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カボチャ頭のランタン  作者: mm
20.Daydream Believer
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 リリオンがたくさんのクッキーとウーリィを抱えたローサを送り届け、レティシアの馬車に乗ってミシャとともに帰ってきたのは夕方頃だった。

 帰ってきたミシャは何となく上の空だった。

 疲れているのかぼんやりとしていて、呼びかけてもしばらく気が付かず、肩を揺するとはっとして頬を赤らめた。

 あやしい。

 しかしランタンも自分に変調があると感じていた。

 身体が火照っている。春の陽気に気温が上がったのかと思ったが、陽が沈んでも火照りは治まらない。

 妙にそわそわして、意識していないとじっとしていられなかった。臍、あるいは下腹部あたりからじんわりと熱が広がっていくような感じがする。

 ランタンはあくまでも平静を装った。

 本当に何かおかしい時ほど、ランタンはこれを隠そうとするところがあった。心配をかけまいとしているのかもしれないし、男のささやかな意地かもしれない。

 ランタンは変調の発覚を怖れて、一人で風呂に入った。

 ローサが外泊をしている夜は、いつだって()()()()夜だったが誰にも合図を送らずに早々に一人で部屋にこもった。

 灯りもつけぬ部屋で、ランタンは一人ベッドに座る。

 精神統一のために座禅まで組んでいるのに、身体は落ち付かなげに前後に揺れている。

「これは、あれだ――」

 長年の探索の中で経験した肉体の不調は数え切れない。それにいかに早く気が付くか、そして対処するか。それが生き残るための秘訣だ。

 ランタンは自分を省みる。

 そして一つ、思い当たる節があった。

 味見したクッキー。口の中に広がった蜂蜜の味は勘違いではない。

 いつかの迷宮で採取した銀色の蜂蜜を、ローサは見つけたのだろう。そして兄のために特別に、密かにクッキーに練り込んだに違いない。

 件の蜂蜜は強烈な滋養強壮作用があるので、使用法を間違えると元気が過ぎてひどいことになる。それをランタンとリリオンは身をもって体験していた。

 しかし捨てるのも勿体ないので、しっかり封をして食料庫にしまっておいた。使う予定はないが、いつか使う日が来るかもしれない。

 捨てなかったことが間違いなのではない。食料庫にしまったことが間違いだった。

 ローサはひんやりした食料庫で寝ることもあるので、その際に見つけたのだろう。

 叱る気持ちよりも、まず心配が先に立った。

 もしローサが蜂蜜を舐めていたら。

 しかしあの様子ならば味見はしていないはずだ。兄のクッキーが特別であるためには、兄だけがこれを口にしなければならない。だからきっと我慢をした。そういう妙に律儀なところが最近のローサにはある。

