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三日目を丸一日観察に費やした。もっとも丸一日と言っても、その時はまだ夕方だったが。
きのこの傘に開けたのぞき穴は数を増やし、螺旋の塔へ望遠鏡を伸ばしている。一つはほとんどローサが独占していた。
飛竜を率いる黒竜と蛇竜の戦闘は一日の間に朝も夜も問わず発生した。
飛竜はこれと言った特徴を持たない普通の飛竜だ。青や緑、赤の鱗を持ち自由に空を駆け、炎を吐く。尾や蹴爪に毒でも持っているかもしれないが、確認は取れてない。
炎の威力はそれなりだ。
周囲の捜索に出ていた騎士がこの炎にやられたらしい陸竜を発見した。飛竜の狩りの獲物だろう。
その陸竜は半死半生だったが、どうやら飛竜から逃げ切ったらしい。
硬い鱗は焦げつきひび割れ、その下からじくじくと体液を溢れさせていた。きのこの根元で蹲り、けれども敏感に騎士の存在を察知して、威嚇の唸り声を上げた。
その陸竜と戦闘になったが、騎士たちはこれに勝利を収めた。楽勝ではない。流石に竜種といったところだった。だが苦戦と言うほど苦戦はしていない。無傷であったとしても、これに勝利することはできるだろう。
飛竜の炎はランタンのように炎に対する耐性か、竜種に匹敵する鱗を持たねば人には致命傷になる。
飛竜が一頭ならば、これに勝利をすることは困難ではない。しかし相手は群である。
飛竜たちは狩りをし、その獲物を持ち帰るのが第一の仕事のようだ。だが一斉に塔から離れることはない。常に一定数が塔の外側を周回している。
飛竜にはもう一つの仕事があるからだ。
それが塔を、いや、塔内部に存在するなにかを守ることだ。
財宝か、卵か、それとも幼竜か。塔では何かが守られている。
狩りの獲物を塔内に運んでいるのなら、きっと幼竜であるが、肉を貪る財宝がないともかぎらないのが迷宮だった。
竜種がまったく別種の魔物を育てている可能性だってある。肉を貪る財宝よりは可能性が高そうだ。
塔内のなにかは蛇竜によって狙われていた。よほどの好物なのか、それとも黒竜と何か因縁があるのか、はたまた蛇そのものの執着心か、蛇竜は塔を襲う。
飛竜はその度に蛇竜を迎え撃った。
狩りはほとんど一頭で行うが、戦闘は群で行った。
これまでの戦闘で飛竜は辛くも蛇竜を撃退しているが、これは蛇竜の負けを意味しなかった。
遠目に見れば椋鳥の大群のように思えた飛竜も度重なる戦闘によってずいぶんと数を減らしている。
その反面、蛇竜はほとんど無傷である。
陸竜の鱗を焦がす炎の息吹を、蛇竜はものともしない。ぬるぬるしたような艶を持つ鱗の上を炎は撫でるだけだった。
噛みついたり引っ掻いたりもするが、それほど効果的ではない。
戦闘の終了は蛇竜が飽きたか、飛竜を貪り腹を満たしたか、そういったきっかけで終わるように見えた。
螺旋塔の頂上には黒竜がいる。観察を続けるうちにそれが二頭であることがわかった。
おそらく番である。同じように黒い鱗と角を持ち、黄金色の瞳をしている。
体格に多少の大小があり、角に多少の特徴があるがぱっと見では同一個体に見える。戦闘中に見分けるのは不可能に近いだろう。
見るだに風格を感じるその姿は最終目標なのかもしれない。そう思わせるだけの威容をしていた。
黒竜は飛竜を従えており、自らは塔の頂上で身体を横たえているだけだった。時折、首を巡らせるが蛇竜が現れても戦闘に参加することはなかった。
怪我か病が、それとも子育てで消耗しているのかはわからない。姿からはそれが弱っているとはとても思えない。
