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カボチャ頭のランタン  作者: mm
19.For Whom the Bell Tolls
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 ローサは大地を駆ける。

 ティルナバン郊外の野原、冷たい風の中を身体を目一杯に動かし、後ろに土を蹴り上げながら全力で駆けた。

 風を受けて髪がなびく。

 リリオンに憧れて伸ばしている髪はもう肩を通り過ぎた。

 早くなっていく心臓の鼓動や、苦しくなってくる呼吸。身体の芯が熱くなって、噴きだした汗に濡れる肌はむしろ冷やされていく。

 楽しい。

 身体を動かすことは、こんなにも楽しい。

「はぁ、はぁ、はぁ、はっ、はっ、はっ――……!」

 ローサは上気のように白い息を吐き出しながら、苦しくなってもなお走った。

 止められなかった。

 冬の陽射しと風。足を押し返し、身体を前進させる地面の固さ。

 背の高い枯れ草が脇腹をくすぐる。

「はっ、はっ、あはっ、あははっ、あははははは――っ!」

 全力で身体を動かしている時、ローサは楽しくて堪らない。

 笑い声が溢れ出す。ローサは大きく口を開いて笑った。肺まで一気に冷たい風が入ってくる。

 どうしてこんなに楽しいのか。

 そんな疑問さえない。

 ただただ楽しい。身体を動かすことは。

 それはもしかしたらローサが硝子容器の中で、魔精溶液の中に沈み、笑うことも泣くこともなく、身動ぎ一つできなかった過去を持っているからかもしれない。

 その記憶はもちろんない。

 だがローサはランタンからその話を教えられて、知っていた。

 こんな風に動き回れることは奇跡なのだ。

 本当ならば、もう生きていないはずの命だった。

 自分の過去は不思議な感じがする。

 どれだけ思い出そうともしても、存在しない記憶は思い出せない。

 誰かが見た夢の話を聞かされたみたいに、少しの実感も湧かない。

 けれどもローサはその話を大切に胸の中にしまって、時々思い出している。

 思い出しては、不思議な気持ちに浸っている。

 ひゅるるる、と頭上でウーリィが鳴いた。

 幼竜ウーリィはローサの頭上、虎の耳の間にしがみついている。

 鳴き声は、もっともっととせがんでいるようにも、止まってくれと懇願しているようにも聞こえた。

 まだ柔らかなウーリィの羽毛がローサの速度で後ろに撫でつけられる。風に掻き分けられてあらわになった顔立ちは、幼くとも竜種である。

 見えもしないのにローサは上目遣いになって、ウーリィの様子を確かめようとする。

 微かな重みと、頭皮に突き立てられた爪のちくちくとした鋭さ。

 幼い羽ばたきが何度も頭を叩く。

「ウーちゃんとぶの? とべる?」

 まだ飛ぶことはできない。

 飛び方を教えるものもいない。

 しかし本能的に飛び方を知っているのだろう。

 向かい風を受けて、翼を動かしている。

 ローサと並んで陶馬も駆けていた。

 物質系の魔物である陶馬に、いわゆる生物のような日々の運動は不要だった。餌を与えられた時以外は、しまわれた機械のように馬小屋で大人しくしている。

 だがひとたび野に解き放てば、陶馬は走る喜びを知っているようによく駆けた。

 つるりとした陶器の身体は、まだ若馬のように小振りだが、大地を踏み締める足は力強い。

 蹄の足音がガランガランと鐘を打ち鳴らしたように響くので、だからローサは陶馬にガランという名を与えた。

「ガランはやい! ローサもまけないよ!」

 競り合うように速度を上げる。

 彼らは迷宮から産まれた。ローサの半身もそうだ。

 例えば飛ぶことの、駆けることへの本能的な喜びは、迷宮に与えられたものなのだろうか。

 彼女たちの姿を少し離れたところから見守る姿がある。

 ガーランドだ。

 壁に囲まれたティルナバンを背に、ガーランドは抜き身の曲刀を手に佇んでいる。

 一見すれば棒立ちのようでも、その姿に隙はない。

 冬の冷たさが彼女の半透明の髪に白い濁りを与えている。

 うねうねと動く触手でもあるその髪は、落ち着いた彼女の心を現すように静かに垂れている。

 もともと彼女の戦場は、地上でもなければ迷宮でもなく、海中や船上だった。

 平たく動かない地面にはもう慣れたが、しかしもっと慣れる必要があると感じていた。

 一瞬だけ視界を閉じ、練り上げた闘気とともに刀を一気に振り上げた。

 冷えた地面は固く、這うような常緑の雑草が根を張っている。迂闊な踏み込みは足を滑らせた。

 街道から一歩でも外れると、手入れはされない。辺りは腰丈ほどの枯れ草がはびこっている。

 ざん、と小気味よい音を立てて、ガーランドの間合いの内にある枯れ草が一斉に切断された。

 深く弧を描く曲刀はランタンに買い与えられたものだ。名刀と言ってよく、人を斬るには十分だが、硬さを持つ魔物相手では少し心許ない。

 ガーランドは探索者として登録してあるが、探索者ではない。

 メイドとか言う不本意な職に充てられ、メイド服とか言うひらひらしたものを制服だと押しつけられ、それによる給金を得ているが、仕事の内容はローサの護衛であり、またランタンたち探索で家を空けている間の留守番だった。

