて小鬼がいる」

 リリオンが再び井戸を覗き込むと、そこにはランタンと自分の顔が映るばかりだった。水面に映るランタンが笑った。

「ほら、妖精が映った」

「もう、ランタンったらなにを言うのよ」

「僕、別にリリオンが妖精みたいなんて言ってないけど」

 リリオンは頬を赤らめて、むっと唇を尖らせた。

 ランタンはそれを見て更ににやにやと笑った。

 そこに恐怖心など微塵も感じられない。

 そのせいだろうか、すっかり村を見て回ったが結局、小鬼以外の魔物の出現は確認されなかった。

 ローサたちと合流し、合図を送りルーと調査官を呼び寄せる。

 調査官はすっかり酔いを覚ましたらしく、醜態を見せたことをしきりに恐縮していた。

 ランタンはリリオンたちに休息を取らせ、調査官と一緒に村を回った。

 彼は調査官であると同時に医者でもある。

 右回りの魔物、左回りの魔物をそれぞれ二体ずつ開き、内臓の様子から様々な情報を読み取った。

「例えばこちらは胃も膀胱も全てが空です。つまりは発生したばかり。こちらはほら、未消化のものが。これは鼠の骨でしょう。豆も食べているようだ。調理の形跡はなし。歯が肉食だから豆は形を残してますね。食性と肉体の不一致か。魔物も人型となると排泄を隠れて行ったり、場所を決めて行ったりすることがあります。そういう場所に心当たりは?」

「いや、さすがに気にしてないのでなんとも」

「堆積物を調べれば発生時期を特定できそうですが。十日二十日、いや二十日は行かないかな」

 揺れに酔っていた男とは思えない。

 まだ熱を持った死体は腹を割くと生臭い湯気が立ち上った。調査官はそれをまともに浴びて顔色一つ変えず、てきぱきと腑分けしていく。

「身体に欠けがない。魔精結晶が発生していないとのことですが」

「ええ、まあ地上ですから」

「それにしても全ての個体においてと言うのは珍しいことではないですか」

「いや、この程度の魔物なら珍しくもないかな」

 極論、魔物の強さとはその身に宿した魔精の濃さだ。多少知恵の回るところはあったが、小鬼ははっきり言って弱い魔物だった。

「ああ、そうですか。お恥ずかしい」

「いえ、戦ってみないことには強さはわかりませんから」

「ははは、私だったらこんな魔物でもきっと魔人のように感じるでしょう」

 一通り調べ終わり、調査官は井戸の水で手を洗った。

「どうでしたか?」

「そうですね。少なくとも今回発生した魔物は短期的な脅威にはなりますが、長期的な脅威にはならないでしょうね」

「長期的な、とは?」

 ランタンが尋ねると調査官は濡れた手を丁寧に拭い、人差し指をぴんと立てた。

「子を作り、増えることがないと言うことです。雌雄はありましたが性器は不完全で、雄と雌で形が合いません。これでは子作りができない。それに食性も身体の形と合っていない。あのままでは豆を消化できず糞詰まりを起こすでしょうね。料理を覚えたりすると話は変わってきますが。どちらにしろ長生きはしても一代限り。我々の敵ではないでしょう」

 調査官はどこか誇らしげな口調で言った。

 なるほどね、とランタンは曖昧な相槌を打った。


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