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「迷宮だとみんな意地悪になるのね」
気付け薬は初めてではない。
だがミシャが噛み砕いたそれは探索者用のもので、とびきり刺激の強いものだった。魔精酔いだけでなく、精神攻撃による変調にも効果がある。
苦いのか、辛いのかもわからない。口の中が爆発したような味だった。
ミシャはうがいをした水が緑色に染まっているのを見てぎょっとする。涙ぐみながら恨めしそうにみんなを睨んだ。
ランタンやリリララは大笑いしている。リリオンやローサは心配そうにしてくれている。レティシアとルーは微笑ましげにして、ガーランドは相変わらず無関心そうだった。
「みんな通った道だよ」
ランタンは悪びれることもなく気付け薬の缶を揺らした。まだじゃらじゃらとたっぷり残っている音がする。
もちろんランタンたちも気付け薬を服用していた。ミシャほどひどくはないが魔精酔いの症状は何度、迷宮を攻略しても消えるものではない。
だがミシャのように騒ぐことはない。ローサだけはあからさまに苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それでも泣いたり喚いたりはしなかった。
きっと慣れなのだろう。
ミシャは鼻息も荒く、乱暴に唇を拭った。
ローサのそんな姿を見せられて、いつまでも文句を言っていられない。
誰に向けるわけでもない、強いて言えば気付け薬を配合した人物への怒りは、ミシャに迷宮の恐怖を一瞬忘れさせた。
まず一つ思い出ができた。探索者と同じ思い出を共有できることは嬉しいことだった。
「ちょっと休憩してから攻略を開始するよ」
「私、もう大丈夫よ。気を使ってくれなくても」
「それはすごい。でも降りてすぐは僕らでもダメなんだよ。身体を迷宮に慣らさないと。気付け薬は意識をはっきりさせてくれるけど、感覚はずれたままだよ」
ランタンの言葉を合図に、それぞれが身体を慣らし始める。
ただ腰を下ろしてぼんやりしたり、柔軟体操をしたりと様々だ。
リリオンとローサは連れだって近場の石柱を見上げたり、石畳をひっくり返したりしている。
「これは?」
「いっぽん」
「じゃあ、これは?」
「さんぼん」
ランタンが指を立て、ミシャがその本数を答える。
流石に気にしすぎじゃないか、と思ったが慣らしと言われても何をしていいのかわからないので相手をしてくれるのはありがたい。
「片足で立ってみて」
「はい、――わ、わっ!」
「ほら、何となく変だろ」
いつもは簡単にできることができなくて、ミシャは驚いてしまう。
「迷宮にいるってことは魔精薬を身体に浴びてるようなものだからな。身体能力の向上、感覚の鋭敏化が起こってるんだよ」
力が入りすぎるのか体勢を崩し、それを取り戻そうとしたら、今度は戻しすぎてしまった。
ランタンに抱き留められて、ほっと一息吐く。
「これが、迷宮」
ミシャが降りたことのある迷宮は、攻略済の迷宮だけだ。
探索者が迷宮口直下まで運んできた戦利品、迷宮資源を引き上げるためにロープを掛ける。探索者にやらせると重心が崩れたり、荷揚げ中に解けたりして事故に繋がることがあるからだ。滅多にその依頼はないが、それも引き上げ屋の仕事だ。
攻略済か、未攻略か。
その違いは迷宮の魔精量の違いだ。薬も過ぎれば毒となるように、多量の魔精がミシャの感覚を狂わせていた。まさしく魔精酔いの症状だった。
「私、もう強くなったってこと?」
「さてどうかな。でもこの迷宮を攻略する頃には、きっとちょっとは強くなってるよ」
ランタンに一本の革紐を渡されて、それを結んだり解いたりする。
手に染みついた動きを繰り返していると、新しい感覚が身体に馴染んでくる。最後にランタンから迷宮作法の縛り型を教えてもらった。緩みがたく、解きやすい。止血や拘束、様々な場面で役に立つ。
