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石柱の一部がリリララの魔道によって変形を始めた。
周囲に漂っていた精霊が反応する。ゆっくりとした動きでそちらに近付いていく。
地脈を通じて石柱へ浸透した魔精に反応しているのだろう。
硬い石柱がぷくりと膨らむ。肌にできた吹き出物のように丸みを帯びる。
近付いた精霊もまた、風に吹かれたしゃぼん玉のようにぐにゃぐにゃと形を変えた。
魔道に込められたのは、石を変形させる、というリリララの意思だ。その意思が精霊に影響を与えているのだろう。
「続けて」
ランタンがリリララに告げた。
かなりの距離で魔道を行使しているのでリリララは返事をすることができない。眉間に皺を寄せ集中したまま、魔道を続ける。
精霊は形を変えたが、特定の形には定まらなかった。ぐにゃぐにゃゆらゆらしながら曖昧なままだ。
火や雷の魔道が精霊に影響を与えたようには、土の魔道は影響を与えないようだった。
前者は精霊にその属性を付与したが、後者はただ形を変えさせるだけにとどまっている。
「魔道じゃなくて、意思に反応しているのか?」
「かもしれんな」
観察して呟くランタンに、レティシアが同意を示した。
魔精は意思の溶媒であり、魔道はその発露だった。
魔道の発現には想像力や強い意志、感情が必要になる。ランタンの爆発は火の魔道に属し、これが発現したのは防衛本能によるものだった。
恐怖に叫び出したり、涙が流れたりすることと、魔道の発現は少し似ている。
基本的に魔道とは闘争本能や防衛本能の現れだった。
そこに火や雷、風や水などの属性が現れやすいのは人間の持つ自然への恐れや敬いから、そして先人たちによって積み重ねられた、魔道とはそういうものだ、という認識によるものだ。
土の魔道も基本的なものの一つだが、これだけは少し特殊である。
他の魔道が本能と直結しているのに対し、土の魔道は意識的に対象を変形させる。ただ攻撃するだけではない。
「リリララ、形を変えられる? 丸から、そうだな四角でいいや」
石柱の吹き出物が丸みを失い、四角くなった。精霊は変わらずに形を変えているが、四角くはならなかった。もしかしたらなろうとしているのかもしれないが、上手くはいっていない。
「やめていいよ」
「――はぁ」
リリララは水から上がったように、胸を膨らませて呼吸をした。ランタンはそちらを見もせず、ただ労いに頭をぽんと叩いてやる。
「まだぐにゃぐにゃしてるな」
「一度、そうなったらずっとそうなのかもしれませんわね。より強い色に上書きされるまで」
「あ、ランタン。見て」
リリオンが覗いていた望遠鏡をランタンに押しつけた。
覗いてみるとリリララが変形させた石柱の吹き出物に精霊がまとわりつき、染み込んでいった。
「なんだ?」
「ローサもみたい」
「我慢して。いい子だから。ミシャさんも見てるわよ」
袖を引くローサをリリオンが嗜める。
望遠鏡を覗き込んでいると吹き出物の付け根に罅が入った。そしてそれはいぼがころりと落ちるように、石柱から剥がれ落ちた。
魔道によって変形した物質は強度を失うこともある。だがこの落下はそのせいではない。
落下した四角はサイコロのように石畳の上を跳ねて転がった。
「精霊が入ってるな」
普通の石ならば静止しているはずのそれは微かに振動している。
そして割れた。
中に入っていた精霊が解き放たれる。そのまま低いところを漂い始める。
ランタンは望遠鏡をローサに渡した。
ローサはさっそくそれを覗き込む。
「ふむ。状況の整理をしよう。まず一つ」
精霊は人の意思に影響を受けて、性質や形質を変化させる。
レティシアの魔道はそこにあった攻撃の意思を、リリララの魔道は変形の意思の影響を精霊に与えた。
魔道は剥き出しの意思であるがゆえに、精霊に対して強い影響を与えるのかもしれない。
「じゃあこっちから攻撃しなければ、精霊は攻撃してこないっていうこと?」
「可能性はあるけど、その可能性は低いと思う。僕らはどうしても魔物は敵って意識があるから、まったく無警戒に近付けない。あれは心の動きに敏感だ」
