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二十八日で一ヶ月、十三ヶ月で一年。
それから一日か二日、去年でも今年でも来年でもない、どこにも属さない日々がある。
空白の日とか、虚無の日とか呼ばれるが、それは正式な名称ではない。
その日は存在しないことになっているからだ。
存在しない日には、仕事もない。
いつからの習わしかは知らないが、だからその日は何もしない。
それが今日という日の過ごし方だとリリオンが知ったのは、ランタンと出会ってからだった。
巨人の集落に今日はもちろん存在して、ただの年末だった。
新年に向けて家を掃除して、ちょっと豪華な料理を作る。仕事で迷宮にいってしまう母も、その日ばかりは家にいた。暖炉の掃除はリリオンの仕事だった。煙突の中に入り込んで煤を落とす。
耳の中まで真っ黒になって、家の掃除の最後の仕上げはそんな風に真っ黒になったリリオンを母がすっかり綺麗にすることだった。
リリオンは眠りから目覚めた。
少し背中が痛い。目覚めたところはベッドではなかった。片方の肘掛けに頭を預け、もう片方からはすっかり足が飛び出している。
暖炉の部屋でソファに座っていたと思ったら、いつの間にか眠っていたらしい。身体を起こすと毛布がずり落ちた。汗ばんでいる。
「……ママ?」
ついそう口走ったのは、まだ爪先を夢の中に残しているからだろう。
からからとした笑い声が薪の弾ける音に混じる。
「ああ、そうだ。ママだぞ、リリオン」
揺り椅子に腰掛けたレティシアが悪戯な笑みを浮かべ、そのまま両腕を広げた。
「ママはそんなにお行儀悪くないわ」
レティシアは机の上に足を投げ出して、ふんぞり返るように背もたれに身体を預けていた。だらりと垂れた竜尾が床にまだ小さなとぐろを巻いる。
リリオンは行儀悪く爪先に引っ掛けるようにして毛布を拾う。ぐるぐるに丸めて、レティシアに投げ付けた。彼女はそれを受け止めると、太った猫のように腹に抱えた。
「余計だったか?」
「レティがしてくれたの?」
「よく寝ていたからな。腹を出して」
「じゃあわたし、レティの子かも」
「おいおい、私は腹を出して眠ったりはしない。これでも貴族なんだ。とても上等な」
レティシアは優雅な手つきで丸めた毛布を撫で、ようやく机から足を下ろした。
レティシアがこの日をこの館で、というよりもランタンと一緒に過ごすことを選んだ理由は言うまでもない。
「眠りながら笑っていたぞ。いい夢でも見ていたか?」
「うーん、どうかしら? 何か見ていたような気もするけど、思い出せないわ。大掃除をしていたのかしら」
「それは昨日のことだろう」
「それから料理もね」
「素晴らしい。働き者だな」
レティシアはクッキーにオレンジジャムを乗せて口に運ぶ。
リリオンは昨日、館に溜まった一年の汚れをすっかり磨き落とし、そればかりではなく今日、何もしないために温めるだけで食べられる料理や冷めても美味しい料理を、それから致死量ほどの焼き菓子を用意したのだ。
ガーランドやローサも手伝ってくれたが、それでも一日中働き詰めだった。迷宮探索よりも疲れたかもしれない。眠ってしまったのはその疲れが出たからだろうか。
リリオンは大きく欠伸をした。
「もう一度、寝たらどうだ? もう毛布は掛けないよ」
「やめとく。夜に寝られなくなりそうだから」
「そうか」
レティシアは丸めた毛布を部屋の隅に放り投げた。リリオンは取りに行かないが、これがネイリングの屋敷だったら、例え虚無の日でも使用人が片付けるだろう。
主がいては気が休まぬというのも、レティシアがここにいる理由の一つだった。
何もしないというのは、ただの言葉だった。
もちろん街は閑散とし、店は戸を閉め、多くの家庭で人々は無為に時を過ごす。
だが何もない日でも人々に怪我や病があり、産気づくこともある。家畜に人の文化関係ないし、迷宮が崩壊したり、魔物が暴れたり、罪を犯すものがでることもある。
