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カボチャ頭のランタン  作者: mm
19.For Whom the Bell Tolls
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「邪魔するよ」

 ルーが扉を開け、ランタンが先陣を切って入った。

 聞き慣れぬ声に建物内の人々が警戒するような視線を向けた。

 ちくちくとした物理的な圧力さえある視線の色は様々だ。それは人々の色々な形を表すかのようだった。

 ずいぶんと警戒心が高い。

 しかしそれも仕方がないことだろう。

 場所は旧下街、ここは大探索団トライフェイスが借り上げている宿だった。

 一階部分は酒場風の広場になっており、所属の探索者たちがくつろいでいる。カウンターの向こう側には雇いの店主か、それとも探索者か区別のつかない牛人族の大男が料理や酒を作っている。

「うお、ランタン。なんの用だ?」

「うおって、そんな反応しなくても。お化けじゃないんだから」

 近くのテーブルでカード遊びに興じていた男の一人がおもむろに手札と山札を混ぜながら尋ねる。

 対戦相手が、あっ、と叫ぶ。勝負の途中で、強引に勝ち試合を無効にされたようだった。

 掴みかかろうとするが、客人の手前ぐっとそれを堪える。苛立ちに鱗に包まれた尻尾が床を叩いている。

「扉閉めてくれ。暖かい空気が逃げちまう」

「ルー」

「はい」

 ルーが押さえていた扉から手を離す。背後で音を立てて扉が閉まった。鉄で補強してある扉はがちゃりと重たい音がする。

 トライフェイスとは敵対していないが、それでも逃走経路を確保しておくのは嗜みのようなものだった。

「ギデオンいる? ちょっとおしゃべりに来たんだけど」

「団長? ああ、奥にいるぜ。約束があったのか? 聞いてねえけど」

「いや、約束はしてない。あった方がよかったか?」

「そりゃあ団長さまはお忙しい方だからな。でもお前なら会うだろうよ」

「じゃあ、失礼するよ」

「案内いるか?」

「奥でしょ? それぐらい行けるよ。子供じゃないんだから」

「それもそうだな」

 男はランタンの背後に佇むルーへ視線を向けて意味深に頷いた。

 奥へ進むランタンたちの姿を興味深げな視線が追いかける。

 いったい何の用事があってのことなのかと誰もが疑問に思っているようだった。

 廊下をすれ違う探索者たちが一様に驚きや怪訝そうな表情を浮かべる。ほとんどが亜人族で、そうでない人たちは変異者だった。

「そんなに驚かなくてもいいのにねえ」

「トライフェイスが広く門扉を開いているといっても、やはりそれは亜人族や変異者に対してですからランタンさまのような人族のお客さまは珍しいのではないですか」

「はっは、僕が人族ね。よしよし上手く化けれてるな」

「また、そんなご冗談を仰って」

 奥まったところにある団長室は、その前で護衛の探索者が二人警備をしていた。騎士のような揃いの鎧こそ着けていないが、三つ首の獣を象った記章をどこかしらに身に付けている。

「やあ、ギデオンとおしゃべりしに来たんだけど入ってもいい?」

「む、ランタン。何の用だ?」

「うお、とか。む、とか僕が来るのってそんなに変なこと?」

 二人は犬人族の男と女だった。女の方は獣の血が濃く、顔まですっかり犬のそれで、男の方は頭上に獣の耳があるばかりだった。だが二人とも同じ氏族なのだろう。細く尖った三角の耳や、毛足の長い尾は兄弟のようにそっくりだった。本当に兄弟かもしれない。

「何の用かと聞いている」

「おしゃべりだよ。ちょっと最近の変異者の動向を聞きたくてね。それならここが一番いいだろう?」

 ランタンが腰の戦鎚に触れると、二人の警戒心が途端に高まった。ランタンは意に介さず、そのまま戦鎚を腰から解いた。

「何をするつもりだ!」

「警戒してるならこれを預けてもいい」

 ランタンは気取った手つきでくるりと戦鎚の前後を反転させ、男に戦鎚の柄を向けた。そして子供っぽい笑みを浮かべる。

 ランタンは良くも悪くも様々な逸話がある。それは他意のない行動を、意味深に思わせてしまうほどだった。例えば戦鎚を受け取った瞬間に、なにか攻撃を仕掛けてくるんじゃないかというような。