「わざわざ用意してくれたの?」
「迷宮探索は事前の準備が半分だからね」
「――出会った時は準備なんてしなかったじゃない」
「残りの半分があったんだよ」
「残りの半分って?」
「運」
ランタンはそれらしく嘯き、回収した革紐を腰のポーチに押し込んだ。二度、手を鳴らす。
「よし、もういいだろう。出発するよ。ローサ、荷車の用意。石畳は捨てろ、持って帰るにしても行きは荷物になる」
ローサは掘り返した石畳を放り投げて、腰のベルトに荷車を繋いだ。ミシャはその荷台にリリララと同乗した。
いつもは垂れているリリララの兎耳がぴんと立っている。薄茶色の毛に覆われた耳は、その内側に血管が透けている。
「なんだよ」
「真面目な顔してるなって思って」
「いつもが不真面目だってか?」
「そんなこと言ってないでしょ。でも今に比べたら不真面目よね」
リリララは気を悪くすることもなく笑った。
硬い荷台の上、ミシャは毛布を畳んで尻に敷く。迷宮が最下層まで続いている。視線の先にあるローサの背中すら頼もしい。ローサの隣をガーランドが、その先にランタンたちがいる。
「しばらくは魔物と遭遇する予定はないぜ。気楽にしてな」
「ええ、ありがとう」
ローサが歩き出した。車輪が、ぎ、と軋みを一声上げる。石畳の上をがたがたと音を立てて、その度にミシャの身体が跳ねるように揺れた。
なるほど慣らしなしでこの揺れに見舞われたら、目が回っていただろう。ミシャは胸をさすった。起重機の揺れよりもよほどにひどい。
石畳があるとはいえ、魔物が土木工事をするわけでもなし、舗装は荒れ放題になっている。
「だいじょうぶ? へいき?」
ローサは頻繁に後ろを振り返ってミシャの様子を確かめる。ミシャはその度に、大丈夫よ、と返した。
ローサはあまりに振り返るものだから躓いてしまって、むしろミシャの方が心配になる。「えへへ、つまずいちゃった。でもへいきだよ」
迷宮探索はミシャが想像していたよりもずっと地味だった。
そういうものだと知ってはいたが、今のところはただひたすら迷宮路を進むだけだ。
次から次へと魔物が襲いかかってくることもなければ、行く手を遮る罠が隠されているわけでもない。
ランタンたちも黙々と進んでいる。
時折、疲れていないか、大丈夫か、と声を掛け合うがそれぐらいだ。
「不思議な空の色……」
ミシャはぽつりと呟く。
黄昏の色をした空は、しかし地上のそれとはどことなく雰囲気が異なる。
閉鎖型迷宮だからきっと偽物の空なのだろう。天井に描いた絵のようにも思える。だが同時に吸い込まれるような、いや、落っこちてしまうんじゃないかというような奥行きも感じられる。
濁った液体に似ている、と思う。
紅茶にミルクを垂らしたように雲が流れ、溶け、かと思えばまた現れる。ミルクは混ざりきらず、いつまでも濁ったまま。
沈みきらぬ太陽光が空色を複雑に変化させ、一度として同じ模様になることがない。
朝も夜もなく、いつまでも同じ曖昧なままだ。
左右に並ぶ石柱も、太さも高さもまちまちで同じものなどないのに、どうしてか同じ場所で足踏みをしてるような錯覚に囚われる。
迷宮のせいだろうか。
ミシャは知らず知らずのうちに自分の身体を抱きしめた。
それでも、だからこそミシャは迷宮を観察する。知らないから怖いのだ。
引き上げ屋の仕事場の、更に奥深くにある探索者の仕事場。近くにあっても、それ以上近付くことのなかった場所。
ランタンが声も出さずに手で合図をして、立ち止まった。
リリララが集中して耳を澄ませ。ミシャは突然のことに息も止めて身体を小さくした。
「――大丈夫、まだいないぜ」
リリララがそう告げると、ランタンは再び歩き出した。
「このあたりが最初の魔物の出現地点なんだよ。偵察隊が交戦、討伐してる。まあ再出現にはまだ余裕があるけど、念のためだな」