虚無の日であっても、働かなければならない人々は確かにいた。
「大昔には、もっと厳格だったようだよ。盗人さえ鍵のかからぬ戸を見て見ぬ振りをし、聖者も助けを求め伸ばされた手を無視した」
「ふうん、めちゃくちゃね」
リリオンはソファに寝そべった。肘掛けに顎を乗せて、足をぱたぱたと動かす。
「ねえ、知ってる? ランタンも昔はげんかくだったのよ」
「そうなのか?」
「うん、わたしが外に行こうとしたらダメだって。なんで? って聞いたら――」
「なんでも、――だろ?」
二人は顔を見合わせて笑った。
廊下から足音が聞こえてくる。駆け足だ。どんどんどん、と乱暴な音は近付いたかと思えば、そのまま扉の前を通り過ぎてゆく。
「ランタン、昨日と今日を間違えちゃったのかしら」
「――なんか、二人して僕の悪口言ってた? くしゃみ出たんだけど」
通り過ぎていったはずの足音の主が、音も立てずに扉を開けて部屋に入ってきた。わざと足音を立ててローサを誘導したのだろう。ランタンは侵入を防ぐように、扉に背中を押しつける。
「まさか、言わないわよ」
「そうだぞ。ランタン、愛してるよ」
「わたしも大好きよ」
「はい、どうも。僕もだよ」
冗談のように本音を口にし、ランタンは唇に指を押し当てて二人に黙るように伝える。
「――おにーちゃーん、どこー!」
ローサの叫び声が通り過ぎていき、ランタンはほっと一息ついた。
「追いかけっこでもしてたのか?」
「いや、かくれんぼ」
「私の知ってるかくれんぼとは違うようだが」
「ローサがずるしたんだ。百数えろって言ったのに、三十九の次が五十で、そのあとは滅茶苦茶だった」
「三十九あれば隠れられたんじゃないの?」
「行かないでって言うから、ちょっと話し相手になってたんだよ。そしたら逃げ遅れた」
「ローサのことすぐ甘やかすんだから」
「隠れようとしたらくしゃみも出てこのざまだ」
ランタンは額の汗を拭い、肩を竦める。テーブルのクッキーに手を伸ばし、それを口の中に放り込んだ。
「うまい」
「ありがと」
「二人はなに話してたんだ? 僕の悪口じゃないとすると、世界情勢について?」
「今日の私は政治家じゃない。ランタンが虚無の日を厳格に過ごしてたって話だ。今と違ってね」
ランタンはじろりとリリオンを睨んだ。
「言っちゃダメなお話だったの?」
「そんなことはないけど、厳格だったんじゃないよ。ただ奇妙で、変で、不思議で、まあなんだ――」
前日の賑わいがまったくの嘘だったように、いつも猥雑極まりない闇市に開かれた露店はなく、迷宮特区からも人は失せ、抜けるまでに平均三人に絡まれるという下街の人殺し通りも素通りすることができた。
ランタンは初めて虚無の日と出会った時、世界中ぐるみで自分をからかっているんじゃないかと思った。
あるいは今まで見ていたものは自分が作り出した妄想で、ついに正気に戻って真実の光景を見ているのかもしれないと、そう思った。
あるいは本格的な狂気に侵されたのかと。
当時はそういうことを本気で信じるような精神状況だった。リリオンと出会ったときはもうだいぶ落ち着いていたが、それでも静寂の世界を出歩く気にはならなかった。
元の世界からこの世界に投げ出され、そしてこの世界からもまた急に弾き出されたようなどうしようもない不安感。
「――ちょっと怖かったのかも。……二人ともにやにやしないで」
ランタンは舌打ち一つ、扉に耳をくっつけた。
「やばい。戻ってきた。隠れる場所は、――あれ? そこにがらくたの山なかったっけ?」
「昨日、処分したわよ。自分でするって言ったのにしない人がいたから」
「へえ、悪いやつがいたもんだな。ええっと、どこか隠れる場所は」
「そこはどうだ?」
レティシアが指差した先は暖炉だった。橙色の炎を揺らめき、薪が炭に、灰に変わってゆく。
「悪いやつは火刑に処されるのが古くからの習わしだ」
しれっとした顔でそんなことを言う。
「やっぱり僕の悪口言ってたんだ。絶対そうだ」
「ソファの下は? 昨日、掃除したから綺麗よ」
