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カボチャ頭のランタン  作者: mm
20.Daydream Believer
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 ミシャはランタンの膝を枕にして目を覚ました。

 だがまだ夢を見ているようだと思ったのは、目に映るものが天井でも青空でも夜空でもなく、絶え間なく変化し続ける黄昏の曖昧さだったからだ。

 額を撫でる指先の優しさだけが確かで、視線が腕を伝っていくとランタンの顔に辿り着く。

 黒髪を巻き込んで額にぐるりと包帯を巻いていた。荷台の縁に片肘を突いて、ぼんやりとした視線を投げ出している。

 どうしたんだろう、と思い、記憶を辿った。

 ランタンたちは最終目標(フラグ)と戦闘していた。

 ミシャはそれを外で待っていた。みんなの無事を祈り、その祈りの果てに戦いの終わりが来て、ローサと競い合うようにして最下層へ駆け込んだのではなかったか。

 青い血溜まりがすぐに思い出された。

 つんと鼻を突く生臭い鉄の匂い。

 血溜まりに転がる生首を。

 暗転。

 ミシャの身体がぶるっと震えた。

 目の前にランタンは居る。

 膝枕の心地よさも、額に触れる手の温かさも本物だ。あの時、どうして生首をランタンの顔に見間違えたのだろうか。

 ランタンが手を止める。視線をミシャに向け、そっと前髪を払った。柔らかなものが崩れゆくのを支えるみたいに、ミシャの頬に手を添える。

「あ、起きたな。いいよ、そのままで」

 起き上がろうとするミシャを制する。

 荷車がぐらぐら揺れた。ローサが振り返ったからだった。ランタンが追い払うように手を振る。

「前、前。後ろ見ながら歩くと横転するぞ。ミシャは無事だから」

 ランタンは肩を竦める。

 小走りでリリオンが駆け寄ってきて、ミシャの顔を覗き込んだ。

 雰囲気が違うと感じたのはきつく編んでいた髪を解いているからだった。強く癖付いて波打つ髪が広がって、黄昏の淡い光に透けるようだ。

「ミシャさん大丈夫? 気持ち悪くない?」

 言われて、頭がまだふわふわしていることに気が付いた。

「わたし、どうしたの?」

「魔精酔いだよ」

 ランタンがひと言答え、手を伸ばして袋の一つを引き寄せる。その中から立派な魔精結晶を取りだした。

 それが生首のように思えて、ミシャはまた震えた。

「良い値が付きそうだろ?」

 ランタンは誇らしげに微笑み、それをミシャの胸の上に置いた。宝石にはないずしりとした重みとひんやりとした肌触りが服の上からでもわかった。

「迷宮核……!」

 引き上げ屋は現物払いも受付けているので魔精結晶は見慣れているが、迷宮核で支払いをされるようなことはない。初めて見るわけではないが、手にすることは初めてだ。

 まだ首の据わらない赤ん坊のように、そっと手に取るとこわごわ眼前に掲げた。

 どこまでも深い青色の結晶をどうして生首と見間違えたのか、苺のような可愛げのある形をしている。熟さずに大きく育った青い苺。

「これが顕現する時、最下層は濃い魔精で満たされる。そんなところに飛び込んできたから目を回しちゃったんだよ」

「なさけない」

 思わず呟くミシャを慰めるようにランタンは頭を撫でる。

「誰だってそうだよ」

「ランタンくんも?」

「まあね」

「最初の探索、おぼえてる?」

 尋ねたミシャにランタンは首を横に振った。

「おぼえてないな。そもそも僕に初めての探索なんてあったっけ? ないんじゃないか、そんなもの」

 ランタンは空惚けてみせるが、半分は本当だった。探索の内容はほとんどおぼえていない。ただ恐ろしく、苦しかったことぐらいしか。

「帰ってきた時の顔、真っ青だったわ。ぶるぶる震えてた。迷宮攻略の喜びも、帰ってこれたことの安心も何もなかったの、私はよくおぼえてる。なんだか迷宮から地上を探索しにやってきたみたいだった」