「そうだな。近付けば寄ってくるだろう。こちらが身構えれば、あちらもそれに影響され、我々がそれに対応すれば、また向こうも更に影響を受ける」
「……なんだか人も魔物もそう変わらないのね」
ミシャがこそっと呟く。
たしかに精霊と探索者の関係は、人と人の間に発生する憎しみの連鎖に似ているかもしれない。
ローサならばあるいは、安全だから行ってこい、と命令すれば素直な心で精霊と向き合うこともできるかもしれないが、妹にそんな危険な役目はさせられない。
「それから逆に精霊が与える影響について」
精霊はリリララの作った四角に取り憑いた。
これは精霊が不死系に分類される理由の一つでもある。
実体を持たない不死系の魔物は人体や物体に取り憑きこれを操ったり、悪影響を与えたりする。精霊もその能力を持っている。
「これはもう少し調べたい。人に取り憑くかは試せないけど、例えば武具に取り憑くのか。その場合はどうなるのか」
飛刀、飛剣と呼ばれる物質系の魔物がいる。これは名の通り飛ぶ剣だ。使い手もいないのに斬りかかってくる厄介な魔物だった。精霊が武具に取り憑いた場合このような性質を帯びる可能性もある。
だが先程の四角の様子を見るに、もっと別の可能性もある。もし飛剣のようになるのなら、四角は空を飛んでこちらに体当たりを仕掛けてくるはずだ。
「リリララの四角は自壊した。なぜだ?」
「形が気に入らなかった可能性はどうでしょうか? 犬も気に入らない小屋には入らないと聞きますが」
「なるほど。犬は自分の小屋を壊さないと思うけど。ガーランドはどう?」
「知らん」
取り付く島もないガーランドにランタンは苦笑する。
「精霊の依り代として相応しくなかったとか。形が単純すぎて」
「どーせ、あたしの芸術的才能はそんなもんだよ」
「ミシャさんはどう思う?」
リリオンが尋ねると、ミシャは少しばかり戸惑ったようだった。発言の許可を求めるように視線を向けられたランタンは頷いて促す。
「動かないものを無理矢理に動かそうとして壊れちゃったんじゃないかしら。機械とかはそうよ」
「あり得るな。材質か、形か」
ミシャは自分の発言が受け入れられたことになお戸惑った。
自分の発言を元に探索者たちが動き出している。
リリララが回復のために魔精薬を服用し、魔道の精度を上げるためにもう少し精霊に近付く。四角に取り憑いた精霊は群から離れ、まだ地上に残っている
その付近に石の人形を生成する。
「さて、どうかな」
その石人形は単純な形をしている。頭部は胴体に乗っかっているだけで首はない。腕や足は棒をくっつけたようだった。精霊はそれに興味を示した。発光する靄のような精霊は人形にまとわりついて、染み込んでいく。
「お、さっきよりましだ。動き出したぞ」
「おじーちゃんみたい」
人形は関節がないから、立ち上がるのにも一苦労といった感じだった。そして立ち上がっても、すぐに転びそうなほどぎくしゃくとしている。
「ちゃんと二本足で立ってるな。結構いいんじゃないか?」
「だが腕や足の付け根が脆いな」
望遠鏡を覗き込むレティシアが言う。どうやら罅が入っているようだ。まもなく壊れるだろう、と預言者のように呟き、実際に人形の四肢がもげた。再び精霊が解放される。
悪くない結果だった。
人形はいわば籠罠のようなものだった。まんまとこれに取り憑いた精霊は著しく行動能力が低下する。
さっそく人形を七つ、精霊の分だけリリララに用意させた。
そこに精霊が取り憑いた。
ランタンとルーが走り出し、距離を一気に詰める。精霊に取り憑かれた人形が、目があるわけでもないのに生き物のように振り返った。
中にはその勢いのまま、頭部がねじ折れてしまう人形もある。
ランタンは戦鎚で、ルーは蹴り飛ばして人形を砕いていく。取り憑いた精霊も、一緒に粉砕される。離れたところにいる一体をガーランドが水の魔道で仕留める。細く鋭い水の筋が刃となって石を切り裂いた。
リリオンは控えだった。
リリオンの腕前ならば石を斬ることもできるが、無駄に刃毀れの危険を冒す必要はない。