「それって」
「そう、こっから先は未踏破。もちろん戦闘もあるから覚悟しときな」
ミシャは思わず腰に差した護身刀の柄を握った。
それをリリララは鼻で笑う。
「流石にそれの出番はねえよ」
それでもミシャは柄から手を放せなかった。
またしばらく進んだ。
景色は相変わらず代わり映えがしない。
魔物なんて本当は出なくて、ずっと同じ景色を行くだけじゃないのか。そんな想像が脳裏をかすめる。
だがそれは都合のいい妄想だ。ミシャが迎えに行く探索者は、いつだって傷を負って帰ってくる。
今度はリリララが合図を出した。
全体がゆっくりと速度を緩め、程なく立ち止まった。かと思えばまたゆっくりと進み、再び立ち止まる。
ミシャは戸惑いながら、リリララに視線を向けた。
「あれ」
リリララが顎をしゃくった。
そちらの方へ目を凝らすと、黄昏の空に輝くものがある。ミシャだけが教えられるまで気づくことができなかった。
「あれは?」
「魔物だよ。地上じゃなかなかお目にかかれない。不死系だからな」
「亡霊とか、そういうの?」
「いや、もっと珍しい。精霊だ。こっちには気づいていないな」
不死系の魔物は大きく分けて二種類に分類される。
肉体を持つものと、持たないものだ。
亡霊や精霊に代表される肉体を持たない魔物は、魔精の濃い迷宮でしか生きられない。
肉体は容器であり、魔精は生命そのものだ。そういった魔物は物質的な攻撃を無効化するので、魔道やそれを付与した武具でなければ倒すことは難しい。厄介な相手だった。
ランタンがミシャの所までやってきた。
「やあ、ミシャ。調子はどう? そろそろ戦闘の時間だ」
「私、どうしたらいい?」
緊張して問い掛けるミシャに、ランタンは冗談めかして答える。
「大人しくしてくれればそれで充分。間違っても参加しようとはしないで」
「大丈夫なの?」
「そりゃもちろん。護衛はガーランドにリリララ、リリオンもつけるしローサもいる。指一本触れさせないよ」
「そうじゃなくって」
「そりゃあいつらに指はないけど」
「そうでもなくて。――ランタンくんたちは大丈夫なの? 危なくない?」
緊張を解すための軽口を叩くランタンに、ミシャは少しばかり語気を強める。
確かに自分は足手まといだし、まさしくお荷物であることは自覚している。それでも実際に戦うのはランタンたちだ。ランタンが自分自身を後回しにしているようでもどかしい。
アーニェの言う通り、探索者は自分の命を軽んじている。
ランタンはそんなミシャの頬をむにゅっと抓った。
「大丈夫。それを見せるためにミシャを誘ったんだから」
ランタンが笑いかけると、ミシャはそれだけで身体の力が抜けるのがわかる。
「……亡霊と精霊の違いって何?」
「色が違う。ってそんな顔しないでよ。本当にそうなんだから。亡霊ははっきりとこっちに悪意があるから襲いかかってくる。精霊は無色透明。ふらふらっと近付いてきて、こっちに影響を与える」
「影響って?」
「いろいろ。いい影響はまずないな」
ミシャが眉根を寄せると、ランタンはそこにできた皺を指で伸ばした。
「リリオン、ミシャのお守り。レティとルーは僕と来い」
ランタンと入れ替わるようにリリオンがミシャの下へやって来た。荷台の縁に腰掛ける。
「ミシャさん、今のところ迷宮はどう?」
「えっと。わからない。なんだかずっと不思議なまま」
リリオンは自分もそうだったと言うように頷く。
「ランタンくんは、戦いに行ったんだよね?」
「ええ、そうよ」
「いつもあんな感じなの?」
一度ランタンの方へ視線を向けて、リリオンは小首を傾げた。
「いつもはもっと、わーっ、って感じ」
「そりゃ敵に見つかってるからだろ。不意を突けるならそれに越したことはない。大声上げて飛び掛かるなんて馬鹿のすることだ」