「――騒がしいな。何か問題でもあったか?」

 尋ね人は向こうから顔を出した。

 獣の血が濃い狼人族の、立派な体格をした男だった。口を閉じても、牙が溢れている。獰猛そうな男でもあった。

 トライフェイスの団長ギデオンが現れると、護衛の二人は盾となるようにその前へと位置を移した。

 ランタンは流石に溜め息を吐き、再びくるりと戦鎚を回転させ腰に結んだ。

「討ち入りか?」

「そうです!」

「違うよ。なんでだよ」

 声を揃えた二人に思わず突っ込みを入れて、ランタンは敵意のないことを示すように両手を挙げた。

「ただおしゃべりに来ただけなのに、その二人が意地悪して通してくれないんだ。ちょっと言ってやってよ」

「ほう、よくやった」

「なんでだよ。ったくトライフェイスの連中はどうしようもないな」

「ははは、褒め言葉として受け取っておこう。中に入れ。お前たちも楽にしていていいぞ。ただ本当にしゃべりに来ただけのようだ」

「無駄に時間を食われた」

 ギデオンの尻尾を追うように団長室に入った。

「いい部屋だね」

「世辞はいらん」

 団長室は男の性格を現すような質実剛健さに満ちていた。

 壁には眼鏡形に広がったティルナバンの地図と、その中心でもある古くからある第一迷宮特区と旧下街に産まれた第二迷宮特区の拡大図が張り付けてあり、いくつか書き込みがしてある。

 現在攻略途中の迷宮だろう。七つの迷宮を探索しているようだが、攻略している探索者の集団は七つ以上ある。

 高難易度迷宮の探索は主となる探索班に、それを補助する探索班をつけている。安全第一といった感じだった。

「茶は用意できないがいいか?」

「期待してないよ」

 ランタンは戦鎚を座り差しにあらため、ギデオンの向かいにどかりと腰を下ろした。だがルーはその背後に立ったままだ。

「そっちも楽にしたらどうだ?」

「心遣いだけ頂戴いたします」

「ふむ。心配性も考えものだな」

 柔らかくも頑なな返答にギデオンは苦笑し、ランタンも困ったように眉を八の字にした。扉前の護衛と同じだった。

「無理強いはせんよ。好きにしたらいい、ルー・ルゥよ」

「わたくしの名をご存じなのですか」

「意外か? 傭兵は評判が命だろうに。自分で思っているよりも名は売れていると言うことだ。安くよく働く傭兵探索者は珍しいからな。一時期、格安で狂ったように依頼を受けていただろう。迷宮に取り憑かれたかと思っていたが――」