 今思い出せば愛らしくも思えるが、当時はただ可哀想だった。

 あからさまに嫌そうな顔になったのを見てミシャは少し笑う。

 ランタンは吐き捨てるように言った。

「忘れていいよ」

「いやよ。もうあんな顔、二度と見られないかもしれないんだから」

 迷宮核を鳩尾のへこみに置いて、ミシャは額に触れるランタンの手を取った。

「怪我、したのね。こんなに強くなったのに」

 肌についた血はすっかり洗い流したようだが、それでも爪の隙間に染み込んだそれはまだ赤々と残っている。

「ああ、頭かち割られたんだ。まあ頭の傷は浅くても血がよく出るから。心配かけるな」

 苦笑したランタンの顔を見上げミシャは、うん、と頷いた。

 少年の掌を頬へと寄せて、頬ずりをする。探索者にしては綺麗な手も、戦いが終わった今は荒れている。皮膚は破れてかさつき、指の付け根が硬くなっている。

 男の手だ、と思った。

「この迷宮の最終目標(フラグ)はどんな相手だったの?」

「精霊だよ。戦士の格好をした」

「違うわよ。ランタンの考えた最強の探索者でしょ?」

 横から口を挟んだリリオンに、ランタンはまた嫌な顔をする。

「ランタンくんの考えた最強の探索者?」

「繰り返さなくてよろしい」

 ほら、とリリオンは荷台に乗せた何かを手に取った。

 それは戦鎚だった。

 ランタンの装備かと思ったが、そうではない。よく似ていたが、ランタンのものよりも無骨で、一回りも長く大きい。ランタンのそれと比べると子供用と大人用みたいだった。

 リリオンが持つと丁度いい。

「単純な分だけ、おかげで苦労したな」

 レティシアが半分笑いながら、嫌みったらしく言う。

「どんな強さだったの?」

 ミシャが尋ねるとランタンは渋々答える。

 それはただ強い。驚くほどの腕力があり、素早く、巧みだ。

 どれだけ攻撃してもまるで効かず、痛みに顔をしかめることもなければ、血の一滴も流すことがない。傷もすぐに塞がってしまう。

 端的に言えば不死的な存在だという。

「不死系迷宮なんだからそうなんだよ。僕のせいじゃない」

 ランタンはぷいとそっぽを向いた。

 そんなランタンにみんなが笑った。

 ミシャは頬にランタンの手を添えたまま、深く目を瞑った。

 ランタンの理想。

 死ぬことのない探索者を夢見たのは、死そのものへの恐れゆえだろうか。

 それとも私が哀しむのが嫌だからだろうか。

 この考えは自惚れかもしれない。

 それでも自惚れさせてくれるだけの愛情をランタンは与えてくれている。

「ミシャ、疲れちゃった?」

 気遣うような声音に、ミシャは首を振った。

「もう後は帰るだけだから。ここまでくればよっぽど魔物の再出現(リポップ)もないし」

 ミシャはゆっくり目を開いた。

 覗き込むランタンの顔はあくまでも優しげで、その後ろの黄昏が朝焼けのように思えた。

「迷宮、……もう終わっちゃうんだ」

 口に出した途端に猛烈な後悔が生まれた。

 迷宮ではおっかなびっくりしていただけだった。

 目に映るものは興味深くもやはり恐ろしく、戦う探索者たちの勇壮さは他人ごとのようで、心配するだけの無力な自分がいつも通りそこにいた。

「ランタンくん」

「ん?」

「あとどれくらい?」

「そうだな――わ」

 ランタンの答えを待つより先に、ミシャは足を振り子にして勢いよく身体を起こした。

 驚いたランタンが仰け反って、ミシャはそんな少年ににじり寄る。

 地上まであとどれぐらいでもいい。

「私、歩きたい」

「まだ、もうちょっとあるけど」

「……一緒に探索がしてみたいの。うん、今さらだけどね」

 迷宮のことを、ランタンのことを知りたいと思う気持ちと同じぐらいに、その気持ちがあった。それは今まで自分でも気付いていないものだった。

 口に出してすっきりした。恥ずかしさもあったが、清々しさの方が大きい。

 ミシャは荷物だった。ずっと荷台に乗ってローサに運んでもらっていた。

 探索者のように速く歩くことができないから、せめて迷惑にならないように大人しくしていたが、もう終わりだと聞いて胸に湧いたこの後悔は、一緒に歩くこともできないことへのものだった。

