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カボチャ頭のランタン  作者: mm
18.Wild Hunt
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 ランタンは再び竜系迷宮に降りていた。

 攻略のためではない。狩りのためだ。

 迷宮口直下に拠点を設け、その近場で獲物を探す。

 獲物はもちろん竜種で、狩りの目的は黒竜の餌の確保だった。

 黒竜の餌として探索者相手に魔物肉を広く買い集めているが、やはり思うようには集まらない。

 探索者の目的はやはり迷宮攻略で、その過程において獲得する迷宮資源の優先順位は魔精結晶が第一位であり、次いで武具や装飾品に加工できる角や鱗があり、肉は余裕があればといったところだった。

 持ち込まれる魔物肉は傷んでいたり、あるいは魔物の肉ですらなかったりすることがある。それが野生動物の肉ならまだしも、近隣の農村で発生した家畜の盗難事件のものもあり、さすがにレティシアも少し落ち込んでいた。

 そんなこともあっての狩りなのだった。

 狙う竜種は陸竜である。

 飛竜は飛ぶために可食部が少なく、地竜は陸、飛に比べて出現率が低い。遭遇したならば狩猟してもよいがわざわざ狙う必要はない。

 陸竜は狩りにもってこいの相手だった。

 迷宮に降りているのはランタンとリリオン、ローサとガーランドだった。

 木陰に身を潜め、発見した陸竜の姿を窺う。

 象ほどの大きさで、鱗を纏った牛のような姿をしている。短い角はほとんど瘤のようで、一枚鱗の額が丸く硬そうだ。暗い色の鱗が金属的な輝きを持ち、のそのそときのこの間をゆっくりと歩いている。荒い鼻息が地面に積もった胞子を巻き上げる。

 前回の探索ではほとんど戦闘に参加していないローサが一番槍を務めた。

 腰だめに馬上槍を構え、斜め後ろから足音のない虎の足運びで突撃する。

 槍が腹を貫く寸前に牛竜がローサに気が付く。

 太く短い尾で自分の尻を打って静寂が打ち破られ、それに合わせてローサが噤んでいた口を開いた。

「やああああっ!」

 牛竜が素早く振り返る。

 腹部に浅く先端を埋めていた槍がずるりと逸れて、鱗の表面に一つ筋の引っ掻き傷をつくって滑る。運動量を逸らされたローサは遠心力に振り回されるように素っ転んで牛竜の後肢近くに横倒しになった。