 彼らはティルナバン有数の探索者だ。そのせいで、いつ迷宮にいく、いつ帰ってくるのかが世間に知られている。

 彼らの留守に館の忍び来もうとする輩はそれなりにいる。

 そういった不届き者たちを追い払い、捕らえ、時に切り伏せるのがガーランドの仕事だった。そして物盗りはそういった不届き者たちの中でも、かなり楽な部類だ。

 人と魔物の入り交じったローサを狙うものもいる。

 そういったものたちは、それなりに手強い。

 ガーランドにとって戦いとは自分を守るためのものだった。

 それが今は自分以外を守るためのものとなり、そのために研鑽している。

 ガーランドは舞う。

 鋭く、それでいて柔らかな身のこなしは、地上にあっても海中を漂うかのような不規則性がある。そこには奇妙な優雅さがあった。

 最後、交差させた腕を開き、二刀は鋏のように閉ざされ、そして左右に振り抜かれた。

 枯れ原が驚くほど広く斬り払われて、風が枯れ草を吹き転がしていく。

 ローサが向かい風の中を前進する。

 風に巻き上げられた枯れ草を身体いっぱいに受け止めて、ガーランドに抱きついて、そのまま遠慮なく体重を預ける。

 汗ばんだ身体も、その重さも嫌ではない。

「はっ、はっ、あはっ」

 犬みたいに息を荒らげて、満足そうな笑顔を浮かべている。

「枯れ草まみれだ」

 ガーランドは刀を収めると、ローサにまとわりついた枯れ草を払ってやった。

「ゆーれー、おやつたべよ」

「ああ」

 切り拓いた野原に絨毯を広げて腰を落ち着ける。

 浅く穴を掘り、石を集めてかまどを作る。枯れ草と枝をかまどに入れて、ローサは息を吹きかける。火の勢いを強めるように吹きつけた息こそが枯れ草に着火する。

 風が吹いて消えそうになるとガランが風除けとなるようにかまどの向こう側に横たわった。青白色の身体に炎の色が淡く反射する。

 小鍋に湯を沸かし、お茶を淹れる。

 編み籠の鞄から料理を取りだした。

 リリオンが作ってくれたサンドイッチだった。

 ハムに鶏肉、潰したじゃが芋、厚焼きの卵。どれも溢れそうなほどになってパンの間に挟んである。

 ローサはうきうきしながら全て絨毯の上に広げた。

 料理に囲まれるとなんだか誇らしい気持ちになる。

「チョコレートもはいっている! やったー!」

 木のカップにお茶を注ぎ、ローサは角砂糖を四つも溶かして、ガーランドはなにも入れない。サンドイッチを半分に千切って、同じ味を同じ順番に二人で分け合った。

 時間が穏やかに流れていく。

 街道の向こうから商人がやってきたり、ティルナバンから騎士団が隊列をなして出ていったりする。

 どちらもあまり急いではいない。時間というものが、人の形になって動いているようだった。

「どこにいくのかな。どこからきたのかな? あのおにもつはなんだろう?」

「さあな」

 ガーランドは言葉数が少なく、素っ気ないが、ローサはそれでもよかった。

 ガーランドの視線が鋭くなり、枯れ草へと向けられた。

 枯れ草の中に灰色の獣の姿が見えた。

 狼だった。

 ガーランドは曲刀を手に取る。

「おなかすいているのかな」

 ローサはサンドイッチの中から鶏肉を取りだして、それを狼の方へと放った。

 食べはしないだろう、と思ったガーランドの予想通りに、狼は石を投げ付けられたみたいに枯れ草の奥へと身を引いた。

 枯れ草がざわざわと揺れる。

 一頭だけではなく、数頭が周囲を囲っているようだった。

 半端な距離からこちらを窺っていた。

「追い払うぞ」

「ころしちゃう?」

「……向かってこなければ殺さない」

 ガーランドの毛先がうねった。風が音を失ったような錯覚をローサは抱く。

 強烈な剣気、いや、殺気が四方へと放射される。

 枯れ草が慌ただしくざわつく。

 狼が逃げ出していく。

「あ」

 ローサの頭上からウーリィが飛び立った。落っこちたというのが正しい。

 羽ばたくが浮力にならず、かろうじて滑空するような斜めの軌道で絨毯の外に落ちる。そしてそのまま蜥蜴のように駆け、落ちている鶏肉を前脚で押さえつけ、噛み千切りはじめる。