「僕の厚みをこれぐらいだと思ってる?」
「ちょっとせまいかしら。もう、わがままばっかり」
ランタンはいよいよ拗ねるような顔つきになる。それからすぐに悪戯な表情を作った。
リリオンとレティシアを見比べる。
「……リリオンはズボンか。レティ立って」
「何をさせる気だ?」
「いいから。立って、窓際で物憂げにしてて。早く、もうローサが来る」
ランタンはレティシアの手を引っ張って窓際に連れて行った。
ローサの呼び声がだんだんと近付いてくる。一つ一つ扉を開けて、部屋を覗き込んでいるのだろう。ばたん、ばたんと扉が閉まる音が迫ってくる。
「これでいいか?」
「うん。いいスカート穿いてるね」
どうも、とレティシアが言うが早いか、ランタンはそのスカートの中に潜り込んだ。竜尾が生えていても問題にならぬスカートである。ゆったりと膨らみ、ランタン一人を隠すぐらいは訳なかった。
「おい、なにを。ひっ」
内腿を撫でられてレティシアは悲鳴を噛み殺した。
唇を噛みながら、ちらりとリリオンへ視線を向けた。スカートの中が妙に蒸れるような気がした。それがランタンの呼吸によるものならいいと思う。
リリオンはじいっとたいした膨らみも作らぬスカートを見つめて、それからランタンの無言を代弁するように唇に指を押し当てる。
がちゃり、と扉が開く。
「おにーちゃん! あれ、おねーちゃんだった」
ローサは部屋の中に跳び込んできて、そのままリリオンの下へ駆け寄った。
「ねー、おにーちゃんいる?」
「さあ、どうかしらね」
「こたえて」
「ダメよ。かくれんぼの最中なんだから、人に教えてもらって見つけても嬉しくないでしょ」
「むう、むー。いいよ、ローサみつけるから」
ローサは部屋の中を見回して、それからソファの下を、暖炉の中を覗き込んだ。部屋の隅で丸まった毛布を広げ、カーテンを捲り上げた。
「レチー」
舌足らずにそう言いながら、ローサはゆっくりとレティシアに近付いてくる。
それは獲物に近付く虎の足運びだ。探るような目つきで、ずいと首を伸ばした。レティシアの身体に鼻先を押しつけて、ふんふんと音を立てて匂いを嗅いだ。
「おにーちゃんのにおいがする」
角の付け根から豊かな髪の中に顔を突っ込み、首筋から胸の谷間に顔を押しつけながら移動する。鼻息がくすぐったいが、レティシアは律儀に身動きをしなかった。
ローサは胸の谷間で少しもぞもぞしていたかと思えば、鳩尾から肋骨の縁を辿って脇腹へ、尾の付け根へと下っていく。
「あー、ローサ? レティだ。レチーじゃない。レティシア。前歯の裏に舌先をくっつけて、ティ」
見つけられてしまう。隠しておいてやる義理などないのに、レティシアは気を逸らそうとする。
「みつけたー!」
しかしローサは問答無用にスカートを捲り上げた。
レティシアの綺麗な両足の間にランタンは三角に座っていた。檻に閉じ込められて、鉄格子を握るように両足を握って、眩しそうに目を細めた。
「見つけられてしまった」
ランタンは大人しく這い出てきた。ローサが手を取って立ち上がらせる。
「ローサ、すごい?」
「すごい。まさか見つけられるとは」
「えっへん」
腰に手を当てて胸を張った。
「じゃあつぎはおにーちゃんがおにね」
「僕よりもっと適任がいるよ」
ランタンは呆気に取られて口をぱくぱくさせているレティシアを振り返る。
「角、長くなった? ――逃げるぞ、ローサっ!」
「にげる!」
「こら待て、二人とも!」
「そっちの角に文鎮置いて」
雷撃をぶち込まれた尻を擦り、ランタンは床に大きな巻紙を広げた。丸まって元に戻ろうとする角にローサが皺を伸ばしながら文鎮を置いた。
「なにこれ?」
「もっと安全な遊び。すごろく。雷で痛めつけられたりすることはない」
「自業自得だ。まったく。しかしこれは、ずいぶんと大作だな」
紙にはマス目が刻まれており、絵が描いてあったり色が塗られていたりする。文章も書いてある。
「もってきたわよ。わ、なにこれ?」