 牛竜が足踏みをする。ローサなど一撃で破裂してしまうだろう。

 そんな巨体に水塊が直撃した。腰を打ちつけた水塊は、その巨体を吹き飛ばして転倒させる。水塊は破裂し、辺り一面を水浸しにした。

 ローサが素早く立ち上がる。そして再び突進しようとした背にランタンが飛び乗った。

「回り込め」

「うん!」

 背に乗ったランタンがほとんど地面と水平になるほど身体を傾けて、ローサは牛竜の背後へと足を運ぶ。

 牛竜もすでに立ち上がっていた。巨体を振り回すように荒々しく振り返り、ガーランドに向けて低く大きな咆哮を放った。

 ガーランドが新たに生みだした水球がその咆哮にぐにゃりと歪む。足元の水溜まりに微細な波紋が幾重にも浮き、それはたちまち泥濘と化して巨体が沈む。

 だが牛竜はものともしない。巨体は足の付け根まで埋まっているが、泥濘を蹴散らして猛然と突っ込んでいく。

「ちっ」

 未来視したようにガーランドが鋭く舌打ちした。水球は拳大に圧縮され金属じみた硬度となり、そして放たれた。

 牛竜はそれを避けようともしなかった。

 微かに顎を引き、額の一枚鱗にそれを受け止める。直撃した水球が粉砕され、真っ白な霧となる。

 霧の中でガーランドと牛竜が交差した。すれ違い様に二刀を振るったが、その刃は竜鱗を切り裂かない。甲高い摩擦音。赤い火花が霧に埋もれる。

 泥濘から上がった牛竜は振り返りながら、身体を揺らして泥を跳ね飛ばす。

「うらーっ!」

 背後へ背後へと回り込み続けたローサが変な雄叫びを上げる。ランタンが戦鎚に爆発を起こす。

 牛竜が何事かと首を巡らせ、まったくその逆方向でリリオンが下から大剣を振り上げる。

 胴体と頭部の繋ぎ。短い首に鋒が差し込まれる。

 ぱきぱきぱきと鱗が小気味よく弾け、その下に隠された動脈が一瞬の隙に断ち切られる。

 気が付いたときにはもう遅かった。

 牛竜がリリオンへ振り返ったときには、少女はすでにその腹下に潜り込むようにその場から離脱し、今度は晒された反対側の首筋にガーランドが刃を突き立てる。

 針に糸を通すように鱗の隙間を突き通し、刃の表面を濡らした水の流れがたちまちに膨らんでその隙間をこじ開ける。刃を更に深く突き込んだ。捻りながら引き抜く。

 絶叫だった。

 左右の動脈からの出血はもう止めることができない。

 しかし牛竜はそれでも最後の抵抗を試みる。咆哮と同時に喉に溜まった血を吐き出し、触れるもの全てなぎ倒す暴力の化身となった。

 後ろに血泥を跳ね飛ばしながら右も左も前も後ろもなく暴走する。

「どうするのっ?」

 ローサが尋ねる。流石に少し怖じ気づいてるようだった。

 ランタンは妹の尻を叩き気合いを入れる。

「そのまま突っ込む。合図で飛べ。あれの背に跳び乗るよ」

「――うん!」

 ローサの毛が膨らむほどに逆立つ。

 一見無秩序な牛竜の暴走に規則性を見つけ、妹の速度と歩幅を計算する。

「跳べっ!」

「うん!」

 牛竜の腰に爪を立て、自重を引っ張り上げるようにその背に跳び乗る。振りかぶった突撃槍を腰に突き刺して、とても立っていられない背中にしがみつく。

「ごくろう」

 ランタンは労い一つ、ローサの背から牛竜の首元へ一足飛びに向かった。激しく上下する頭部を一踏みして当たりをつけると、延髄を戦鎚で強打した。

 牛竜がびくりとして強張った。

 そして四肢を突っ張るとそのままどしんと横倒しになった。

 弾き落とされたローサは柔らかな水の塊にどぼんと包み込まれる。口から大きな泡を吐くと水塊は形を失い、ローサはまさしく虎のように全身を震わせて水滴を辺り一面に撒き散らす。

「ランタン、大丈夫?」

 泥濘みに足を取られて着地に失敗したランタンをリリオンが引っ張り起こす。べったりと泥に汚れた尻を見て哀れむように苦笑した。

 ランタンはその泥をうんざりしながらこそげ落とす。

「大丈夫。リリオンも滑らないよう気をつけて」

「うん、ありがと。平気よ」

「そう言って転ぶんだよ」

 まだゆっくりと動き続ける心臓が血を体外へ押し出す。二人は牛竜の頭へ回り込む。牛竜は真っ黒な目をひっくり返し、口を半開きにして失神していた。

「とどめ頼む」

 ランタンは戦鎚を使い牛竜の下顎を押さえる。口を閉ざし、そのまま顎を押し上げて、喉元を晒した。

 そこに一枚逆さになった鱗がある。

「逆鱗ね」

「それ避けて。高く売れるから」

 無言で頷いたリリオンは大上段に大剣を構える。

 頬を膨らませ、鋭く息を吐いた。

 振り下ろす。

「ふっ、――わわわっ」

 牛竜の首を抵抗無く斬り落とし、そのあまりのあっけなさに前につんのめって転びそうになる。すんでの所でランタンがその襟首を引っ掴んだ。

「ほら、言った通りだ」

 ランタンはからかうように裏声で言った。

「へいきよ」

 リリオンがじたばた暴れる。




 最後にランタンが地上に戻った。

 いつも隣にいるリリオンの代わりに、その隣には竜肉がある。重さでいえば五百キロほどだろうか。牛竜の重量の一割ほどだが、そもそも竜種の可食部は三割ほどしかないし、その三割には内臓も含まれる。

