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カボチャ頭のランタン  作者: mm
01.Take Me By Storm
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004

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 自己紹介も終わり、ついに眠気が最高潮に達したランタンが仮眠を取り、ようやく目覚めるとリリオンの顔が目の前にあった。ランタンはリリオンにも眠るように言い聞かせたのだが、どうやら彼女は眠れずにいたらしい。リリオンも決して疲労していない訳ではないのだろうが、いろいろなことがあってまだ興奮状態にあるのだろう。リリオンの淡褐色(ヘーゼル)の瞳が興奮と不眠によって血走っている。

 悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。ランタンはリリオンの骸骨兵(スケルトン)じみた容貌をまじまじと眺めながらそう思った。迷宮内だったならば確実に臨戦態勢に入っているところだ。

 ランタンは大きな欠伸を吐き出した。体を跳ね起こし、体の筋を引きちぎるような勢いで伸ばす。

「おはよう、リリオン」

「おはようランタン!」

 ランタンは平静を装ってリリオンに挨拶をし、リリオンはランタンの内心などには全く気づかず元気良く挨拶を返した。

 ランタンがぐるりと部屋を見渡し、ソファの上に転がる水筒を手にとるとリリオンは声を上げた。

「あっ」

 水筒が軽い。振ってみても水の揺れる音は聞こえない。水精結晶から絞り出した最後の水は、寝ている間にすべてリリオンが飲み干してしまったようだ。寝起きの粘着(ねばつ)く口が気持ち悪い。

「あ、あぅ、ごめんなさい……」

 リリオンは身体を小さくして俯いていた。たかが水の一杯や二杯で、酷い怯え様である。ランタンは少し背伸びをして、リリオンの頭にあやすように手を置いた。

「これぐらいのことで、いちいち謝らなくてもいいよ。……探索者たるもの水精結晶の予備ぐらいはいくつも持ち歩いているしね」

 ランタンは水筒の底に埋まった灰色の結晶を抜き取ると、背嚢から水精の名にふさわしい透けるような青色の結晶を取り出して、それをはめ込んだ。背嚢に精を失った結晶をしまいこみ、新しい結晶に衝撃を与えた。結晶は水筒一杯の水を放出し、ほんの僅かに曇った。

 ランタンはリリオンに見せ付けるように、水筒から水を呷ってみせる。きんと冷えた水が口腔の不快を押し流していく。空の腹に染み込んで、刺激された腹の虫が小さく鳴いた。

「あはっ」

 その音を聞いてリリオンは小さく笑い声を零したが、またリリオンの腹もランタンよりも大きな音で空腹であることを告げるように鳴いた。リリオンはすぐに腹を押さえて頬を赤く染めた。

 ランタンはリリオンに水筒を押し付けて、時間を確認した。ランタンは思ったより眠り続けていたらしい。朝食をとるにはだいぶ遅い時間帯だった。下街の朝市を覗いてみても、良心的な商品は殆どなくなっているだろう。

 もともと上街まで足を伸ばして、ギルドでもろもろの換金も済ませてしまおうと思っていたのでちょうどいい。だがどうしても時間がかかる。ランタンはちらりとリリオンを盗み見た。上街から帰ってきたら餓死しているかもしれない。

「リリオンこれ、まぁ美味くないけど」

 ランタンは背嚢から迷宮食であるビスケットを取り出して、リリオンに渡した。味はともかくとして栄養価は高く、腹持ちがいい一品だ。水がなければパサついて喉を塞いでしまう罠のような一面もあるが、探索者には馴染みの深い食べ物である。

「食べていいの? ありがとう!」

「僕は上街まで行ってお金作ってくるから、それで我慢してね」

 ビスケットを早速齧り、口の中の水分を一気に持っていかれて目を白黒させていたリリオンは、ランタンの言葉にもさらに驚いたように咳き込んだ。急いで水を飲んで口の中を空にしたリリオンは、疑問いっぱいに首を傾け、口を開いた。