しかし現実に黒竜は戦闘に参加しない。その強さは未知数だが、油断などできようはずもない。
魔精鏡を通して観察すると青を煮詰めたような濃い色に染まっていた。それは黒竜が保有する魔精量を現している。
黒いほどに魔精が濃く、魔精が濃いほどに強い。それは迷宮の理だった。
そして同等の魔精の濃さを持つのが黒竜と敵対する蛇竜だった。
飛竜を丸呑みにできる大きな頭部とそれに相応しい裂けた口を持ち、暗褐色の体色により暗い斑紋が入る姿は大蛇そのものだ。
翼こそ持たぬものの、空を自由に駆ける飛竜に飛び掛かってこれを喰らうほどの体長を誇る。
特殊な攻撃はしない。鎌首をもたげ飛び掛かり、体当たりしたり、丸呑みにしたりする。
炎どころか毒も吐かない。だがそれだけでも強い。鱗は炎を弾き、飛竜の爪や牙をものともしない。ただ移動するだけで群生するきのこがなぎ倒される。
おかげで塔の周囲は拓けていた。戦いやすいと思うべきか、隠れる場所がないと思うべきかは判断に迷う。
ランタンたちは最初それが二頭いると思った。二頭の蛇竜が飛竜に襲いかかっていたからだ。
しかしそうではなかった。蛇竜は一つの身体に二つの頭部を持っている。その代わりに尾はない。
前後に一つずつの頭を持つ、双頭の蛇竜だった。
黒竜と蛇竜は敵対しあっており、抗争中だ。
そこにランタンたちは割って入らなければならない。
「第一の目的は黒竜の捕獲だ。黒竜を拘束できたとしても、蛇竜を生かしたままではこれを地上へ持ち帰ることは不可能だろう」
「敵の敵は味方理論で黒竜に肩入れでもする? で蛇竜をやっつけて信頼を得たところで、後ろからぶすり。裏切りの初歩だな」
「騙されてくれる程度に頭が良ければいいのだがな」
その程度の嘘を竜種は見破ると、レティシアは言外に言っていた。
「だが共闘はできなくもないだろう。蛇竜は強敵だ。黒竜にしても飛竜が数を減らした今、頼もしい味方を必要としているはずだ」
「あの目をしてるやつが、仲間を恃むかな」
ランタンは黄金の瞳を思い出して、小さく呟いた。
六時間ほど前に飛竜と蛇竜は戦闘を繰り広げ、それは三十分足らずで終了した。
そのすぐ後には興奮した様子の飛竜の鳴き声が聞こえたり、燃えるきのこの妙にこうばしい香りが漂ってきたりもしたが、今はもう静かである。
戦闘跡をリリララが確認しに向かったが、不思議なほど飛竜の死体はなかった。多くは蛇竜の腹の中だ。双頭はより多くを食べるためのものなのかもしれない。
その後に蛇竜の這い跡を辿ったが、それは途中で途切れていた。きのこの傘の上を行ったのか、それとも地下に潜ったのか、行方は知れない。だが必ず、再び塔を襲うだろう。
「もうしばらく様子見をして飛竜の消耗を待つか」
「ああ後三度、いや二度もやれば飛竜は壊滅するだろう」
「戦闘に介入するのは、そのタイミングか。もう一つ遅らせると、遅すぎるかな?」
「飛竜が壊滅すれば黒竜が動くだろう。そのタイミングが好ましいと思う」
ランタンとレティシアが作戦を練っていると、その背中にローサが頭を押しつける。
「なんだ?」
ローサはそのままランタンの腕をこじ開けるように、腋の下からひょっこり顔を出した。
「たすけてあげないの? かわいそうだよ」
「飛竜か?」
「うん」
眉を八の字にして見上げてくるローサを見ていると、甘いことを言いたくなる。だがランタンはローサの髪をくしゃりと撫でて、無慈悲に頷く。
「助けてあげない。潜在的には敵だからな」