 素人仕事にしてはそれなりに切り出せた方だろう。

 肉は鱗を残したままの竜皮でしっかり包んで、荷車に乗せてある。

「もういい? もういい?」

 ミシャがすっかり起重機を停止させる間に、ローサは急かすように何度もそう尋ねた。

「いいわよ」

 許可をもらったローサはさっそく荷車を自身に結びつける。鼻の穴をぷっくりと膨らませて力を込めると、ゆっくりとそれを牽き出した。

「ローサちゃんが来てから、いつだってお土産たっぷりね」

「重さはどれくらい?」

「そうね。七百ちょっとくらいね。ランタンくんの体重を含めて」

 ミシャは少し考えて、しかし断言するように答える。引き上げ屋は人数だけでなく重量によってもその料金が変わる。重いものを引き上げればそれだけ料金は高くなった。

「ほんとにそんなにあった? じゃあけっこう取れたな。――っとなんだよ」

 リリオンが覆い被さるようにランタンの背中にのしかかった。

「ランタンの体重はどれぐらい?」

「五十キロちょっと」

 ミシャは即答しながら抓むほどもないランタンの腹を憎々しげに抓む。

「戦鎚とか含めて?」

「ううん、含めないでそれぐらい」

「へえ、じゃあわたしの半分くらい?」

「あはは、まさか。リリオンちゃんはそんなに重たくないわよ」

 ミシャに手招きされてリリオンはランタンを押し潰すように身を屈める。ミシャはリリオンの耳元に口を寄せて小さな声で体重を言い当てる。

「……っていうかなんで素の重さがわかるんだよ」

 まさか真っ裸で迷宮へ向かったことなど一度もない。しかしミシャは確信するような口ぶりだった。吹かしているだけかもしれないが、妙な説得力がある。

「ランタンくんは食べるところ少なそうね。リリオンちゃんもだけど」

「ミシャは食い出がありそうだ。絶対、僕より重いし」

 ランタンは不用意なひと言を放ち、臍に指を突っ込まれた。

「……お腹痛くなっちゃうよ」

 服の上から腹を擦りながら泣き言を漏らす。

「罰よ。今日はもう迷宮には行かないんだからいいでしょ」

「くそう、僕は客なのに」

「私は引き上げ屋よ」

 ミシャは腕を組んで胸を張った。何も言い返せないランタンに満足気に笑いかけた。

「ほら、ローサちゃんがうずうずしてるわよ」

「ガーランドと先行っててもいいぞ」

「やー、いっしょにいくの」

 急かすように、地団駄を踏むように、その場で足踏みをするローサは大きく首を横に振った。

 次の現場へ行くミシャと別れ、ローサの牽く荷車で竜肉と相席しながらティルナバンを出る。向かうは黒竜の管理場だった。

 雄の黒竜は魔精の薄い地上にも慣れ、雌ほどではなかったが、それでも痩せていた身体付きもずいぶんとしっかりしてきた。

 もうレティシアが騎乗しようとも、カーリー単騎ではなかなか勝利できる相手ではなくなったしまった。

 雄の黒竜は体長が十八メートルもある。もっとも体長の半分近くは尾であったが、それでもやはりかなりの迫力だ。翼開長は体長とほぼ同程度でその羽ばたきは周囲で立っていられないほどだった。

 しかし暴れだすことはない。管理場で大人しく騎士たちの世話を受けている。黒い鱗に西日を浴びながら、長柄武器のようなブラシで身体を擦ってもらって気持ちよさそうだ。

 その背にはまだ外していない鞍が乗せっぱなしになっている。

 雄の黒竜の方はもうかなり調教が進んでいるようだった。

 反面、雌の方は天幕からは出たが、まだあまり元気がない。

 与えられた餌はきちんと食べるので身体付きは戻ってきているが、地上に来てから一度も空を飛んでいない。

 どこか身体が悪いのかと調べてみたがそんなこともなく、管理場をうろうろと練り歩いたり、首を上下に伸び縮みさせたりする。

「怪我はないって言っていたし、何か病気なのかしらね」

「竜種の病気ね。風船病みたいな? でもネイリングの竜医がそれに気付けないなんてことあるかな」

 雌も暴れることはないが、雄のように安定しているわけではない。

 雌の方は雄よりも一回り小型だが、それでも十五メートルほどになる。

 しかしただ振り返っただけでも、その長い竜尾は辺りのものをなぎ払う。直撃を受ければ骨が砕けてもおかしくはない。

「ローサ、気をつけるのよ!」

「はっ、うん、とおっ、はっ!」

 雌はその場で自分の尾を追いかけるように、ぐるん、ぐるん、と回転している。

 ローサは果敢にもその振り回される尾の半径に入り込み、タイミングよく飛び跳ねてそれを躱している。付き合わされるガーランドは堪ったものではないだろう。

「どおしてっ、おそらをっ、とばないっ、のっ。ローサにっ、つばさがっ、はえてたらっ。おそらをっ、じゆうにっ、とびたいなっ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら遊び歌みたいに節をつけてローサは語りかける。