「わたしも行く」

「だめ」

「行きたい!」

「だめです」

 駄々っ子のように奥歯を噛んで呻き声漏らすリリオンの恨めしそうな視線を軽く受け流して、ランタンは背嚢を背負いマントを羽織った。そして腰に戦鎚をぶら下げれば、もう後は玄関を出るだけである。

「そんな格好で、女の子が、外を出歩くものじゃあないよ」

 ランタンはぴっと指を差した。

 ぼさぼさの頭も、汚れた顔も、汚れた服も。一歩外に出れば似たような格好の人間は掃いて捨てるほどいたが、ランタンの常識からすれば褒められたものではない。裾の短い服から太股も大胆に剥き出しとなった足も簡単に見せびらかすようなものではない。

「ちゃんと留守番してれば、ご飯も、服も買ってくるから」

 ランタンがそう言うと、リリオンは嬉しそうな悲しそうな顔を作って納得してみせた。おみやげは嬉しいのだろうが、自由に出歩きもしたいのだろう。リリオンはつい昨日まで一切の自由を奪われていたのだから解らない話でもない。

「帰ってきて食事を済ませたら、いろんな装備を揃えるからまた上街に行くよ。その時はリリオンも一緒にね」

「わかった。はやく帰ってきてね!」

「すぐ帰ってくるよ」

 ようやくちゃんと納得したリリオンに、部屋の隅に寄せていたゴミを捨てるように頼んで部屋を出た。

 下街のような貧民街(スラム)に所定のゴミ捨て場などなく、街自体が大きなゴミ処理施設と言えた。家の外へ適当にゴミを放り投げておけば、それに価値を見い出した住人たちが何処かへ持ち去っていき、その価値すらないものは風雨に任せて消え去るのを待つのみだった。

 現にランタンが殺害した男たちの死体は何処にも見当たらなかった。わずかに黒ずむ血痕だけが、そこに何があったのかを示している。地面に伸びる引きずった跡を追っていけば大鼠の巣にたどり着くことだろうが、そんなものに用があるのは悪徳肉屋か食い詰めた探索者ぐらいのものだ。

 ランタンはリリオンの顔を思い出し、気持ち早足で上街を目指した。

 街は、その中央に迷宮特区を封じるような形で円環状(ドーナツ)に広がっている。そして東西に上街と下街を絶ち分ける門塔が屹立している。全身板金鎧(フルプレートアーマー)に身を包んだ衛兵が常に門に詰めていて、下街から上街に行く者に目を光らせている。ランタンはやましい事がなくとも、この門を通り過ぎる瞬間が好きではなかった。

 門に差し掛かる少し前から、戦闘靴(ブーツ)の踵が硬い音を立てた。剥き出しの地面から、まるで脱皮でもするかのように石畳へと移り変わっている。

 だが変わったのはそれだけではない。門を抜けるとまるで下街とは別世界のような町並みが通りに続いていた。ランタンが潜った門は東側に位置するもので、商業区へと続いている。大通りではないので行き交う人の姿はまばらだが、気持ちのよい空気がある。すぐ傍に中流の住宅区があるので雑貨や食料品店が多く、落ち着いた雰囲気の喫茶店(カフェ)飲食店(レストラン)からは昼の仕込みをしているのか誘惑の匂いが立ち上っている。

 ランタンはまるで抱きついてくるようなその香りを振り払って、早足で街の中心へと足を進めた。誰も彼もがランタンの向かう方へ、足を進めている。それは小さな水の流れがやがて大河へと変わる様に似ていた。

 目抜き通りに出るとその活気にランタンはいつも当てられてしまう。ランタンの元いた世界はこの街よりも随分と発展していて、人も物も目が回るほど溢れていたが、この目抜き通りはそれに比肩する。

 行き交う人の姿は様々だ。

 人族はやはり多いが、亜人族達の様々な獣頭人身は視界に入った時の衝撃(インパクト)が強く、彼らの姿はこの世界では当たり前なのだがランタンは思わず目を引かれてしまう。