剣には剣の正しい使い方がある。
「人の形じゃなくても、四角がダメなら、丸ではいけなかったの?」
「いけないってこともねーけど、丸よりあの形の方が動作に制限がかかるだろ。足があるせいで、あんなにぎくしゃく動いているんだ。丸だったら簡単に転がれるだろ? あいつらにしたら丸の方が動きやすいはずだ」
「なるほど、色々考えているのね」
「ま、先人の知恵もあるけどな」
戦闘は無事に終了した。
ミシャの目には完璧だったように思う。
「リリララ次もいける?」
「やれって言われたらやるよ。でも消耗はあるな」
「そうか、負担は大きそうだな。じゃあ次はガーランドの水の魔道でいってみようか」
迷宮探索は試行錯誤の連続だった。
迷宮を進み、また次の戦闘は、ガーランドの魔道によって開戦した。
放たれた水弾が精霊に直撃する。実体のない精霊に触れて水弾が弾け飛んだ。直撃した精霊自体も弾け飛んだが、周囲の精霊は目に見えてその魔道の影響を受ける。
ミシャの目には空間の歪みから突如として水が湧いたように見える。
精霊が水の実体を得たのだ。
最初はぐにゃぐにゃしていたがやがて安定し、綺麗な水の球となる。空中を転がるようにして、音もなくこちらに接近してくる。
「はなれたらダメだからね」
ミシャはローサの背中に隠される。ローサは槍を胸に抱いて、自分こそが最後の守りだというように勇ましく立ちはだかる。
今回、前線に行ったのはランタン、リリオン、ルーだった。
水の精霊はその丸い身体に突如、波紋を浮かべた。かと思え波紋の中心が盛り上がり、槍のような水を射出する。
リリオンは剣の腹でそれを受けた。
かなりの衝撃で危うく弾かれそうになる。
身体に受ければ穴が空く威力だ。
リリオンはそれでも足を止めず、精霊を間合いに収める。そして一刀で精霊を斬り払った。水と言うよりはどろりとした粘性を持つ液体を切った感触だった。
精霊が魔精結晶化するのを確認して、即座に次の精霊に移る。石だろうと水だろうと実体があれば斬ることができる、とリリオンは確信する。
だが人形に取り憑いた時よりは、やはり精霊の動きはいい。もともと形のない精霊である。形の自在な水とは相性がいいのだろう。槍のように水を尖らせたり、鞭のようにしならせたりと多彩な攻撃を見せてくる。
ランタンとルーは危なげがない。
二人の打撃は水の精霊を容赦なく粉砕した。
特にランタンの戦鎚は精霊の攻撃を容赦なく叩き潰す。戦鎚が振るわれる度に、粉砕された水が霧のようになって辺りを漂った。
「リリ、ルー下がって」
ランタンが告げ、二人がその背後へと下がった。
ランタンははりきっている。ミシャが見ているからだろうとリリオンは思う。
自分に対する接し方を過保護だと色んな人に言われていたが、客観的な立場に立つとよくわかる。
ローサに対する態度もそうだが、ミシャに対する態度だってそうだ。軽口のように言っていたが本当にお姫さま扱いをしている。
何故、不死系迷宮を選んだのか。
その理由だってわかっている。ミシャにあまり血みどろの戦場を見せたくなかったのだろう。それが例え魔物の血であろうとも。だから獣系なんてもっての外。
精霊との戦闘もかなり気を使っている。
いつもならば問答無用に突っ込む場面でも、リリララに人形を用意させたり、ガーランドの魔道を使わせたり危険を極力減らしている。
肌を濡らした水気が熱を帯び、乾いてゆく。
ランタンの背中を見ていた視線を、ほとんど瞑るぐらいに細める。
爆発が精霊も石柱を巻き込んで炸裂した。
ここまでする必要があっただろうか、とリリオンは思う。爆音が耳の奥できんきんとした耳鳴りとなり、爆風が髪を乱した。光が目蓋に焼き付いて数秒間、景色が滲む。
「やりすぎよ」
「はりきっておりますわね、ランタンさま」
ルーがひそひそ声で囁く。
リリオンは苦笑しながら頷く。
力を見せつけてミシャを安心させたいのだろう。
「よし」
ランタンは満足気に振り返る。
あんなに眩しいと、またミシャは目を瞑っているかもしれない、とリリオンは思う。