「――うう、これはダメだな」

 原因が蜂蜜であると気づいた途端、下腹部の熱がもう一つ下へと降りたような感じがした。

 ランタンは自分の太ももを抓り、無理矢理に意識を逸らした。頭の中で四桁数の四則演算を繰り返し、思考を数字でいっぱいにする。血の集まりをそこから脳へと移動させる。

 気を抜くと自らの獣性が顔をもたげそうだった。

 深呼吸を繰り返す。

 春の夜風は静かで、星の多い空は明るかった。

 目を瞑るとリリオンたちの裸身が思い浮かんで、ランタンは慌てて目を開き、悪夢を振り払うみたいに顔を振った。

 今頃みんなで風呂に入っている頃だろうか。いや、もう出ておしゃべりを楽しんでいるだろう。

「ランタン」

 こんこん、とノックの音に乗せるようにリリオンの声が名を呼んだ。

 ランタンは座禅を組んだまま驚きのあまり跳び上がった。組んだ脚が絡まって、こてんと横倒しになる。

 心がざわざわした、

 喜びがあったが、それは獲物が向こうから近寄ってきたことへの獣の喜びかもしれなかった。

 入ってくるな、とは言えなかった。

「入るね」

 ランタンはどうにか起き上がり、ベッドの端まで退いて、絡まった脚を解いて三角に座った。

 心臓の音が早い。

 足に枷を嵌めるみたいに、しっかりと膝を抱える。

 入ってきたのはリリオン、レティシア、ミシャの三人だった。まだ僅かに濡れた髪は、いつもより色が濃く見える。

「あら、どうしたの? お膝抱えて、そんな端っこで」

「……――それはこっちの台詞。何その格好、シーツおばけ?」

 どうしてか三人ともシーツを肩から羽織って、内側から前を閉じ、身体を隠していた。白いシーツがすとんと足元まで覆っている。

「シーツおばけ? それは迷宮で出会ってもまったく怖くなさそうだな」

 レティシアが肩を揺らして笑った。

「今の僕にはこわいよ。三人の意図が見えないから」

「こわくないわよ。ね、ミシャさん。ランタンはきっとよろこんでくれるわ」

 リリオンがミシャに呼びかけると、ミシャは頬を赤らめて頷いた。

 恥ずかしげに唇を噛んで、妙な緊張感を漂わせている。帰ってきた時と同じだった。

「ほら、いっしょに」

 リリオンが小さな声で囁やくのを、ランタンはその唇の動きから読み取った。

「せーの、じゃーん!」

 色気もへったくれもなく、リリオンが勢いよくシーツを開いた。レティシアも同時に、ミシャだけが一拍遅れる。

 シーツがはらりと舞い落ちるのを視線で追う。それは足元で重なり、三人の脚を伝って視線を上げるとそこには下着に包まれた肉体があった。

「えへへ」

 リリオンがはにかむ。レティシアは堂々としたもので、ミシャはやはり恥ずかしげだ。

 無意識に庇おうとする手を、意識的に止めているのだろう。曲がった肘の角度が半端だった。

 肌がほのかに赤らむ。

 ランタンは膝を抱えた腕が緩むのを締め直せなかった。

 三角の膝が崩れて、前のめりになる。

 三者三様に匂い立つような色気を感じたのは蜂蜜のせいばかりではない。

「きれいだ」

 そういった姿を初めて見たようにランタンは呟く。

「ちょっと前にミシャさんと一緒に仕立ててもらったの。ようやくできたのよ」

 複雑な透かし模様の刺繍も精緻なレースの下着だった。

 色のない白糸もリリオンの肌に重なると象牙色のようで、すらりとした少女の肉体が大人びて見える。

 恥じらいに肌が赤く染まってゆくのが、色を変えぬ下着があるからこそ明白だった。肌が覆われているだけ、心が露わになるようだ。

 ミシャは青にも紫にも見える淡い色の下着に包まれて、刺繍は彼女の鱗の不完全さを美しく際立たせた。膨らみはしっかりと支えられて、それゆえに重たげですらある。豊かな肉体がいつも以上にめりはりを感じさせる。

 ランタンはごくりと唾を飲む。

 レティシアのそれはさすがに豪華だった。金糸や銀糸を織り込んで、彼女の濃い色の肌によく似合っている。ともすれば華美であるが、レティシアの肉体は飾られることが当然の美しさがある。

 三人とも下着という額に入れられた美術品みたいだった。

「本当にきれいだ」

 馬鹿みたいに繰り返すランタンに三人ともうっとりと口元を緩め、そっと近付いてくる。

 ローサのいない夜がランタンにとって()()()()()であるように、彼女たちにとってもまた今夜は()()()()()だった。

 ランタンはかすかに腰を退いた。最後の自制心だった。

 したい、と思う。

 だが、と理性が囁く。

 レティシアがベッドに手をついた。リリオンが膝を乗せる。二人の重みに、ぎし、と空気が揺れる。リリオンが振り返ってミシャに手を伸ばし、彼女を引き上げた。

 三人が同時に、ベッドの上にいる。

「ランタンくん」

 呼びかける声が甘く、熱っぽい。

「ほら、ランタン。夜は短い」

 レティシアが焦れるようにランタンの服に手を掛けた。指が肌に触れ、その熱っぽさに笑みを深める。耳元に口づける。

「なんだ。もう、やる気じゃないか」

 鼓膜の震えがそのまま身体を震わせた。

「どうして?」

 戸惑った時、ランタンはいつもそうやって尋ねる。口癖のようなものだった。まどろっこしい時間稼ぎに過ぎない。

 だがリリオンの答えは明白だった。

「だってランタンは、そうしたいんでしょう?」

「したい」

 たった一人だけを誠実に愛することも、愛するすべての人を諦めないことも。

 矛盾するどちらもしたいと思う。

「一人でするのと二人でするのは違うけど。二人でするのも三人でするのも同じよ」

「ちがうと思う」

「あら? じゃあ、たしかめてみましょ」

 リリオンとレティシアが目配せをして、左右に回り込んだ。それぞれがランタンの腕を抱いて、寄り添った。レティシアの手がランタンの内股に触れ、それを撫でながら膝を開かせた。