レティシアとルーを引き連れているランタンの背中は、これから戦いだという気負いを感じなかった。こそこそ隠れるわけでもないのは、精霊は目で獲物を探すわけではないかららしい。
「ほら、もうすぐ。あっという間に終わるぜ」
ミシャは荷台に立ち上がり、背伸びまでした。
精霊は何体かいるが、正確な数がわからない。リリオンに聞けば四体と答え、リリララに聞けば五体だという。ミシャにはもっと沢山いるように見えるが、きっと錯覚なのだろう。
高いところに浮かんでいる。ランタンの戦鎚はとても届かない。石柱をよじ登るのだろうか。
「どうやってやっつけるの?」
「最初はレティね」
「撃ち漏らしが接近してきたところを、ランタンとルーで潰すんだろう。で、もしこっちに来たらガーランドがやる。頼むぞ」
風に揺られるようだった精霊が、ミシャの目にもはっきりと反応を示したのがわかった。
精霊に目がけて雷が迸った。空に蜘蛛の巣が張るみたいに雷が広がる。眩しい光に遅れて、雷鳴が轟いた。
ミシャは思わず目を瞑る。
ぎゅっと閉じた視界。耳に聞こえたのは雷鳴とも異なる爆音だった。
瞼を透かして、炎の色が視界を染める。
静かになって、ミシャは恐る恐る目蓋を開いた。
「もう大丈夫よ、ミシャさん」
リリオンが優しげな顔をしている。
「見逃したな。終わったってよ。ローサ、ランタンがお呼びだ。向こうまで行くぞ。ほら、ミシャは座って。転けるぜ」
リリララに言われずとも、ミシャは腰を抜かしたように座り込んだ。
なんだかよくわからないうちに、あっという間に終わってしまった。
置いてけぼりの気分だった。
精霊の出現地点で昼食を兼ねた小休憩を取ることになった。
精霊は死体も残さず消えている。回収した魔精結晶と、残された焼け焦げだけがそこにあった戦闘を伝えている。
「三人は手伝わないの?」
ランタンとレティシアとルー以外の四人が昼食の準備をしていた。
「戦闘に参加したからね。免除だよ」
「そういうものなの? じゃあわたしも手伝った方がいいよね」
「ミシャいいんだって。お姫さまだって言っただろ。リリオン、お姫さまがお腹空いたって」
「もうちょっと待ってて」
「言ってない、言ってないからねリリオンちゃん! もう、なんてこと言うのよ」
ミシャは何となく膝を抱えて三角に座った。拗ねるように唇を尖らせる。
「はい、ミシャさまどうぞ」
「ありがとうございます」
ルーに渡されたコップには柑橘を搾った冷たい水が注がれていた。迷宮は春先のように温かさと寒さが混在していたが、きんと冷たい水は心地いい。砂糖を足していないのに甘く感じる。
ほどなく昼食の用意が済んだ。
「ちゃんとしたお食事なのね」
「ちゃんとしてないこともあるよ。これとか」
ランタンはどこからか探索食を取りだした。
これはミシャも食べたことがある。
起重機上での食事として、味は兎も角として携行性も腹持ちも優秀だ。それに探索帰りの探索者にあまりを押しつけられることもある。
「初日の食事は保存を考えなくていいからね。いいものを食べるとやる気も出るし、――はい、全員に行き渡ったね。いただきます」
リリオンが用意したのは円形に薄く焼いたパンだった。一枚一枚が顔よりも大きい。
もちもちとした甘い生地で、中に様々な具材が挟んである。
挽肉と玉ねぎ。たっぷりのチーズとベーコン。油漬けの鰊とオリーブ。じゃが芋のカレー。バターと蜂蜜。
それぞれを八等分して、それぞれの皿に重ねている。
温め直してあって、パンの表面はぱりぱりとして香ばしい。チーズが驚くほど長く伸びて、それを横目に見たローサが負けじと手を遠くにやった。
「おいしい?」
リリオンが尋ねる。
ミシャが口をいっぱいにしてただ頷くと、目を細めた。
嘘偽りなく美味しかった。地上での料理と遜色ない。館でも厨房を取り仕切るのはリリオンだった。その腕は迷宮でも遺憾なく発揮されている。
迷宮探索に同行してまだ少し、それでもいくつか発見があった。
