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カボチャ頭のランタン  作者: mm
22.Unsimplicity
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 酒場は昼間だというのに賑わっている。

「だめな大人の見本市みたいだ」

 ランタンは入って早々に呟いた。

 店内は酒臭く、煙草の煙で靄がかかっている。

 浅い夢、それも悪夢の入り口じみていて、どことなく非現実的な感じがする。顔の前で手を扇ぐと煙がぐにゃりと歪んだ。

 すでに酔いつぶれているものも何名かいて、床に転がっている。吐瀉物の中に沈んでいるものもいれば、高いびきを掻いているものもいる。大人しく眠っているものは、もしかしたらくたばっているのかもしれない。

 そういう大人たちを跨いだり踏んづけたりして、比較的落ち着いたテーブルに着席する。

「すごい賑わい。誰かの誕生日?」

「ああ、そうだ。プレゼントは持ってきたか?」

「え、本当に?」

「冗談だ。まあ誰か一人ぐらいはいるかもしれないが」

 思いがけずランタンが素直に驚くと、犬人族の探索者ジャックはくつくつと笑い、それを肴にグラスを傾けた。

 テーブルにはジャックやその仲間の探索者とベリレがいた。

「久し振り。百年ぶりぐらい?」

「それぐらい」

 ランタンはベリレの前にある皿から肉を一切れ、断りも入れずに口に運んだ。ベリレは文句も言わず、冗談にも突っ込まず、通りがかった給仕の女性にランタンの酒を注文する。

「ありがと」

 指を舐めながら一応の礼を言う。ベリレはとっくに声変わりの過ぎた低い声で、ああ、と応える。

 ずいぶん飲んでるな、とベリレの顔を見ていると、探索者が一人テーブルに身を乗り出した。

「久し振りにランタンが来たな。調子はどうだ?」

「まあ、ぼちぼち」

「ぼちぼち? 変異者どもを集めておかしな事をしたみたいじゃないか。次は何をするんだ?」

「さて、何かな」

 ランタンはのらりくらりと躱し、運ばれてきた透明な酒で唇を湿らせる。ひやりとした舌触りに、果物のような甘い爽やかさが鼻に抜ける。

 特に何があるというわけではない集まりだった。

 探索者は基本的に一つの迷宮を攻略すると、しばらく身体を休める。

 探索とはそれぐらい過酷なもので、あまり頻繁に行うものではなかった。

 そういう意味ではランタンのように迷宮探索の間隔が短い探索者は稀だったが、ここ数年でそういう探索者も増えつつあった。

 もちろんランタンの影響だ。だが爆発的には増えていない。

 なぜならそういった高頻度の探索はやはり過酷で、数回試してすぐに挫折したり、未帰還になったりするからだった。

 なぜ探索の間隔を長く空けるのか。当たり前になって失われつつあった理由があらためて確認された。

 そんな風に過酷な探索から解放された探索者は、その休日を謳歌する。

 男の探索者はだいたい酒と女に溺れる。

 ランタンもある意味ではそうだった。特に後者であるが。

 こういった集まりにかつてなら誘われても出ることはなかった。今も誰彼構わず、誘いに乗っているわけではない。ジャックに声をかけられたときぐらいだった。

 ベリレもいつの間にか彼を兄貴分のように慕っている。面倒見のいい男だった。

「最近は迷宮もあまり安定しないな」

「そうですか? 安定しないのはギルドの難易度設定の方じゃないですか」

「それは昔からだろう。魔物の再出現がずいぶん早いとか、崩壊期限が短いとかちらほら聞くようになったぞ」

「ふうん」

「だからお前も気をつけろよ。いくら強くても、迷宮内にいて崩壊に巻き込まれたらひとたまりもない」

 だらだらと肴をつまみながら酒を飲み、くだらない会話に興じる。

 ランタンがこのようなところに顔を出すと、だいたいリリオンやレティシアとのことを聞かれる。

 特にレティシアに彼らは興味津々だった。

 探索者と貴族の女の恋物語は、今も昔も劇になるぐらいだったし、吟遊詩人によく歌われる題材でもある。幼い頃に耳にするそういった物語は男が探索者に憧れるきっかけの一つだ。