批難するような視線はむしろ好ましかった。ローサは自らが矛盾を孕んでいることを理解しない。それでよかった。
蛇竜に襲われる飛竜も、蛇竜それ自体も、先日に戦った地竜や陸竜も違いはない。一見して飛竜は蛇竜に蹂躙される被害者だが、いつだって立場は逆転する。
「どうして飛竜を助けたいんだ?」
「かわいそうだから」
「どうしてかわいそうなんだ?」
「たくさんたべられたり、かみつかれてりしてかわいそう」
「なるほど確かに可哀想だ。じゃあ仮に僕らが飛竜を手助けしよう。そうしたら蛇竜はぼろぼろにやられるぞ。斬られて、突かれて、殴られて、たくさん血も流れるだろう。そうしたらどうだ? 蛇竜は可哀想じゃないか?」
「かわいそう」
「なら、どうする? 今度は蛇竜を助けるために飛竜と戦うか?」
ローサは虚を突かれたように、目をぱちぱちと何度も瞬かせた。
「ローサ、ランタンたちの邪魔をしたらだめよ。……あら、ローサどうしたの?」
黙りこくって、まだ瞬きを続けるローサを見てリリオンが首を傾げた。
「ちょっと意地悪ななぞなぞをね。ほら、ローサ。リリオンと相談してごらん」
「どんななぞなの? わたし、答えられるかしら」
「答えは人それぞれだからリリオンなりの答えを伝えてあげて」
「うーん、よくわからないけど頑張ってみるわ。ほら、ローサおいで。お姉ちゃんとお話ししましょ」
「うん」
ローサはまだ少し思考の海に沈んだまま、手を差し出した。目を瞑ったまま物を取るように。リリオンは微笑みながらその手を握った。
「そう言えば作戦はもう決まった?」
リリオンの問い掛けにレティシアが軽く頷く。
「あと、もう少しかな」
「わかった。ちゃんと捕まえられるようにわたし頑張るからね」
「ああ、頑張ってもらえるような作戦を立てよう」
リリオンが軽く手を引いてやるとローサは夢遊病みたいな足取りで去っていく。
「――ちゃんとお兄ちゃんしてるな」
「お姉ちゃんに面倒事を押しつけちゃったけどね」
「はっはっ。ランタンなりの回答を教えてくれないか?」
「向かってくる相手は全部、区別なく叩き潰す。簡単すっきり。僕も叩き潰される可能性がある」
「なるほど、それなら平等だ」
本当に感心したのか、それとも冗談か。
レティシアは腕組みをしてもっともらしく同意をしてみせる。
「それか誰とも戦わない」
「素晴らしい。不可能という点を除けば完璧だ」
最終的な目標は黒竜の捕獲だが、そのためには蛇竜の討伐は避けて通れない道であるようだった。
でなければ鎖で繋いで黒竜を運んでいる所を蛇竜に襲撃されかねない。それほど蛇竜は黒竜につきまとっている。
竜種は賢い。であるがゆえに竜種は特別な存在だった。
魔物の捕獲は基本的に力尽くでこれを行う。
戦い、消耗させたところを拘束するか、薬や特殊な技術を用いて眠りや昏倒、つまり行動不能にするか。そうやって地上へと移動させるのだが普通だ。
しかし竜種だけは、もう一つの選択肢があった。
それは竜種に力を認めさせることだ。
竜種は迷宮の呪いとも呼ぶべき、魔物が人間に持つ強い攻撃性を自らの意思によって抑えることができる例外的な種族だった。
竜種に力を示し、これを認めさせること。
そうすることで竜種は人に従うようになる。それは友好であったり、使役であったり、隷属であったり形は様々だったが、ともあれ人に従うということに変わりはない。
言葉にしてしまえば陳腐な最強というものを追い求めたネイリング家の始祖が、この竜種に自らの子を孕ませた理由の一つでもある。
いかに蛇竜を討伐するか。