「――ウーちゃん、いまとんだよ!」

 ローサは残ったサンドイッチを一気に食べて、お茶を飲み干し、カップの底に溶け残った砂糖を舐め取ると、ウーリィを頭に乗せて再び走り始める。

 すぐに戻ってきてチョコレートを口に放り込み、再び駆ける。

 ガーランドは片付けをし、絨毯を丸めてガランの背に乗せる。

 ガランは火の消えたかまどに顔を突っ込み、炭化した枝をばりぼりと食む。煤に汚れた鼻先を拭ってやる。

 太陽が傾き出す頃に、二人は街へと戻った。冬の陽は落ちるのは早い。まだ大丈夫だと思っているうちに、真っ暗になってしまう。

 背の高い門を通りすぎ、商店街を経由して、遠回りして家に帰ることにした。

 すれ違う人々の中にローサやガーランドほど目立つ姿はない。

 サラス伯爵領から帰還した変異した探索者はそれなりの数になる。

 ギデオン率いる探索団トライフェイスはもともと亜人族のための探索団であり、変異者の受け入れを積極的に行っている。

 そこに居場所を見つけたものたちも増えているが、しかしそれでもこういった人混みの中に変異者を見つけることは難しい。

 他者から向けられる悪意や好奇から、そして自らの自意識から、肉体の変化を隠すからだ。

 ローサは変異者ではない。だが異形である。ガーランドもそうだ。その半透明の髪はどの亜人種の特徴にも当てはまらない。

「おい、化け物が歩いてるぞ!」

 だからこういった悪意が投げつけられることは、珍しいことではなかった。

「ここはいつから迷宮になったんだ? 目障りなんだよ、端っこを歩きな!」

 酔いの入った三人組の男たちだった。

 泥酔しているわけではない。赤ら顔だが、口調も足取りもしっかりしている。

 獣を追い払うように手を振った男たちにローサは真っ直ぐに歩み寄った。

 男たちは不愉快そうな顔をする。

「ローサはばけものじゃないよ。どうしてそういうことをいうの?」

 真っ直ぐな視線を男たちに向けた。

 ガーランドは握っていた曲刀の柄から手を離した。

 自分はこうではなかった。

 この異形を見た人々から迫害を受けた時、どうして、とは思わなかった。この異形はその理由に値すると無意識に納得していたからだ。

 だがローサは違う。

 自分が他者と異なる見た目をしていると理解してなお、どうして、とその理由を問い掛けることに躊躇いがない。

 それはまだ少女が無垢だからだろうか。

 ローサの視線に男たちはたじろぎ、言葉を失った。

 ローサの、どうして、に答えられる理論を彼らは持たない。

「どうして?」

 再び問い掛けられ、男たちは答えの代わりに唾を吐き、悪態をついて踵を返した。

 ガーランドはローサの隣に並んだ。ローサは男たちの背中に視線を送る。

 まだ無垢である。

 なぜ自分がこれほどにローサに執着するのかを、ガーランドは自分自身に戸惑うことがある。

 しかし、いずれ失われるかもしれないが、少なくとも今はまだ無垢であるのならば、ガーランドはそれをできるだけ守りたいと思う。ローサは自分がなれなかったものだ。

「おとななのに、いじわる」

 拗ねたような表情でローサは呟いた。