「尻尾に火でもつけたら慌てて飛ばないかな?」

「かわいそうよ」

「あんな立派な翼があって、それなのに飛べない方が可哀想だよ」

「ううん、そうね。――飛べないのか、飛ばないのかどちらかしら?」

 雌が回転を止める頃、ローサはすっかり汗だくになっていた。冬の風に体温が白い湯気になった。ローサに甘いガーランドも、流石に付き合いきれないというように途中で離脱している。

 どれだけ尻尾を振り回していたのか、何か儀式のように綺麗な円形の跡ができている。

 ローサは額の汗をしきりに拭っている。満足気に兄姉の所へ駆け寄ってくる。

「遊んでもらえてよかったな」

「うん、たのしかった」

「飛べない理由は教えてもらえた?」

「んーん、おしえてくれなかった。でもローサわかったよ」

「へえ、どんな理由?」

「さみしいから」




 後日、人攫いみたいな大型の幌馬車から、慌てて逃げ出すみたいに小さな子供たちが次々と管理場に降りる。

 好奇心半分、恐怖心半分といった感じにきゃあきゃあしながらローサを先頭にして雌の黒竜に近付く。

 雌はぬっと首を巡らせてその群を見つめる。

 その周囲ではランタンやリリオンを含む大人たちが、いつでも動けるように臨戦態勢となっていた。

「やあ、よく来てくれたな」

 レティシアが優しい笑みを浮かべて子供たちを迎えた。男の子も女の子もそれだけでぽうっとなってしまう貴族の笑みだ。

「触るときは優しくするんだ。みんなだって叩かれたり、抓られたりしたら嫌だろう。相手が竜種だろうと、自分がされて嫌なことはしてはいけないよ。そして自分がしてもらったら嬉しいことをしてあげるんだ」

 子供たちは身体を遠ざけながら、目一杯に短い腕を伸ばして黒い鱗に触れる。

 度胸試しみたいにちょんと触って逃げ出したり、何秒触れてられるか競い合ったりしていたが、それが大人しいとわかるやベタベタと触りはじめる。

 雌は戸惑っているようだった。

 喉を絞めるように、きゅるる、と控えめに鳴くと、子供たちはびっくりして逃げ出していく。雌は吐き出す息さえ抑えめに、のそりと立ち上がった。

「だいじょうぶだよ」

 ローサが言った。

 びっくりした子供たちにではなく、冷や冷やする大人たちにだった。

 雌は子供たちの群れに近付き、首を伸ばし、ぷくぷくとした柔らかそうな頬に鼻先を擦りつけた。鼻息だけで前髪が吹き乱れ、頭蓋骨も柔らかそうな額が露わになる。

 びっくりして尻餅をついた子供の襟首を、獰猛な口元の先の先だけ使って甘噛みして立ち上がらせる。

 もしかしたら雌は子との別れが、まだ少し堪えていたのかもしれない。行き場のない母性が心を弱らせていたのかもしれなかった。

「――準備を」

 レティシアが静かに告げると、雌の背に長椅子みたいな鞍が乗せられる。

「この子たちに空を教えてやってもらえるか?」

 雌は犬のようにその場で伏せをした。

 子供たちは騎士に抱え上げられ次々に鞍に乗せられる。子供たちの握力では黒竜の速度には耐えられないので、その身体をしっかりと鞍に固定する。楽しみ半分、やはり恐怖も半分あるようだった。

「ローサは、本当にいいの?」

 リリオンが尋ねると、地上に残る選択をしたローサは誇らしげに頷いた。

「うん。だってローサおねーちゃんだもん」

「あら、えらいわね」

 ローサは甘えるようにリリオンに肩をぶつけ、身体を擦りつけた。

 甘ったれたお姉ちゃんもいるもんだ、とランタンは思ったが口にしなかった。

「いってらっしゃーい!」

 ローサが手を振る。

 雌の黒竜が翼を広げ、羽ばたきはじめる。子供たちが悲鳴を上げる。巨体が浮き、それはゆっくりと空に戻っていく。

 雄の黒竜が短く咆哮し、彼もまた空へ向かった。


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― 新着の感想 ―
ここの雌竜が典型的ですが、登場キャラの心情を決して疎かにしないところが本当に凄いと思います。 仕方ないとはいえ早すぎる子供との別れを経た母親の心を、ここまで分かりやすく説得力のある形で描けることに感服…
[一言] 素晴らしいお話でした
[良い点] 面白かったです。
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