 野暮ったい探索装備で身を包む同業者や、輝く磨かれた鎧を身にまとった騎士たち。揃いの制服に身を包む学生や、店の使いで走り回る丁稚。呼び込みをする店主や、仲良く買い物をする彼ら彼女ら。

 人族と亜人族の間に差別がないわけではないが、まるで渾然一体となった目抜き通りの雰囲気は活気に溢れて明るいものだ。ランタンは喧騒の隙間を縫うように、通りを南下していく。

 南には迷宮特区へと通じる南門があり、そちらへ近づくほどに立ち並ぶ店の内容がどんどんと探索者向けのものへと変化していく。ある店には様々な武器防具が陳列されており、また他に目を向ければ一種類の武器しか置いていない専門武器店もある。別の店では持ち込まれた剣の繕いをしている鍛冶職人が車輪状の砥石に刃を当てて甲高い音を奏でていた。昼間から酒を出してへべれけを生み出している酒場もあれば、独特の薬品臭さを撒き散らす薬屋もある。宿屋に飲み込まれる、ちょうど迷宮から帰還したのであろう集団とすれ違うと、ランタンは目的地でもあるこの街でも有数の巨大施設にたどり着いた。

 迷宮から吸い上げられる財を積み上げたような、鋼を思わせる色合いの威容の施設こそがランタンの所属する探索者ギルドである。金属製の分厚い扉は立ち入ることを躊躇わせるような雰囲気があるが、それに手を掛けると信じられないほど軽く滑らかに、音もなく押し開かれる。

 室内は図書館や病院にも似た不思議な静けさがある。人が少ないのではなく、また誰もが声を潜めているわけでもない。多くの探索者がロビーには行き交っており、探索者たちは持ち前の豪放さも相まって歩くだけでもガサガサドカドカと音を立てている。だがその音は床や壁に吸い込まれていくのだ。雑音はまるで遠くから微かに鳴っているように聞こえる。

 扉の一枚、床の一角に至るまでが魔道的な処理を施されているのだ。それは歩く度に金貨の山を踏みつけているようなものだ。ランタンは静かな足取りで、ロビーを抜けて買取施設へと足を進めた。

 複数ある受付台(カウンター)は運よく一つが開いていた。ランタンは手首に嵌めた腕輪(バングル)を外すとそれを受付台に差し出して、声を掛けた。

「買取をお願いしたいのだけど」

「いらっしゃいませ。はい、ではギルド証の確認を致します」

 牛の亜人であるギルド職員はこめかみからちらりと角の生えた頭を下げてランタンを迎えた。彼女は比較的獣要素の薄い亜人族だった。角と瞳孔の大きい真っ黒い瞳、少しボテッとした鼻頭ぐらいだろうか。もしかしたら受付台に隠れた足は蹄で尻尾もあるかもしれないが、ランタンにはそれを見ることは出来ない。

 彼女はランタンの腕輪(ギルド証)を受け取ると、その表面を白手袋でつるりと撫でた。すると表面にぼんやりと白い光で何か文字が浮かび上がる。感情を読み取るのが難しい黒い瞳が、その文字を(ほど)くように読んでいく。

「……乙種(おつしゅ)探索者ランタン様ですね、確認がとれました。ギルド証をお返しします」

 ランタンは返された腕輪を装着しなおす。その表面に浮かんだ文字はすでに溶けるように消えて見ることが出来ない。

「買取の品は何になりますか?」

「結晶と、あとはまぁ探索道具と……魔道の品も一対」

 魔道の、と言うと彼女は一瞬だけぴくりと反応をした。だがそれだけで澄ました顔をしたまま手元でペンを動かして、書き上げた書類を三つ折にしてランタンに差し出した。

「一-六の部屋にお通りください。鑑定士を待たせておりますので、そちらの書類をお渡しください」

 いつもと変わりのないやり取りにランタンは頷いた。

 一-六の部屋というのは一番通路の六番目にある部屋だ。買取は施設の中で最も多くの金銭が取引をされる場所である。持ち込んだ物の品質や物量によっては莫大な取引を行う場合もあるので、その取引はすべて個室によって行われる。