 だが現実にそういったことがどれぐらいあるかと言えば、探索者になって周りを見渡してもそんなことは一つもない。

 腕を見込まれ探索者から騎士へと取り立てられることはあっても、我が娘の婿になど請われるなんてことは妄言の類いだ。

 鍛えた腕ではなく、肉体こそを()われて一夜、ご婦人の寝台に招かれることの方がまだあり得る。

 ともあれレティシアはそんな高嶺の花である貴族だったし、とびきりの美人だった。

「いいだろ、言えよ!」

「言わない」

 根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる男たちをランタンは千切っては投げ千切っては投げ、しかし彼らもなかなか諦めることをしらない。腕力に物を言わせて聞き出そうとするがランタンに敵うはずもなく、終いには泣き落としをする始末だった。

「わかったよ。じゃあ一つだけ――」

「――おおっ! おい、みんな聞いたか?」

 レティシアのあの尻尾の付け根がどうなっているかを知っただけで異様な盛り上がりようだった。

 どうやらずいぶんと酒が進んでいるらしい。酔いつぶれた探索者たちが死屍累々といった感じで折り重なっている。

 そんな様子を見下ろしてランタンは酒のグラスを揺らした。

「毒でも入ってるんじゃないの?」

「はっは、探索者が酔える酒だからな。ある意味そうとも言える」

 ジャックはそう言って、一息でグラスを空けた。酒臭い息を吐く。

 なるほどよくよく見れば、酔いつぶれているのはまだ未熟な若い探索者が多い。

 魔精によって鍛えられた探索者は生半な毒は無効化する。酒にもなかなか酔いづらくなる。

 今、生き残っているのはそれなりの探索者と生まれながらの()()()()だけだ。

 生き残りの中にはベリレもいる。

 もともと多弁な方ではないが、今日は特に大人しく酒を口にしている。探索者だらけだから気後れしているわけでもないだろう。

 この熊人族の若い騎士は探索者たちに受け入れられている。

 真面目で素直だから年上に可愛がられるのだろう。ひねくれている、と自認しているランタンとはまるで違う。

「どうしたベリレ、悩み事か?」

「いえ、そういうわけでは」

 ジャックが尋ねるが曖昧な返事をするばかりだ。ベリレはちらりとランタンへと視線を向ける。そんな様子にジャックが眉根を寄せた。

「喧嘩でもしてるのか?」

「まさか、してないです。っていうかベリレに会うの久し振りだし。ねえ?」

「ランタンはたまに無神経なことをするからな。知らず知らずのうちにと言うこともあるだろう。心当たりは?」

「あ、最初に肉の一切れをつまみ食いしたこととか?」

「そんなんでベリレが怒るかよ」

「怒るかもしれないじゃないですか。こんだけ身体大きいんですよ。食い意地が張ってるに決まってるじゃないですか」

「決まってねえよ」

 ランタンとジャックが適当なことを言い合っていると、ベリレは喉奥に放り込むみたいに酒を流し込み、ようやく口を開いた。

「先日、遠征から帰ってみると、なんだかエドガーさまがずいぶんと小さくなったような気がして。もうお年ですから、それが少し心配で」

 竜殺しの英雄、老探索者エドガーはネイリング家の客分としてティルナバンに滞在している。今は時折、騎士団に剣の指南をするぐらいで、あとはのんびりとした隠居暮らしをしていた。