 それはルーが魔精欠乏症で苦しんでいる時期のことだろう。

 魔精はそれを持たなければ、一生持っていなくてもなんの問題ないが、しかし一度肉体に取り入れてしまえば血のように不可欠なものとなってしまう。

 そして一度肉体と結びついた魔精はなかなか失われない。

 魔精は魔道を用いることで消費されるが、それこそ魔道の暴走や、熟練した術者が意識的に行使しない限り、肉体にある全てを使い切ることは困難だった。

 だが稀に魔精が自然と肉体から離れていってしまうものがいる。ルーがそれだった。

 今は肉体そのものに魔道式を刻み、魔精を留めることで症状を抑えている。

「――いや、まさに迷宮のような男だったな」

 ふと我に返ったようにランタンへ視線を戻し、ギデオンは笑った。ルーも笑っている。

 ランタンは閉ざされた扉に視線を向ける。

「ずいぶんと警戒心が高いようだけど、あれが普通?」

「困ったことに狙われる身でな」

「ふうん、なにかしたの?」

「いや、ただ変異者たちを受け入れているだけだ」

 ギデオンは肩を竦める。ランタンは背もたれに身体を預けて顎に手を当てた。

「あなたに喧嘩を売るほどとは」

「ああ、それぐらいに気にくわないことのようだ」

 今は亡き前王権代行官ブリューズによって開発された旧下街には、もともと下街に住み着いていた住人だけでなく、様々な移住者が住みついている。

 その中にはサラス伯爵領からの避難民や、あるいは伯爵領での戦闘に参加することによって変異した探索者たちも含まれる。

 旧下街はそういったものたちの受け入れ先だった。

 旧下街に住むものたちは誰も彼もが何かしらの傷を抱えている。だがそれでも変異者への風当たりは強い。

 見た目が異なるというのは、たいした問題でもないように思えて、それだけ本能に根付く違和感であるのかもしれない。心の中と違い、目に見えるからこそ厄介だった。

「恥ずかしながらうちの団の中でもそれはある。いや、わかっていたことだがな」

 人族には亜人族を差別してきた歴史があり、しかし亜人族もそれぞれの人種が一致団結したわけではない。

 牙を持つものは、持たざるをものを下に見て、毛皮を持つものは鱗を持つものを嘲笑ってきた。鱗を持つもの同士でも、毒を持つものははっきりと侮蔑の対象であった。

 トライフェイスの記章にある三つ首の獣は、亜人族の一致団結を示す象徴だ。

 だがトライフェイス内でもやはり亜人族は亜人族で、変異者は変異者で固まっている。

 広間の酒場でも中心にいる亜人族は角や牙を持つ探索者であり、変異者は壁際で肩を寄せ合っていた。

 そうしろと誰かが言ったわけでもないのだろう。ただ自然とそういう構図になってしまったのだ。そしてその事に気を留めるものはそんなにいない。

「うちの内情はどうでもいいか。そんな話をしに来たわけでもないだろう。何の用なんだ? 入団希望か?」

「まさか。――ちょっと変異者について最近の状況を聞きたくてね。だからちょうどよかったよ」

「変異者について? ローサ関連か。あれは目立つからな。うちにも信奉者がいるぞ」

「信奉者? うちの妹に手を出したらただじゃすまないよ。それにローサのことじゃない。ルー」

「はい、失礼いたします。ギデオンさまにお教えいただきたいことがございます」

 ルーは状況を掻い摘まんでギデオンに伝えた。

 花街での殺人事件と、変異者がその犯人である可能性を。

「その殺され方は()()()っぽくはあるな」

 ギデオンは変異者が疑われることに異を唱えなかったが、あえて探索者と言い替えた。

 被害者は斬殺されている。人体を両断できるような力を持つものは限られるが、探索者の多くはそれが可能だった。

 最近は変異者による犯罪が再び増加傾向にある。

 ティルナバンにやってきた当初、彼らは息を殺して隠れ潜んでいた。

 だが変異しようとも彼らは人間だった。

 魔物のように魔精を食らって生きていけるわけではない。食うためには金がいり、金を得るためには働かなければならない。だが働き口はなく、そういったものたちは犯罪に手を染めるしかなかった。

 だが次第に彼らも居場所を見つけることになる。

 例えばこのトライフェイスがそうだったし、難民たちも共同体を作り、身を寄せ合うようになった。

 ティルナバンの街としても彼らに対して住処の提供や食糧の配給を行っているし、徐々にではあるが変異者に対する理解も進んでいる。

 トライフェイスの扉を叩く変異探索者は一旦落ち着き、いくつかある難民共同体も良くも悪くも顔ぶれが安定している。

 しかしそれは全ての変異者が居場所を見つけたということにはならない。

 はみ出しものはまだ多く、そして彼らの多くは犯罪を食い扶持としていた。

 もっともそれは変異者だからではなく、もともとそういう性質を多く持ち合わせていることがほとんどだったが、中には明らかに変異によって心の形まで変わってしまったものたちもいた。

「しそうな人、知らない?」

「さすがに()()とは言えん」

 ギデオンの所には変異者の情報が多くある。

 それは入団した変異者からもたらされたものだったり、あるいは、こういう変異者がいるからどうにかしてくれ、と依頼されたりするからだった。

 ギデオンたちはただ待つばかりではなく、勧誘にも熱心だった。

「誰にも可能性はある。うちの奴らも一見落ち着いているが、心の中に衝動がある」

「戦うことへのですか?」

「ああ。迷宮ではそれがよくわかる」

「しかし彼女は殺されたのです。けっして戦いではなかった」

「ああ、そうだろうな。俺は伯爵領へは行かなかった。だがあそこでの戦いは、そういうものだったと聞いている」

 ルーはやるせなさそうに首を振った。犯人にも同情すべき点はあるのかもしれない。だが殺されたのは彼女の友人であった。

「犯人は花街から出ていないだろうな。日中はもちろん身を隠している。よほど巧妙に。だが夜であっても遠出はできん。被害位置からある程度場所は絞り込めるかもしれないな」

「そういうものか」

「そういうものだ。彼らは人目をひどく気にする。それに犯人は金目当てじゃないんだろう。娼婦を殺すのも、それ自体が目的ではないだろうな。結果としてそうなってしまったんだろう」

「まだ衝動に焦がされているのか」

 ランタンは苦々しく口元を歪める。

「そうだろう。――いったいどうしたらそれが解消されるのだろうな」

 戦いは終わり、だが心の中で戦火は燻り続けている。

 身を乗り出していたギデオンは、老人のように背もたれにもたれ掛かって腹の前で手を組んだ。天井を見上げ、眠るかのように深く目を瞑る。

「お前たちには期待しているんだ」

「――寝言か?」

「かもしれん。巨人の血が流れるリリオンや、あのローサが堂々と往来を行くのは皆の希望になる。それができるのは転ばぬようにとお前が行く先を照らしているからだろう」

 本当に寝言のようにギデオンはそう言って、ゆっくりと目を開いた。

「お前も座れ」

 ルーに告げる。

「やはり一杯飲んでいけ。用意させる」

「ランタンさま」

「ルー、お座りよ。せっかくだからごちそうになろう」

 ギデオンは扉の前で聞き耳を立てる護衛に命じた。

「お茶菓子は甘いのにして」

 ランタンが注文をつけ、ギデオンは苦笑する。


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[良い点] 面白かったです。 400話達成おめでとうございます!
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