「双方にとって良い取引であることをお祈りしております」

「ありがとう」

 小さく目礼をした彼女にランタンも言葉を返して、一番通路に足を向けた。まっすぐに伸びた一番通路は左右に六つの計十二の取引部屋への扉が並んでいる。その一番奥の部屋を目指すランタンの足取りは重い。

 探索者ギルドの取引は明瞭会計の単純な換金であったが、ランタンはそれでも取引があまり好きではなかった。探索者の中にはギルド専属の鑑定士が出した見積もりよりも、さらに上乗せさせるような駆け引きを行う者もいるのだが、ランタンはそのような技術を持ち合わせていない。

 覚悟を決めるように一つ鋭く息を吐き、六の番号が振ってある扉を開くと清潔だがやや狭く圧迫感のある部屋が広がっている。三人がけのソファが向かい合わせに二つと、その中央に重量感のあるテーブルが備えられており、壁には備え付けの棚が床から天井まで伸びている。

 棚には天秤のような判りやすいものから、今まで一度も使用する所を見たことがない使用方法もわからない不思議な物まで様々な鑑定道具が収まっている。

 ソファの脇に鑑定士が立ってランタンを待っていた。鑑定士は人族の男だった。背はランタンと同じ程だが、横幅が三倍以上有り、しかし太っているわけではなく服の上からでも軋む筋肉の盛り上がりが見て取れた。頭は毛が一本もなく禿げているが、もみあげから伸びる髭は口を覆い隠すほど豊かで、それを顎の下で太い一つの三つ編みにしている。右眉から頭頂、そして後頭部まで切り裂く一条の傷跡が生々しい。元探索者であろう男は、渋いバリトンでランタンを迎えた。

「ようこそ、おかけください」

 ランタンはその言葉に従って、背嚢を下ろしソファに腰を下ろした。それをきちんと見届けてようやく男もソファに腰を下ろす。洗練された動作であるとは言いがたいが、それでも一つ一つを丁寧にこなしている。この謹厳な態度もまた、ランタンを緊張させるのだ。

 ランタンは受付より預かった書類を男に差し出した。男は恭しくそれを受け取ると、太い指で開き目を通してゆく。ランタンはその間に、テーブルの上へ背嚢の中身を並べ始めた。真っ白な光沢のあるテーブルクロスはいかにも高級そうなのだが、外に置くべき場所がないので仕方がない。

 侵入者より剥ぎ取った革製の探索道具と侵入者のリーダー格が使用していたナイフ。どうせ溶かしてしまうので持ち運びやすいように砕いた剣の残骸とそれに似たりよったりの装飾品。これらはほとんど捨て値だろう。テーブルの隅に重ねてゆく。次に取り出したのは探索より持ち帰った魔精結晶である。迷宮兎一羽から二枚は採取できるので二枚綴りに丁寧に並べていく。品質はそれほど高くはないが、数があるので壮観だ。そして最後に、ランタンは奴隷首輪と命令指輪を並べた。

 男はすでに書類に目を通し終えていた。

「ありがとうございます。それでは鑑定を始めたいと思います」

 男は後ろの棚からいくつかの道具を下ろすと岩を掘り出したような無骨な手に手袋を嵌めた。受付の女が嵌めていたものと似ているが、あちらは染み一つ無い白色だったのに対し、男の手袋は白地に銀の刺繍が施されている。甲側にギルドの紋章と、掌側にはランタンには読み取ることの出来ない複雑な意匠が指先まで一面に刻み込まれている。

 予想通りに探索道具は一度広げてみただけでテーブルに戻され、剣や装飾品はまとめて秤にかけられた。道具は中古品としても使い古されていたし、装飾品は金属片に穴を開けただけの金属であることしか価値の無いものだった。唯一ナイフだけは武器としての価値を認められたが、大した値段はつかない。