 最後の探索は彼が片腕片目を失ったあの竜種系の大迷宮だ。

 エドガーの名前が出て、生者はもちろんくたばっていた探索者たちものろのろと生き返る。エドガーの全盛期に、ここにいる探索者のほとんどが生まれてすらいない。

 しかしそれでもエドガーは探索者の憧れであった。

「竜殺しももうそんな年かぁ。ああ、切ねえ」

 ベリレもそんなエドガーを見て切なくなってしまったらしい。

 祖父と孫ほど歳は離れているがベリレにとっては親代わりだ。思うところもあるだろう。

 いかなる強者であろうとも、老いから逃れることはできない。

「それでまあ、色々考えてしまいまして。自分はエドガーさまの弟子ですが、誇れるような弟子だったでしょうか」

「そうだろう。これほどの偉丈夫はそういない。見かけ倒しでもないしな」

 ジャックが慰めを感じさせず告げる。元気づけるように肩を叩く。その肩の何と大きなことか。背中を丸めても、少しも気弱げな感じがしない。

 ベリレはしかしまだ悩ましげだ。ランタンはテーブルの下で脛を蹴ってやった。蹴ったこちらの指先が痛い。

「つまりベリレは、エドガーさまを安心させたいんだな」

「そうなのかな」

「そうだろう」

「しかし安心させるといっても何をしていいのか……」

「健康に、元気に毎日を過ごせばいいんじゃないの?」

 少し考えた挙げ句、ランタンが本気でそんなことを言うとジャックは呆れるような顔になった。

「ベリレぐらいの年なら嫁を貰うことだろう」

「はあ、嫁ですか?」

 ベリレはぴんときていないようで首を傾げる。

「エドガーさまぐらいのお年ならばそうだろう。それに貴族ってのはずいぶん早く結婚するんじゃないのか?」

「何で僕の方を見るんですか。婚期はたぶん、人によりけりでしょ。女の人は早い印象がありますけど、そのあたりはベリレが詳しいんじゃないの?」

「まあ、そうですね。男はそんなに急ぐようなことは。女性はなかなか大変みたいですけど」

「ふうん、そんなものか。あまり平民と変わりはないんだな」

「基本的には家同士のことですから、とんでもなく早いこともありますよ。生まれる前から相手が決まっているとかも、それほど珍しい話ではありませんし」

「ああ。その印象が強いんだな。でベリレにいい(ひと)はいないのか」

「ええ、まあ」

「モテるのに」

 ランタンのひと言をベリレは否定しなかった。

 ベリレは優良物件だ。エドガーの弟子であるし、騎士としても有望であるし、まだ若く、逞しい身体をしている。性格も誠実である。

 実際に様々なご婦人から声をかけて貰っているようだ。

 そんな相手と遠乗りなどへ出かけることもあるが、特に何事もなく、それだけで終わってしまう。

「面食いなのか」

「そんなことは」

「年上好きなんですよ」

「ランタン!」

「ほお、年増好き」

 ジャックがわざと言い間違えたのに、ベリレはいかにも不機嫌な様子でむっつり唇を結んだ。

「いいじゃねえか。年上の嫁さんは借金してでも貰えってよく言うだろう」

「そうだ、そうだ。乳臭い小娘なんざ抱いて何がおもしろいんだよ」

 好みを同じくするらしい探索者がベリレの肩を抱いて揺すった。がははと笑うが、ベリレはうんざりした様子だった。あるいは恥ずかしがっているのかもしれない。

「ジャックさんはそういうのないんですか?」

「俺? 俺はないな」

「姉ちゃんが怖すぎるせいで、女恐怖症なんだよな」

「そんなわけあるか。探索者が結婚してもしょうがないだろう。ランタンみたいに迷宮まで連れてくってわけにもいかん。それにいつ死ぬかもわからんしな。死んだ方はそれでいいが、待つ方は辛かろう」

「女性探索者もいるじゃないですか」

 ランタンがそう言うと、本気なのか冗談なのか男の探索者たちはぞっとしたように肩を震わせた。

「勘弁してくれ。迷宮でも家でも一緒だったら気が休まらん」

「まったくだ」

「そんな奴がいるなら顔が見てみたいものだ」

「まったくだ」

「探索者の嫁を貰うやつなんてどうかしてるな」

「まったくだ」

「――おい」

 ランタンが冷淡な声を出すと、周りはようやくどっと笑った。

「冗談はさておきベリレだな」

「やっぱり騎士なら手柄を立てることだろう。それで一人前の男じゃないか」

「でけえ魔物を狩るってのはどうだ? それが竜種ならなおよし。竜殺しの名を継げるぞ」

「名のある騎士に決闘を申し込んで打ち負かす。ほれ、この間までいただろう。若き竜殺しハーディ。あいつをやっつければ、きっと王都まで勇名が轟くぞ」

「それならランタンだっていいだろう。俺らで押さえるからその隙に頭をかち割ってやれ。よしいけっ」

 探索者たちはさも名案であるかのように、口々に色んなことを提案をするが酒も回っているので適当なことを言うばかりだった。

 それでもベリレは真剣に耳を傾ける。

「ランタンは何かいい案はないのかよ」

「うーん、ないかなあ」

「なんだよ。薄情なやつめ」

 ランタンはちびちびとグラスを傾ける。

 ランタンの目にはベリレはもう十分エドガーを安心させるに足る男のように見える。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 有効な手立てが無いときというのは、実はすでに目的が達せられている時なのかもしれない。 青春の、がむしゃらに努力している時だからこその錯誤なのだろうか。
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