 真正面のミシャがベッドの上でぺたんと座り、不慣れに戸惑うようにその様子を見ている。

「……わぁ」

 息を呑んで、声を漏らした。丸い瞳をなお丸く開き、すでに赤らんだ頬をなお赤らめる。

 夢遊病みたいにゆっくりと手を伸ばして、驚くほど熱いそれに触れる。

「いつもより、すごいのね」

 握るでも撫でるでもなく、額に手を当てて熱を測るみたいにミシャの手が触れ、ランタンはますます熱くなっていく。

「そんなに喜んでくれたの?」

 驚きや感心、喜びも戸惑いも混じってミシャは子供みたいに首を傾げる。黒髪がさらさら揺れて頬にかぶる。

 ランタンは妙な罪悪感に襲われた。

 とても嬉しいのは本心だったが、肉体の反応は蜂蜜によって拡大している。

「ミシャ。リリオンも、レティも」

 ランタンは居住まいを正すことができずも、せめて現状の理由を答えた。

 ミシャの眉が八の字になり、リリオンは押し黙って、レティシアが息を漏らした。

 最初に口を開いたのはミシャだった。

「ランタンくんは、そう言うところがあるのね」

「どういうところ?」

「変なところで正直よ」

 ミシャは背筋を伸ばして肩を張った。形がよくて、柔らかそうな胸が揺れる。下着の縁から今にも溢れそうだった。淡く浮き出る血管の緑が優しい色をしている。

「私たちを見て、そうなったって言ってくれればいいのに」

「そうだな。本当にそうか、なんて追求はしないのにな」

 レティシアが笑った。

「……まったくローサったら。ランタン、苦しい?」

 蜂蜜を摂取したことのあるリリオンは、ランタンの苦しみをよく理解していた。肉体の衝動的な欲求を、ランタンはよく我慢したとさえ思う。

「少し」

 そう言った時のランタンは、すごく苦しいのだと三人とも察しがついた。

「苦しみをよろこびに変えてやろう。私たちに任せてごらん」

 レティシアは奪うようにランタンと唇を重ねる。ランタンは目を瞑ることもできず、視界いっぱいに広がったレティシアは緑の瞳を細め、その視線が流れるように誰かへと向いた。

 視線にうながされた肉体がランタンに跨がった。

「ああっ――」

 重ねた唇から声が溢れた。

「――ミシャ!」

 そちらを見ることもなく、だが間違えることなく名を呼んだ。

「ランタンくん」

 名を呼ばれたミシャは喜びにランタンに腕を回した。

 リリオンもレティシアも押し退けて、独り占めするみたいにその胸板に身体を預け、奪い返すように唇を重ねる。

 ランタンもまたミシャの背中に腕を回した。その身体にしがみつくみたいに抱きついて、まだ身に着けたままの下着の結び目を解く。支えが緩み胸板に押しつけられたそれがはっきりと重みを増した。

 ミシャは一度身体を離し下着を脱ぎ捨てる。

 ランタンは待ちきれず、露わになった胸に手を伸ばす。その手にミシャは自分の手を重ねる。

「ミシャ、動いて」

「うん、――う、んっ」

 肌を赤らめながらミシャは動いた。ランタンの苦しみを撫でるように。

 強烈な快感の中で、ランタンはどうしてか懐かしさを思い出している。

 レティシアも、リリオンも向こうからやってきた。

 助けてくれと自分から手を伸ばして、そして自分はその手を掴んだだけだった。

 苦しかった時、自分は手を伸ばさなかった。我慢強かったのではない。ただ臆病だった。

 しかし救われた。

 ミシャは手を差し伸べてくれた。

 だが差し伸べられたその手を自分は掴んだだろうか。

 そんなことはできなかった。

 ぎゅっと閉じた指もそのままだった。

 だがミシャはランタンを見捨てなかった。拳を握り疲れ、指が緩んでしまうまでずっと側にいたようにも思うし、身体ごと抱えられたようにも思う。

 それこそが優しさなのではないか。

 声を押し殺し噛み締めた唇。鱗のまばらな身体は火照り、汗に濡れている。こちらを見下ろし、しかし目が合うと恥ずかしげに逸らす。目が潤んでいるミシャは動くのをやめない。