 ガーランドはローサの手を取った。汗ばんでいて、温かい手だった。

 ローサはそれだけで機嫌を直したように笑う。

 ガーランドはほっと息を吐いた。

 ランタンやリリオンと一緒だと、こういった面倒事に巻き込まれることは滅多にない。

 彼らは顔も名前もよく知られていたし、特にランタンの容赦の無さは悪意を持つものに対して迂闊な振る舞いを許さなかった。

 それは今はローサを、かつてはリリオンを守るものだった。

 今はあまり手酷いことはしないが、かつてはかなり乱暴なことをしたらしい。噂は今でも耳にするし、迷宮での戦いようを見ていれば、それも想像できる。

 しかしその分、恨みも買っているようだった。それがなかなか表面化しないのは、容赦の無さを裏付けるだけの実力もまた知られているからだ。

 一人ぐらい斬り捨てておくべきだったか。

 ガーランドがそんな風に考えていると、ローサは不思議そうな目でこちらを見ていた。

「――どうかしたか?」

「んーん。ゆーれー、おててつめたい」

「いやか?」

「ううん、ひんやりできもちいい」

 子供っぽく首を横に振り、手を握る力を強めた。

 まあ斬らなくてもよかったか、とガーランドは思う。

 血に濡れた手ではローサも嫌がるだろう。




 二度寝のランタンはようやく目を覚ました。

 ベッドの上で、布団に包まったまま何度か寝返りを打ち、俯せになって枕に顔を押しつける。

 迷宮で名も知らぬ探索者の救助に携わった。

 命金制度は不完全だが、悪くない制度だと思う。

 それは少なくとも探索者の生存確率を高めるものだ。

 危機に陥った仲間たちを助けるために、選ばれた一人の探索者が懸命に地上を目指す。

 多くの場合、探索者は窮地にあって逃走よりも戦うことを選ぶ。全滅の可能性が高ければ高いほど、逃げ出すことはしない。

 それは探索者としての誇りかもしれないし、迷宮というものへの()()かもしれない。

 迷宮は探索者を逃がしはしない。

 だが地上まで戻れば、実力ある探索者が仲間の危機を救ってくれるかもしれない。

 命金制度は、その希望を、探索者に逃げ出す言い訳を与えるのだ。

 だが現実はなかなか厳しい。

 ランタンは都合のつく限り要請に応えるようにしており、これまで何度も探索者の救助に参加している。

 しかし向かった先で、探索者が生き残っている確率は低かった。

 閉鎖型迷宮では一本道であるがゆえに逃げ隠れする場所がない。戦域からの離脱はそもそも難しく、どうにか防御を固めて生き残っていることもあるが、それは稀なことだ。

 生存していても数は減っている。誰かが囮になって、その間に残りの仲間たちの生存時間を稼ぐのだ。それぐらいしか手段はない。

 開放型迷宮はもう少し希望がある。四方が開けているので逃走の余地があり、また地形を利用し身を隠すこともできる。

 だが生存率は僅かな差でしかない。

 開放型迷宮は目安となる攻略難易度と、出現する魔物の強さに乖離があることが多い。新人はもちろん、中堅どころの探索者であっても上位の魔物と出会ってしまったら、それはもう絶体絶命の状況だった。