「頭部は二つ。だがこれは一つが別れたものではない。それぞれに意識がある」
レティシアは双頭の蛇竜の絵図が描かれた紙を広げ、学者のように説明を続ける。
「そしてそのそれぞれは特に仲がいいというわけではない。時に互いに引っ張り合って、一つの獲物を取り合い、いがみ合うことがある。一撃を食らわせる狙い目はそこだろう。ランタン、リリオン、ベリレ、ガーランド。やつに致命傷を与えられるのはこの四人ぐらいだろう」
「レティも雷が通ればいけるよ」
「私は予備だ。リリララとルーは四人の補助を」
「ローサは?」
「ローサは私の側にいろ」
我慢しきれず口を挟んだローサに、ガーランドが戦士の口調で告げた。まるで見習い騎士のようにローサが背筋を伸ばした。なぞなぞの答えはまだでないが、目の前にある戦いはそれとして割り切っているのかもしれない。
「できれば頭部。同時に破壊したい。どちらか一つでは、一つの肉体に一つの精神。より面倒な相手を生むだけになるかもしれない」
斥候部隊が蛇竜の、それぞれの頭部の気を引く大役を任せられた。言ってしまえば囮であるが、レティシアからは死なぬようにとも告げられている。難しいことをいう主であるが、だからこそ誇らしい。
人間だけで行う作戦ならば、それなりに成功確率は高いだろう。だが今回は黒竜率いる飛竜もいる。
こちらが勝手に共闘しようとしているが、それに乗ってくるかは五分五分だ。竜種相手に五分五分ならばずいぶんと分のいい賭けである。
だが敵と見做されたら厄介だった。三竦みになればまだましだが、三者入り乱れた戦場はきっと混沌の極みだろう
「飛竜のことはほとんど無視していい。問題は黒竜の方だ。今は動かないが、子育て中は気が立っているものだ。塔から離れないのは、それだけ守っているものが大切だからだ」
目的の大成功は黒竜がこちらの力を認め、自らの意思で一緒に来ることだ。
だが仮に力を認められたとしても塔の中に幼竜がいるとして、それが大切であるのならばその場を離れない可能性がある。
そうなった場合は長期戦も覚悟している。幼竜が巣立つまで待つのだ。巣立てばきっと黒竜も満足するだろう。
それが適わなかった場合は消耗させ、鎖で繋いで無理矢理引っ張っていく。
そして失敗は蛇竜か、幼竜の餌になることを意味した。
「どのように戦うのか、まったく未知の相手だ。牙に爪、巻き起こす風はもちろん吐くものにも警戒するように。炎か冷気か、それとも毒か酸か。呪詛かも知れん。吐くものだけじゃない。普通に魔道を行使することだってある。遠話結晶は常に起動状態に、お前たちは黒竜の動きを逐一伝えるように」
観測役の騎士が緊張した面持ちで頷く。
ある意味彼らが集団の命を握っている。
巨大な竜種との戦いだった。その戦場の全貌を把握することは不可能だ。
戦場を客観的に観測し、これを即座に集団へ伝える。例えば黒竜が塔の頂上から致死性の毒ガスでも吐いたら、それだけで集団は壊滅してしまう。
「さあ戦いに備えよう。空腹で動けなくなることのないように、いざという時に武器が壊れぬように、仲間の危機に足が竦まぬように。――戦闘は次に蛇竜が現れたらだ」
きのこの円卓を囲む面々をレティシアはぐるりと見回した。
「まず蛇竜、これの討伐だ。我々ならばできる」
己の額から生えた角を指で示した。角と爪が触れ合い、金属質な高音が鳴った。
「竜種に力を認めさせてやろう。さあ、どちらが上か知らしめてやろうじゃないか」
レティシアは竜種同然の牙剥くような笑みを浮かべる。