 苦しみが途端に遠ざかっていく。

 快感にランタンの腰が浮くと、閉じた唇から声が漏れる。

 ランタンは思わずミシャを引き寄せて、その胸に、首筋に、頬に、唇に何度も口づけてその肉体を組み敷いた。

 何度も名前を呼んで、繰り返し口づけて、瞬きも忘れたように熱い眼差しを向ける。

「ミシャが好きだ」

 単純明快な愛の言葉にミシャは頷く。

「私も、ランタンくんが好きよ」

 ランタンが素直に笑った。額同士をくっつけて、互いの視界にはもうほかの何も映っていない。

 ランタンの身体が跳ねるように痙攣すると脱力し、ミシャの身体に被さった。

 呼吸は荒い。

「まだ苦しいのね」

 ミシャはむしろ喜ぶように囁いた。うん、とランタンが頷く。じゃあもう一度、とミシャが告げる。ランタンはまた頷いた。

「――わたしも見て」

 リリオンが強引に視界に割り込んだ。

 小さく頬を膨らませて、いじけるみたいに唇を尖らせる。

 ランタンは後ろからわっと驚かされたみたいに瞬き、ミシャは意外そうに目を丸くする。

「……リリオンちゃんも嫉妬するんだ」

 その呟きはミシャの本心だった。

 ミシャの目にリリオンは汚れなく見えた。

 出会った時の幼さゆえの、今のローサが持っている無垢さではない。美しく成長したリリオンは、心までもそうであるように感じる時があった。それは浮き世離れした美しさだ。

 今のこのランタンを取り巻く普通ではない関係性も、ランタンではなくリリオンに許されてなり立っているように思う。

 リリオンがちらりとミシャを見下ろす。

「いいでしょ」

 つんとして言うその顔、その表情。

 その剥き出しの嫉妬心はミシャを不思議なほど安堵させた。いいでしょ、だって。ミシャは胸の中で繰り返す。いいでしょ、ってランタンくんにではなく私に言った。

「ミシャさんばっかり。わたしのことも、ちゃんと見て」

「はい」

 ランタンはまた素直に頷いた。

「まったくだ。一人と三人では違うと言っただろう?」

「はい、気をつけます」

 冗談でもなく、また素直に謝罪するランタンにレティシアは叱るようだった口元を緩める。

 蜂蜜の影響か、それともミシャとの行為によってか、ずいぶんと心の(たが)が緩んでいる。その無防備さはこういった夜にさえ珍しい。

「まったくずいぶんと可愛いじゃないか。ほら、こちらへおいで」

 竜の尾が鷹揚(おうよう)に揺れる。レティシアはひどく自然にランタンを腕に抱き寄せる。

 ミシャは思わず手を伸ばし、だがランタンを繋ぎ止めなかった。独り占めは確かによくない。でも胸の中に小さな嫉妬の火が灯るのを感じた。それを肯定する。

「あ-っ!、レティずるいっ。わたしのランタンなのに」

「わたしの? それについては議論の余地がある。が、今は議論をしている暇がない」

「難しいこと言って誤魔化そうとしてるわ。横入りよ」

 レティシアは意地悪な笑みを浮かべ、ぷいとリリオンを無視した。

「ひどいっ」

「いまさらあっちとは言わないよな。なあランタン、な」

 ランタンは困った顔になる。

 頷きもしないが、否定もしない。

「うー」

 リリオンが唸り声を上げた。

「……うー」

 ミシャが恥ずかしげにそれを真似て、自分自身に笑っている。

「二人も三人も変わらないと言っていたがどうやら変わるようだ。物は試しだな、色々な発見がある。次は四人だな」

 レティシアはランタンの顎を掴み、顔を固定した。

 ちらちらとリリオンやミシャを気にしていたランタンの視線を独り占めにし、圧倒されるほど豪華な笑みを浮かべた。

「嫉妬したのはリリオンだけじゃないんだぞ。――だが、それもまたよし」

 はっきりとそう言ってランタンを押し倒した。レティシアはいつもよりも強引で激しい。

 リリオンは、もう、と視界の外で悪態をつく。

 それでも急かすこともなく、レティシアの終わりを律儀に待った。

「今度こそ、わたし!」

 そして順番の回ってきたリリオンはあの膨らんだ頬も思い出せなくなる喜びの笑みを浮かべる。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 そうですよね、ローサが家にいないならそういう展開ですよね。 そして前回のはちみつがここで効いてくるとは。 次話も楽しみです。
[良い点] 作者さんのえっちぃ描写めっちゃ好き 嫉妬するリリオンはかわいい
[一言] 自分のことより先にローサの心配するお兄ちゃんいいね。 あと、今晩はお楽しみですね(意味深)
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