「じゃあ、僕も歩くか」

「やった。うれしい。そうだ。ランタンくん、あれちょうだい」

「あれって?」

 ミシャは気付け薬をもらった。魔精酔いはまだ尾を引いている。毒薬みたいに一粒口に含み、思い出された苦みへ怖じ気づきそうになるが、奥歯で一気に噛み潰した。

「ん゛――っ!」

 悲鳴を堪える代わりに喉奥で呻き、痛いほどに瞑った目をぱっと開くと世界は開けた。

 ローサが立ち止まって、ミシャはもぞもぞと荷台から降りた。

 地面の固さが、まるで素足のように伝わってくる。大きく背伸びをした。空が高い。深呼吸をすると、異国の空気を吸っているみたいだった。

「足、ここに乗せて。いいから」

 ランタンが足元に跪き、なかば強引にミシャの足を膝に乗せた。靴紐を一度解き、手早くしっかりと結び直した。

「これでよし。石畳(これ)があるけど意外とでこぼこしてるから転ばないように」

「うん」

「歩くのが速いと思ったら言って。緩めるから。どうしようもなくなったら、また荷台に乗るか、僕に背負われるか選んで」

「ふふ、至れり尽くせりね。でも、できる限りは歩くよ。だって私、ほとんど丸一日歩いてないんだから」

「う、それもそうだな」

 歩かせなかったのはランタンだった。

 反省を誤魔化すように苦い顔をする。

「ミシャ、前にお行き。ほら、ランタンも」

 レティシアがミシャを先頭へ導いた。

 ルーとリリララが左右に分かれ、どうぞと譲るように掌を上向ける。

 リリオンが右に寄った。

 真ん中にミシャで、左にランタンが並ぶ。

 これまでずっと探索者たちの背中ばかりを見ていたからか、遮るものの何もない迷宮は帰り道のようには思えなかった。

「わわ!」

 ローサが頭で背中を押してきて、ミシャは踏鞴を踏んだ。

 振り返るとみんなの顔が見えて嬉しくなった。調子に乗って、出発の合図を勝手に出してミシャは歩き始める。

 ランタンとリリオンの歩調に合わせると息はすぐに上がった。これでもゆっくり目に歩いてくれている。自分の足で歩くと、それがよくわかった。

 石畳のおうとつ、肌を撫でる風、自分の呼吸の速さと、ランタンとリリオンの落ち着いた呼吸。

「ほら、がんばれ」

 ランタンが腰に手を添えてくれる。後ろから杖が回されてきた。石杖だが中空になっているのでずいぶんと軽い。

「やるよ。使いな」

 リリララが作ってくれたものだった。

 船を漕ぐみたいに杖を使って前へ前へと進んでいく。かつん、かつんと足音に混じって高い音が響く。

 それでもしばらく歩いていると、ずるずると遅れ始める。

「もう後、半分だぞ」

「無理はなさらないでください。置いていくことはありませんから」

 隣に並んだレティシアとルーがミシャをはげます。

 ミシャは手の甲で汗を拭い、こくりと頷いた。拭ったはずの汗が顎から滴って、石畳に染みを作る。

「顔を洗え」

「ローサに乗ってもいいよ」

 ガーランドが水球を作ってくれた。それに顔を突っ込んでじゃぶじゃぶ洗うとさっぱりする。しかし疲れは抜けない。気休めだった。

 先頭だったミシャは遂には一番後ろまで下がってしまう。

 ローサが後ろを振り返る。どうにか顔を上げて、笑ってみせるがそれも苦しい。

 足の裏が痛い。

 ミシャの左右にはランタンとリリオンがいる。

「どう。迷宮探索は?」

「はあ、はあ、そうね。歩くだけでも、こんなに大変なんて。はぁ、どうして、歩くなんて、言っちゃったの、かしら」

 途切れ途切れに言葉を紡ぎ、汗の塩味を唇に感じる。

「がんばって。もうすぐよ」

「おんぶしてあげようか?」

 あくまでもはげますリリオンと違って、ランタンは悪魔みたいに誘惑してくる。

 ミシャはべえと舌を出した。

「なんだ、まだ元気だな」

「ええ、そうね。おかげさまで」

 爪先が石畳の段差に引っ掛かって転びそうになる。二人が揃ってミシャを抱きとめる。

「後悔してる?」

「してる」

 ランタンの囁くような問い掛けに、ミシャは嘘偽りなく答える。

 足どころか全身が痛かった。自分の身体が、それこそ背負った荷物みたいに思える。頭の重さに首が痛い。腕の重さに肩が痛い。

「でも、こうなったら最後まで歩くわ」

「そっか。じゃあ、がんばれ」

 ランタンは素っ気なくそれだけ言って、それでもミシャの隣を離れることはなかった。

 どうして歩くなんて言ったんだろう。

 どうしてこのまま歩き続けようとしているんだろう。

 自分自身の、どうして、をミシャは言葉にすることができない。

 でもそういうものなんだと思った。

 きっとこれが探索者が探索を続ける理由なんだろう。

 先を行くローサが立ち止まり、振り返って大きく手を振った。

 まずはあそこまで。


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― 新着の感想 ―
[一言] 後悔を抱いても、それをそのまま言えて改善できる環境って大事だなぁ.. とリアルを振り返り少し思いました
[良い点] 「はあ、はあ、そうね。歩くだけでも、こんなに大変なんて。はぁ、どうして、歩くなんて、言っちゃったの、かしら」 (^^) [一言] 今回の世界名作劇場感。
[良い点] 面白かったです。 ミシャかっこいですね。
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