サイコロと駒を手に戻ってきたリリオンが、ローサとまったく同じ反応を示した。
「すごろく。あれ、リリオン着替えたの?」
リリオンはズボンからスカートに着替えていた。少しはにかむと、すごろくを覗き込む。
「昨日、お掃除もしないでこれをつくってたの?」
「そう。じゃないとこいつを閉じ込めておけないだろ」
虚無の日の特別感を本能的に感じて興奮しているのだろう。朝から館の中を走り回っているローサを撫でてやる。身体は今にも火を吹きそうな程、熱くなっていた。
「やりかたわかる? レティは?」
「サイコロを振って、出た目を進む。が色々工夫がありそうだな」
「それだけ分かれば十分だよ。あとはやりながら教える。最初に誰かが上がった時点で終わり」
ランタンは王冠の小物、リリオンは八角形の水晶、レティシアは竜の牙、ローサは硝子の虎をそれぞれ手に取り始点に置いた。
それぞれがサイコロを転がし、順番を決める。
「お、上手い具合にばらけたな。僕が四で一番大きいから最初ね。次がレティで、ローサ、リリオンの順。さあ、行くぞ」
「いち」
「一だな」
「一ね」
「……」
ランタンは駒を一つ進める。
「このマスは何もない。何も書かれてないから。ほら次」
「さて、追い抜くか。四だ。いち、に、さん、し」
「書いてあるの読んで」
「ええと、人助けをしてお礼をもらう。銀貨一枚」
ランタンはレティシアに銀貨を一枚渡す。
レティシアはそれを指先で弾いた。
「マスにはそれぞれ色んな出来事が書いてある。今みたいにお金をもらったり、失ったり。それで上がりの時点で、お金を一番多く持ってる人の勝ち」
「なるほど、そういう遊びか」
「そういう遊び。簡単だろ? さあ、誰が一番の大金持ちになるかな」
「がんばるぞー! えいっ、――ろく!」
「魔物と遭遇だ。その場合は山札引いて」
ローサが札を引くと、そこには魔物の絵が描いてある。角のある兎だ。
「いっかくうさぎ」
「体力は二。サイコロ振って出目が二以上なら勝って銀貨一枚、一を出したら、魔物の体力を一減らしてまた次の番に戦闘継続」
「むずかしい」
「とりあえずサイコロ振って。――三が出たから、ローサの勝ちだ。ほら、銀貨一枚」
渡された銀貨に、しかしまだローサは戸惑っている。
作っているうちに楽しくなって、ルールを少し複雑にし過ぎただろうか。
「ここに数字があるでしょ? これと同じが、これよりも大きな数字を出せばいいのよ。そういうことよね、ランタン」
「そう。リリオンは飲み込みが早くて助かる」
「ふふん。わたしは、五ね。武器屋って書いてあるわ」
「お金を持っていたら武器が買える」
「銅の剣、銀貨三枚、鉄の棍棒、銀貨六枚、鋼の槍、銀貨十枚。わたし、お金もってないわ」
「じゃあ買えない。武器を買うと、戦闘時の出目に固定値を加算できて、戦闘を優位に進めることができる」
「……ちょっとわたしにもむずかしくなってきたかも」
「ははは、ランタンは凝り性だな。大丈夫、やっていけば理解するさ。ほら、ランタンの番だぞ」
慰めるように、励ますようにレティシアがランタンの背中を叩き、それから撫でた。
その勢いに押されるように、ランタンはサイコロを転がした。
「よし、六だ。えっと、財布を落とす。銀貨を二枚失う。……借金の要素もあるんだけど、複雑だからなしにしようか」
「だいじょうぶ、ローサがんばっておぼえるよ! えいっ、ご! ここにはなんてかいてあるの?」
「襲撃者を返り討ちにする。銀貨を十枚得る、ですって。あら、ローサすごいじゃない」
「やったー!」
ローサは大げさに喜んで、銀貨を積み上げる。次の番のレティシアを急かした。
「よーし、ここからまくってやる。負けないからな」
妙に出目のいいローサは快調に駒を進める。レティシアはマス目を先読みして、念じながらサイコロを転がすがそう上手くはいかない。リリオンは意外と堅実だ。金を貯めていちばん最初に武器を買った。
出だしこそ戸惑いもあったが、駒が進んでいくほどに理解が深まっていく。もうローサもルールを再確認することはほとんどない。