例えば歩く速さ。
探索者は驚くほど歩くのが速い。普通に歩いているように見えて、小走りみたいな速度で歩く。そしてほとんど立ち止まることがない。ミシャがもし自分の足で歩いていたら、とっくにへとへとになっているだろう。
探索者の、その指揮者であるランタンは驚くほど視野が広い。
背後でローサが躓きかけただけで、背中に目があるみたいに振り返る。行進中の言葉数は少なく、いつも以上に素っ気ないが、絶えず仲間たちの状態に気を配っている。
「全部食べられそう?」
「うーん、ちょっと多いかも。美味しいんだけど」
「残して夜に食べるか、それとも隣の腹ぺこに分けてあげてもいいよ」
すっかり皿をからにしたローサは、物欲しそうな顔してミシャの残りを見つめる。どうぞ、とミシャが皿を差し出すとローサは喜んで手を伸ばした。
食事中ランタンはこうやって一人一人に声を掛ける。
元々の性格を知っているから、きっとこれは指揮者として意識的にやっていることなのだろうと思う。ミシャの知らないランタンの一面だった。
「――さっきの戦闘でわかったことがいくつかある。レティの一撃目、直撃したやつは倒せたけど、残りが帯電した」
「帯電? 感電じゃなくて?」
「そう、ただの精霊が雷の精霊に早変わりだ。おそらくそういう性質なんだろう。無色透明だからこそ、影響を受けやすい。ほとんど魔精そのものに近いな、あれは」
「じゃあランタンやローサだったら炎の精霊で、ガーランドさんがやったら水の精霊になるのかしら?」
「たぶんね」
「じゃあルーさんだったら?」
「重力、ということになりますわね。それがどのようなものか、わたくしにもわかりかねますが」
「一度変化したやつは、少なくともさっきはもう変わらなかった」
「なるほどね。じゃああたしが一発かませば、やつら土塊の肉体を得るのかな」
「かもしれない。そうだったら戦いやすくなるな」
「じゃあ、じゃあ、わたしが斬りかかったら剣の精霊になるのかしら?」
「可能性はある。でも、もしそうだったら僕がただ殴りかかったらどうなる?」
「ランタンの、精霊?」
リリオンは自分で発した言葉に首を傾げる。
可能性はいくつもある。例えば剣で斬りかかった場合、鋼の影響を受けるのか、それとも剣に影響を受けるのか。逆に剣の方が影響を受ける可能性だってある。精霊の依り代となる。もちろんなんの影響も受けない可能性も。
「色々試そうとは思うけど、あんまり危ないことはしたくない。雷の精霊はちょっと面倒だった。ルーが痺れたからな」
ランタンは車座になった全員に視線を巡らせる。
「炎の精霊も厄介だろう。水も似たようなものだけど、炎よりは多少ましだな」
「炎の精霊ならば私の魔道が効果的だ。だが逆はそうではないだろう。水は火を消すが、火は水を消さん」
「ガーランドが一人でやってくれるならそれでもいい。けど炎は近付くだけで焦げる。僕らの本領はこっちだろ」
ランタンは戦鎚を叩いて見せた。純粋な魔道使いはリリララだけで、戦力は前衛に偏っている。
「と、言うわけで次の一発目はリリララに任せようと思う。物理攻撃が効くようになると楽だ。次点でガーランド。どうだろうか?」
ランタンが問い掛けると、全員が賛成した。
ミシャだけがうんともすんとも言わないでいると、ランタンがあらためて確認を取る。
「ミシャはどう?」
「えっと、――いいと思う」
「反対なし。可決」
「ふむ、議会もこれぐらい円滑ならばよいのだがな」
食事も済み、片付けが始まる。
ミシャも手伝おうとしたが、出遅れてしまった。みんなに役割があって、てきぱきと働いている。
やることがないので、せめて指示される前に荷台に乗った。
ミシャはふと思う。
もし精霊に攻撃しなかったら、精霊はどうなるんだろうか。
彼らはやることがなくて、それでただふわふわと浮かんでいるだけなのかもしれない。