 だからランタンは救助に向かった先で、間に合わなかった現場に直面したことが何度もある。

 それは辛い現実だったし、その後に救助を要請した、生き残った探索者と顔を合わせることもやはり辛いことだ。

 助けられなくても感謝されることもあるし、助けられなかったことを責められることもある。

 ランタンはそういった時、平静を保つように心がけているが、それでもふと苦しくなることがある。

 責められることが苦しいのではない。責めてくる相手に腹を立てるわけでもない。

 名も知らぬ探索者の死が、ただ悲しく思える。

 リリオンも命金制度に参加しようとしたが、ランタンが適当な理由をつけてそれを諦めさせた。

 この感情はたぶん知らなければ知らないでも、それでいいものだと思う。

「ううん」

 少し空腹だったが、ランタンはもう一度眠ろうと目を瞑った。

 館からは全員が出払っていて、ランタンは一人きりだ。

 悪さをするのも、惰眠を貪るのも自由だった。

「……だれだろう」

 うつらうつらし始めた頃、ランタンは眠たそうな声で呟く。

 誰かが入ってきた。

 玄関からだから、侵入者ではないだろう。

 レティシアは仕事中だし、ローサならばただいまと絶叫する。リリオンの気配を間違えることはない。

 少しひんやりした、冬に似た気配が階段を上がって、部屋の前で止まった。

 控えめなノックに、ランタンはあえて声を出さなかった。

「ランタンさま……?」

 静かに入ってきたのはルーだった。

 ランタンは目を瞑っている。呼吸は自然に、穏やかに繰り返す。

「眠っていらっしゃいますか?」

 ルーが寝息を確かめるように顔を近付ける。

 外の寒さをそのまま連れてきたような、ひんやりとしたものが首筋を撫でた。

「起きてるよ」

 ランタンは片目を開けて返事をした。

「起こしてしまいましたか?」

「ううん、寝たふりしてただけだから。起きてたよ」

 寝返りを打って寝転んだままルーと向き合った。

 波打つ緑の髪、寒さに鼻先が赤くなっている。夢見がちな垂れ目が微笑みながらランタンを見下ろす。

「何か用事?」

「はい、ランタンさまにお願いしたいことがありました」

「ふうん。座って、もっとこっち。で、どういう用?」

 脱いだ外套を椅子にかけて、ベッドの橋に腰を下ろす。

 ランタンはルーの白い太ももに手を伸ばした。

「外は寒い?」

「はい、とても寒くございます」

 ルーの肌は特別な感じがする。いつでも濡れたようにしっとりとしていて、手に吸い付いてくる。それは蛙人族の特徴だった。

 太ももは筋肉質だが硬くはなくて、柔らかいのに緩んでいる感じもない。ランタンは自分のものであるかのようにルーの太ももに手を這わせ、ルーもそれを喜んで受け入れていた。

「やっぱり。すごく冷たい」

「申し訳ありません」

「冬が寒いのはルーのせいじゃないよ。自転軸が傾いてるからだよ」

 ランタンがよくわからないことを言っても、ルーはその意味を尋ねない。おっとりとした微笑みを浮かべるだけだ。

「それに寝過ぎて身体が熱いから、冷たくて気持ちいい。もっと触っていい?」

「はい、ランタンさま。わたくしを触ってくださいませ」

 ルーは潤むような声で言った。

「それで、何の用事?」

「――はい、ランタンさまにお力を貸していただきたいのです」

「いいよ」

 内容も聞かずにランタンは頷く。

 触っていると体温が混じり合ってくる。膝の辺りから、奥の方へと手を伸ばす。

「なんでも貸してあげる」

「ありがとうございます。――このところ花街の方で娼婦殺しがいくつか起きているのをご存じですか?」

「そう言うことがあるのはレティから聞いてる」

 娼婦は弱者だった。そして弱者はいつだって虐げられるものだった。

「わたくしの知り合いも一人、犠牲になりました。犯人を捕らえ、彼女たちを安心させたいのです」

 ルーは花街の世話になっている。

 彼女が娼婦として働いているわけではない。

 市井の情報を集めるためだ。娼婦たちの所には様々な男たちが出入りするので、自然と様々な情報が集まってくる。

 ルーはそうやって集めた情報を、王権代行官であるアシュレイに報告する仕事を与えられていた。

「騎士団とか、そっちのギルドの動きは?」

「以前、騎士による娼婦殺しがありましたでしょう? そのせいもあって花街自体が彼らを拒否しておりますので。それにもともと花街自体に自治意識が強くありますから」

 ランタンもあまり詳しくは知らないが、娼館ギルドというようなものがある。

 商人ギルドから派生したもので、花街という特殊な環境で独自の成長を遂げた。闇に噂される暗殺者ギルドと関係があるとか、人買いギルドの表の顔だとか、そういう危うい噂のあるギルドだ。

「じゃあギルドが動いてるんだ」

「はい、しかし、犯人は未だに見つからず」

「なるほど。それでいても立ってもいられなくなったと」

「はい」

 ランタンはばね仕掛けみたいに一気に起き上がった。

「犯人の手がかりはある?」

「――変異者の仕業ではないかという疑いがあります」

「じゃあ、その線で情報収集しようか。となるとあそこだな」

 ベッドから下り、まだ腰掛けたままのルーの顎を掴んで上向かせる。

 ルーは垂れ目を潤ませて、少女のような大きい瞬きを繰り返す。

「どうしたの?」

「ランタンさま」

 ルーは内股に座ったまま、もどかしげに膝を擦りあわせた。


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