「ほら、おにーちゃんふだひいて」
「三つ首の魔犬。体力は三十。最終目標だから倒せば金貨五枚。さっき買った魔精結晶をつかうよ」
ランタンは持ち札から魔精結晶を捨て、サイコロを四つ振る。
「武器の加算分も乗るから、二十三点。上手く行けば次で倒せるな」
「でもまだローサがいちばん!」
「へっ、ここから先は武器だけじゃ勝てないよ」
「次は私か。いち、に、さん、し。肉体が変異し、翼を得る。以後、行動時のサイコロの出目に二を加える。ふむ、なかなか。仰向けに寝る夜は諦めるとしよう」
「ローサはいち」
「愛用の武器が壊れる。装備の札を捨てる」
「どうして、まだあたらしいよ。まだあたらしいのに」
「マス目の言葉は絶対です。ほら、さっさと捨てろ。ざまあみろ」
「わたしは、三ね。足元に迷宮口が! サイコロを二つ振って、ゾロ目を出すと迷宮に落ちる」
「迷宮は別紙に書く予定だった」
「……つまりないのね」
「ゾロ目で魔物と遭遇で我慢して。どうせゾロ目なんて出ないし」
「二と三よ。回避成功。回避した先で金貨を一枚拾う。命だけじゃなくて金貨も拾っちゃった」
ランタンも無事に三つ首の魔犬を討伐し、さらに金貨を十枚得た。
もうみんな銀貨、金貨をじゃらじゃらさせている。ローサも無事に夢中になってくれて、頭を揺らして文字通り半分夢の中に入っている。
落っことすみたいにサイコロを転がす。
「むう、あう、……じゅう」
「サイコロ二つの騎獣はちょっと強すぎたな。独走だ」
「ローサ、駒進めるわよ。いち、にい、さん」
「ついに竜種と出会ったぞ。体力は百点だ。ええっと、竜種の場合は戦うことも、隠れることもできる。隠れた場合はサイコロを二つ振って七以上ならやり過ごせる。どうする、戦うか? 隠れるか?」
ローサは重たげに瞼を下ろし、こっくりこっくりと船を漕いでいる。
もう外は真っ暗で、たくさん用意した料理もお菓子も、ほとんど食べ尽くされている。何もせず過ごすと言っていたガーランドも心配になって顔を覗かせるほど、ずっとすごろくで遊んでいた。
「どうする?」
「ともだちに、なる」
寝言のような言葉を受けて、リリオンはランタンへ尋ねるような視線を向ける。
「その選択肢は用意してない」
ついにローサは力尽きて、突っ伏した。積み上げた金貨の山が崩れ、大きな音を立てたがローサの目は開かない。
「――ま、ここらで終わりだな。勝者なし、引き分け」
「私はそれでいいよ。都合がいい」
レティシアは四人の中で一番小さい金貨の山を崩した。
「わたしもいいわよ」
「勝者の余裕ってやつ?」
「あら、勝者はいないのよ」
リリオンは紙上から自らの駒である水晶をひょいと退け、四人の中で一番高い金貨の山の上に乗せた。それから王冠や、牙や、虎の置物を。
「戦って強くなって、強くなってまた戦って。これは探索者のすごろくなのね」
「それ、今さら言う?」
ランタンは文鎮をどかし、散らばった食べかすを払い、すごろくを丸めて肩を竦める。
「それ、最後のマス目はなんて書いてあったんだ?」
「最後のマス目なんてないよ。ただ終わりでも、振り出しに戻るでもよかったけど、それじゃ虚しいしね。ずっと考えてたら、迷宮すごろくを書く暇がなくなった」
ばらばらになった装備や魔物の札を集め、ひどく素っ気ない手つきでひとまとめにする。
「おい、ランタン。それ、どうする気だ?」
「燃やす。今日なんて日はないんだから」
冗談でもなく暖炉へ向かっていくランタンを、その裾をリリオンが引っ張った。
「ダメよ、燃やしちゃ」
「次はもうちょっと上手くつくるよ」
「ダメったら。せっかく作ったのよ。ランタン、今日は何でもない日よ。いつもと同じ、ただの一日なんだから」
ランタンとリリオンが見つめ合っていると、レティシアがするりとすごろくを奪い取った。
丸めていたものを再び広げる。
「うん、大作だな、本当に」
暖炉の炎が、紙上に広がる探索者の終わることのない一生に透けて揺らめく。