 魔精結晶は男が手に取ると小さく音を立てた。硝子が震えるような澄んだ高音である。男の手袋の意匠がほのかに光って、結晶と反応している。こうして結晶内に秘められた魔精の品質や量を調べているのだ。男は数ばかりある結晶を、しかし面倒臭がることなく一枚一枚丁寧に調べている。

 魔精は金属に混ぜあわせれば品質を向上させ、特殊な加工によって道具に魔道的な力を付加(エンチャント)し、薬品と煎ずれば魔道薬(ポーション)を生み出す。他にも様々な用途があるらしいのだがランタンはあまり興味がなかった。探索者をする分には強力な武具と命をつなぐ魔道薬さえあれば十分だった。

「……ふむ」

 男は小さく息を漏らした。

 最後に手に取った奴隷首輪は心臓のように脈動している。そして指輪もまたテーブルの上でのたうつように震えた。もしかしたらランタンが考えていたよりもずっと品質の高い魔道装飾品であったのかもしれない。男は首輪から発せられる力を、その指先でなぞるように読み取っていった。

「この品はどちらで」

 ランタンは男の問に、片眉だけをぴくりと動かした。

 ランタンは侵入者の男たちからこれを得たが、その侵入者はこれをどのように入手したのだろうか。おそらく正規ルートで購入はしていないだろう。ならばランタンと同じように他者から奪ったのか。あるいはリリオンの持ち物であったのかもしれない。

 黙り込んだランタンの様子を勘違いしたのか男は、失礼しました、と小さく頭を下げた。

「素晴らしい品だったので思わず」

 顔を上げた男の瞳がぎらりと笑っていた。鑑定士の澄ました顔ではなく、探索者が酒場で与太話をするような荒々しさと奇妙な愛嬌が交じり合った顔だ。男は首輪をテーブルの上に置くと、手袋で自分の頭をつるりと撫で上げた。貴重な手袋を手拭い代わりに使った男にランタンは思わず目を丸くした。

「こちらは余所に持っていったほうが、よろしいでしょう」

 男はランタンに首輪と指輪の一式を返却した。探索者ギルドではなく、他の例えば商人ギルドや魔道ギルドへ持ち込めということだろう。だがこの商品が探索者ギルドでは買い取れないというわけではない。

「いいんですか? ぼくは別に安くても構わないけど」

「……あまり不用意なことは言わんほうがいいでしょうな」

 つい思わずランタンが口を滑らせると、男は少しだけ視線を険しくした。ランタンが口に出したことは本心だったが、先達の心遣いを無駄にすることはない。男はわざわざ探検者ギルド鑑定士の立場から外れて、ランタンにそれを伝えたのだ。高品質な魔道具はきちんと需要のある場所へ持ち込めば、探索者ギルドに売り渡すよりも更に大きな利を得ることができる。この魔道装飾品は、それだけの品だったということなのだろう。

 ランタンがそれらを背嚢の底にしまいこみ、目線を伏せて感謝を伝えると男は目元を緩めた。不意に目尻に皺が寄ると男の強面の顔に老いが滲んだ。それだけで随分とやわらかな雰囲気になった。

 だがそれは一瞬のことで、男はすぐさま表情に鑑定士の仮面を嵌めた。ランタンはソファに沈み込んでいた尻の居住まいを正して、それと対峙した。

「それでは――」

 男は品を一つ一つ手に取ると、それに値段を付け、その理由を説明し、ランタンに異議があるかを問うた。ランタンはこれの時間が特に好きではなかった。理由を聞いてもそれを理解するだけの知識を持ちあわせておらず、異議があったとしても本職(プロ)相手にそれを口にする勇気はなかった。そもそも第一にランタンは探索者ギルドの仕事を信用しており、それどころか生活費と探索経費さえ賄えればあとはカモにされても文句はなかった。

 いや、とランタンは男に聞こえないように声もなく呟いた。リリオンをまともに仕立てあげるには、今回ばかりはカモにされては困る。

 とは言え男が告げた鑑定結果はランタンを大いに満足させるものだった。持ち込んだ結晶の数が物を言ったのだろう、ランタンは男の告げた買取金額に深く頷き感謝を述べた。

「ではすぐにお持ちします。――失礼」

 男はテーブルクロスの四角を器用に抓み、あっという間にその上に広げられた品を包み込んだ。男はそれを抱えると一礼して、部屋の隅にある扉から出て行く。ランタンはその厚い背中が扉の奥へと消えるのを見送ると、太く溜め息を吐き出した。男が鑑定している間ずっと座っているだけだったが、全身が固く強張っていた。立ち上がって大きく伸びをしたいところだが、ランタンは経験則からそれを行わない。男はすぐに戻ってきた。

 男はテーブルクロス包みの代わりに、折敷(おしき)を持っていた。テーブルの中央にそれを置き、男もまたソファに座ると、折敷の中央に座す真紅の包みを開いた。

「ご確認をお願いします」

「はい」

 現れた金貨の山をランタンは一つ崩した。

 この世界の貨幣は四角形をしている事に初めて見たときは驚いたが、今ではもうすっかり慣れてしまった。最も価値の高い長方形の大金貨と、それを半分に切った(ハーフ)金貨、さらに半分にした四半(クォーター)金貨。それがさらに銀、銅と計九種類が流通している。

 山になっているのは大金貨だ。一山十枚で、さらに列をなしている。ランタンは一山に十枚の金貨があるのを確認し、あとは端数だけを数えた。得体のしれない個人換金屋ならともかく、探索者ギルドが狡辛(こすから)い誤魔化しをするとは思えない。

「大丈夫です」

「……はい、ではこちらに署名(サイン)を」

 差し出された書類は最初にランタンが男に渡したものである。言葉は通じてもランタンは文字を読むことが出来ない。生活する上で必要ないくつかの単語を形として記憶してはいるが文章となるとさっぱりだった。だが数字だけはなぜだかアラビア数字を使用されているので、この書類の内容はどうにか理解できる。要は買取品とその合計金額の確認だ。ランタンは指し示された場所にカタカナで、ランタン、とペンを走らせた。

「はい、ありがとうございます」

 男はランタンの署名を確認すると、書類を折って胸元へとしまった。

「またのお取引をお待ちしております」

 ランタンは金貨をしまうと男の禿頭に見送られて部屋を後にした。

 扉が閉まるとランタンはまるで釈放された囚人のように、自由を喜ぶように目一杯に体を伸ばして、肺の空気を全て入れ替えた。だが気を抜いてばかりではいられない。

 腰に固定したポーチは来た時に比べて随分と重くなった。いつもならば安全のためにギルド銀行へ金貨を預けてから、建物を後にするのだが、午後にはリリオンの装備を買い揃えなければならない。探索者装備は安くあげようと思えばそれも可能だが、金を失うだけならまだ幸運で、安物買いの命失いになってしまっては元も子もない。

 とりあえずは昼食と、リリオンの衣服、それとリリオンを洗うための水や手拭いを買って帰らなければならない。ランタンは金貨一枚を使いやすい銀貨と銅貨に両替して探索者ギルドを後にした。

 時計を確認すると、予想していた以上に時間が経過していた。結晶の量があったので鑑定に時間がかかったのだ。仕方がないことだがリリオンはむくれているかもしれない。

 ランタンは、よし、と呟いて大きく体を伸ばすとまずは通りにある雑貨屋に足早に向かった。

 その道すがらランタンももう随分と空腹だったので多めに昼飯を買って帰ろうと誓った。それは決してご機嫌取りのためではない。

 出かけにリリオンに言った、すぐ、はもう既に遥か過去のことである。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで読みましたん あー、ちゃんとした小説だぁ なろうでは久々! これからどんどん読む!
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